テスト担当者が、ChatGPTに架空の顧客データを10件作らせた。
リストの使い道は、SMSの送信機能のテスト。実際にメッセージを送る機能である。
テストの前日、担当者は気づいた。
電話番号の一つが、取引先の番号と同じ並びだった。
気づかなければ、テストのSMSは取引先に届いていた
架空の顧客に送るはずのテストのメッセージ。番号が同じなら、届く先は実在の取引先になる。
本物の顧客名簿をテストに使えば、漏えいの危険が生まれる。だから架空のデータを作ったはずだった。
本物の個人情報や口座番号の代わりに置く、架空のデータ。それがダミーデータだ。
画面の表示確認、帳票のレイアウト確認、研修の演習。ダミーデータの出番は多い。
ChatGPTは、架空の氏名、住所、電話番号、メールアドレス、カード番号を作れる。
取引履歴、商品名、価格、在庫数、日時も作れる。形式は、CSV、JSON、XML、表計算ソフトに貼れる表から選べる。
言葉の上では、架空であることが定義の中心だ。
ところが、AIが作るダミーデータでは、架空であることの保証がない。
架空のつもりの値は、なぜ実在の誰かと重なるのか
ChatGPTが作るダミーデータの危うさは、本物らしすぎることにある。
AIが作るのは、本物にありそうな値だ。
ありそうな電話番号は、誰かが実際に使っている番号と重なりうる。
ありそうな住所にも、実際に人が住んでいることがある。
AIが返すのは、実在との照合の前の値にすぎない。
テスト用の顧客リストから、本物の誰かにメールが届いたらどうなるか。
データは、事故報告書の添付資料に変わる。
危うさが生まれるのは、データが外へ出る機能とつながったときだ。
画面で見た目を確かめるだけなら、本物らしさはむしろ役に立つ。
本物から遠ざける値は、頼む人が決める
では、どう頼めば事故を防げるのか。作る値の種類より先に、本物から遠ざける値を指定する。
メールアドレスには、例示用に予約されたドメインである example.com を使う。
1999年のRFC 2606は、例示に使える予約済みの名前として example.com を挙げる。RFCとは、インターネットの技術の取り決めを記した文書である。
カード番号は、決済の事業者がテスト用に公開している番号を使う。
厄介なのは、電話番号と住所だ。予約の枠があいまいなことが多い。
そこで、テストの側に、送信を止める仕組みを置く。外へ届く経路を、仕組みで断つ。
実在との重なりがゼロだと示すには、世の中の全部と照らし合わせる必要がある。
手元で照らし合わせられる範囲は、限られている。だから経路を断つ。
本物から遠ざける値は、データの行き先で決まる
最初に、データの流れる先を決める。
画面に出すだけか。メールやSMSを送る機能につながるか。
流れる先が決まれば、本物から遠ざける項目も決まる。
データを何に使い、どこまで届くか。それは頼む人の前提だ。
項目と件数に加えて、前提も言葉にしてAIに渡す。
次の文面のかっこの中を、自分のテストに書き換えて使える。
(例:顧客管理システムの画面テスト)用に、架空の顧客データを(例:10件)作ってください。
使い道:(例:画面の表示確認だけに使います)
項目:(例:名前、住所、電話番号、メールアドレス、登録日)
形式:(例:CSV)
本物から遠ざける指定:(例:メールアドレスのドメインは example.com に統一します。名前の前に TEST と付けます)
送信の扱い:(例:電話番号と住所は、送信を止めたテスト環境だけで使います)
前日に気づけたのは、運が良かっただけだ
担当者が前日に番号を見つけたのは、仕組みの力ではない。運である。
次は、送信を止める仕組みで事故を防ぐ。
拙著『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』の3章4節「事実回答のばらつきを抑える秘訣」に、この記事の考え方を書きました。読むと、AIに作らせた値のどれが本物と重なりうるか、どこで確かめ、どこで外へ出る経路を断つかを考えられるようになります。
AIの答えが物足りないとき、疑うべきはAIか、自分の言葉か。
『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』
AIは言葉でしか動かない。プロンプトを暗記するのをやめ、構成要素に分解して、自分の言葉で意図を込める力を鍛える本です。
読み終えたとき、手元に残るもの
- 必須、任意、形式の三つに分けたプロンプトの構造
- 回答の質を変える、意図を込めた生きたプロンプト
- 発注と検収は人が担う、AIとの役割分担
- 章末の演習プロンプト26題
4刷重版。全国の大学図書館65館が所蔵しています(2026年10月時点)。

