新規顧客の解約が増えた月の会議。課長が聞いた。「解約を減らすには、どうすればいい?」
案は三十個出た。
どの案から試すかを決める前に、会議の時間が終わった。
課長の「どうすればいい」は、答えが満たす条件を一つも決めていなかった。
試す案が決まらない間も、解約は止まらない。
「良質な問いがあれば、答えは手に入れたも同然だ」という格言がある。半分は本当だ。
残りの半分は、問いを立てた後の分析と実行である。では、良い問いの良さは何で測るのか。
良い問いの物差しは、目的ごとに変わる
教師が良い問いと呼ぶのは、生徒の思考を育てる問いだ。
技術者が良い問いと呼ぶのは、問題を正確に定める問いだ。
良質な問いとは、問いを立てた目的を果たす問いである。
冒頭の会議の目的は、どの案から試すかを決めることだった。課長の問いは、目的に届いていなかった。
目的に届く問いへ立て直すと、何が起きるのか。手本になる例がある。
突破口は、問いを立て直した場所で開いた
遅いエレベーターの苦情があった。問いは、速くする、から、待ち時間を短く感じさせる、へ変わった。
犬の保護施設では、里親を増やす、から、飼い主の手放しを防ぐ、へ問いが変わった。
ペニシリンはどうか。フレミングの問いは、なぜカビの周りで細菌が消えたのか、だった。
有効成分の単離と精製は、次の問いとして残った。
薬への道を開いたのは、フローリーやチェーンらの問いである。どう単離し、どう精製するか。
1945年、フレミング、チェーン、フローリーの三人は、そろってノーベル生理学・医学賞を受けた。
答えを変えたのは、問いの立て直しだった。
では、立て直した問いは、なぜ道を開くのか。
問いが先に決めるもの、捨てる道の正体
認知科学者アシュウィン・ラムの理論によれば、問いは知識目標である。手持ちの知識に空白があるときに生まれる。
問いがあるから、人は情報を探し、知識を組み直す。
カラクリはここにある。良い問いは、答えの中身が見える前に、見る場所と捨てる道を決める。
残るのは、枠の中の詳細を埋める作業だけだ。
置き忘れた鍵が玄関の棚にあると分かれば、探すのは玄関の棚だけである。家じゅうをひっくり返す必要はない。
エレベーターの問いは、速さを上げる道を捨てた。見る場所を、待つ人の感じ方に決めた。
課長の問いは、見る場所も捨てる道も決めていなかった。三十の案は、家じゅうをひっくり返した跡である。
格言は、アインシュタインと結びつけて語られることが多い。
命がかかっているなら最初の55分を問いに使う。有名な言葉だが、出典の特定は難しいとされる。
確かめられているのは、『物理学の進化』(1938年)の一節である。
問題の定式化は、しばしば解決よりも本質的である。
AIに頼むなら、ここで差がつく
AIは、渡された問いの枠の中で答えを探す。
枠が曖昧なら、答えは一般論に散らばる。三十の案が並んだ会議と同じ姿だ。
目的、前提、範囲、答えの形を先に決めて渡す。AIの仕事は、枠の中を埋める作業に絞られる。
次の文面のかっこの中を、自分の課題に書き換えて使える。
目的:(例:来期の施策を決めるために、解約の理由の仮説を三つに絞ります)
対象:(例:直近半年に契約した法人顧客)
前提:(例:価格は据え置きです)
答えの形:(例:仮説、根拠になるデータ、確かめ方の三列の表)
狙いと違う答えが返ってきたら、どうするか。答えを責める前に、問いを立て直す。
課長の問いを、一文で立て直す
冒頭の会議なら、解約を減らすには、という問いを立て直す。
直近半年に法人顧客が解約した理由を、三つに絞るには。
三十の案は、三つの仮説に結びつく数案に絞られる。
どの案から試すか。答えの半分は、問いを立て直した一文の中にある。
拙著『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』を読むと、何を頼み、どんな背景を渡し、どんな形式で返してもらうかの順で、良い問いをAIが動けるプロンプトに変えられるようになります。社内の研修や講演で取り上げる場合は、講演と研修の案内をご覧ください。
出典
- If I Had an Hour to Solve a Problem Albert Einstein(Conversational Leadership)
- Richard Feynman on Why Questions(Farnam Street)
- How was penicillin developed?(Science Museum)
- Disruptive Innovation Theory(Christensen Institute)
- Design Thinking Part 4: Framing and Reframing Design Problems
- The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1945(Nobel Prize Outreach、1945年)
