企画会議で、司会がAIに頼んだ。「新商品のアイデアを百個出して」。
百案が、数十秒で画面に並んだ。
参加者は、口をそろえた。どれも、見たことのある案だ。
数は、頼んだとおり百あった。足りなかったのは、数ではない。
では、何が足りなかったのか。
AIの百案が、ありきたりになる理由
17世紀にロックは、人の心は白紙で生まれ、観念はすべて経験から来ると唱えた。
生成AIは、ロックの描いた心に似ている。大量の文章という経験から、もっともらしい案を組み立てるからだ。
生成AIは、学習した文章の統計から言葉を組み立てる。
ただし、似ているのは比喩の上でのことだ。AIにも、データの外から与えた枠がある。設計者が決めたモデルの構造である。
アイデアを出して、とだけ頼めば、ありきたりの案が返る。経験の平均を組み合わせると、平均的な案になるからだ。
とりあえず百案を出す発想法は、AIの登場前の方法である。百案なら、AIが数十秒で出す。
経験の組み合わせは、AIが引き受ける。では、人は発想に何を持ち込むのか。
経験に秩序を与える枠は、経験の外から来る
ふだん発想というと、案や情報という材料を増やす作業を思い浮かべる。
材料の外に目を向けた哲学者がいる。カントだ。
カントは、すべての認識は経験とともに始まると考えた。同時に、認識の一部は、経験に先立つ心の形式から来るとも考えた。
空間と時間という直観の形式。因果性などのカテゴリー。どちらも、経験に先立って心に備わる。
感覚の素材は、形式とカテゴリーを通って秩序を得る。
経験に秩序を与える枠は、経験の外から来る。
二つの説をつなぐと、人の持ち込むものが見える
アイデア(idea)の起源をめぐって、哲学は二つの説の間で論じてきた。
生まれつき心に備わるとする生得説。経験から来るとする経験説。
カントの考えは、二つの説の対立を統合する試みである。素材は経験から来る。枠は経験の外から来る。
AIの百案は、素材の側だ。人が持ち込むのは、枠の側である。
答えは、どの前提を疑うかという問いの枠だ。
問いの枠は、何を当然とみなし、何を疑うかを決める問いの立て方である。材料をどこから組み直すかを、問いの枠が決める。
人の出番は、疑う前提を選ぶところにある
ソクラテスの問答法は、問いの枠を作る道具である。相手の主張の前提を一つずつ問い、矛盾を指摘する。
AIにソクラテスの役を与えれば、自分が当然とみなしていた前提を書き出せる。
現象学の本質直観も使える。商品の性質を、一つずつ変えてみる。
どの性質を変えると別の商品になるかを、AIに挙げさせる。
候補を広げるのは、AIだ。別物になったかを決めるのは、商品で何を約束しているかを知る人である。
次の企画会議で使う三つの手順
一つ目に、案出しを頼む前に、企画の前提をAIに問いただしてもらう。当然とみなしていた前提を書き出す。
二つ目に、書き出した前提から、疑う一つを人が選ぶ。
三つ目に、選んだ前提を変えて、AIに案を組み直させる。
一つ目の手順には、次の文面が使える。かっこの中を、自分の企画に書き換える。
あなたはソクラテスです。私の企画(例:駅前の書店に喫茶の席を置く企画)の前提を、一問ずつ問いただしてください。
質問は、1回につき1問にしてください。
私が答えたら、答えに含まれる別の前提を指摘してください。
前提を一つ渡せば、百案の顔ぶれが変わる
冒頭の企画会議なら、新商品は店頭で売る、という前提を一つ疑う。
AIが組み直す百案は、顔ぶれが入れ替わる。
見たことのある百案を生んだのは、AIではない。疑う前提を一つも渡さなかった頼み方だ。
この記事の考え方は、拙著『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』の8章3節の「哲学者との壁打ち」に書きました。この節を読むと、AIに案を出させる前に、自分のどの前提を問わせるべきかを考えられるようになります。
AIの答えが物足りないとき、疑うべきはAIか、自分の言葉か。
『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』
AIは言葉でしか動かない。プロンプトを暗記するのをやめ、構成要素に分解して、自分の言葉で意図を込める力を鍛える本です。
読み終えたとき、手元に残るもの
- 必須、任意、形式の三つに分けたプロンプトの構造
- 回答の質を変える、意図を込めた生きたプロンプト
- 発注と検収は人が担う、AIとの役割分担
- 章末の演習プロンプト26題
4刷重版。全国の大学図書館65館が所蔵しています(2026年10月時点)。

