たとえ話一つで会議が動く、その正体:「人材は、会社の資源です」の一言の後、研修費を削る案が拍手で通った

会議で、部長が言った。「人材は、会社の資源です」。

部長の案は、研修費を削り、人の配置を組み替える案だった。出席者はうなずいた。

案は、拍手で通った。

研修費を削る案に、反対の声は出なかった。

拍手が向いたのは、案の中身だったのか。それとも、部長の一語だったのか。

同じ数字でも、比喩一つで人々の選ぶ対策が変わる

犯罪を、街に広がる病気にたとえるか、街を荒らす野獣にたとえるか。ティボドーとボロディツキーが、二つを比べる実験をした(PLoS ONE、2011年)。

485人の実験では、野獣の文章を読んだ人の71%が、取り締まりの強化を支持した。病気の文章を読んだ人では、54%だった。

数字と事実は同じ。比喩一つで、人々が支持する対策が17ポイント動いた。

しかも、自分の答えを最も左右した要素に比喩を挙げた人は、485人中15人だった。

動かされた人の多くは、動かされたことに気づいていない。冒頭の会議の拍手も、同じ形をしていた。

病気の見立てでは、原因を断つ予防と、広がりを止める手当てが、筋の通った対策に見える。

野獣の見立てでは、捕まえて閉じ込める取り締まりが、筋の通った対策に見える。

同じ犯罪の問題でも、病気にたとえると予防と広がりを止める手当てが、野獣にたとえると捕まえて閉じ込める取り締まりが、良い対策に見えてきます

「資源」の一語で、会議は何を受け入れたのか

比喩とは、ある物事を別の物事に見立てる表現だ。形は二つある。

アナロジー(類推)は、AはBのようなものだ、と二つを比べる。メタファー(隠喩)は、AはBだ、と言い切る。

シェイクスピアの、ジュリエットは太陽だ、がメタファーの例である。

部長は、人材を資源に見立てた。資源という比喩は、人を配って使い切るものとして見せる。

見立てを受け入れた出席者は、資源の良し悪しを測る物差しまで受け入れた。使い切るものの物差しで測れば、研修費は削る候補に見える。

比喩は、問題の見え方と一緒に、何を良い施策とみなすかの物差しを運んでくる。

認知心理学者のボウドルとゲントナーは2005年、比喩の「経歴」仮説を発表した(Psychological Review)。

人は新しいメタファーを、類推と同じく二つを比べて理解する。使い慣れたメタファーになると、一つの分類として理解するようになる。

新鮮な比喩は、聞き手の吟味を受ける。使い古された比喩は、吟味を素通りする。

比喩の中の前提を確かめる場所は、現実の側だ

アナロジーも、同じ働きをする。隣家が火事のときにホースを貸すように、同盟国に物資を貸すべきだ、という論法がある。

論法の主は、米国のルーズベルト大統領。1940年12月17日の記者会見で語った。

隣人にホースの代金15ドルを求める代わりに、火事の後でホースを返してもらえばよい。大統領の論法は、そう続いた。

ホースは、火が消えれば返ってくる。貸した物資が同じように返ってくるかは、現実の側で確かめる問いである。

比喩の中の前提が現実でも成り立つかは、比喩の外で確かめる。

拍手の起きた比喩ほど、持ち込んだ前提が点検を素通りする。素通りした前提の上で、予算も人の配置も決まっていく。

別の比喩を一つ当てる。良い対策を選ぶ物差しの正体はそこで見える

比喩に心が傾いたら、意思決定の前に三つを書き出す。

一つ目は、比喩のもとで良く見える対策。二つ目は、別の比喩を当てたときに良く見える対策だ。

三つ目は、比喩の中だけで成り立つ前提である。

要は二つ目。たとえば、人材は庭の植物だ、と当ててみる。

別の比喩を当てると、元の比喩が運んだ物差しが、選択肢の一つだと分かる。

どちらの物差しを採るかは、事実に照らして決める。

AIは、別の比喩を探す相手になる。次の文面のかっこの中を、自分の提案に書き換えて使える。

次の提案は「(例:人材は資源である)」という比喩にもとづいています。
提案:(例:研修費を削り、配置の組み替えで人手の穴を埋める)
お願い:この比喩のもとで良い施策に見えるものと、「(例:人材は庭の植物である)」という比喩のもとで良い施策に見えるものを比べてください。それぞれの比喩が、現実の職場で成り立たない点も挙げてください。

拍手の前に、もう一つの比喩を

比喩を退ける必要はない。運ばれてきた物差しを、ほかの物差しと並べればよい。

冒頭の会議で、誰かが「人材は庭の植物です」と返していたら、研修費を削る案に拍手は起きただろうか。

拙著『GoogleのAI NotebookLM 意思決定の強化書』の3章4節に、立場の違う人物の見立てやアナロジーで論点を問い直し、反証を探す方法を書きました。読むと、もっともらしい説明への納得がどの前提に支えられているかを問い直せます。

同じ資料を見ているのに、なぜ結論が割れるのか。

GoogleのAI NotebookLM 意思決定の強化書 表紙

『GoogleのAI NotebookLM 意思決定の強化書』

前提が結論を決める。意思決定を根拠、前提、結論の三層に分け、前提を対象、目的、制約、評価基準の四つで言葉にする本です。

読み終えたとき、手元に残るもの

  • 意思決定の設計図になる前提リスト
  • 資料を事実、意見、噂、ゴミに仕分けるFORT
  • 同じ物差しで比べる選択肢表と採点表
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