売上が前年より落ちた会社の会議で、担当者が一枚のロジックツリーを配った。
売上は、地域ごとの枝にきれいに分かれていた。
全員が、落ち込みの大きい地域の数字を読んだ。
一時間後、会議は営業体制の見直しで決着した。
地域で分けた理由を尋ねた人は、ゼロ。
分解は、分析の前の下ごしらえに見える。下ごしらえを疑う人は少ない。
では、あの一時間で、本当は何が決まっていたのか。
同じ数字で、結論が逆さまになった実例
切り口の怖さを示す、有名な調査がある。
1975年、米科学誌サイエンスに一本の論文が載った。カリフォルニア大学バークレー校の、大学院の出願を調べた論文である。
出願者は、男性8,442人、女性4,321人。大学全体で見ると、合格率は男性が約44%、女性が約35%だった。
数字だけなら、女性に不利な選考に見える。
学科ごとに分け直すと、景色が一変した。規模の大きい六つの学科で、女性に不利な偏りは見当たらなかった。
偏りがあるとすれば、むしろ男性に不利な向きだった。
差の正体は、出願先にあった。女性は、競争の激しい学科に多く出願していた。
全体で見るか、学科で分けるか。切り口一つで、結論は逆さまになる。
全体の数字で手を止めた人の手元には、逆さまの結論が残る。数字は、一つもまちがっていないのにである。
分解と分析は、どこで役割が分かれるのか
冒頭の会議とバークレー校の調査には、同じカラクリがある。
分解とは、まとまった対象を要素や部分に分ける作業を指す。数学の素因数分解も、問題を小さな課題に分けるブレークダウンも、分解だ。
分析とは、対象を基準に沿って調べ、結論を導くことである。
分解は、どう分けるかを決める。分析は、分けた結果から何が言えるかを決める。
どこで切るかを選ぶのは、人だ。切り口の選び方は、分析の結論を左右する前提になる。
切り口を選んだ瞬間に、分析の結論の向きは決まっている。冒頭のツリーは、配られた時点で会議の行き先を地域の話に決めていた。
売上の数字でも、打ち手を決めるのは切り口だ
前年より落ちた売上を、地域で分ける。ある地域の落ち込みが目立つ。
話は、営業体制の見直しへ向かう。
顧客で分けると、新規の顧客が減ったのか、既存の顧客が離れたのかが見える。
話は、獲得と維持のどちらに力を注ぐかへ向かう。
商品で分けると、特定の商品の不振が浮かぶ。話は、商品構成の見直しに移る。
見ている数字は同じ。打ち手を決めたのは、切り口だ。
MECEでも、精密な資料でも、切り口の誤りは隠れる
切り口の点検には、MECE(もれも重なりもゼロの分け方)を使う人が多い。MECEが確かめるのは、分け方の網羅である。
社員を血液型で分けても、MECEは満たせる。
血液型で分けた売上から出てくる打ち手は、ゼロ。
切り口が問いに合っているかは、別の物差しで確かめる。物差しは、分けた結果で打てる手が変わるかどうかだ。
もう一つの落とし穴は、分け直しにある。分解と分析は、往復で進む。
分けて調べた結論に無理があれば、分け直す。分け直しで直るのは、多くの場合、粒度だ。
地域をもっと細かく、顧客層をもっと細かく分ける。細かくなるほど、資料は精密に見える。
精密な資料を前にすると、切り口を疑う人は減る。問いに合わない切り口のまま、資料の説得力だけが増していく。
決める事柄を書いた一行が、会議の行き先を決める
冒頭の会議で抜けていたのは、ツリーの上に置く一行だった。
営業体制か、商品構成か、予算の配分か。分析の後に決める事柄を、分解の前に一行で書く。
決める事柄が移れば、効く切り口も移る。
地図も、使い道で選ぶ。車で行くなら道路地図、山に登るなら等高線の地図だ。
原因の見当がまだつかないなら、切り口を三つ並べて試す。効いた切り口を、後から選ぶ。
今日から使える手順は三つ。
一つ目に、分析の後に決める事柄を、分解の前に一行で書く。
二つ目に、切り口の候補を三つ並べる。AIに頼むなら、切り口ごとに向かいそうな結論を並べさせる。
三つ目に、分けた結果で打てる手が変わる切り口を選ぶ。
並んだ結論を見比べると、選んだ切り口が前提だと目に見える。次の文面のかっこの中を、自分の議題に書き換えて使える。
分析の後に決める事柄:(例:来期の予算を、どの部門に厚く配るか)
手元の数字:(例:前年より落ちた売上の月次データ)
お願い:手元の数字を分ける切り口を三つ出してください。切り口ごとに、分けた結果で向かいそうな結論と、打てる手を並べてください。
あの会議の結論は、ツリーを配った瞬間に決まっていた。
出典
- Bickel, Hammel, O’Connell「Sex Bias in Graduate Admissions: Data from Berkeley」(Science 187巻、1975年) https://www2.math.upenn.edu/~kazdan/210/notes-misc/gradadmit.html
この記事の考え方は、拙著『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』の4章1節「MECE、ロジックツリー、パレート分析」に書きました。この節を読むと、手元の分け方が問いに合っているかを、自分とAIの両方に問い返せるようになります。
AIの答えが物足りないとき、疑うべきはAIか、自分の言葉か。
『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』
AIは言葉でしか動かない。プロンプトを暗記するのをやめ、構成要素に分解して、自分の言葉で意図を込める力を鍛える本です。
読み終えたとき、手元に残るもの
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- 章末の演習プロンプト26題
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