誰の心にも残らないあらすじの正体:企画会議で読み上げたら、編集長は「どの冒険物語の話ですか」と聞いた

企画会議で、担当者があらすじを読み上げた。

「主人公は旅に出て、仲間と出会い、敵を倒して故郷に帰ります」。

編集長が聞いた。「どの冒険物語の話ですか」。

担当者のあらすじは、プロット(物語の設計図)から作ったものだった。設計図には、一冊の作品だけの筋が書いてあったはずである。

設計図から作ったのに、なぜどの物語にも見えたのか。

あらすじの正体は、因果と順序の選び直しだ

手がかりは、百年近く前の講演録にある。

イギリスの作家E・M・フォースターは、1927年の講演録『小説の諸相』で、二つの文を比べた。

講演は、1927年春にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで行ったクラーク講義である。

王が死に、次に王妃が死んだ、はストーリー。王が死に、悲しみのあまり王妃が死んだ、はプロットだ。

フォースターは同じ講演録で、ストーリーを、時間の順に並べた出来事の語りと定義している。

二つを分けるのは、なぜ、の有無である。

20世紀初めのロシア・フォルマリズムの研究者たちは、出来事が起きた順(ファーブラ)と、作品の中で語る順(シュジェート)を分けた。

二つの説を合わせると、プロットの芯は、出来事どうしの因果と、因果を見せる順序にある。

プロットは、書き手の設計図だ。どの出来事がどの順で起こり、人物の行動がどんな因果でつながるかを組み立てる。

あらすじは、設計図から読み手に合わせて、残す因果と見せる順序を選び直した紹介である。

あらすじは、主要な人物、主な出来事、行き着く先を短く伝える。読み手に、作品を手に取る動機をつくる。

縮めると、何から先に消えるのか

担当者の文を、もう一度読む。主人公は旅に出て、仲間と出会い、敵を倒して故郷に帰る。

主人公は、なぜ旅に出たのか。文のどこにも、答えはない。

カラクリはここにある。担当者のあらすじは、プロットを字数に合わせて縮めたものだった。

縮める途中で、出来事をつなぐ因果が先に消えていた。

プロットを機械的に縮めると、出来事が残る。削れるのは、出来事をつなぐ理由の言葉だ。

時間の順に並べ直すと、短く書ける。語りの順序の工夫も、並べ直しで消える。

王が死に次に王妃が死んだは時間順のストーリー、悲しみのあまりと因果でつなぐとプロットになります。縮めると因果と順序から先に消えるので、あらすじは残す因果を選び直して書きます

冒頭のあらすじは、ほとんどすべての冒険物語に当てはまる。すべての物語に当てはまる紹介文は、一冊の作品を紹介する力をほとんど持たない。

主人公を旅へ追い立てた理由を一つ入れる。紹介文は、一冊の作品の顔を持ち始める。

AIに頼むと、なぜどの物語にも見える紹介文が返るのか

では、縮める作業をAIに任せれば、因果は残るのか。

「あらすじを200字に縮めて」の一言で頼むと、AIは出来事を時間の順に並べがちだ。返ってくる要約は、字数を守った、どの物語にも見える紹介文である。

冒頭の担当者の文と並べると、形は同じだ。どちらも出来事を時間の順に並べ、理由の言葉を落としている。

人が縮めても、AIが縮めても、同じ失敗が繰り返される。字数の指定はあっても、何を残すかの指定が欠けている。

残す因果は、読み手で変わる

企画を通す相手と、本を買う客では、知りたいことが違う。

編集者に企画を通すためのあらすじなら、結末まで書く。書店の紹介文なら、結末を伏せて、問いだけを残す。

あらすじを書く前に、二つを決める。誰に向けて書くかと、どの因果を残すかだ。

AIには、残す因果と見せる順序を言葉にして渡す。次のプロンプトのかっこの中を、自分の作品に書き換えて使う。

次のプロットをもとに、(例:書店の紹介文)として(例:200字)のあらすじを書いてください。
必ず残す因果:(例:主人公を旅へ追い立てた理由。主人公が仲間を疑い続ける理由)
並べる順序:(例:読者が物語の中で出会う順)
結末:(例:伏せる)
残す因果の候補をほかに三つ挙げ、候補ごとに紹介文の印象がどう変わるかを書き添えてください。

AIは、候補を並べる。どの因果を残すかを選ぶのは、物語をいちばんよく知る書き手だ。

編集長の問いに答える一語

あらすじは、プロットを縮めて作るものというより、残す因果を選び直して書くものだ。

どの冒険物語の話ですか。編集長の問いに答える一語は、なぜ、だった。

出典

拙著『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』の6章1節「文章作成」に、この記事の考え方を書きました。読むと、何を書くかの前に、どんな骨組みで何を先に見せるかを、自分の文章や物語で組み立てられるようになります。

AIの答えが物足りないとき、疑うべきはAIか、自分の言葉か。

ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング 表紙

『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』

AIは言葉でしか動かない。プロンプトを暗記するのをやめ、構成要素に分解して、自分の言葉で意図を込める力を鍛える本です。

読み終えたとき、手元に残るもの

  • 必須、任意、形式の三つに分けたプロンプトの構造
  • 回答の質を変える、意図を込めた生きたプロンプト
  • 発注と検収は人が担う、AIとの役割分担
  • 章末の演習プロンプト26題

4刷重版。全国の大学図書館65館が所蔵しています(2026年10月時点)。

Amazonで見る

著者プロフィール・お問い合わせ