販促会議の議題は、駅のポスターに載せる一文だった。
参加者は一時間を、キャッチコピーとキャッチフレーズの違いの議論に使った。
会議が終わった。ポスターの一文は、会議の前と同じままだった。
議論は一時間続いた。一文は、一文字も動かなかった。
あの一時間は、どこへ消えたのか。
一時間の議論が空回りした理由
名前を決めても、言葉の中身は一文字も動かない。名前で決まるのは、言葉の置き場所だけである。
しかも、置き場所の線引きそのものが揺れている。
一つの整理では、キャッチコピーは、特定のキャンペーンのために作る広告文。キャッチフレーズは、企業やブランドの価値を表し、長く使い続ける標語である。
ただし、使い分けは業界でも人によっても違う。キャッチコピー自体が、和製英語だ。
英語では、同じものをtaglineやsloganと呼ぶことが多い。広告文全体は、copyと呼ぶ。
英語のcatchphraseは、ある人物と結びついた決まり文句を指すことがよくある。
正解のない線引きを、一時間で決められるはずがない。会議は、終わらない議論を選んでいた。
名前を問う代わりに、問いを一つに絞ればよかった。言葉を、来年も使っているか。
寿命で分けると、求める性質は逆を向く
来年も使うかという問いは、言葉の寿命を問うている。
名前は、言葉が何の仲間かを決める。寿命は、言葉に何をさせるかを決める。
寿命の長さを決めるのは、言葉をいつまで使うつもりかという、作り手の意図だ。
短い寿命の言葉には、鮮度が要る。「今年の夏」「新商品」のように、いまの空気と結びつく言葉だ。
長い寿命の言葉には、一貫性が要る。流行から離れた言葉である。
長寿の実例がある。ナイキの「Just Do It」は、1988年に登場した。
2013年、ナイキは25周年を記念する広告を出した(Creative Bloq、2013年8月)。四半世紀を生きた言葉は、流行語と無縁の三語だった。
すぐ飲む牛乳と、何年も置く缶詰は、作り方が違う。広告の一文も同じである。
寿命を読み違えた一文は、どうなるのか
寿命は、あくまで作り手の意図だ。十年のつもりの標語が数年で消えることも、キャンペーンのつもりの言葉が長く残ることもある。
意図さえ決めないまま書くと、事態はもっと悪い。
一つの言葉に両方を求めると、言葉はちぐはぐになる。三か月で差し替える駅のポスターが、社是のように重くなる。
逆に、十年使う標語に流行語を入れると、数年で古びる。
AIに頼んでも、この穴はふさがらない。キャッチコピーを考えて、とだけ頼むと、AIは寿命を自分で補う。
返ってくるのは、どちらの寿命とも取れる平均的な言葉だ。名前だけの会議と、同じ結末になる。
名前の欄を消して、対象、目的、制約、評価基準の四つを書く
AIへのプロンプトに書く項目は四つ。対象、目的、制約(期間、媒体、字数)、評価基準(鮮度か一貫性か)である。
四つがそろえば、名前の欄は省ける。
書く前に、言葉を来年も使うかを決める。来年も使うなら一貫性を、三か月で差し替えるなら鮮度を、評価基準に書く。
次の文面のかっこの中を、自分の仕事に書き換えて使えばよい。
次の条件で、広告の一文を5案書いてください。
対象:(例:通勤中の30代)
目的:(例:新商品の発売を知ってもらう)
制約:(例:使う期間は発売から3か月。駅のポスターに載せるので15字以内)
評価基準:(例:鮮度を優先する。今後10年使う言葉なら、一貫性を優先する)
会議の最初に置くべきだった問い
あの販促会議の最初の問いは、名前より、ポスターを何か月貼るかでよかった。
三か月と答えが出れば、評価基準は鮮度に決まる。その瞬間から、一文を書き始められた。
出典
- Creative Bloq「New Nike ad celebrates 25 years of ‘Just Do It’」2013年8月 https://creativebloq.com/branding/nike-celebrates-25-years-just-do-it-8134136
この記事の考え方は、拙著『GoogleのAI NotebookLM 意思決定の強化書』の1章3節「前提と定義が結論を決める」に書きました。この節を読むと、名前の議論に時間を使う前に、その言葉の寿命や載せる場所といった前提を具体的に書けるようになります。
同じ資料を見ているのに、なぜ結論が割れるのか。
『GoogleのAI NotebookLM 意思決定の強化書』
前提が結論を決める。意思決定を根拠、前提、結論の三層に分け、前提を対象、目的、制約、評価基準の四つで言葉にする本です。
読み終えたとき、手元に残るもの
- 意思決定の設計図になる前提リスト
- 資料を事実、意見、噂、ゴミに仕分けるFORT
- 同じ物差しで比べる選択肢表と採点表
- 始める条件と止める条件を書いた決定書
NotebookLMは2026年7月にGemini Notebookへ名称が変わりました。本の手法は、使うAIの種類を問いません。

