部長が、会議の最後に聞いた。「A案で進めるべきですか」。
参加者は、賛成と反対に分かれた。話し合いは、賛成か反対かの二つの枠の中で進んだ。
一部だけ採る道も、時期をずらす道も、話に上がらなかった。
二択の問いを聞いた時点で、三つ目の案は議論の外に出ていた。
誰も、口止めはされていない。では、なぜ三つ目の道は、一度も声にならなかったのか。
問いには、答える前に飲み込む前提がある
身近な問いから始める。「なぜ施策は失敗したのですか」。
答える人は、理由を探し始める。その前に、施策が失敗したことを、黙って飲み込んでいる。
カラクリは単純だ。質問の内側には、答える前に受け入れさせる前提が折りたたんである。
質問は、答えより先に前提を通す。
論理学の言葉で、もう少し正確に見ておく。
論理学では、命題は、真か偽かを問える主張の文を指す。「図形Xは正方形である」は命題だ。
「図形Xは正方形ですか」は、真偽を問う文である。質問は、形のうえでは命題の外にある。
ただし、「図形Xは正方形ですか」は二つの前提に立っている。
問いの対象が図形だと特定できていること。答えが二つに分かれること。
問いが答える側に黙って受け入れさせる事柄を、問いの前提と呼ぶ。
対象が図形以外のものなら、問いは土台ごと崩れる。
答えた瞬間、前提は事実になる
施策の問いに戻る。答える人が理由を三つ挙げると、どうなるか。
失敗したかどうかは、確かめる前に、事実として通過する。
論理学では、確かめる前の前提を事実として抱えた問いを、複問と呼ぶ。論理学者は、複問を誤謬の一つとして扱ってきた。
歴史は古い。スタンフォード哲学百科事典によれば、古代ギリシャのアリストテレスも、多問の誤謬を挙げている。
二つの問いを、一つの命題のように問う誤りだ。
同じ事典の例は、ある団体に「まだ」入っているかという問いである。
はいと答えても、いいえと答えても、過去に入っていたことを認めてしまう。
はいかいいえで答える質問は、さらに見落としやすい前提を持ち込む。
「A案で進めるべきですか」と聞くと、問いの形が三つの道を外す。
案の一部だけを採る道。時期をずらす道。別の案と組み合わせる道。
二択で聞く会議では、選択肢を減らす決定が、議論の前に済んでいる。誰も、その決定に賛成した覚えはない。
AIも、前提ごと答えてしまう
人なら、途中で誰かが「そもそも」と言うかもしれない。AIは、どうか。
AIに「なぜ失敗したのか」と聞くと、AIは失敗の理由をもっともらしく並べることがある。
前提の誤りを指摘する場合もある。指摘の範囲は、モデルや書き方で変わる。
ChatGPTのような大規模言語モデルは、質問の文に続くもっともらしい文章を生成している。
だから、質問が持ち込んだ前提は、答えの前提にもなる。
研究もある。Najoung Kimらは、検索エンジンに実際に入力した質問を集めて試した。
中には、誤った前提や確かめようのない前提を含む質問がある。
結論は、今のモデルは疑わしい前提の扱いに苦労している、だった。Kimらは、計算言語学の国際学会ACLの2023年の大会で論文を発表した。
部長が同じ二択をAIに聞いても、同じことが起きうる。賛成か反対かの理由が、きれいに並ぶだけだ。
問いを出す前に、前提を書き出す
手当ては二つ。一つ目は、答えの前に、問いの前提をAIに挙げさせることだ。
次のプロンプトのかっこの中を、自分の質問に書き換えて使える。
次の質問に答える前に、質問が前提にしていることを箇条書きで挙げてください。
確かめが済んでいる前提と、確かめが残っている前提に分けてください。
分けた後で、質問に答えてください。
質問:(例:A案で来期から進めるべきですか)
二つ目は、二択の問いを、選択肢を挙げる問いに直すことだ。
進め方の選択肢を、見送りや部分的な実施も含めて挙げさせる。挙がった選択肢を、目的に照らして比べさせる。
部長の問いなら、こう直せる。「A案を全部採る、一部だけ採る、時期をずらす。目的に照らすと、どれがよいか」。
前提を書き出す手間に見合うのは、答えで何かを決める問いである。
「契約書の押印は済んでいますか」のような事実の確認なら、前提の洗い出しは省ける。
二択の問いが、会議室から消したもの
賛成と反対に割れた参加者は、誰も間違えていない。問いの枠の中で、正しく答えただけだ。
「A案で進めるべきですか」。一文の問いが、三つの道を、議論が始まる前に会議室の外へ出していた。
出典
- Fallacies(Stanford Encyclopedia of Philosophy、スタンフォード大学)
- (QA)²: Question Answering with Questionable Assumptions(Kimほか、ACL、2023年)
拙著『GoogleのAI NotebookLM 意思決定の強化書』の4章のコラム「結論の裏にある前提を逆算する」に、この記事の考え方を書きました。読むと、質問や主張に折りたたまれた前提を開き、どこを確かめれば議論が動くのかを見つけられるようになります。
同じ資料を見ているのに、なぜ結論が割れるのか。
『GoogleのAI NotebookLM 意思決定の強化書』
前提が結論を決める。意思決定を根拠、前提、結論の三層に分け、前提を対象、目的、制約、評価基準の四つで言葉にする本です。
読み終えたとき、手元に残るもの
- 意思決定の設計図になる前提リスト
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- 同じ物差しで比べる選択肢表と採点表
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NotebookLMは2026年7月にGemini Notebookへ名称が変わりました。本の手法は、使うAIの種類を問いません。

