社内報の原稿に、上司が赤ペンを入れた。読点を三つ足し、二つを消した。
翌月、上司が替わった。
前の上司が足した読点を、新しい上司は消した。
書き手の手元に残ったのは、二通りの赤ペンの跡。
次に守る規則は、ゼロのままだった。
二人の上司の、どちらが正しかったのか。
赤ペンが二通り残ると、書き手は次の原稿で迷う
根拠を伏せたまま読点を足したり消したりする添削は、直す人の好みを写す。
好みは、人ごとに違う。上司が替わるたびに、正解も替わる。
添削を受けた側には、次に守る規則がゼロのまま残る。
規則のないまま次の原稿を書けば、また次の赤ペンを待つことになる。
では、読点の正しい打ち方は、どこかに決まっているのか。
国の基準でさえ、案と目安のまま書き直されてきた
句読点とは、文の終わりの句点「。」と、文の中の区切りの読点「、」を指す。
読み手が正しく区切って読むための、補助の印である。
起源は、漢文を日本語として読み下すときの記号だという。平安時代には、すでにあったらしい。
江戸時代の書き手は、「・」などの符号も使った。戦前の法令の多くは、句読点をほぼ持たない文章だった。
1906年(明治39年)、文部省が句読法案を発表した。句読点の使い方を、国が初めて公に示した。
名前のとおり、案である。
1946年の「くぎり符号の使ひ方」も、案の位置づけだった。
1952年の公用文作成の要領は、横書きの公用文の読点にコンマ「,」を使う原則を置いた。
2022年1月、文化審議会は「公用文作成の考え方」を文部科学大臣に建議した。
横書きの読点は「、」を原則とする、と改めた。
文化庁は、要領の通知から約70年がたち、実態に合わない部分が出たことを見直しの理由に挙げる。
なぜ国は基準を書き直し続けたのか。誰がどの媒体で読むかで、正しさが変わるからだ。
新聞、書籍、公用文は、今も各自の表記の決まりを持っている。
二人の上司の赤ペンには、根拠になる読み手の一行がなかった。
「読みやすくして」とだけ頼むと、AIは三人目の上司になる
AIに直させても、事情は変わらない。
「読みやすくして」とだけ頼むと、AIは学習した文章の平均的な好みで句読点を打つ。
好みの持ち主が、人からAIに替わっただけである。書き手の手元には、三通り目の赤ペンが増える。
規則が空白なら、AIは平均的な好みで空白を埋める。
読み手が誰かを知っているのは、頼む人だけだ。
読み手を決めて規則を書けば、直す人が替わっても直し方は変わらない。
規則は、一文の長さ、読点の数、箇条書きの句点の三つで足りる
書く規則は、一文の長さ、一文の読点の数、箇条書きの末尾の句点の三つだ。
読み手を一行で書き、三つの規則を添える。次の文面のかっこの中を、自分の文章に書き換えて使える。
読み手:(例:社内報の読者。スマートフォンで読みます)
規則:(例:一文は60字以内にします。読点は一文に二つまでにします。箇条書きの末尾は句点なしにします)
お願い:次の文章を、上の読み手と規則に合わせて書き直してください。
規則で縛るのは、早く正確に伝える業務文書だ。小説やエッセイでは、読点の位置が間や呼吸を表す。
二人の上司の赤ペンは、三行で一つにそろう
AIに問う力とは、読み手と規則を、自分の前提として言葉にする力である。
社内報の原稿にも、頼む前に三行を添える。
三行が先に紙にあれば、上司が替わっても、赤ペンの跡は一通りにそろう。
この記事の考え方は、拙著『ChatGPT 誰でも1時間でできる! はじめてのGPTsのつくり方』の3章7節「考えるGPT」に書きました。この節を読むと、赤ペンの直しやプロンプトの中で、まだ言葉になっていない基準を探せるようになります。
自分の仕事に効くAIは、誰が作るべきか。
『ChatGPT 誰でも1時間でできる! はじめてのGPTsのつくり方』
要件を日本語で書き出せば、それがそのままAIを動かす。現場の知識を持つ人が自分で作り、育てる、内製化のための本です。
読み終えたとき、手元に残るもの
- 目的、役割、入力、出力をそろえる要件定義の型
- 評価基準と判断基準を持たせる考えるGPTの作り方
- テスト用のダミーデータで直していく手順
- 複数のGPTを分業と協業でつなぐ設計
画面や機能の記述は2024年時点のものです。仕事を分解し、基準を言葉にする考え方は今も変わりません。

