
見る力ではなく、「根拠を持って見る力」を鍛える方法
VTSとは、Visual Thinking Strategies の略で、日本語では「視覚的思考戦略」などと訳されます。
絵画や写真などの視覚情報を見ながら、参加者が気づいたことを言葉にし、それについて対話する学習・思考の方法です。もともとは美術鑑賞の教育手法として知られていますが、現在では観察力、思考力、対話力、問題発見力を鍛える方法としても応用できます。
VTSを理解するうえで重要なのは、これは単に「絵を見る練習」ではないという点です。VTSが鍛えるのは、対象をよく見る力だけではありません。見たことを根拠と結びつけ、そこから解釈を組み立てる力です。
VTSの基本的な問い
VTSでは、主に次のような問いが使われます。
「この絵で何が起きていますか?」
「どこからそう思いましたか?」
「ほかに気づいたことはありますか?」
この3つの問いは非常に単純に見えます。しかし、実際にはかなり高度な思考を要求しています。
最初の問いは、観察した情報から状況を読み取る問いです。
二つ目の問いは、その解釈の根拠を確認する問いです。
三つ目の問いは、最初の見方に固定されず、さらに別の情報を探す問いです。
つまりVTSは、
見る
気づく
言葉にする
根拠を示す
もう一度見る
という循環をつくります。
この循環によって、漠然と眺める状態から、根拠を持って観察する状態へ移行します。
観察力とは何か
観察力とは、対象の特徴、差異、変化、関係を見つける力です。
ただし、観察力は「視力がよい」という意味ではありません。目に入っている情報の中から、意味のある要素を取り出す力です。
たとえば、同じ部屋を見ても、人によって気づくことは異なります。
ある人は「机がある」としか言わないかもしれません。
別の人は「机の上に書類が散らばっている」と言うかもしれません。
さらに別の人は「書類は散らばっているが、椅子は整然と戻されている」と言うかもしれません。
この差が観察力の差です。
観察力が高い人は、対象を大ざっぱにまとめず、細部の違いや関係に気づきます。そして、その気づきを言葉にできます。
VTSは観察力をどう鍛えるのか
VTSが観察力を鍛える理由は、観察と解釈を分ける訓練になるからです。
たとえば、ある絵を見て「この人は怒っている」と言ったとします。
これは観察ではなく解釈です。実際に観察されているのは、眉間にしわが寄っている、口元が固く結ばれている、腕を組んでいる、といった要素です。
VTSでは、そこで「どこからそう思いましたか?」と問います。
すると、「怒っている」という判断の根拠を探すことになります。
眉間にしわがあるから。
口角が下がっているから。
相手から顔を背けているから。
拳を握っているから。
このように、解釈の背後にある観察情報を明らかにします。
ここにVTSの重要な機能があります。VTSは、直感的な印象を否定するのではありません。しかし、その印象を根拠のある認識へ変換します。
観察文の精度を上げる
VTSは、「観察文の精度を上げる訓練」と考えることもできます。
たとえば、次のような観察文があるとします。
「人がいる」
これは観察として間違ってはいません。しかし、情報量は少ない。
もう少し精度を上げると、
「男性が窓際に立っている」
さらに精度を上げると、
「男性が部屋の中で、背中を丸めて窓の外を見ている」
さらに細かくすると、
「男性は椅子に座らず、机から少し離れた位置で、肩を落として窓の外を見ている」
となります。
観察文が精密になるほど、その後の推論の質も上がります。
「人がいる」だけでは、ほとんど何も推測できません。
しかし、「肩を落として窓の外を見ている」となれば、疲労、落胆、思案、待機など、より限定された仮説を立てることができます。
つまり、よい観察は、よい仮説形成の前提になります。
観察力とアブダクションの関係
観察力は、アブダクションとも深く関係します。
アブダクションとは、観察された事実から、それを最もうまく説明する仮説を考える推論です。
たとえば、「床が濡れている」という観察があるとします。
そこから、
雨漏りしたのかもしれない。
誰かが水をこぼしたのかもしれない。
清掃直後なのかもしれない。
濡れた傘を置いたのかもしれない。
といった仮説が出てきます。
しかし、観察文が「床が濡れている」だけでは、仮説の範囲が広すぎます。
もし観察文が、
「窓際の床だけが濡れている」
「天井には染みがある」
「机の上は濡れていない」
「窓は少し開いている」
というように精密化されていれば、仮説の範囲は絞られます。
この場合、「水をこぼした」よりも、「雨が吹き込んだ」可能性のほうが高くなります。
つまり、観察が粗いと、アブダクションも粗くなります。
観察が精密だと、仮説形成も精密になります。
VTSは、この「観察を精密にする」段階を訓練する方法として使えます。
VTSは美術鑑賞だけのものではない
VTSは美術鑑賞の手法として知られていますが、応用範囲は美術に限定されません。
たとえば、取材では、相手の発言だけでなく、沈黙、表情、言い淀み、場の空気を観察する必要があります。
ビジネスでは、顧客の行動、会議での反応、売上データの変化、現場の違和感を観察する必要があります。
文章を書く場合も同じです。よい文章を書くには、対象を大ざっぱに捉えるのではなく、具体的な違いを見つける必要があります。
「若者は本を読まない」と書くよりも、「本を読まない」の中身を観察する必要があります。
紙の本を読まないのか。
長文を読まないのか。
文学を読まないのか。
SNSの短文は読んでいるのか。
動画の字幕は読んでいるのか。
観察が細かくなるほど、問いも精密になります。
VTSの本質
VTSの本質は、視覚情報を使って「観察」と「解釈」と「根拠」を往復することにあります。
人は、見た瞬間に解釈してしまいます。
「怖そうな人」
「楽しそうな場面」
「失敗している状況」
「問題のある職場」
しかし、それらは観察ではなく、観察から生まれた解釈です。
VTSは、その解釈に対して「どこからそう思ったのか」と問い返します。
この問いによって、印象は根拠に戻されます。
根拠に戻ることで、再び対象を見直すことができます。
見直すことで、最初の解釈が修正されることもあります。
このプロセスが、観察力を鍛えます。
まとめ
VTSとは、視覚情報をもとに、観察、根拠、解釈を深める対話手法です。
観察力とは、対象の特徴や変化を見つける力です。しかし、観察力はただ細かく見る力ではありません。見たものを言葉にし、その根拠を明確にし、解釈と区別する力です。
VTSは、その訓練に適しています。
特に重要なのは、VTSが「観察文の精度」を高めることです。
観察文が粗ければ、仮説も粗くなります。
観察文が精密であれば、仮説も精密になります。
その意味で、VTSは美術鑑賞の方法にとどまりません。問題発見、取材、企画、文章執筆、データ分析、推論の基礎訓練としても有効です。
VTSとは、見る力を鍛える方法ではなく、根拠を持って見る力を鍛える方法である。
そう捉えると、観察力との関係が明確になります。




