経営会議の前日、担当者が新しい受注管理の仕組みを一枚の図にまとめた。経営層向けなので、箱と矢印だけの全体像にした。
会議は10分で承認に至った。
半年後、二つの事業部が揉めた。顧客を事業部ごとに数えるか、全社で一件と数えるか。
数え方を決めていたのは、実装の担当者だった。
では、10分で通った図には、何が欠けていたのか。
10分で通った図は、決める一点を描かない種類の図だった
顧客の数え方は、経営会議を素通りした。数え方が、図のどこにも描かれていなかったからだ。
冒頭の箱と矢印だけの図は、スキーム図(Scheme Diagram)だ。抽象度を高くして、要の要素と流れだけを残す。
スキーム図は、いわば方向を示す地図だ。プロジェクトの全体像やビジネスモデルの概要を示すときに使う。
受注管理の仕組みを、顧客データの持ち方まで描くと、スキーマ図(Schema Diagram)になる。スキーマ図は、要素と、要素どうしのつながりを細かく描く。
スキーマ図は、いわば組み立てに使う設計図だ。データベースの設計や、細かい業務の流れに使う。
顧客をどう数えるかは、設計図の側に載る話である。地図だけを見た会議は、設計図の一点を見ないまま承認した。
「経営層には全体像」の習慣は、決める事柄が構造の話に及ぶと通用しなくなる
ふだんは、経営層にはスキーム図を見せる。技術者には、スキーマ図を見せる。
経営層は、方向や範囲を決める。技術者は、作り方を決める。
決める事柄が相手ごとに分かれている間は、相手で選ぶ習慣が通用する。
冒頭の会議で決めるべき事柄は、顧客データの持ち方だった。データの持ち方は、スキーマの話である。
顧客をどの事業部の売上として数えるかは、経営の意思決定でもあった。経営の意思決定が、設計図の側に隠れていた。
逆の場面もある。技術者との打ち合わせで、機能を誰のために作るかが白紙のまま、精密なスキーマ図を広げる場面だ。
議論は、細部の言い争いに流れる。
会議を素通りした一点は、作る側の机で決まる
絵空事ではない。米国のプロジェクトマネジメント協会(PMI)は、調査報告書「Pulse of the Profession」の要求管理編で数字を示した。
要求管理とは、何を作るかを決め、記録し、変更を見届ける仕事を指す。
目標に届かなかったプロジェクトのうち、47%は不正確な要求管理が原因だった。PMIの2013年の調査シリーズの数字である。
決めるべき一点が会議を素通りすると、決める役は作る側へ回る。
冒頭の数え方も、実装の担当者の机で決まった。半年後の揉めごとは、素通りした一点から始まった。
描く前に、見た人に決めてもらう事柄を一行で書けば、図の種類は決まる
図の種類は、見せる相手で選ぶものではない。図を見て決める事柄で選ぶ。
図を描く前に、見た人に何を決めてもらうかを一行で書く。
方向、範囲、優先順位を決めてもらうなら、スキーム図を描く。データの持ち方や部品の分け方を決めてもらうなら、スキーマ図を描く。
経営層への説明でも、決める事柄が構造の中にあれば、一点だけを切り出したスキーマ図を添える。
「図にして」とだけ頼むと、AIは中間の図を返す
図にして、とだけAIに頼むと、AIは抽象度を自分で選ぶ。返ってくる図は、全体像と細部の中間に寄りがちだ。
AIに頼むときも、決める事柄を一行目に書く。図の種類と要素の数は、二行目に書く。
次の文面のかっこの中を、自分の議題に書き換えて使えばよい。
会議で決めてもらう事柄:(例:顧客を事業部ごとに持つか、全社で一件にするか)
図の種類:(例:スキーマ図)
お願い:決める事柄に要る部分だけを図にしてください。要素は5つ以内にして、ほかの項目は省いてください。
決める事柄を一行で書けたら、図の種類はおのずと決まる。一行がまだ白紙の段階では、図より先に、関係者と論点を出し合う。
10分の承認を、10分の意思決定に変える一行
揉めごとの種は、10分の会議の机の上にあった。箱と矢印の図が、種を図の外へ追い出していた。
冒頭の図に「顧客をどう数えるか」の一行があれば、10分の承認は10分の意思決定に変わっていた。
出典
- PMI(Project Management Institute)「Requirements Management: Core Competency for Project and Program Success」Pulse of the Profession、The High Cost of Low Performance 2013シリーズ https://www.pmi.org/learning/thought-leadership/pulse/core-competency-project-program-success
この記事の考え方は、拙著『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』の2章1節「プロンプトの重要性と設計方針」の、意図を込める項に書きました。この項を読むと、AIに頼む前に、自分が何を決めたいのかを言葉にできているかを点検できるようになります。
AIの答えが物足りないとき、疑うべきはAIか、自分の言葉か。
『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』
AIは言葉でしか動かない。プロンプトを暗記するのをやめ、構成要素に分解して、自分の言葉で意図を込める力を鍛える本です。
読み終えたとき、手元に残るもの
- 必須、任意、形式の三つに分けたプロンプトの構造
- 回答の質を変える、意図を込めた生きたプロンプト
- 発注と検収は人が担う、AIとの役割分担
- 章末の演習プロンプト26題
4刷重版。全国の大学図書館65館が所蔵しています(2026年10月時点)。

