社内の規程集を、AIに読ませた。食い違ったら最新版を採る、というルールも入れた。
社員が、出張の手当を質問した。
AIは、新しい版の記述で、自信を持って答えた。
新しい版は、承認前の改訂案だった。
ルールは、書いたとおりに動いた。それでも答えは外れた。どこで道を外れたのか。
改訂案にも、いちばん新しい日付の札が付いていた
改訂案が選ばれた理由は、資料に添えた札にある。改訂案の札にも、いちばん新しい版と日付が書いてあった。
図書館の本の背には、分類の番号を書いた札が貼ってある。
データを説明するデータを、メタデータと呼ぶ。資料に添える札のことだ。
社内資料を探して答えるAIの仕組みを、RAG(検索拡張生成)と呼ぶ。
RAGでは、資料や、資料を分けた断片(チャンク)の一つずつに札を添える。
札には、題名、版、発行年、信頼度、分野、登録日時などを書く。
札の役目は、検索が見落とす情報を補うことだ。
RAGが資料を探す仕組み(ベクトル検索)は、意味の近さだけを見る。新しさ、信頼度、分野は、検索の外に残る。
古い文書と新しい文書の記述が食い違えば、AIの答えに両方が混じる。目的と違う分野の文書も混じる。
札は、検索の優先順位に使って初めて効く。札を読むルールを誤れば、札は誤った版を上へ押し上げる。
優先ルールは、なぜ崩れるのか
カラクリは、ルールの側にある。どの優先ルールも、前提を一つずつ抱えている。
食い違ったら最新版を採る。このルールは、新しい版ほど正しいという前提に立つ。
改訂で誤りが入った版や、承認前の案の前で、前提は崩れる。冒頭の規程集で起きたのは、まさにこの崩れ方だった。
RAGの優先ルールは、人の前提を前もって書き込んだものだ。
公式の資料を高く評価する。このルールは、公式の発信は事実だという前提に立つ。
ところが、公式発表の中の予測や方針は、事実より意見にあたる。
更新日が新しいものを優先する。このルールは、更新日が内容の新しさを表すという前提に立つ。
誤字を直しただけで、更新日が新しくなる古い内容もある。前提は、そこで崩れる。
点数を付けた人の見方が、そのままAIの自信になる
査読済み論文は5点、個人ブログは2点。そんな点数表を作ったとする。
点数表は、点数を付けた人のものの見方を、システムに写す。
厄介なのは、前提が崩れる場面でも、ルールが同じ確信の強さで動くことだ。
正しい古い版を捨てる。誤った新版を採る。迷いはない。
冒頭のAIの自信は、AIのものではなかった。ルールを書いた人の確信が、AIの口から出ただけだ。
答えを受け取る人は、書いた人の前提が入っていると知って読む必要がある。
AIには、もう一つの癖もある。食い違う資料を両方渡すと、一つのもっともらしい答えにならしてしまう。
ならされた答えからは、食い違いがあったことさえ読み取れない。
ルールの前に、何を事実とみなすかを書き出す
そこで、優先ルールの前に一段を足す設計がある。矛盾を見つけたら、答えを作る前に両方の記述を示す段だ。
優先ルールは、AIに渡す前提である。ルールを書く前に、二つの問いに答えを書く。
一つ目の問い。新しい版より古い版を正とすべき資料はどれか。
二つ目の問い。公式の資料のどこが事実で、どこが意見か。
書き出した答えを、ルールの但し書きとしてプロンプトに足す。次の文面のかっこの中を、自分の資料に書き換えて使える。
あなたは、(例:社内の規程集)について答える担当です。
資料が食い違うときは、新しい版を優先します。
ただし、(例:表紙に承認前と書かれた版)は、優先の対象から外します。
公式の資料のうち、(例:見通し、予測、方針の段落)は、意見として扱います。
食い違いを見つけたら、答えを作る前に、両方の記述と版を並べて示してください。
出張手当の答えは、どの版から返るか
優先ルールが崩れる場面は、前提を言葉にした人にだけ見える。
何を事実とみなすか。決めるのは、AIに資料を渡す人だ。
AIが自信を持って読み上げた改訂案。誤ったのはAIではない。最新版を正しいと思い込んだ人の前提だった。
冒頭の規程集なら、承認前の改訂案を優先の対象から外す但し書きを一行足す。
同じ社員が、同じ出張の手当を尋ねる。答えは、承認済みの版から返ってくる。
この記事の考え方は、拙著『GoogleのAI NotebookLM 意思決定の強化書』の2章4節「ソースを仕分ける」に書きました。この節を読むと、自分の優先ルールが何を事実とみなしているのかを、自分で点検できるようになります。
同じ資料を見ているのに、なぜ結論が割れるのか。
『GoogleのAI NotebookLM 意思決定の強化書』
前提が結論を決める。意思決定を根拠、前提、結論の三層に分け、前提を対象、目的、制約、評価基準の四つで言葉にする本です。
読み終えたとき、手元に残るもの
- 意思決定の設計図になる前提リスト
- 資料を事実、意見、噂、ゴミに仕分けるFORT
- 同じ物差しで比べる選択肢表と採点表
- 始める条件と止める条件を書いた決定書
NotebookLMは2026年7月にGemini Notebookへ名称が変わりました。本の手法は、使うAIの種類を問いません。

