
アブダクションは、観察された事実を説明する仮説を立てる推論である。
典型例として、「地面が濡れている」という観察がある。このとき私たちは、「雨が降ったのではないか」「誰かが水を撒いたのではないか」「水道管が破裂したのではないか」といった仮説を立てる。これがアブダクションである。
しかし、この説明には見落としがある。
アブダクションの質は、仮説をいくつ出せるかだけで決まらない。むしろ、その前段階にある「観察文の質」によって大きく決まる。
粗い観察文は、仮説を無駄に増やす
「地面が濡れている」という文は、一見すると明確に見える。しかし、実際には情報量が少ない。
どこが濡れているのか。
どの範囲が濡れているのか。
どの程度濡れているのか。
水は流れているのか。
水源は見えるのか。
周辺も濡れているのか。
軒下や屋内はどうなっているのか。
これらが不明なままでは、「濡れている」という述語は粗い。
そのため、仮説の候補が過剰に広がる。
雨かもしれない。散水かもしれない。水漏れかもしれない。結露かもしれない。清掃後かもしれない。飲み物をこぼしたのかもしれない。消火活動の跡かもしれない。
このように、観察文が粗いと、アブダクションは広く浅い仮説列挙になる。仮説をたくさん出しているように見えるが、その多くは最初の観察文が粗いせいで発生しているノイズである。
先に述語を絞る
役に立つアブダクションでは、仮説を出す前に、観察文の述語を絞り込む必要がある。
たとえば、単に、
「地面が濡れている」
と書くのではなく、
「屋外のアスファルト道路が、広範囲にわたり、ほぼ均一に濡れている。建物の軒下だけは濡れていない。水源らしい一点は見当たらない」
と書く。
この観察文では、「濡れている」という述語が限定されている。
単なる「濡れている」ではなく、
「屋外で」
「広範囲に」
「ほぼ均一に」
「軒下を除いて」
「明確な水源なしに」
濡れているのである。
ここまで述語を絞れば、仮説空間は狭くなる。水道管破裂、飲料のこぼれ、局所的な散水は弱くなる。雨が降ったという仮説が有力になる。
つまり、観察文の段階で述語を絞れば、アブダクションで列挙すべき仮説の範囲も絞れる。
仮説の比較より前に、観察文の設計がある
アブダクションの説明では、しばしば「複数の仮説を出し、比較し、最もよいものを選ぶ」と言われる。
それ自体は間違いではない。しかし、これだけでは不十分である。
なぜなら、仮説の数が多すぎる場合、その原因は推論能力の不足ではなく、観察文の設計不足にあることが多いからである。
粗い観察文から出発すると、仮説は無制限に広がる。すると、比較、採点、検証のコストが上がる。しかも、後工程でどれほど丁寧に検証しても、最初の観察文が曖昧であれば、検証の精度は上がらない。
逆に、観察文が精密であれば、仮説の数は自然に減る。仮説が減れば、比較が容易になる。比較が容易になれば、演繹による検証も明確になる。
したがって、実務で使えるアブダクションには、仮説生成の前に「観察文の述語の絞り込み」が必要である。
演繹推論の質も上がる
観察文の述語を絞り込む利点は、仮説の数を減らすことだけではない。後続する演繹推論の質も上がる。
たとえば、粗い観察文では、
「雨が降ったなら、地面が濡れているはずだ」
という予測になる。
しかし、この予測は弱い。水撒きでも、水漏れでも、清掃でも、地面は濡れるからである。
一方、観察文が精密であれば、演繹される予測も精密になる。
「雨が降ったなら、屋外の広範囲が濡れているはずだ」
「雨が降ったなら、軒下は濡れていないはずだ」
「雨が降ったなら、周辺道路も同じように濡れているはずだ」
「雨が降ったなら、水源らしい一点は見つからないはずだ」
このように、仮説から導かれる検証項目が具体化する。
つまり、観察文の述語を絞り込むことは、アブダクションだけでなく、その後の演繹推論にも効く。観察文が粗ければ、仮説も粗くなり、演繹も粗くなる。観察文が精密であれば、仮説も精密になり、演繹も精密になる。
注意すべきは、観察と解釈を混ぜないこと
ただし、述語を絞り込むときには注意が必要である。
絞り込みには、よい絞り込みと悪い絞り込みがある。
よい絞り込みは、観察可能な属性による限定である。
「広範囲に濡れている」
「軒下は濡れていない」
「水源らしい一点はない」
「濡れ方がほぼ均一である」
これらは観察に基づく記述である。
一方、悪い絞り込みは、仮説を観察文に混入させることである。
「雨で濡れている」
「自然に濡れている」
「誰かが撒いたわけではない」
これは観察文ではない。すでに解釈である。
アブダクションの前に必要なのは、解釈ではなく、観察の高解像度化である。観察文に仮説を混ぜると、その後の推論は見かけ上は速くなる。しかし、それは結論を先取りしているだけである。
役に立つアブダクションの手順
実務で使うなら、手順は次のようになる。
まず、観察文を書く。
次に、その観察文の述語を確認する。「濡れている」「遅れている」「売れていない」「反応が悪い」「混乱している」などの述語は、たいてい粗い。
そのうえで、述語を観察可能な属性で限定する。
どこで起きているのか。
どの範囲で起きているのか。
いつから起きているのか。
どの程度起きているのか。
何と比べてそう言えるのか。
例外はどこにあるのか。
周辺にも同じ現象があるのか。
ここまで絞り込んでから、仮説を出す。
この順番を守ると、アブダクションは「思いつきの仮説出し」ではなくなる。観察文によって制約された、検証可能な仮説生成になる。
結論
アブダクションは、仮説を出す推論である。
しかし、役に立つアブダクションは、仮説を出す前に始まっている。
出発点は、観察文である。
鍵は、述語である。
必要なのは、述語の絞り込みである。
「地面が濡れている」と言うだけでは、仮説は広がりすぎる。
「屋外のアスファルト道路が、広範囲に、ほぼ均一に濡れており、軒下だけは濡れていない」と言えれば、仮説は絞られる。
つまり、アブダクションの効率と精度は、仮説生成能力だけで決まらない。観察文の述語をどこまで精密に限定できるかによって決まる。
よい仮説は、よい観察文から生まれる。
よい観察文は、絞り込まれた述語から生まれる。




