会議で前提を確認しても話が進まないのは、確かめる前提と選ぶ前提を混ぜているからです
前提を確認しましょう、と始まった会議が、一時間後、誰も前提を一つも変えずに終わる。論理学の言葉を使うと、その理由の一つが見えてきます。この記事では、命題、前提、条件の意味と関係を整理したうえで、論理学でいう前提と、仕事の判断でいう前提が別の種類のものであること、そして二つを同じ言葉で呼ぶと何が起きるのかを示します。
命題は、真か偽かが決まる文です
命題とは、真または偽の値を持つ文や表現です。この値を真理値と呼びます。「すべての人間は死ぬ」や「2+2=4」は命題です。疑問文、命令文、感嘆文のように真偽を問えない文は命題ではなく、「もし明日雨が降れば」のように途中で終わる表現も、それだけでは命題になりません。
命題には、それ以上分けられない単純命題と、かつ、または、ならば、でない、でつないだ複合命題があります。すべての対象について述べる普遍命題と、少なくとも一つの存在を述べる存在命題という区別もあります。
論理学の前提は、論証の中で真と仮定される命題です
前提とは、論証の中で結論を導くために使われる命題で、論証の中では真であると仮定されます。典型例は、アリストテレスが確立した三段論法です。大前提、すべての人間は死ぬ。小前提、ソクラテスは人間である。結論、ゆえにソクラテスは死ぬ。
前提には、はっきり述べられるものと、述べられないまま想定される隠れた前提があり、議論のすれ違いの多くは後者から生まれます。前提の良し悪しは、真であるか、結論に関係しているか、結論を導くのに十分か、その場で受け入れられるか、明確に表現されているか、で評価できます。
条件文は、前件が偽のとき常に真になります
条件とは、論理学では「もしAならばB」という形の関係を指し、Aを前件、Bを後件と呼びます。「AならばB」が成り立つとき、AはBの十分条件、BはAの必要条件です。東京に住んでいるならば、日本に住んでいる。東京に住んでいることは十分条件で、日本に住んでいることは必要条件です。
| A | B | AならばB |
| 真 | 真 | 真 |
| 真 | 偽 | 偽 |
| 偽 | 真 | 真 |
| 偽 | 偽 | 真 |
偽になるのは、前件が真で後件が偽のときだけです。この性質は仕事の計画書にも顔を出します。市場が回復すれば、この事業は黒字になる、という計画は、市場が回復しない限り、外れたことになりません。外れることのない計画書は、何が間違っていたのかを教えてくれる手がかりも持っていません。前件が起きなかったときにどう判断するかまで書いて、初めて計画は検証できる形になります。
仕事の判断でいう前提は、真偽ではなく選択です
同じ文でも、役割によって呼び方が変わります。「すべての人間は死ぬ」は、単独で真偽を問うときは命題で、ソクラテスの論証で使うときは前提です。条件と前提も互いに書き換えられ、すべての金属は熱を伝導する、という前提は、もしxが金属ならばxは熱を伝導する、という条件の形にできます。
ここまでの前提は、どれも真か偽かを確かめられるものでした。ところが、仕事の判断で前提と呼ばれるものの多くは、その種類ではありません。赤字の新規事業について、単年度で黒字になることを重く見るか、将来の市場シェアを重く見るか。これは真偽を確かめる命題ではなく、選ぶものです。同じ売上の数字を見ても、選んだ物差しが違えば、撤退と追加投資という正反対の結論が出ます。
前提を確認しましょう、と言われて全員が売上の数字を確かめ直す会議は、確かめる必要のない場所を丁寧に確かめています。割れているのは数字ではなく、数字に当てる物差しのほうだからです。手当ては、前提を二つの列に分けて書くことです。確かめる前提(事実として真か偽か)と、選ぶ前提(何を目的とし、何で評価するか)。前者は調べれば決着し、後者は話し合って合意するしかありません。
ただし、この二つの境目はいつもはっきりしているわけではありません。市場は今後伸びる、という見通しは、事実の予測として確かめる前提なのか、そう賭けると決める選ぶ前提なのか。線の引き方は人によって割れ、それを一意に決める方法はありません。選ぶ前提も、事実と明らかに矛盾するなら問い直されます。
次の会議で議題になっている判断について、確かめる前提と選ぶ前提を、別々の列に書き分けられるでしょうか。どちらの列に入れるべきか迷う前提があれば、それが議論の急所かもしれません。
この記事の背景にある考え方は、拙著『GoogleのAI NotebookLM 意思決定の強化書』の1章1節「意思決定の構造と前提の要素」に書きました。意思決定を、事実そのものである根拠、事実をどう解釈するかという意図である前提、根拠に前提を当てて導く結論の三層に分け、根拠と前提を理由としてひとまとめにしないことを求めています。本全体を貫く主張は「前提が結論を決める」です。この節を読むと、議論が割れたときに、割れているのが確かめる層なのか選ぶ層なのかを、自分で見分けて考えられるようになります。

