商品企画の会議で、担当者が言った。
「若い客は、SNSで買い物を決めます。新商品の客層は、若い客です」。
「広告は、SNSに絞ります」。
三段論法の形だった。出席者はうなずいた。
会議は、次の議題に進んだ。点検は、ゼロ。
反対した人も、質問した人もいない。理屈が通って見えたからだ。
では、誰も止めなかった提案のどこに、穴が開きうるのか。
点検ゼロの提案は、広告の予算ごと一つの一般論に賭けている
この提案は、広告の行き先をSNSに絞る。支えているのは、「若い客は、SNSで買い物を決めます」の一文だけだ。
一文が外れていれば、絞った予算はまるごと的を外す。しかも、会議の記録には「全員が合意」と残る。
厄介なのは、結論のもっともらしさが人の目を曇らせる点だ。英国の心理学者エヴァンズらは1983年、三段論法の正誤を人に見分けさせる実験を報告した。
形の誤った三段論法でも、結論が信じやすいと、71%の人が正しいと答えた。結論が信じにくいと、受け入れた人は10%だった。
信じやすい結論は、形の誤りまで素通りさせる。冒頭の会議の結論も、いかにも信じやすい形をしていた。
「必ず正しい」推論が保証するのは、前提から結論への運び方だけだ
「すべての人間は死ぬ」「ソクラテスは人間である」。二つの文から、「ソクラテスは死ぬ」が導ける。
「若い客は、SNSで買い物を決めます」「新商品の客層は、若い客です」。二つの文から、「広告はSNSに絞る」が導ける。
二組は、同じ形をしている。演繹(deduction)とは、一般的な法則(大前提)に具体的な事実(小前提)を当てはめ、結論を導く推論である。
教科書は、演繹を三つの推論の中で最も確実だと教える。形が正しいと、結論は点検の前に通ってしまう。
だが、演繹が保証するのは、前提から結論への運び方の正しさ。前提の正しさは、演繹の外で決まる。
会議の全員がうなずいたのは、運び方の正しさだった。前提の正しさには、誰もうなずいていない。
会議の大前提の正体は、帰納で作った一般論である
帰納(induction)とは、複数の事例から共通点を見つけ、一般的な法則を推し量る推論だ。「カラスAもBもCも黒い」から、「カラスはおそらく黒い」と考える。
「白鳥はすべて白い」という一般化は、黒い白鳥の発見で崩れた。
1697年、オランダの航海者の一行が、西オーストラリアの川を探検した。スワン川の名は、川にいた黒い白鳥に由来する(ブリタニカ百科事典)。
白い白鳥の事例がいくつ積み上がっても、一羽の黒い白鳥で一般論は崩れる。
実務で使う大前提が、「すべての人間は死ぬ」ほど堅い法則であることは、まれだ。
「若い客はSNSで買い物を決める」「値下げすれば数量は出る」。どちらも、過去のいくつかの事例から帰納で作った一般論である。
一般論を大前提の席に置くと、たぶん正しい法則が、必ず正しい結論を生む装置に化ける。
点検するのは結論より、大前提の出どころだ
冒頭の会議なら、点検する大前提は「若い客は、SNSで買い物を決めます」の一文。推論の手順より、大前提がどこから来たかを見る。
手順は三つある。
-
大前提を一文で書き出す。
-
大前提を支える事例の件数と、事例の時期を書き添える。
-
いまの対象が、事例と同じ条件にあるかを比べる。
物理法則のように大前提が堅い領域なら、演繹は文字どおり強い推論である。
担当者が、AIの言い切りを大前提に使った場合も同じだ。
アブダクション(仮説形成)とは、目の前の事実を最もよく説明する仮説を推し量る推論だ。「道路が濡れている」から、「雨が降ったのでは」と考える。
生成AIの答えは、学習したデータから、確率的に最も妥当な続きを組み立てたもの。形としては、アブダクションに近い面がある。
AIの文面は、演繹のように言い切る形で返ってくる。言い切りの下にも、大前提の席に座った一般論がある。
AIの答えは、仮説として読む。大前提にした一般論を、AI自身に書き出させればよい。
次の文面のかっこの中に、AIの答えを貼って使える。
次の答えを、仮説として点検します。
答え:(AIの答えを貼る)
1. 答えが前提にしている一般論を、一文ずつ書き出してください。
2. 一般論ごとに、支える事例の種類と時期を書いてください。
3. 答えが外れるとしたら、どんな事実が見つかるはずかを三つ挙げてください。
うなずく前に、書き出すべきだった大前提の一文
形の正しさは、前提の正しさを何も保証しない。
冒頭の会議で先に書き出すべきだったのは、広告の案より、「若い客は、SNSで買い物を決めます」の出どころだった。
出典
- Swan River(Encyclopaedia Britannica) https://www.britannica.com/print/article/576293
- Evans, Barston, Pollard「On the conflict between logic and belief in syllogistic reasoning」(Memory and Cognition、1983年) https://research.leedstrinity.ac.uk/en/publications/on-the-conflict-between-logic-and-belief-in-syllogistic-reasoning/
- 1983年の実験の受け入れ率をまとめた表(Evans, Handley, Harper 2001年の再掲、スタンフォード大学の講義資料「Belief」) https://web.stanford.edu/class/symbsys170/Belief.pdf
この記事の考え方は、拙著『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』の4章2節「3つの推論パターン」に書きました。この節を読むと、もっともらしい結論に出会ったとき、どの段の前提を確かめればよいのか見当をつけられるようになります。
AIの答えが物足りないとき、疑うべきはAIか、自分の言葉か。
『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』
AIは言葉でしか動かない。プロンプトを暗記するのをやめ、構成要素に分解して、自分の言葉で意図を込める力を鍛える本です。
読み終えたとき、手元に残るもの
- 必須、任意、形式の三つに分けたプロンプトの構造
- 回答の質を変える、意図を込めた生きたプロンプト
- 発注と検収は人が担う、AIとの役割分担
- 章末の演習プロンプト26題
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