「備えがあったから無事だった」の盲点:トラブルゼロの振り返り会、誰が何を備えたかの記録はゼロだった

プロジェクトの振り返り会があった。納品は無事に終わった。

トラブルはゼロ。

リーダーが言った。「無事だったのは、備えがあったからだね」。

全員がうなずいた。

ところが、誰が何を備えたかを書いた記録は、一枚もなかった。

無事だった理由は、備えか、それとも運か。会議室の誰も、答えを持っていなかった。

傘を置いて出た晴れの日に、何が起きていたか

傘を家に置いて出かけた日があった。一日じゅう晴れていた。

備えはゼロ。憂いもゼロ。

無事に帰った日を見て、傘の備えがあったはずだと言う人がいる。

だが、傘を置いて出た晴れの日も、無事な日に入る。

振り返り会のリーダーの一言は、この晴れの日を見落としている。

備えと憂いの四つの組み合わせのうち、ことわざが外れるのは備えあり憂いありの一つだけで、備えなし憂いなしの日を見て備えがあったと読むのが逆を読む誤りです

ことわざを「もしAならばB」に書き直すと、向きが見える

ふだん、ことわざは教訓として丸ごと受け取る。

ことわざの論理では、ことわざを「もしAならばB」という命題に書き直して読む。

命題とは、正しいか誤りかが決まる文のことだ。書き直すと、どの向きに成り立つかが見える。

「備えあれば憂いなし」は、「備えありならば、憂いなし」と書ける。

備えがある日には、憂いがゼロになる。一方向の関係である。

ことわざが語るのは、備えがある日のことだけだ。

備えがゼロの日は、ことわざの外にある。晴れた日が何日続いても、ことわざは成り立ったままである。

リーダーの一言は、どの向きに読んでいたのか

一つの命題からは、向きを変えた三つの命題が作れる。

  • 対偶:憂いありならば、備えなし
  • 逆:憂いなしならば、備えあり
  • 裏:備えなしならば、憂いあり

元の命題と常に同じ意味になるのは、対偶である。

ことわざを信じる人は、もう一つの命題も認めることになる。憂いがあった日には、備えがゼロだった、という命題だ。

逆と裏は、元のことわざとは別の主張である。よく耳にするが、外れる日がある。

「無事だったのは、備えがあったから」。リーダーの一言は、逆の「憂いなしならば、備えあり」だった。

結果のよさから備えがあったと読む。逆を読む誤りの正体である。

同じ決め方でも、結果しだいで点数が変わる

経営や投資の振り返りでも、同じ誤りが起きる。うまくいった結果から、決め方もよかったと結論づけてしまう。

心理学では、この癖を結果バイアスと呼ぶ。1988年、バロンとハーシーが実験で示した。

参加者は、手術に踏み切った医療の事例を読み、その決め方を評価した。

中身が同じ決め方でも、手術が成功したと知らされた人は、失敗と知らされた人より高く評価した。

2023年には、別の研究チームが同じ実験をやり直した。結果バイアスは、同じ向きに表れた。

誤りが起きやすいのは、備えの中身の記録がゼロの振り返りだ。

記録がなければ、残る手がかりは結果だけになる。次の案件でも、運に助けられた決め方をそのまま繰り返すことになる。

運と準備は、結果が出る前に見立てを書き残すかで差がつく

運と準備を分けるには、結果が出る前に記録を残す。

どんな前提と根拠から、どの結論を選んだか。そこまでを書く。

前提には二種類ある。調べて確かめる見立てと、話し合って選ぶ物差しである。

記録には、両方を一行ずつ書く。

結果が出たら、評価するのは記録のほうだ。見立てが当たっていたかを、記録と照らして確かめる。

見立てが外れていたのに無事だった日は、運に助けられた日である。

見立てが当たって無事だった日に、初めて備えが効いたと言える。

無事の振り返り会で、本当に開くべきだったもの

トラブルゼロの会議室で、全員がうなずいた。

うなずく前に開くべきは、ゼロだった記録である。記録がなければ、備えか運かは誰にも分からない。

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