担当者が、AIに頼んだ。「来月の販促イベントの、良い企画を考えて」。
返ってきたのは、どの店でも使える無難な企画だった。
担当者は、AIが手を抜いたと感じた。
依頼の中に、目的、制約、評価基準を書いた行は、ゼロだった。
AIは、本当に手を抜いたのか。
手を抜く動機を持たない代理人
人に仕事を任せる関係を、経済学はプリンシパル・エージェント問題として調べてきた。
委託者(プリンシパル)が、代理人(エージェント)に仕事を任せる。典型例は、株主と経営者、雇用主と従業員である。
古典の一つは、1976年にジェンセンとメックリングが発表した論文だ。任せる関係から生まれる費用を、エージェンシー・コストとして論じた。
ずれの原因は、二つとされる。
一つ目は、目標の違い。二つ目は、情報の偏り(情報の非対称性)だ。
情報の偏りとは、代理人の考えや動きのうち、委託者が見通せる範囲が狭い状態を指す。
古典的な対策も二つだった。
成果に報酬を結びつけること。代理人の行動を見張ること。
生成AIでは、ユーザーが委託者で、AIが代理人だ。
大規模言語モデルの推論の細部は、設計者でも説明しきれる範囲が限られる。情報の偏りは、人間の代理人より大きい。
ところが、目標の違いの側では、事情が逆になる。
人間の代理人には、委託者を出し抜く動機がある。手を抜いて浮いた時間を、自分の副業に回す代理人もいる。
AIが委託者を出し抜いて得る報酬は、ゼロ。
AIが自分の目標を持つと言えるかは、研究者の間で議論が続いている。
無難な企画が返ってきた本当の理由
無難な企画のまま進めれば、自分の店ならではの理由がない催しに、来月の予算と人手を使う。
カラクリは単純だ。AIは、頼む側が空けた欄を、もっともありそうな一般論で埋める。
良い企画を、とだけ頼む。誰にとっても無難な企画が返る。
学習した文章の中で、もっともありそうな一般論。空いた欄に入るのは、それである。
開発者の側でも、ずれを減らす研究が進んでいる。
人間の評価でモデルを調整する手法(RLHF)。出力の点検。第三者の監査。
それでも、空いた欄を持っているのは委託者である。目的、制約、評価基準は、委託者が書く。
任せる前の三行で、差がつく
三つの欄は、何のために、どんな制約の中で、何を基準に良しとするか、だ。
販促イベントの目的なら、「雨の日の来店客を、前年より2割増やす」の一文で足りる。
制約と評価基準も、一文ずつ書く。
目的に迷うときは、目的の候補をAIに並べてもらう。候補から一つを選ぶのは、委託者だ。
次の文面のかっこの中を、自分の依頼に書き換えて使える。
(例:来月の販促イベントの企画)を3案考えてください。
目的:(例:雨の日の来店客を、前年より2割増やします)
制約:(例:予算は30万円以内。スタッフは2人で回します)
評価基準:(例:常連客が友人を連れてきたくなるかを最も重く見ます)
「良い企画を」の後ろに、三行
無難な企画が返ってきたら、AIの手抜きを疑う前に、依頼の空いた欄を探す。
「良い企画を」の後ろに三行あれば、返ってきたのは、自分の店の企画だったはずだ。
この記事の考え方は、拙著『GoogleのAI NotebookLM 意思決定の強化書』の「はじめに」の「前提を言葉にすれば、結論が見えてくる」に書きました。読むと、AIに仕事を渡す前に、委託者として自分が決めておくべきことを考え始められます。
同じ資料を見ているのに、なぜ結論が割れるのか。
『GoogleのAI NotebookLM 意思決定の強化書』
前提が結論を決める。意思決定を根拠、前提、結論の三層に分け、前提を対象、目的、制約、評価基準の四つで言葉にする本です。
読み終えたとき、手元に残るもの
- 意思決定の設計図になる前提リスト
- 資料を事実、意見、噂、ゴミに仕分けるFORT
- 同じ物差しで比べる選択肢表と採点表
- 始める条件と止める条件を書いた決定書
NotebookLMは2026年7月にGemini Notebookへ名称が変わりました。本の手法は、使うAIの種類を問いません。

