株価が下がった日の夕方には、下がった理由を説明する文章が、ちょうど必要な数だけ現れます。その朝のうちに、その理由で下がると書いた文章は、たいてい見当たりません。
値動きを「誰かの悪意」で説明したくなったとき、ハンロンの剃刀は、陰謀より先に単純な要因を確かめよと教えてくれます。この記事ではその順番を確かめたうえで、陰謀説を剃り落とした跡に、もっともらしい後付けの物語が生えてくることを示します。剃刀の次に切るべきものは、どんな動きにも理由を付けてしまう説明そのものです。
陰謀より先に、単純な要因を順に確かめます
SNSや掲示板には、「裏で機関が仕掛けた」「大口がまとめて投げた」「陰謀めいた売り崩しだ」といった投稿があふれています。ハンロンの剃刀を市場に当てはめるなら、陰謀や仕掛けで説明する前に、もっと単純な要因を考えろ、という意味になります。
人が悪意の物語に引き寄せられる理由は、おおむね三つです。他者のせいにしたほうが損失を受け止めやすい。難しい話のほうが賢そうに見える。そしてSNSでは悪意の物語ほどドラマ性があり、広まりやすい。そこで、値動きの理由を確かめる順番を決めておきます。
- 決算(数字、コメント、ガイダンス)
- 個別材料(IR、ニュース)
- 地合い(指数、セクター、マクロ)
- 金利、為替、政策の要因
- 需給(信用残、出来高、イベント)
- ETFやインデックスのリバランス
- それでも説明できないときだけ、意図や戦略を検討する
板の薄さによるブレや、単なる変動のような誤差に近い動きも、この順番の途中で片づきます。意図をいきなり最初に持ってくると、確かめる手間を飛ばして結論へ跳ぶことになります。ここまでは、剃刀の正しい使い方です。
この順番は、どんな値動きにも理由を見つけてしまいます
たとえば、材料の見当たらない日に、ある銘柄が3%下がったとします。順番どおりに確かめると、決算にも個別材料にも手がかりがない。次は地合いです。指数が下げていれば地合い、指数が上げていればセクターの売り、セクターも上げていれば需給。どこかで必ず、理由らしきものが見つかります。翌日に同じ銘柄が3%上がっても、同じ順番で、同じくらい簡単に理由が見つかるでしょう。
需給で売られた、という説明は、雨が降ったのは空気中の水が落ちてきたからだ、と言うのに近いものがあります。間違ってはいませんが、明日の天気には何の役にも立ちません。上がれば買いが優勢、下がれば売りが優勢と、どちらの動きにも当てはまる説明は、どちらの動きも予測していないからです。どんな結果も説明できる説明は、何も説明していません。
ここで、剃刀の効き目が裏返ります。陰謀説を切ったあとに順番どおり探すと、必ず何か見つかる。理由は普通にある、自分がまだ見つけていないだけ、という信念は、探せば何かが見つかるという意味では正しいのです。問題は、見つかったものが理由である保証がないことです。陰謀の物語を、もっと地味で、そのぶん疑われにくい後付けの物語に取り替えただけかもしれません。
分からないを答えとして許し、検証は自分の記録で行います
そこで、剃刀の次の一手を足します。一つは、理由は分からない、を正式な答えとして許すことです。決算発表の直後の大きな値動きのように、時刻と材料がはっきり対応している場合は理由を特定できます。しかし材料のない日の小さな動きについて、外から理由を確かめる方法は限られています。分からない動きに理由を付けて安心するより、分からないと記録したほうが、次の判断を歪めません。
もう一つは、市場の理由ではなく、自分の行動を検証の対象にすることです。値動きの理由は確かめにくくても、自分がその日に何を見て、何を考え、何をしたかは記録できます。そして検証できるのは、事前に書いたことだけです。買う前に、どんな理由でどう動くと見込んでいるかを一行書いておけば、結果と突き合わせられます。書いていなければ、結果が出てから理由を選べてしまいます。
最近あなたが「理由が分かった」と感じた値動きについて、その理由を値動きの前に書いていたでしょうか。書いていなかったなら、同じ理由で逆向きの動きも説明できなかったでしょうか。
この記事の背景にある考え方は、拙著『ChatGPTではじめるAI株式投資』の5章6節、AIとの感想戦の節に書きました。取引履歴をAIに渡し、勝ち方と負け方のクセや認知のバイアスを数字で立ち上げ、続けること、やめることを決める振り返りで、「データと感情の両面からの学びを得て、次の勝機へとつなげましょう。」と書いています。この節を読むと、市場の理由探しから一歩引いて、自分の判断の記録を検証の材料にする振り返りを、自分の取引で組み立てられるようになります。本は銘柄を勧めるものではなく、自分の判断の基準を設計するための道具です。
情報を集めるほど、判断がぶれるのはなぜか。
『ChatGPTではじめるAI株式投資』
成果を分けるのは、投資の軸の有無。AIを予言者ではなく壁打ち相手にして、自分の価値観を芯、軸、ルールの三段で言葉にする本です。
読み終えたとき、手元に残るもの
- やらないことまで書いた、自分の投資の軸
- スクリーニング、売買、ポートフォリオの三つのルール
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本書は投資助言を行いません。特定の銘柄を勧める本ではありません。

