社長のたとえ話で会議が進む危うさ:「新しいプロジェクトはジャングルだ」、議事録にはその一語だけが残った

会議の冒頭で、社長が言い切った。「新しいプロジェクトは、ジャングルだ」。

議事録には、ジャングルの一語だけが残った。

危険、未知、冒険。連想は議事録の外で、全員の前提になった。

だれも、その一語を確かめなかった。では、社長の一言は会議の何を決めていたのか。

ジャングルの一語から、逆の結論が二つ出てくる

ジョージ・レイコフとマーク・ジョンソンは、『Metaphors We Live By』(邦訳『レトリックと人生』)を書いた。

二人は、メタファーが修辞の飾りを越えて、考え方に染み込んでいると指摘した。

二人が挙げた例に、時間を金に、議論を戦争に例える見方がある。

英語で時間を「spend(費やす)」と言うのは、時間をお金として捉えているからだ。よく聞く説明である。

意思決定の場面で困るのは、メタファーが物差しまで連れてくることだ。

「議論は戦いだ」の枠で進む会議では、相手の案を取り入れた人が、負けた人として記憶に残る。

勝ち負けという物差しを、全員が口に出す前に採用しているからだ。

「ジャングルだ」からは、慎重に進め、という結論も、果敢に切り開け、という結論も、同じくらい自然に出てくる。

議論は戦いだというメタファーは勝ち負けの物差しを連れてきて、相手の案を取り入れた人を負けた人に見せる。プロジェクトはジャングルだからは、逆の結論がどちらも出てくる

逆の結論が、同じ一語から出る。議論は、どちらが正しいかを確かめる手がかりを持たないまま進む。

アナロジーの正体は、構造を借りて考えを進める推論だ

電気回路の働きを、水の流れで考える説明がある。水路で成り立つ構造を、回路にも当てはめて考えを進める。

構造を借りて考えを進める方法を、アナロジー(類推)と呼ぶ。AとBが似ているとき、Aで成り立つ構造をBにも当てはめる。

心理学者の楠見孝は、平凡社『世界大百科事典』第2版(1998年)でアナロジーを説明した。

未知の状況の問題解決で、既知の似た状況を利用する認知活動だという。

楠見は、手順の一段に写像を挙げる。ベースからターゲットへ知識を対応づけ、両者の特徴や構造を結びつける段階だ。

日常では、アナロジーを例えと同じ意味で使いがちだ。アナロジーは表現というより、推論の一つである。

例え(比喩)は、よく知られた別のものを借りて分かりやすくする表現だ。ここでは、「まるで〇〇のようだ」の直喩を例えと呼ぶ。

メタファー(隠喩)は、比べる言葉を使わずに「AはBである」と言い切る比喩である。

三つの違いは、何を借りるか。例えは印象を、アナロジーは構造を、メタファーは見方を丸ごと借りる。

借りるものが、当たり外れの確かめやすさを決める。新しいプロジェクトの難しさを、三通りに書いてみる。

例えなら、「新しいプロジェクトの進め方は、まるでジャングルを開拓していくようだ」。

アナロジーなら、「ジャングルで未知の土地を探って道を切り開くように、未知の市場を探って販売の道筋を手探りで築く」。

メタファーなら、社長の一言のとおり、「新しいプロジェクトはジャングルだ」。

例えは印象を借りて当たり外れを問う手がかりがほぼゼロ、アナロジーは構造を借りて対応ごとに確かめられ、メタファーは見方を丸ごと借りて点検の前に枠を決める

対応表を書くと、外れる一行に論点が現れる

「まるでジャングルのようだ」は、相手が情景を思い浮かべれば役目を終える。当たり外れを問う手がかりは、ほぼゼロだ。

アナロジーは、未知の土地と未知の市場を一つずつ対応させている。どの対応が外れるかを、一つずつ確かめられる。

ジャングルでは、一度切り開いた道が自分のものとして残る。市場では、切り開いた道を競合が後から無料で使う。

外れる点が見つかったところで、本当の論点が現れる。先行者の利益を、どう守るか。

ジャングルと新しい市場の対応表。未知の土地を探ることと道を切り開くことは成り立つが、道が自分に残る点は、市場では競合も後から使うので外れる。そこに先行者の利益をどう守るかという論点が現れる

他業界の成功事例を持ち込む会議でも、対応表を書く。

「うちも同じ構造だ」の一言で済ませると、似ている部分の多さが、外れる一行を隠す。

メタファーは、アナロジーに書き直すと点検できる

手順は三つ。

一つ目に、メタファーをアナロジーに書き直す。「AはBだ」を、Bの何がAの何に当たるか、の形にする。

二つ目に、対応を表にする。左の列にたとえの側を、右の列に実際の側を書く。

行ごとに、成り立つか外れるかを記す。

三つ目に、外れる点を一つ見つける。外れる点が、議論すべき論点になる。

広告コピーや文学では、確かめようのなさがメタファーの価値だ。点検の手順は、意思決定と説明の場面で使う。

AIに説明を頼むときも、同じ手順が使える。次のプロンプトのかっこの中を書き換えて使う。

(例:新しいプロジェクトはジャングルだ)というたとえを、アナロジーに書き直してください。
1. たとえの側と、実際の側の対応を表にしてください。
2. 行ごとに、成り立つか外れるかを書いてください。
3. 外れる点を一つ選び、外れる点から見える論点を一文で書いてください。

議事録の一語の横に、対応表を一枚

社長の一言は、慎重とも果敢とも読めるまま、全員の前提になっていた。

議事録のジャングルの一語の横に、対応表を一枚添える。全員の前提は、そこで初めて机の上に載る。

出典

この記事の考え方は、拙著『GoogleのAI NotebookLM 意思決定の強化書』の3章4節「情報を噛み砕き『知見』として吸収する」に書きました。この節を読むと、たとえが外れる場所を、自分で探しにいく問い方が身につきます。

同じ資料を見ているのに、なぜ結論が割れるのか。

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前提が結論を決める。意思決定を根拠、前提、結論の三層に分け、前提を対象、目的、制約、評価基準の四つで言葉にする本です。

読み終えたとき、手元に残るもの

  • 意思決定の設計図になる前提リスト
  • 資料を事実、意見、噂、ゴミに仕分けるFORT
  • 同じ物差しで比べる選択肢表と採点表
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