新商品の社内プレゼンが終わると、会議室に大きな拍手が起きた。
翌週、企画の稟議は差し戻しになった。
差し戻しの書面には、費用と効果の数字を求める一行があった。
拍手の安心を、書面一枚がひっくり返した。では、会議室の拍手は何を測っていたのか。
拍手が大きいほど、稟議は遠のく
社内プレゼンで笑いが取れたと成果を報告する。営業日報に、お客様が笑顔でした、と書くのと同じだ。
受注の欄は、空のまま。
拍手の大きさで出来を測ると、何が起きるか。話し手は、観客の物差しに合わせて話を磨き始める。
決めてもらうための要素は、話から一つずつ消えていく。
拍手を物差しにしたプレゼンは、稟議を通すという目的を果たせない。拍手が大きいほど、話し手は同じ磨き方を続ける。
拍手は観客の物差し、稟議は目的の物差しだ
術の字は、目的を果たすための技を指す。話術は、口頭で何かを伝えるときの話し方の技術である。
商談、授業、説得の場で、話術を使う人は、意図を伝えるために言葉と順序を工夫する。
話芸は、高座や舞台で、観客の前で演じる語りの芸だ。落語、講談、浪曲、漫才が代表である。
芸の字には、芸術、芸能の意味がある。話芸では、観客が味わうこと自体が目的だ。
二つを分けるのは、技法より先に、誰が何を物差しにして良し悪しを決めるかだ。
話芸の良し悪しを決めるのは、観客だ。笑ったか、また来たいと思ったか、木戸銭を払う価値があったか。
話術の良し悪しを決めるのは、話し手が掲げた目的である。相手が理解したか、納得したか、決めてほしいことを決めたか。
話術では、笑いや拍手は途中の手がかりにとどまる。
冒頭のプレゼンは、話芸としては成功した。話術としては、稟議を通すという目的の手前で止まった。
物差しが違えば、鍛え方も違う。話術は目的を物差しに、声に出す練習、録音での確認、第三者の意見で鍛える。
話芸は観客を物差しにする。弟子入りして演目を覚え、高座で観客の反応を受けて場数を踏む。
いい感じに直して、と頼むと何が返るか
差し戻しの後、AIにプレゼン原稿の手直しを頼むとする。いい感じに直して、とだけ書く。
AIは、物差しを自分で補う。補った物差しが拍手なら、返るのは拍手向きの原稿だ。
拍手向きの原稿は、次の会議でもう一度拍手を集める。稟議は、また同じ一行とともに戻ってくる。
渡すのは、目的と成功の基準の二つだ
AIに渡すのは、目的と、何が起きたら成功かの二つだ。芸の要素をどこまで入れるかも、決めて渡す。
次のプロンプトのかっこの中を、自分の話に書き換えて使う。
(例:社内の決起会で話す3分のあいさつ)の原稿です。
目的:(例:来期の方針を全員に理解してもらう)
成功の基準:(例:終わった後に、参加者が来期の方針を1文で言える)
組み立て:結論を最初に置き、要点は2つに絞り、専門用語はかみ砕いてください。
芸の要素:(例:場を和ませる短い話を冒頭に1つ。方針の説明より短くする)
二つは、ゆるやかにつながっている。間の取り方は、説得の場でも効く。
研修の冒頭のように、聞き手が前向きになること自体が目的の場もある。聞き手を前向きにすることが目的なら、聞き手の反応が正当な物差しだ。
話す前に、目的と、何が起きたら成功かを一文ずつ書く。拍手の大きさは、二つ目の文に照らして、途中の手がかりとして読む。
次の稟議で、費用と効果の数字を先に示す
差し戻しの書面が求めたのは、拍手の大きさではなかった。費用と効果の数字だった。
あの一行を、次は成功の基準の欄に先に書く。
拙著『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』の2章1節に、この記事の考え方を書きました。読むと、話でもAIへの依頼でも、自分の意図のうち何がまだ言葉になっていないのかを探せるようになります。
AIの答えが物足りないとき、疑うべきはAIか、自分の言葉か。
『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』
AIは言葉でしか動かない。プロンプトを暗記するのをやめ、構成要素に分解して、自分の言葉で意図を込める力を鍛える本です。
読み終えたとき、手元に残るもの
- 必須、任意、形式の三つに分けたプロンプトの構造
- 回答の質を変える、意図を込めた生きたプロンプト
- 発注と検収は人が担う、AIとの役割分担
- 章末の演習プロンプト26題
4刷重版。全国の大学図書館65館が所蔵しています(2026年10月時点)。

