絵画は「何が描かれているか」だけではない

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対象・主題・モチーフ・テーマ・コンセプト・意味・価値を整理する

絵画を見ていると、「モチーフ」「テーマ」「コンセプト」「主題」といった言葉がよく出てきます。

ところが、これらの言葉は互いに近く、説明する人によって使い方も少しずつ違います。そのため、なんとなく意味はわかっていても、それぞれの違いを説明しようとすると意外に難しいものです。

そこで、絵画を一つの「構造」として捉えてみます。

すると、絵画を見るための基本的な問いは、次のように整理できます。

  1. 何を見ているのか
  2. 何を中心に描いているのか
  3. 何を表現材料として使っているのか
  4. 何について語っているのか
  5. どのような考え方で作品にしたのか
  6. そこから何を読み取れるのか
  7. その作品の何が重要なのか

この7つの問いは、それぞれ、

「対象」
「主題」
「モチーフ」
「テーマ」
「コンセプト」
「意味」
「価値」

に対応します。

この順番で整理すると、絵画鑑賞の全体像がかなり見通しやすくなります。

1 対象――何を見ているのか

最初にあるのが「対象」です。

対象とは、見る、描く、考える相手のことです。

たとえば、画家が雨の日の駅前に立っているとします。

そこには、

駅舎
通行人


水たまり
看板


など、さまざまなものがあります。

これらはすべて、画家にとって「対象」になりえます。

この段階では、まだ作品として何を描くかは決まっていません。

対象とは、いわば世界の側に存在しているものです。

したがって、

対象=何を見るか

と考えるとわかりやすいでしょう。

2 主題――何を作品として取り上げるのか

画家は、目の前にあるすべてを同じ重要度で描くわけではありません。

たとえば、雨の日の駅前を見ながら、

「傘を差して歩く群衆を描こう」

と決めたとします。

このとき、「雨の駅前を歩く群衆」が作品の中心になります。

これが「主題」です。

つまり、

対象

選択・焦点化

主題

という関係です。

対象が「何を見ているか」であるのに対し、主題は、

何を作品として取り上げるか

です。

ここで注意したいのは、「主題」という言葉には多少の揺れがあることです。

美術の説明では、「描かれている題材」という意味で使われる場合もあれば、「作品が扱う思想的なテーマ」という意味で使われる場合もあります。

そのため、厳密に整理するなら、

「主題対象=subject matter」
「テーマ=theme」

を分けて考えた方が混乱が少なくなります。

ここでは「主題」を、作品の中心となる具体的な内容という意味で使います。

3 モチーフ――何を表現材料として使っているのか

次に「モチーフ」です。

モチーフとは、作品の中で繰り返し、あるいは重要な要素として使われる具体的な題材です。

先ほどの作品なら、


人物
水たまり
濡れた路面
駅舎
光の反射

などがモチーフになります。

ここで、対象とモチーフの違いが重要です。

「傘」という物体そのものに、対象やモチーフという属性が固定されているわけではありません。

画家が傘を観察している段階では「対象」です。

作品の中で傘を重要な表現要素として使えば「モチーフ」になります。

つまり、違いはモノではなく、作品内での役割にあります。

短く言えば、

対象=見るもの
モチーフ=表現に使うもの

です。

4 テーマ――何についての作品なのか

ここから、具体物の世界から抽象概念の世界へ移ります。

作品の中には、傘や人物、水たまりといった具体的なモチーフがあります。

しかし、それらを通して作者が扱っているのは、必ずしも「傘」そのものではありません。

たとえば、

孤独
都市
匿名性
群衆
疎外
他者との距離

といった問題かもしれません。

これが「テーマ」です。

したがって、

モチーフ=具体的なもの
テーマ=抽象的なこと

と整理できます。

文法的に見ると、この違いはかなりわかりやすくなります。

モチーフは、

「花」
「月」
「窓」
「鳥」
「椅子」

など、具体名詞になりやすい。

テーマは、

「孤独」
「自由」
「愛」
「死」
「記憶」
「時間」

など、抽象名詞になりやすい。

もちろん例外はありますが、最初の整理としては有効です。

5 コンセプト――テーマをどう作品化するのか

テーマとコンセプトは、とくに混同されやすい概念です。

たとえば、

「孤独」

だけならテーマです。

一方、

「大勢の人間を描くことで、逆説的に都市における孤独を表現する」

となると、これはコンセプトです。

テーマが抽象的な「話題」や「問題」だとすれば、コンセプトは、

そのテーマをどのような視点・方法・発想で作品化するか

を示します。

したがって、

テーマ=抽象概念
コンセプト=抽象命題

と整理すると、違いが明確になります。

たとえば、

テーマ:記憶

コンセプト:
「消えかけた風景を描くことで、記憶が失われていく感覚を表現する」

テーマ:自由

コンセプト:
「閉じられた室内に空だけを大きく描くことで、自由への希求を表現する」

となります。

ここで重要なのは、

モチーフ → テーマ → コンセプト

が、単純な抽象度の階段ではないことです。

モチーフとテーマは主として「作品が何を扱うか」に属します。

一方、コンセプトは「作者がどう作品を設計するか」に属します。

つまり、コンセプトは内容というより、構想の側にある概念です。

6 意味――作品から何を読み取るか

作品が完成すると、今度は作者側から鑑賞者側へ視点が移ります。

鑑賞者は作品を見て、そこに何らかの意味を読み取ります。

たとえば、

「人に囲まれていても、人間は孤独になりうる」

「都市では人間が互いに匿名化されている」

「同じ空間にいることと、つながっていることは違う」

といった解釈です。

これが「意味」です。

ここで、コンセプトと意味がよく似ていることに気づきます。

しかし、両者は方向が違います。

コンセプトは、

作者

作品

という方向です。

意味は、

作品

鑑賞者

という方向です。

したがって、

コンセプト=作者が作品に与える構想
意味=鑑賞者が作品から読み取る解釈

と整理できます。

もちろん、作者のコンセプトと鑑賞者の解釈が一致する場合もあります。

一方で、異なる意味が読み取られることもあります。

むしろ優れた作品ほど、一つの意味だけに閉じない場合があります。

7 価値――その作品の何が重要なのか

最後に「価値」です。

意味を読み取った後、私たちはさらに、

「この作品の何が重要なのか」

「なぜこの作品を見る価値があるのか」

と考えます。

これが「価値」の問題です。

たとえば、

「現代都市における孤独を新しい構図で可視化した点に価値がある」

「ありふれた日常風景の中から社会的な問題を発見させる点に価値がある」

「従来の絵画にはなかった技法を開拓した点に美術史的価値がある」

といった評価です。

ここで、意味と価値も分けておく必要があります。

意味は、

この作品は何を意味しているか

という解釈です。

価値は、

その意味や表現が、なぜ重要なのか

という評価です。

したがって、

意味=解釈
価値=評価

と整理できます。

7つの概念を一度に並べる

ここまでを一つの例にまとめてみます。

雨の日の駅前を描いた架空の絵があるとします。

対象:
雨の日の駅前、人々、建物、車、光

主題:
雨の中を歩く群衆

モチーフ:
傘、水たまり、人物、濡れた路面、光の反射

テーマ:
都市、孤独、匿名性

コンセプト:
大勢の人を同じ方向に歩かせることで、都市における個人の孤独を表現する

意味:
人間は群衆の中にいても孤独でありうる

価値:
現代都市の人間関係を、日常的な風景を使って可視化したところに意義がある

こうして並べると、それぞれの役割の違いが見えてきます。

絵画は一方向に読むものではない

以上を図式化すると、次のようになります。

世界には多くの「対象」があります。

その中から作者が何かを選び、「主題」とします。

主題を具体的な「モチーフ」によって構成します。

その作品では何らかの「テーマ」が扱われます。

作者はテーマを特定の「コンセプト」によって作品化します。

そして完成した作品を鑑賞者が見て、「意味」を読み取ります。

さらに、その作品の「価値」を評価します。

流れで示すと、

世界

対象

選択

主題

モチーフによる表現

作品

意味の解釈

価値の評価

となります。

ただし、ここにはもう一本、作者側の流れがあります。

テーマ

コンセプト

作品

です。

したがって、絵画は一本の直線というより、複数の軸が交差する構造として考える方が正確です。

さらに「形式」「技法」「文脈」を加える

ここまでの7概念は、主として「何が描かれ、どう意味づけられるか」を扱っています。

しかし、絵画の全体を捉えるには、さらに三つの領域があります。

一つ目は「形式」です。

構図
色彩



陰影
遠近法
余白
配置

などです。

これは、

どう見せているか

という問題です。

二つ目は「技法・素材」です。

油彩
水彩
テンペラ
キャンバス

筆致
重ね塗り
点描

などです。

これは、

何を使い、どう作ったか

という問題です。

三つ目は「文脈」です。

時代
社会
宗教
政治
文化
作者の人生
美術史
流派
依頼主

などです。

これは、

どのような背景の中で作品が成立したか

という問題です。

したがって、絵画全体を整理するなら、次のようになります。

作品内容
――対象、主題、モチーフ、テーマ

制作構想
――コンセプト、制作意図

表現形式
――構図、色彩、線、光、形態

素材・技法
――絵具、支持体、筆致、制作方法

成立文脈
――歴史、社会、文化、美術史

鑑賞・受容
――意味、価値、感情、評価

この構造で考えると、絵画について語るときに、どのレベルの話をしているのかがかなり明確になります。

「観察」と「鑑賞」の違いも見えてくる

この整理には、もう一つ面白い点があります。

絵を見る行為を、

「観察」と「鑑賞」

に分けられることです。

観察では、まず作品に存在するものを見ます。

何が描かれているか。
どこに配置されているか。
どんな色か。
どんな形か。
どのような光か。
どんなモチーフがあるか。

つまり観察は、

作品に何があるかを捉える行為

です。

一方、鑑賞では、

なぜこの構図なのか。
何をテーマにしているのか。
何を意味しているのか。
どんな価値があるのか。

と考えます。

つまり鑑賞は、

観察したものに意味や価値を与える行為

と考えることができます。

したがって、

観察

事実・特徴を捉える

解釈

意味を考える

評価

価値を考える

という流れが見えてきます。

絵画を見るための10の問い

最終的には、絵画を見るとき、次の10問を持っているだけでもかなり深く鑑賞できます。

  1. 何が見えるか――対象
  2. 何が中心か――主題
  3. 何が繰り返し使われているか――モチーフ
  4. どんな問題を扱っているか――テーマ
  5. どんな発想で表現しているか――コンセプト
  6. どう見せているか――形式
  7. どう作られているか――技法
  8. どんな背景で生まれたか――文脈
  9. 何を読み取れるか――意味
  10. なぜ重要なのか――価値

こうして見ると、絵画鑑賞とは、単に「きれい」「好き」「よくわからない」と感想を述べることではありません。

まず見る。

次に分ける。

関係を考える。

意味を読み取る。

最後に価値を判断する。

この一連のプロセスそのものが、鑑賞です。

絵を見る能力とは、美術史の知識だけではありません。

目の前にあるものを正確に観察し、そこから構造を見つけ、意味を仮説として立ち上げ、その価値を考える能力です。

そう考えると、絵画鑑賞は美術館の中だけで使う技能ではありません。

写真を見るときも、広告を見るときも、映画を見るときも、建築を見るときも、街を歩くときも使えます。

さらに言えば、人や社会を見るときにも使えます。

「何があるか」と「それをどう意味づけるか」を分けること。

その間にある構造を丁寧に見ること。

絵画鑑賞とは、その訓練でもあるのです。

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