公理と定理の差異

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序論:辞書的定義を超えて ― 公理と定理の根源的役割

公理と定理の区別は、一見すると単純明快である。公理は証明されることなく真であると受け入れられる基礎的な前提であり、一方で定理はそれらの公理から論理的に証明された結論である 1。この簡潔な差異こそが、あらゆる論理的・数学的知識体系を構築する上での中心的な力学をなしている。この関係性は、しばしば建築にたとえられる。公理系という壮大な建築物において、公理はその揺るぎない「礎石(いしずえ)」であり、定理はその礎石の上に築かれる壁、部屋、そして尖塔といった「殿堂」の全体像に相当する 1

しかし、この比喩はさらに深い問いを提起する。もし、その礎石が自明の真理ではなく、単なる「選択」であったとしたらどうだろうか。もし、異なる礎石を選ぶことができ、それによって全く異なる殿堂が築かれ得るとしたらどうだろうか。そして、いかに強固な礎石を据えようとも、その上に建設可能な殿堂には限界があり、決して構築できない部分が存在するとしたらどうだろうか。本稿は、これらの問いを道標とし、公理と定理の単純な定義から出発し、その歴史的変遷、哲学的含意、そして最終的には証明可能性の限界へと至る知的な探求を行うものである。


第I部 数学体系の解剖学

1.1 公理 ― 推論の礎石

中核的定義

公理(axiom)あるいは公準(postulate)とは、証明を必要とせず、それ以降の論理的推論の出発点として導入される命題である 4。それは、ある理論体系がその上に築かれる、最も基本的な前提にほかならない。

古典的見解:自明の真理

歴史的に、公理の概念は古代ギリシャの哲学と数学にその源流を持つ。当時、公理は「自明の真理」と見なされていた。すなわち、あまりにも明白で根源的であるため、いかなる正当化も必要とせず、合理的に疑うことのできない言明であるとされた 6。ギリシャ語の

ἀξίωμα(axioma)という言葉自体が、「価値がある、またはふさわしいと考えられるもの」あるいは「自明なものとして推奨されるもの」を意味することが、この思想を裏付けている 4

ユークリッドの『原論』における「共通概念」(しばしば公理と呼ばれる)は、この典型例である。「同じものに等しいもの同士は、互いに等しい」(『原論』の公理1)といった命題は、幾何学に固有のものではなく、あらゆる理性的思考の普遍的原理であると考えられていた 9

近代的見解:基礎的な仮定

19世紀から20世紀にかけて、公理の概念は劇的な転換を遂げた。現代数学において、公理はもはや必ずしも自明であったり、絶対的な意味で真であったりする必要はない。それは単なる出発点としての「仮定」であり、いわば思考のゲームにおける「ルール」なのである 7

現代的な公理系(kōrikei)に求められる主要な要件は、各公理が互いに独立であること(ある公理が他の公理から証明できないこと)、そして最も重要な点として、無矛盾であること(公理系から矛盾が導かれないこと)である 6。この転換は、数学者に大きな自由をもたらした。無矛盾性さえ保たれていれば、異なる公理系を自由に選択し、全く異なる数学体系を創造することが可能になったのである 7

この変遷は、公理の地位が「形而上学的な真理」から「方法論的な道具」へと格下げされたことを意味する。かつて公理は、プラトン主義者が考えるような絶対的実在を映し出す窓と見なされていた。しかし、非ユークリッド幾何学の誕生(第II部で詳述)は、公理の「真理性」が数学的に有効な世界を構築するための必須条件ではないことを証明した。その結果、公理の価値は、その「真偽」から、特定の体系を構築する上での「有用性」と「無矛盾性」へと移行した。これは、存在論(何が真実か)から方法論(何が有用な出発点か)への、数学哲学における深遠なパラダイムシフトであった。

1.2 定理 ― 知識の殿堂

中核的定義

定理(theorem)とは、自明ではない命題のうち、公理、定義、そして先行して証明された他の定理を基盤として、厳密な論理的演繹の過程を経て真であることが証明されたものである 10

証明の本質

証明とは、公理(前提)と定理(結論)とを結びつける一連の論理的なステップである。定理は、この推論の連鎖における最終的かつ検証済みの言明となる 2

条件付きの真理

定理の「真理性」は、常に条件付きである。それは、あくまでその公理系の文脈においてのみ真なのである。もし公理が受け入れられるならば、その定理もまた受け入れられなければならない 7。これこそが、数学的知識の根幹をなす「もし〜ならば」という論理構造である。

公理と定理の性質には、顕著な対比が見られる。公理は、近代的な観点からは、ある体系を構築するための選択であり、変更可能なものである。一つの公理を変更するだけで、全く異なる幾何学体系が生まれることからもわかるように、その選択は強力であると同時に、ある種の任意性や脆弱性をはらんでいる 7

対照的に、定理は驚くべき堅牢性(ロバストネス)を示す。例えば、ピタゴラスの定理には、代数、幾何、三角法など、異なる視点からの証明が数百通りも存在する 15。これらの証明はすべて、同じユークリッドの公理系から出発し、同一の結論へと収束する。これは、公理が体系の単一の基点であるのに対し、主要な定理はその体系内の論理的な結節点、すなわち「ネクサス」であることを示唆している。定理へと至る道は一つではなく、論理的な道筋のネットワーク全体がその真理性を裏付けているのである。この過剰決定されたかのような堅牢性こそが、定理の真理が(たとえ公理に依存する条件付きのものであっても)深く、不可避なものであるという感覚を与える源泉となっている。

1.3 論理の足場 ― 定義、補題、そして系

定義(Teigi)

定義は、公理とも定理とも根本的に異なる。定義とは、特定の概念や対象に名前を割り当てるという合意に過ぎない。それは証明されるべき真理の言明ではなく、円滑な議論を可能にするための言語的な約束事である 18。例えば、「二つの辺の長さが等しい三角形を『二等辺三角形』と呼ぶ」というのは定義である 19。これが正しいかどうかを証明することはできない。これは、コミュニケーションを成立させるために我々が設定したルールなのである。そして、この定義を基に、「二等辺三角形の底角は等しい」という定理が公理から証明されることになる。

補題(Hodai)と系(Kei)

これらの用語は、定理の一種を指すが、その分類は数学的な議論における戦略的な役割に基づいている 22

  • 補題(補題): 「補助的な定理」を意味する。主に、より大きく重要な定理の証明における「踏み石」として使われるために証明される命題である。その価値は、主目的を達成するための有用性にある 23
  • 系(系): 先行する定理から直接的、あるいはごく僅かな証明で導かれる命題を指す。主要な定理の即座の結果や特殊な場合であることが多い 12

論理的には、補題、定理、系はすべて「証明された命題」という点で同種のものである。その区別は形式的なものではなく、機能的なものである 22。では、なぜこのような区別が存在するのか。それは、数学が単なる真理の羅列ではなく、人間によるコミュニケーションと説得の営みだからである。

ある命題を「補題」と名付けることで、著者は読者に対し「これに注意を払ってほしい。ただし、その主目的は次に来る大きな結果を証明するためである」というシグナルを送る。「定理」というラベルは「これが我々の議論の主要な到達点である」と宣言する。そして「系」は「主要な定理を証明した今、ここから得られる興味深く、容易な帰結を見てみよう」と誘う。このように、数学のテキストは単なる形式的な導出の記録ではなく、一種の「物語(ナラティブ)」なのである。著者は案内役として、読者のために発見の旅路を構造化する。この分類体系は、純粋に抽象的で非人間的な知識と見なされがちな数学のプレゼンテーションに、人間的な修辞的・教育的要素が存在することを明らかにしている。


第II部 ユークリッド革命 ― 公理の本質をめぐるケーススタディ

2.1 ユークリッド『原論』の5つの公準

ユークリッド幾何学の礎をなすのは、紀元前300年頃に著された『原論』に記された5つの公準である。これらは、幾何学という殿堂を支える礎石として据えられた 5

  1. 任意の点から他の任意の点へ直線を引くこと。
  2. 有限の直線を連続的にまっすぐ延長すること。
  3. 任意の中心と半径で円を描くこと。
  4. すべての直角は互いに等しいこと。
  5. 一つの直線が二つの直線に交わり、同じ側の内角の和が二直角(180度)より小さいならば、この二つの直線を限りなく延長すると、内角の和が二直角より小さい側で交わる。

    9

これらの公準を比較すると、第5公準が他の4つとは質的に異なることがわかる。最初の4つは簡潔で直観的であり、単純な作図操作を述べているように感じられる。対して第5公準(平行線公準)は、長く複雑であり、自明の真理というよりは、むしろ証明されるべき定理のように見える 25

2.2 平行線公準問題

この第5公準の特異な性質は、2000年以上にわたり数学者たちを魅了し、そして悩ませてきた。「平行線公準は、他の4つの公準から導き出せる定理なのではないか」という疑問、すなわち「平行線問題」である 14。この長きにわたる探求は、一つの命題を「公理」の範疇から「定理」の範疇へと移そうとする、壮大な知的挑戦であった。サッケリーのような数学者は、背理法を用いて第5公準を証明しようと試み、その過程で、彼自身は気づかぬうちに非ユークリッド幾何学の定理を次々と導き出していた 26

2.3 新たな世界の誕生 ― 非ユークリッド幾何学

決定的な転換は19世紀に訪れた。ガウス、ボヤイ、ロバチェフスキーといった数学者たちは、第5公準を証明する試みを放棄し、代わりに「もし第5公準が偽であるならば、どのような世界が広がるのか」という問いを立てた 5

彼らは第5公準をその否定形に置き換えた。例えば、「ある直線外の一点を通る平行線が複数本存在する」(双曲幾何学)や、「平行線は一本も存在しない」(楕円幾何学)といった新たな公理を導入したのである。驚くべきことに、これらの新しい公理系は完全に無矛盾であることが示された。そこでは、「三角形の内角の和は180度より小さい」(双曲幾何学)あるいは「180度より大きい」(楕円幾何学)といった、直観に反するが論理的には全く正しい定理が証明された 24

この発見は、平行線公準が他の4つの公準から独立しており、証明不可能な真の「公理」であることを決定的に証明した。その真理は必然ではなく、選択だったのである。

2.4 哲学的衝撃 ― カントと真理概念への影響

非ユークリッド幾何学の発見以前、哲学の世界ではイマヌエル・カントの思想が支配的であった。カントは、ユークリッド幾何学を「総合的ア・プリオリ判断」であると位置づけた。これは、ユークリッド幾何学が、経験から学ぶのではなく、人間の精神に生得的に備わった空間認識の形式そのものであり、空間を経験するための前提条件となる、根源的で必然的な真理であるという考え方である 25。カントにとって、ユークリッドの公理は直観の必然的真理であった。

しかし、無矛盾な非ユークリッド幾何学の存在は、このカント的な見方を根底から覆した 25。それは、ユークリッド幾何学が唯一可能で必然的な幾何学ではないことを示した。人間の精神は、全く異なる空間構造を構想し、その中で論理的に思考することが可能だったのである。

この出来事は、数学を物理的現実から解放する宣言であった。カントの哲学は、数学(特に幾何学)を人間の知覚構造、ひいては我々が知覚する物理世界と固く結びつけていた 29。しかし、非ユークリッド幾何学の登場は、数学が物理空間の直観から切り離された、純粋に形式的な探求でありうることを示した 7。ある数学体系の妥当性は、もはや「現実世界」との対応によってではなく、その内的な無矛盾性のみによって判断されるようになった。これは、第IV部で詳述する形式主義の台頭への道を開いた。

そして、後にアインシュタインの一般相対性理論によってもたらされた究極の皮肉は、これらの「架空」の非ユークリッド幾何学の一つ(リーマン幾何学)が、宇宙の大規模構造を記述する上で、ユークリッド幾何学よりも優れたモデルであることが判明したことである。純粋に論理的な理由から選択された公理系が、深遠な物理的意味を持つことが示されたのだ。これにより、数学と現実との間には、ア・プリオリな必然性ではなく、経験的な検証に基づく、より複雑で新たな関係が築かれることになった。


第III部 定理の解剖学 ― 証明をめぐるケーススタディ

3.1 模範としてのピタゴラスの定理

数学史上、おそらく最も有名な定理はピタゴラスの定理(三平方の定理)であろう 10。直角三角形の直角を挟む二辺の長さを

a、b、斜辺の長さをcとすると、$a^2 + b^2 = c^2$という関係が成り立つというこの定理は、定理という概念を考察する上で絶好の事例となる。なぜなら、その真理は直角三角形を一瞥しただけでは自明ではなく、論理的なデモンストレーション、すなわち「証明」を必要とするからである。

3.2 証明の多様性

第I部で触れた定理の「堅牢性」という性質は、ピタゴラスの定理を証明する方法の驚くべき多様性によって具体的に示される。これらの多様な論理的経路はすべて、同じユークリッドの公理系という出発点から、同一の揺るぎない結論へと収束する。

  • 証明1:面積の再配置による証明
    これは視覚的に理解しやすい証明方法である。4つの合同な直角三角形を配置すると、一辺が$a+b$の大きな正方形ができ、その内側に一辺がcの小さな正方形(の穴)が形成される 15。大きな正方形の面積は
    $(a+b)^2$であり、これはまた、内側の小さな正方形の面積$c^2$と4つの三角形の面積$4 \times (1/2)ab$の和に等しい。この等式$(a+b)^2 = c^2 + 2ab$を代数的に整理することで、$a^2 + b^2 = c^2$が導かれる。この証明は、幾何学的直観と代数的操作の美しい連携を示している。
  • 証明2:相似による証明
    この証明では、直角の頂点Cから斜辺ABに垂線を下ろし、元の三角形と相似な二つの小さな三角形(△ACHと△BCH)を作り出す 15。これらの相似な三角形の辺の比が等しいという関係(例:
    $AC:AH = AB:AC$)を利用して代数的な関係式を立て、それらを組み合わせることで定理が導かれる。これは、一つの定理が、その体系内の異なる概念(この場合は合同と相似)をいかに結びつけているかを示す好例である。
  • 証明3:ユークリッド自身の証明
    ユークリッドが『原論』で示した証明は、より複雑で、面積と合同に関する他の定理を巧みに利用するものである 15。この古典的な証明は、ピタゴラスの定理が公理系の中にいかに深く根ざしているかを物語っている。
  • 証明4:発展的な証明
    ピタゴゴラスの定理は、後に発展した数学分野の手法を用いても証明できる。例えば、三角関数の恒等式$\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1$(この恒等式自体が定理の帰結でもある)、ベクトル、あるいは複素数を用いる証明も存在する 15。これは、基本的な定理が、同じ論理的基盤の上に築かれた後代の多様な数学分野の至る所で共鳴し、その正しさが再確認されることを示している。

これら無数の証明の存在は、定理が単一の論理的経路の終点なのではなく、公理系内に張り巡らされた論理的ネットワークの強力な収束点であることを物語っている。これこそが、ある命題が「定理」であることの本質なのである。


第IV部 哲学的戦場 ― 公理と定理とは「何」か

公理と定理という概念は、数学の内部だけでなく、その存在論的地位をめぐる哲学的な論争の的となってきた。ある数学的命題が何を意味し、どのように存在するのかという問いは、異なる思想の潮流を生み出した。

4.1 プラトン主義の領域 ― 真理の発見

  • 中核的信念: プラトン主義は、数、図形、集合といった数学的対象や真理が、物理的世界とは独立した、抽象的で非物理的な領域に客観的に存在すると主張する 33。この見方では、数学者は未知の大陸を探検する探検家のように、あらかじめ存在する真理を「発見」するのである。
  • 公理観: 公理は、この抽象的領域を支配する根源的で客観的な法則を、我々が記述しようとする最善の試みである。それは、この実在について真であると信じられる命題である。
  • 定理観: 定理は、プラトン的領域に存在する抽象的対象間の必然的な関係の、正真正銘の「発見」である。ピタゴラスの定理の証明は人間の発明ではなく、直角三角形の本質に関する、あらかじめ存在する永遠の真理を発見するプロセスなのである。
  • 認識論的問題: プラトン主義に対する最大の挑戦は、物理的な存在である我々が、どのようにしてこの非物理的で因果関係を持たない領域にアクセスし、それについての知識を得ることができるのか、という認識論的な問いである 33

4.2 形式主義のゲーム ― ルールの発明

  • 中核的信念: 形式主義は、数学を抽象的な実在に関する命題の体系とは見なさず、むしろ、あらかじめ定められた規則に従って無意味な記号を操作する「ゲーム」のようなものだと考える 35
  • 公理観: 公理は、このゲームの開始局面とルールに他ならない。それらは発見されるのではなく、「選択」される。「ある直線外の一点を通る平行線はただ一本しか存在しない」という公理は、チェスにおいて「ビショップは斜めに動く」というルール以上の内在的な意味を持たない 36
  • 定理観: 定理は、公理という初期状態から、推論規則を適用することによって到達可能な、記号の正当な配置である。証明とは、その配置に至るまでの一連の「手」の記録に過ぎない。「真理」は、形式体系内での「証明可能性」に置き換えられる。
  • ヒルベルト・プログラムとその遺産: この思想の頂点が、ダフィット・ヒルベルトによる野心的なプログラムであった。彼は、数学全体を、その無矛盾性が証明可能な、安全で形式的な基盤の上に打ち立てようと試みた 35。この試みは、第V部で論じるゲーデルの登場によって重大な転機を迎える。

4.3 直観主義者の構築 ― 知識の建設

  • 中核的信念: 直観主義(構成主義の一形態)は、数学は人間の精神による創造活動であると主張する 37。数学的対象は、我々がその構成方法を具体的に示すことができて初めて「存在する」とされる。
  • 公理観: 公理は、精神的な構成活動の出発点として直観的に受け入れ可能な原理である。
  • 定理観: ある命題が定理(すなわち真)であるのは、そのための直接的かつ構成的な証明が発見されたときのみである。
  • 排中律の否定: 直観主義の最もラディカルな帰結は、排中律(「Pであるか、またはPでない」が常に成り立つという法則)の否定である。直観主義者にとって、この命題を主張するためには、「Pの構成的な証明」か「Pでないこと(Pが矛盾を導くこと)の構成的な証明」のいずれかを持っていなければならない。ゴールドバッハ予想のような未解決問題に対しては、我々はそのどちらも持っていないため、「予想は真であるか、または真でない」と無条件に主張することはできない 37。これは、背理法のような非構成的な証明方法が無効であることを意味し、古典的な数学において「定理」と見なされる多くの命題が、直観主義の立場からは定理ではなくなる可能性を示唆する。

このように、ある命題が「定理」であるか否かという問いの答えそのものが、証明と真理の性質に関する個々の哲学的立場に深く依存しているのである。

表1:公理と定理に関する哲学的視点の比較

特徴プラトン主義形式主義直観主義(構成主義)
数学の本質あらかじめ存在する抽象的実在の発見形式的な規則に従う無意味な記号のゲーム数学的対象の精神的な構築活動
公理の地位抽象的領域の根源的真理の記述(発見される)ゲームの任意だが無矛盾な開始規則(発明される)構築のための直観的に自明な出発点
定理の地位抽象的対象間の関係に関する発見された真理公理から推論規則に従って導出された正当な命題精神的構築の検証済み最終成果物
「真理」の意味客観的な抽象的実在との対応形式体系内での証明可能性(内在的性質)構成的な証明の存在
比喩探検/天文学チェス/ゲーム建築/建設

第V部 確実性の限界 ― ゲーデルの不完全性定理

5.1 ヒルベルトの夢の崩壊

20世紀の数学と哲学を揺るがした最大の出来事の一つが、1931年にクルト・ゲーデルが発表した二つの不完全性定理であった 39

  • 第一不完全性定理: 基礎的な算術を含む、いかなる無矛盾な形式的公理系においても、その体系内では証明も反証もできない「決定不可能な」命題が必ず存在する 39。したがって、その体系は必然的に「不完全」である。
  • 第二不完全性定理: そのような無矛盾な体系は、自分自身の無矛盾性をその体系内で証明することができない 39

これらの定理は、数学全体を単一の、完全かつ無矛盾性が証明可能な公理系の上に築こうとしたヒルベルトの形式主義的プログラムに、決定的な打撃を与えた 35

5.2 証明不能な真理 ― 公理と定理への含意

ゲーデルの業績は、「真理」と「証明可能性」という二つの概念の間に、根源的で埋めることのできない溝が存在することを明らかにした 40。ある公理系から導出可能なすべての定理の集合は、その領域におけるすべての真なる命題の集合の、真部分集合に過ぎないのである。

ゲーデルが構築した「ゲーデル文」は、「この文はこの体系内では証明不可能である」という意味を持つ自己言及的な命題である。第一不完全性定理が示すのは、もし体系が無矛盾であるならば、このゲーデル文は「真」であるが、定義上「証明不可能」であるということだ。

これは、公理と定理の区別に関する究極のニュアンスを我々に突きつける。我々は当初、「命題は公理(証明なき前提)か、定理(証明された結論)のいずれかである」という単純な二元論から出発した。しかしゲーデルは、第三のカテゴリーの存在を明らかにした。それは、体系内で「真」であるが「証明不可能」な命題である。

では、このゲーデル文とは一体何なのか。それは、我々が最初に仮定したものではないので、公理ではない。それは、証明不可能であるため、定理でもない。ここに、いかなる公理系の根源的な限界が露呈する。我々は、その体系の「外」からゲーデル文を眺めることで、それが真であると認識できる。しかし、それを証明するためには、その体系の外に出て、新たな公理(例えば、ゲーデル文そのものや、体系の無矛盾性を主張する公理)を追加するしかない。

だが、この新たにより強力になった体系もまた、それ自身の新たなゲーデル文を持つことになる。このプロセスは無限に続く 39。これは、公理と定理の関係が、完全な殿堂を支えることのできる礎石の関係ではないことを意味する。それは、常に「不完全な」殿堂しか支えることのできない礎石なのである。いかなる公理系を選ぼうとも、その世界の真理の中には、定理として到達できない領域が常に存在し続ける。その領域に足を踏み入れるには、礎石たる公理を拡張するという選択をする以外に道はない。この発見は、数学的確実性と完全性に対する我々の理解を、根底から変えてしまったのである。


結論:動的な二元性 ― 仮定と発見の永続的関係

本稿は、公理と定理の差異という一見単純な問いから出発し、その区別が静的な定義ではなく、二千年以上にわたる数学の進歩と哲学的論争を駆動してきた動的な二元性であることを明らかにしてきた。

ユークリッドの「自明な」公準から、ヒルベルトの「形式的なゲームのルール」へ、そしてゲーデルの「不完全な体系」へと至る知の旅は、人間の確実性の限界をめぐる物語である。公理は、かつては絶対的真理への窓と考えられていたが、今や我々が論理の世界を構築するために行う、創造的かつ根本的な「選択」として理解される。一方、定理は、その選択された基盤の上で、論理の必然性に従って「発見」される堅牢な構造物である。

しかし、ゲーデルが示したように、いかなる礎石(公理系)も、それ自身が語るべき真理のすべてを支える殿堂(定理の集合)を築き上げることはできない。証明可能なものと真なるものの間には、常に越えられない壁が存在する。

結局のところ、「公理と定理の違いは何か」という問いは、我々を真理の本質、実在の構造、そして人間の理性が持つ究極的な力と限界といった、最も深遠な問いへと向き合わせる。それは、仮定を置き、そこから結論を導き出すという、数学的営為の中心に横たわる、永遠のドラマなのである。

引用文献

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  2. 公理と定理について~公理も知らずに議論するやつ、マジどうかしてる – note https://note.com/yamcha789/n/nd4a99042e433
  3. saycon.co.jp https://saycon.co.jp/archives/neta/%E5%AE%9A%E7%90%86%E3%81%A8%E5%85%AC%E7%90%86%E3%81%AE%E9%81%95%E3%81%84#:~:text=%E5%85%AC%E7%90%86%E3%81%AF%E3%80%81%E6%95%B0%E5%AD%A6%E4%BD%93%E7%B3%BB%E5%85%A8%E4%BD%93,%E3%81%AA%E3%81%91%E3%82%8C%E3%81%B0%E6%88%90%E3%82%8A%E7%AB%8B%E3%81%A1%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%80%82
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  7. 公理・定義・原理って?紛らわしい数学用語を徹底解説!【生徒からの質問】 https://ways-sch.jp/daigaku-juken/11109
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  13. 第1話 公理と証明 – くいなちゃん数学 https://kuina.ch/mathematics/basic1
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  17. 数学者的思考回路】(13)ピタゴラスの定理・証明コレクション – 裳華房 https://www.shokabo.co.jp/column-math/column-math0013.html
  18. 定義と定理の違いは分かりますか?(中学数学) – オンライン学習塾 啓理学舎 https://kokugoryoku.jimdoweb.com/2014/12/13/%E5%AE%9A%E7%BE%A9%E3%81%A8%E5%AE%9A%E7%90%86%E3%81%AE%E9%81%95%E3%81%84%E3%81%AF%E5%88%86%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%81%8B-%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%95%B0%E5%AD%A6/
  19. 【勉強方法】「定義」と「定理」をわかりやすく説明します。中2数学 静岡学習塾 静岡市 駿河区 https://www.benkyohouhou.com/2023/01/20/%E5%8B%89%E5%BC%B7%E6%96%B9%E6%B3%95-%E5%AE%9A%E7%BE%A9-%E3%81%A8-%E5%AE%9A%E7%90%86-%E3%82%92%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%82%84%E3%81%99%E3%81%8F%E8%AA%AC%E6%98%8E%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99-%E4%B8%AD%EF%BC%92%E6%95%B0%E5%AD%A6-%E9%9D%99%E5%B2%A1%E5%AD%A6%E7%BF%92%E5%A1%BE-%E9%9D%99%E5%B2%A1%E5%B8%82-%E9%A7%BF%E6%B2%B3%E5%8C%BA/
  20. 1 公理、定義、定理とは ?? https://www.beret.co.jp/uploads/2022/12/629.pdf
  21. 中学数学 定期テスト対策定義と定理の違いは? – ベネッセ教育情報 https://benesse.jp/kyouiku/teikitest/chu/math/math/c00394.html
  22. 命題・公理・定理・補題・系の違い – 結城浩のお話 https://story.hyuki.com/20171130125500/
  23. 定義・公理・定理・命題・補題・系を完全理解しよう – 数学の景色 https://mathlandscape.com/definition-and-theorem/
  24. 5.2 ユークリッド (幾何学に王道なし) https://ishikawa.math.keio.ac.jp/KoaraWest/KoaraWest05_02.pdf
  25. Non-Euclidean geometry – Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Non-Euclidean_geometry
  26. Non-Euclidean geometry – MacTutor History of Mathematics https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/HistTopics/Non-Euclidean_geometry/
  27. 【平行線公理】とは?数学者達を悩ませてきた証明問題について解説 – 個別の会 https://kobetsu-kai.com/column/1500/
  28. 非ユーックリッド幾何学について https://imi.kyushu-u.ac.jp/~saeki/coffee/coffee8.html
  29. The impact of non-Euclidean geometry on Kant – Philosophy on LiveJournal https://philosophy.livejournal.com/1701285.html
  30. After Non-Euclidean Geometry: Intuition, Truth and the Autonomy of Mathematics – Journal for the History of Analytical Philosophy https://jhaponline.org/jhap/article/view/3438/3028
  31. 感銘を受けた数学「三平方の定理の美しき証明たち」 – 和から株式会社 https://wakara.co.jp/mathlog/20200708
  32. 【三平方の定理】全520通りの証明方法から5つを厳選して紹介します – YouTube https://www.youtube.com/watch?v=qifoXuVqCEI
  33. Philosophy of mathematics – Logicism, Intuitionism, Formalism … https://www.britannica.com/science/philosophy-of-mathematics/Logicism-intuitionism-and-formalism
  34. Platonism, Mathematical | Internet Encyclopedia of Philosophy https://iep.utm.edu/mathplat/
  35. Formalism (philosophy of mathematics) – Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Formalism_(philosophy_of_mathematics)
  36. Formalism in the Philosophy of Mathematics https://plato.stanford.edu/entries/formalism-mathematics/
  37. Intuitionism – Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Intuitionism
  38. Intuitionism in mathematics | Internet Encyclopedia of Philosophy https://iep.utm.edu/intuitionism-in-mathematics/
  39. Gödel’s incompleteness theorems – Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/G%C3%B6del%27s_incompleteness_theorems
  40. Gödel’s Incompleteness Theorems – Stanford Encyclopedia of Philosophy https://plato.stanford.edu/entries/goedel-incompleteness/
  41. Kurt Gödel’s Incompleteness Theorems and Philosophy | by Panos Michelakis | Intuition https://medium.com/intuition/kurt-g%C3%B6dels-incompleteness-theorems-and-philosophy-d3576922a37a
  42. What are the philosophical implications of Godel’s incompleteness theorem? : r/PhilosophyofScience – Reddit https://www.reddit.com/r/PhilosophyofScience/comments/vz9xo/what_are_the_philosophical_implications_of_godels/