コンテキストウィンドウ

1. はじめに:LLMにおけるコンテキストウィンドウの役割

大規模言語モデル(LLM)が人間のように自然な対話を行い、複雑なタスクをこなす能力の根幹には、「コンテキストウィンドウ」という重要な概念が存在します。これは、LLMが一度に処理し、記憶できる情報の量を指し、モデルの性能や応用範囲を大きく左右します 1。本稿では、LLMのコンテキストウィンドウについて、その定義、仕組み、重要性、技術的課題、最新の研究動向、そして将来展望に至るまで、専門的な観点から詳細に解説します。本レポートは、読者がコンテキストウィンドウに関する包括的な理解を得ることを目的とし、基礎知識から最先端の技術、将来の展望までを網羅的に扱います。

コンテキストウィンドウの進化は、LLMの応用範囲を単純なテキスト生成から、より高度な分析、推論、さらには自律的なエージェント機能へと拡大させる鍵となっています。初期のLLMは短いコンテキストしか扱えず、その応用も限定的でした。例えば、GPT-2のコンテキストウィンドウは2048トークンでした 3。しかし、技術の進展とともにコンテキストウィンドウが拡大するにつれて、長文の要約、複雑な指示の理解、複数の文書を参照するタスクなどが可能になりました 1。これは、LLMがより多くの情報を一種の「作業記憶」として保持し、それらを関連付けて処理できるようになったことを意味します 4。この能力向上は、検索拡張生成(RAG)のような技術との連携を深め、より信頼性の高い情報アクセスを可能にし、さらには「LLM as OS」のような、LLMがより包括的なタスク管理を行う構想へと繋がっています 1。したがって、コンテキストウィンドウの進化は、単なる量的な変化ではなく、LLMの質的な変化、つまり応用範囲の飛躍的な拡大を促す根本的な要因と言えます。

一方で、コンテキストウィンドウの制約を克服しようとする研究開発の方向性は、計算効率の追求だけでなく、人間の認知メカニズムにヒントを得た情報処理方法の模索へと向かっています。コンテキストウィンドウの拡大は、計算コストの増大という大きな壁に直面しています。特に、Transformerアーキテクチャの中核である自己注意メカニズムは、計算量がコンテキスト長の二乗で増加する、いわゆるO(n2)問題を抱えています 3。これに対し、FlashAttentionのようなハードウェア特性を活かした効率化技術や、スパースアテンションのような計算量を削減する近似手法が開発されています。これらは計算効率の追求と言えるでしょう。しかし、「Lost in the Middle(中間情報の忘却)」問題は、単に情報を保持するだけでなく、人間が情報を処理するように重要な情報に注意を向け、文脈に応じて情報を取捨選択する能力の重要性を示唆しています 8。Multi-scale Positional Encoding (Ms-PoE)のような位置エンコーディングの工夫や、RAGによる外部知識の動的参照は、LLMがより人間的な情報処理に近づく試みと解釈できます 10。さらに、「無限コンテキスト」や「長期記憶」への希求は、人間の記憶システムのアナロジーであり、LLMがより持続的かつ深い理解を獲得するための研究方向を示しています 12。これらの動きは、LLM開発が単なるスケールアップから、より洗練された、人間の認知に近い情報処理能力の実現へとシフトしていることを示唆しています。

2. コンテキストウィンドウの基礎

2.1. 定義と概要:LLMの「作業記憶」

コンテキストウィンドウ(またはコンテキスト長)とは、LLMが一度に考慮または「記憶」できるテキストの量(トークン数)を指します 1。これは、AIが会話の流れを把握し、より複雑なタスクを実行するための非常に重要な要素です 1。IBMは、これをLLMの「ワーキングメモリ(作業記憶)」に例えています 4。このワーキングメモリの大きさが、LLMがどれだけ長い会話を記憶を失わずに続けられるか、また一度に処理できる文書やコードの最大サイズを決定します 4

コンテキストウィンドウが大きいほど、モデルはより長い文章や大量の情報を一度に処理でき、文脈を深く理解し、整合性の取れた出力を生成できるようになります 2。つまり、モデルが「見渡せる範囲」が広がることで、より多くの手がかりを元に応答を組み立てられるようになるのです。

2.2. トークンとは何か?コンテキスト長の計測単位

トークンとは、LLMがテキストを処理する際の最小単位であり、単語、文字の集合、あるいは単語と句読点の組み合わせなど、さまざまな形態をとり得ます 2。LLMは、入力されたテキストをまずこのトークンに分割(トークン化)します 16。トークン化は、LLMのトレーニングにおける最初のステップであり、モデルはトークン間の意味的関係性(例:共起頻度、類似文脈での使用)を分析します 15

コンテキストウィンドウのサイズは、このトークンの数で計測されます 2。言語によってトークン化のされ方は異なり、例えば英語では100トークンが約75ワードに相当するのに対し、日本語では100トークンが約100文字に相当する、といった目安があります 2。これは、言語の構造的特性(例:日本語における文字の表意性、英語のスペース区切り)に起因します。

トークン化手法の一例として、Byte Pair Encoding (BPE) があります。BPEは、まずテキストを文字単位に分割し、その後、頻繁に出現する隣接文字ペアを順次結合して新しいサブワード(トークン)を生成していくデータ圧縮手法の一種です 17。例えば、「こんにちは」という単語は、初期には[“こ”, “ん”, “に”, “ち”, “は”]のように文字単位で分割されますが、BPEによって頻出するペア(例えば「こん」や「ちは」)が結合され、最終的に[“こん”, “に”, “ちは”]のようなトークンの列として表現されることがあります 18。BPEの利点は、単純でありながら未知語にも対応しやすく、応用範囲が広い点です 18

トークン化の効率性は、特に日本語のような膠着語の場合、実質的なコンテキストウィンドウの「情報密度」に影響を与え、同じトークン数でも言語によって扱える意味内容の量に差が生じる可能性があります。前述の通り、日本語は文字単位で意味を持つことが多く、また単語の区切りが英語ほど明確でないため、トークナイザがより細かく分割する傾向があると考えられます。BPEのようなサブワード分割手法はこの問題にある程度対処しますが、それでも言語特性による差は残るでしょう。結果として、同じ「128kトークン」のコンテキストウィンドウでも、日本語の場合は英語に比べて扱える文章の総文字数が少なくなる、あるいはより多くのトークンを消費して同程度の意味内容を表現する必要があるかもしれません。これは、多言語対応LLMにおいて、言語ごとに実質的な情報処理能力に差が出る可能性を示唆し、特に日本語のような言語でのLLM利用時には、トークン効率を意識したプロンプト設計やモデル選択が重要になることを意味します。

2.3. コンテキストウィンドウの仕組み:入力、出力、システムプロンプト

コンテキストウィンドウは、実質的にプロンプトに入力できる情報量と捉えられがちですが、より厳密には、入力トークン、出力トークン、そして制御(システム)トークンの全てを含む総情報量を指します 2

  • 入力トークン (Input Tokens): ユーザーがLLMに与える指示や質問、参照させたいテキストデータなどです。
  • 出力トークン (Output Tokens): LLMが生成する応答も、コンテキストウィンドウの一部を消費します。特に長い応答を期待する場合、出力分も見越したウィンドウサイズが必要です。
  • システムプロンプト (System Prompts): しばしばユーザーには見えない形でLLMの振る舞いや会話の様式を制御するために使用される指示です。例えば、チャットボットの性格付けや特定の応答形式の強制などがこれにあたります 4。これらもコンテキストウィンドウの容量を消費します。
  • その他、書式設定文字、改行などもコンテキストウィンドウ内のスペースを占有します 4

システムプロンプトや隠れた制御トークンの存在は、ユーザーが認識している以上にコンテキストウィンドウが消費されている可能性を示唆し、予期せぬ「コンテキスト不足」を引き起こす要因となり得ます。ユーザーが自分の入力だけでコンテキストウィンドウの残量を計算していると、実際にはシステム側で消費されている分があるため、想定よりも早くコンテキスト上限に達してしまう可能性があります。例えば、複雑な指示や長文の参照を与えたつもりが、実はシステムプロンプトが多くの容量を占めていたために、重要な入力情報が途中で切り捨てられたり、モデルが十分な出力を生成する前に容量不足になったりする事態が考えられます。この「隠れた消費」は、特にAPI経由でLLMを利用する開発者にとって、トークン管理の難しさを増大させ、デバッグを困難にする要因となり得るため、注意が必要です。

3. コンテキストウィンドウの重要性と多岐にわたる利点

コンテキストウィンドウのサイズは、LLMの能力を大きく左右する重要な要素です 1。ウィンドウが広がることで、AIはより複雑で高度なタスクをこなせるようになり、ユーザーにとってより価値の高い存在となります。

3.1. 長文理解と情報処理能力の向上

長いコンテキストウィンドウを持つAIは、長文のドキュメント、記事、書籍全体を一度に読み込み、内容を深く理解できます 1。これにより、文章全体のテーマ、文脈、細部まで捉えた上で、質問応答、要約、感情分析などが可能になります。例えば、数千ページに及ぶ長大な文書の要約や 2、企業全体のナレッジベースや法律文書データベースからの高精度な情報検索が実現します 1。従来のキーワード検索と比較して、文脈を理解した上での検索が可能になるため、より高度な情報アクセスが期待できます。

また、単にテキストを短縮するだけでなく、長文全体の文脈を理解した上で重要なポイントを抽出し、ニュアンスを捉えた質の高い要約を生成できます 1。複数の文書を跨いだ要約や、特定のテーマに関する情報を統合した要約も得意とします。契約書やレポート全体を一度に分析し、その内容を把握することも可能になります 5

3.2. 会話の一貫性と文脈維持

長いコンテキストウィンドウは、AIが会話の初期の情報を「記憶」し続けることを可能にし、より長く、一貫性のある、文脈に沿った対話を実現します 1。ユーザーとの過去の会話から、ユーザーの好み、興味、知識レベルなどを学習し、会話内容やスタイルをパーソナライズすることも可能になります 1

逆に、コンテキストウィンドウが短いと、会話の初期の情報を忘れてしまい、ちぐはぐな応答をしたり、議論の流れを追えなくなったりする可能性があります 7。過去の出力に基づいて質問が構築されるような、ユーザーとの対話が続くソリューションでは、特に長いコンテキスト長が必要となります 20

3.3. 複雑なタスク遂行とコード処理能力

より多くの情報を一度に処理できるため、複数のステップや条件を含む複雑な指示を正確に理解し、実行する能力が向上します 1

特にソフトウェア開発の分野では、大規模なコードベースの理解と操作において大きな利点があります。一度に非常に大きなコードファイル(数千行を超えるファイルや、場合によっては複数のファイル)を読み込み、巨大なコードベース全体を把握し、コードの構造、依存関係、ロジックを理解することが可能になります 1。これにより、より多くの周辺コードを考慮に入れることができるため、変数名、関数名、クラス名などを補完する際に、より文脈に合った適切な候補を提示できます 1。コードのデバッグや改善提案の精度も向上します 20。コーディングアシスタントが大量のソースコードをコンテキストに保持し、クラス間や関数間の関連性を理解するためには、十分なコンテキストウィンドウが不可欠です 3

3.4. 検索拡張生成(RAG)との相乗効果

検索拡張生成(RAG)は、LLMが外部の知識源を参照して回答を生成する技術ですが、ここでも長いコンテキストウィンドウが重要な役割を果たします。長いコンテキストウィンドウは、RAGにおいてより多くの関連文書をコンテキストとして取り込むことを可能にします 1。これにより、AIはより広範な情報に基づいた回答を生成でき、情報の網羅性と精度が向上します 1。複数の文書から関連性の高い情報を深く統合し、矛盾なくまとまった回答を生成することも可能になります。RAGモデルがトピック、エンティティ、関連性をよりよく理解し、より正確で関連性の高い応答を生成するのに役立ちます 20

興味深いことに、コンテキストウィンドウが十分に大きく、参照すべき文書が比較的短い場合、RAGシステム自体が不要になる可能性さえ指摘されています 20。これは、LLMが直接、必要な情報を全てコンテキストウィンドウ内に読み込んで処理できるためです。

コンテキストウィンドウの拡大は、LLMを「閉じた知識体系」から「開かれた情報処理プラットフォーム」へと変貌させる触媒となり得ます。従来のLLMは、その訓練データに含まれる知識、いわゆるパラメトリック知識に限定されていました 21。コンテキストウィンドウが小さい場合、RAGを利用しても一度に参照できる情報量は限られていました。しかし、コンテキストウィンドウが拡大すると、RAGを通じてより多くの、あるいはより長大な外部文書を一度にLLMの「作業記憶」に取り込めるようになります。これにより、LLMは訓練データにない最新情報や専門知識をリアルタイムで活用し、それに基づいて推論や生成を行う能力が飛躍的に向上します 21。これは、LLMが単に知識を記憶・再生する存在から、動的に情報を取得・統合・処理する、より汎用的な情報処理プラットフォームへと進化する可能性を示唆しています。

また、コード処理におけるコンテキストウィンドウの重要性は、ソフトウェア開発の自動化・高度化を加速させ、開発者の役割を変容させる可能性があります。長いコンテキストウィンドウが大規模なコードベースの理解、解析、補完、デバッグに非常に有効であることは既に述べました 1。これは、LLMが単なるスニペット生成ではなく、プロジェクト全体の構造や依存関係を把握した上で、より高度なコード関連タスクを実行できることを意味します。例えば、既存の巨大なレガシーコードを理解し、リファクタリング案を提示したり、新しい機能を追加する際の整合性をチェックしたりといったタスクが考えられます。GPT-4.1のようなモデルがSWE-bench(実世界のソフトウェアエンジニアリング能力を測るベンチマーク)で高い性能を示していることは、この方向性を裏付けています 23。エージェント的なタスク解決能力の向上は、LLMが自律的にコーディングタスクを進める未来を示唆します。このようなLLMの能力向上は、開発者が行うべき作業の抽象度を高め、ルーチン的なコーディングやデバッグ作業はAIに委任し、開発者はより創造的な設計、アーキテクチャ定義、AIへの指示といった役割に注力するようになるかもしれません。これは、ソフトウェア開発の生産性を飛躍的に向上させる一方で、開発者に求められるスキルセットの変化を促すでしょう。

4. コンテキストウィンドウの技術的課題と限界

コンテキストウィンドウの拡大は多くの利点をもたらしますが、同時にいくつかの技術的課題や限界も存在します。

4.1. 計算コストとスケーラビリティ:自己注意メカニズムのO(n2)問題

Transformerアーキテクチャの中核である自己注意(Self-Attention)メカニズムは、コンテキストウィンドウ内の各トークンが他の全てのトークンとの関連性を計算するため、計算量がコンテキスト長(n)の二乗(O(n2))で増加します 3。これにより、コンテキストウィンドウを拡大すると、計算リソース(GPUメモリ、処理能力)の要求が急激に増大し、推論時間が長くなり、コストも上昇します 7。例えば、入力トークンを2倍にすると、計算量は4倍になります 4

ある分析では、推論コストがコンテキスト長に対してほぼ二乗で増加し、多くのユーザーにとっては追加コンテキストの限界効用が急激に低下すると指摘されています。また、GPUコストの具体的な試算として、100万トークンの処理に1時間あたり3ドルのGPUを複数台使用した場合、1440ドルかかるという例も挙げられています 24。この計算コストの増大は、長大なコンテキストウィンドウを実用化する上での大きな障壁となっています。

4.2. 「中間情報の忘却」問題とその影響

長いコンテキストウィンドウを持つモデルでも、入力された情報の中間部分にある情報を効果的に利用できない、あるいは「忘れてしまう」傾向があることが研究で示されています。これは「Lost in the Middle」効果と呼ばれます 8。ある研究では、GPT-4やClaude 3 Opusのような強力なモデルでさえ、情報がコンテキストウィンドウの中間にある場合に性能が低下することが確認されています 8。これは、モデルが入力の最初と最後にある情報に最も注意を払いやすい傾向があるためと考えられています 4

この問題の原因として、Transformerアーキテクチャで一般的に用いられるロータリー位置エンコーディング(RoPE)の特性や、アテンションメカニズムのバイアスなどが指摘されています 10。別の解釈では、AIが情報を文字通り「忘れる」のではなく、数学的・幾何学的な制約により、長い入力シーケンスの中間部にある情報と、生成すべき短い応答との間で、意味的な関連性を効率的に構築できないためと説明されています 9。この問題は、特に長文読解や複数文書にまたがる複雑な情報抽出タスクにおいて、モデルの信頼性を損なう可能性があります。

「Lost in the Middle」問題は、現在のTransformerアーキテクチャにおける情報の線形処理と位置エンコーディングの根本的な限界を示唆している可能性があります。Transformerはトークン列を線形シーケンスとして処理し、位置エンコーディングによってトークンの順序情報を付加します。自己注意メカニズムは、各トークンが他の全トークンとの関連性を計算しますが、このメカニズムが長いシーケンスの中間部にある情報に対して均等に注意を払えていないことが、「Lost in the Middle」問題として現れていると考えられます。人間が長文を読む際には、単に最初と最後だけでなく、文脈上の重要度や意味的な繋がりによって情報にアクセスします。重要な概念やキーワードが文章のどこにあっても、それらを関連付けて理解する能力があります。現在のLLMのアーキテクチャは、このような意味的な重要度に基づく非線形な情報アクセスや、階層的な文脈理解を明示的に行うようには設計されていません。したがって、この問題の根本的解決には、現在の線形的な処理や固定的な位置エンコーディングの限界を超え、より人間の認知に近い、内容の重要度や階層構造を認識できる新しい記憶・注意メカニズムの開発が必要になるかもしれません。

4.3. その他の制約:情報希薄化と記憶の限界

  • アテンションの希薄化 (Attention Dilution): コンテキストウィンドウが大きくなると、モデルはより多くのトークンに注意を分散させる必要があり、重要な詳細への集中が薄れる可能性があります 3
  • 記憶の限界と情報忘却 (Memory Limits and Information Forgetting): コンテキストウィンドウはあくまで「作業記憶」であり、そのサイズを超えた情報は基本的に失われます 19。会話が長くなると、初期の内容がコンテキストから押し出され、「忘れられて」しまいます。これは、ユーザーがLLMとのチャットで、以前の会話内容をモデルが覚えていないと感じる一因です 19
  • 過学習の可能性 (Potential Overfitting): 広すぎるコンテキストは、モデルが訓練データ中の特定のパターンに過剰適合し、新しい未知のテキストへの汎化能力を低下させる可能性があります 7
  • 敵対的攻撃への脆弱性増大 (Increased Vulnerability to Adversarial Attacks): より大きなコンテキストウィンドウは、悪意のあるプロンプトに対する「攻撃対象領域」を広げ、モデルが「ジェイルブレイク」されて有害な応答を生成する可能性を高めるかもしれません 4

コンテキストウィンドウの計算コスト問題と「Lost in the Middle」問題は、単にウィンドウサイズを大きくするだけでは解決しない、質的な課題であることを示しています。つまり、「賢いコンテキスト利用」技術の重要性が増していると言えます。コンテキストウィンドウを大きくすると計算コストがO(n2)で増大しますが、大きくしても「Lost in the Middle」問題により、追加されたコンテキストが有効活用されない可能性があります 8。これは、コストをかけてウィンドウを広げても、その恩恵を十分に受けられないというジレンマを生みます。単に「多くの情報を保持できる」ことと「多くの情報を賢く利用できる」ことは同義ではないのです。このため、FlashAttentionのような計算効率化技術と並行して、RAGのように必要な情報だけを効率的にコンテキストに供給する技術や、Ms-PoEやMedoid Votingのようにコンテキスト内の情報をより効果的に利用するための技術の重要性が高まります。将来的には、LLM自身がコンテキスト内のどの情報が現在タスクに最も重要かを動的に判断し、限られた計算リソースをその部分に集中させるような、より高度な「コンテキスト管理能力」が求められるでしょう。これは、MemGPTのような「無限コンテキストの幻想」を作り出すエージェントの概念にも繋がります 12

5. コンテキストウィンドウ拡張と最適化のための先進技術

コンテキストウィンドウの限界を克服し、その利点を最大限に引き出すために、様々な先進技術が研究・開発されています。

5.1. 効率的なアテンションメカニズム:FlashAttentionの革新

標準的な自己注意メカニズムのO(n2)計算量とメモリ律速の問題を解決するため、ハードウェアを意識した最適化が求められていました。FlashAttentionは、GPUメモリ(HBM)とオンチップSRAM間の読み書きを最小限に抑えることで、アテンション計算を高速化するアルゴリズムです 25。具体的には、タイリング(データを小さなブロックに分割して処理)と再計算を活用し、巨大な中間アテンション行列をHBMに書き出すことなく、SRAM上で計算を完結させます 26

この最適化により、シーケンス長に対してメモリ使用量を線形に削減し、計算速度を大幅に向上させることが可能になりました(2~4倍の高速化が報告されています)25。FlashAttentionの最新版であるFlashAttention-3では、NVIDIAのHopperアーキテクチャGPUの新機能(Tensor Coreの非同期性、Tensor Memory Accelerator (TMA)、FP8低精度計算への対応など)を最大限に活用し、さらなる効率向上と精度維持を実現しています 25。これらの技術革新は、より長いコンテキストウィンドウを実用的な速度とコストで扱えるようにし、LLMの応用範囲拡大に大きく貢献しています 3

5.2. スパースアテンション:LongformerとBigBirdによるアプローチ

全てのトークンペア間の関連性を計算するフルアテンションは、特に長いシーケンスにおいては計算コストが膨大になります。この問題を解決するために、計算対象を限定するスパース(疎な)アテンションというアプローチが考案されました。スパースアテンションの基本概念は、全てのトークンペアではなく、一部の重要なトークンペアにのみアテンション計算を限定することで、計算量を削減するというものです 27。具体的には、マスク行列(M)を用いて、注目しない位置のスコアをゼロにすることで実現されます 27

代表的なモデルとしてLongformerとBigBirdがあります。Longformerは、ローカルウィンドウアテンション(各トークンが近傍のトークンに注目)とグローバルアテンション(特定の重要なトークンはシーケンス全体のトークンに注目)を組み合わせることで、長文脈を効率的に扱います 27。BigBirdも同様にスパースアテンションをベースとし、ローカルウィンドウアテンション、グローバルアテンションに加えて、ランダムアテンション(ランダムに選択されたトークンペアに注目)を導入することで、フルアテンションの特性を近似しつつ計算効率を線形に抑えることを目指しています 28。これにより、従来のモデルよりも大幅に長いシーケンス(例えば、従来の8倍など)を扱えるようになると報告されています 29。これらのスパースアテンション技術は、計算量をO(n2)からO(n)またはO(nlogn)程度に削減し、数万から数十万トークンといった超長文の処理を可能にします 3

5.3. 「中間情報の忘却」問題への対策研究:Ms-PoEとMedoid Voting

「Lost in the Middle」問題に対処するための研究も進められています。

  • Ms-PoE (Multi-scale Positional Encoding): この手法は、「Lost in the Middle」問題の一因とされるロータリー位置エンコーディング(RoPE)の長期減衰効果に対処するため、位置エンコーディングのインデックスを再スケーリングするものです 10。特に、異なるアテンションヘッドに対して、その「位置認識度」に応じて異なるスケーリング比率を割り当てるという工夫がなされています。これにより、重要な情報がコンテキストの中間にある場合でも、モデルがそれを捉えやすくなることが期待されます。Ms-PoEは、既存のモデルにプラグアンドプレイで適用可能であり、追加のファインチューニングなしに性能を向上させるとされています 10
  • Medoid Voting: このアプローチでは、同じ入力文書群に対して、文書の順序をランダムに複数回入れ替えて(パーミュテーション)LLMに入力します。そして、得られた複数の応答の中から、統計的に最も代表的(中心的)なものを最終的な応答として選択します 8。これにより、特定の情報が常に「中間」に来てしまい性能が低下するリスクを軽減し、モデルの確率的な振る舞いによる結果のばらつきを抑え、より安定した結果を得ることを目指します。GPT-4-Turboなどのモデルで有効性が示されています 8

これらの研究は、「Lost in the Middle」問題が単なる偶然ではなく、LLMのアーキテクチャに起因する課題であり、能動的な対策が必要であることを示しています。LLMの「ブラックボックス」性を一部解明し、より制御可能で信頼性の高いモデル挙動を実現するための重要なステップと言えるでしょう。この問題の現象を特定し、その原因と考えられるアーキテクチャ要素(位置エンコーディングなど)に介入したり、入力の提示方法を工夫したりすることで、モデル内部のメカニズムや特性への理解を深め、性能改善に繋げようとしています。このような理解が進むことで、LLMの挙動をより予測しやすくし、特定のバイアスを軽減したり、意図した通りに動作させたりするための、より洗練された制御技術の開発に繋がる可能性があります。

5.4. RAGの活用と限界を超える試み

検索拡張生成(RAG)は、LLMが応答を生成する前に、外部の信頼できる知識ベース(データベース、文書群など)から関連情報を検索し、その情報をプロンプトに付加してLLMに提供するフレームワークです 11

長いコンテキストウィンドウは、RAGで検索されたより多くの文書チャンクを一度にLLMに渡すことを可能にし、より文脈豊かで正確な応答生成に貢献します 1。ある研究では、長コンテキストLLM(LCLM)とRAGの組み合わせが、特に多段階推論や長い物語における暗黙的なクエリの理解において、短いコンテキストのRAG実装を上回る可能性があることが示唆されています 31

RAGの利点は、LLMの知識を訓練データ外の最新情報で補強し、ハルシネーション(もっともらしい嘘の情報を生成する現象)を抑制し、事実に基づいた応答を促進することです 21。特に、専門知識が必要なドメインや、情報が頻繁に更新される分野で有効です 21

しかし、単純なRAG(ナイーブRAG)には課題もあります。検索されたチャンクの関連性が低い(低精度)、全ての関連チャンクを取得できない(低再現率)、あるいはLLMに古い情報が渡されてしまうといった問題が発生する可能性があります 21。これらの課題に対処するため、検索モジュールの改善、リトリーバー(検索器)のファインチューニング、より高度なプロンプティング技術(例えば、抽象的な概念や原則を導き出すStepBack-prompt)の組み合わせなど、「Modular RAG」と呼ばれる進化形のアプローチが研究されています 21

RAGは必要な情報のみを検索するため効率的ですが、検索システムの構築・維持が必要です。一方、巨大なコンテキストウィンドウは直接大量の情報を扱えますが、計算コストが高いというトレードオフがあります 32。タスクの特性(情報の局所性、コスト許容度など)に応じて、これらのアプローチを使い分けたり、組み合わせたりすることが検討されます。

5.5. 非アテンションベースアーキテクチャの探求

アテンションメカニズム、特に自己注意のO(n2)計算量は、超長コンテキストを扱う上での根本的なボトルネックとなっています。この問題を回避するために、アテンション計算を完全に排除し、別のメカニズムでシーケンス情報を処理する「アテンションフリー」あるいは「非アテンションベース」のアーキテクチャの研究が進んでいます 28

このようなアーキテクチャの構成要素の例としては、以下のようなものが提案されています 28

  • State-Space Models (SSM) / S4: 連続時間畳み込みカーネルを学習し、シーケンス長に対してほぼ線形のスケーラビリティを持つコンポーネントです。入力シーケンスをチャンクに分割し、各チャンク内の長距離依存関係を捉える役割を担います。
  • Multi-Resolution Convolution: 異なるdilation率(畳み込みの際にカーネル要素間に挿入する間隔)を持つ複数の畳み込み層を並列に用い、様々なスケールでローカルな文脈情報を捉えます。
  • Recurrent Supervisor: シーケンシャルなチャンク間でグローバルな隠れ状態を維持するための軽量なリカレントモジュールです。
  • Retrieval-Augmented External Memory: 外部メモリからの検索によって文脈情報を補強し、モデルの知識を拡張します。

これらのコンポーネントを組み合わせることで、自己注意の二次的なスケーリング問題を根本的に回避し、数百万トークン規模の超長コンテキストを効率的に扱える可能性があると期待されています 28。これは、Transformerとは異なるパラダイムでの長コンテキスト処理の可能性を示唆しています。

コンテキストウィンドウ最適化技術の多様化(効率化、スパース化、問題特化型修正、RAG、非アテンション)は、単一の万能な解決策が存在しないことを示しています。FlashAttentionはハードウェアレベルでの効率化、スパースアテンションは計算対象の絞り込み、Ms-PoEやMedoid Votingは特定問題への対処、RAGは外部情報供給、非アテンションアーキテクチャは根本的な計算量問題からの脱却を目指しています。これだけ多様なアプローチが存在するということは、それぞれの技術に得意な領域と不得意な領域、あるいはコストと性能のトレードオフがあることを意味します。したがって、開発者や研究者は、解決したい課題の特性(テキストの長さ、情報の密度、求められる応答速度、許容コストなど)を深く理解し、これらの技術群から最適なものを選択または組み合わせて利用する能力が今後ますます重要になるでしょう。

以下に、本セクションで議論された主要なコンテキストウィンドウ最適化技術の概要と比較を示します。

技術名基本原理計算量への影響主な利点主な課題/トレードオフ関連資料
標準自己注意 (Standard Self-Attention)全トークンペア間の関連性を計算O(n2)高い表現力、文脈理解能力長シーケンスでの計算コストとメモリ消費が膨大3
FlashAttentionGPUメモリ階層を意識したI/O最適化、タイリング、再計算メモリO(n)、計算速度向上大幅な高速化、メモリ効率改善、長コンテキストの実用性向上ハードウェア(特にGPU)への依存性、アルゴリズムの複雑性25
スパースアテンション (Longformer/BigBird)ローカル、グローバル、ランダムなど、限定的なトークンペアにアテンションを集中O(n) または O(nlogn)近似大幅な計算量削減、超長シーケンス処理能力フルアテンションに対する性能近似の度合い、パターンの設計27
Ms-PoE (Multi-scale Positional Encoding)位置エンコーディングのインデックスをアテンションヘッドごとに再スケーリングし、「Lost in the Middle」問題に対処計算量への直接的な大きな影響は少ない「Lost in the Middle」問題の緩和、追加学習なしで適用可能特定の問題に特化した改善、他の長コンテキスト課題への汎用性は限定的の可能性10
Medoid Voting入力文書の順序を複数回変更し、得られた応答群から代表的なものを選択することで「Lost in the Middle」問題やモデルの確率性を緩和推論回数が複数回になるため計算コスト増「Lost in the Middle」問題の緩和、応答の安定性向上最良ケースの性能を平均化する可能性、推論コスト増8
RAG (Retrieval-Augmented Generation)外部知識ベースから関連情報を検索し、プロンプトに付加してLLMに入力LLM自体の計算量とは別に検索コストが発生最新情報へのアクセス、ハルシネーション抑制、ドメイン特化知識の活用検索システムの品質依存性、検索された情報の統合の難しさ、システム構築・維持コスト1122
非アテンションアーキテクチャState-Space Models、畳み込み、リカレント構造などを組み合わせ、アテンション計算を排除O(n) または O(nlogn) を目指すアテンションのO(n2)問題を根本的に回避、超長コンテキストへのスケーラビリティ開発途上の技術が多く、Transformerベースのモデルと同等の性能達成が課題、アーキテクチャの複雑性28

6. 主要LLMにおけるコンテキストウィンドウ比較

近年、主要なLLMプロバイダーは、コンテキストウィンドウのサイズ拡大に積極的に取り組んでいます。以下に、代表的なモデルファミリーの状況をまとめます。

  • OpenAI GPTシリーズ:
  • 初期のGPT-4モデルは8,192トークンのコンテキストウィンドウを持っていました 34
  • その後登場したGPT-4 Turboは、コンテキストウィンドウを128,000トークンに大幅拡張し、最大4,096トークンの応答を生成できるようになりました 34
  • 最新モデルの一つであるGPT-4oも128,000トークンの入力コンテキストウィンドウを備えています 35。このモデルはレイテンシが低く、スループットが高い点が特徴で、コーディングや推論タスクで高い性能を示すと報告されています 35
  • さらに、GPT-4.1は最大100万トークンという広大なコンテキストウィンドウをサポートし、特にコーディング性能においてGPT-4oから大幅な向上が見られ、SWE-bench Verifiedで54.6%のスコアを達成したとされています 23
  • Google Geminiシリーズ:
  • Gemini 1.5 Proは、標準で128,000トークン、最大で100万トークン(Google内部の実験では最大1000万トークンまでテスト)という非常に大きなコンテキストウィンドウをサポートしています 37。これにより、1時間の動画、11時間の音声、3万行以上のコードベース、あるいは70万語以上のテキストといった膨大な情報を一度に処理できるとされています 37
  • 特に注目すべきは、Needle In A Haystack (NIAH)評価において、100万トークンという長大なコンテキストの中からでも99%以上の精度で埋め込まれた情報(”needle”)を発見できる能力です 37。最新の情報では、Gemini 1.5 Proは200万トークンのコンテキストウィンドウをサポートするとも報告されています 38。アーキテクチャとしては、Mixture-of-Experts (MoE) を採用している点が特徴です 38
  • Anthropic Claudeシリーズ:
  • Claude 3ファミリー(Opus, Sonnet, Haiku)のうち、最上位モデルであるClaude 3 Opusは、デフォルトで200,000トークンのコンテキストウィンドウを持ち、特定のユースケースでは100万トークンまで拡張可能であると発表されました 39
  • Claude 3.5 Sonnetは、一部のベンチマークでGPT-4oを上回る結果も報告されており、特にコーディング、多段階ワークフロー、チャート解釈、画像からのテキスト抽出といったタスクで高い性能を示すとされています 36
  • Claude 3.7 Sonnetは200,000トークンのコンテキストウィンドウを持つとされています 3。ただし、公式ドキュメントでは知識カットオフが2024年10月末で、API経由での最大出力トークン長は128kトークンであるとの記述もあります 40
  • Claude 4ファミリー(Opus, Sonnet)は2025年5月にリリースされたとされています 39

これらのモデル間で、トークンあたりの利用料金にも違いが見られます。一般的に、コンテキストウィンドウが大きいモデルや、より高性能なモデルは高価になる傾向があります 36

主要LLMプロバイダー間でのコンテキストウィンドウサイズの競争激化は、「より多く記憶できる」ことの価値を市場が認識している証左と言えるでしょう。各社が数十万から数百万トークンという巨大なコンテキストウィンドウを競って発表している状況は、長い文書の処理、長時間の会話維持、複雑なタスク実行といった、より大きなコンテキストウィンドウがもたらす利点への需要が高いことを示しています。しかし、同時にこれは「Lost in the Middle」問題の深刻化や、公称性能と実効性能との乖離リスクも高めている可能性があります。技術的に大きなコンテキストウィンドウを使えることと、モデルが実際にその大きなコンテキストをうまく記憶したり注意を向けたりできることは別問題であり 24、ユーザーはプロバイダーが発表する最大トークン数だけでなく、実際のタスクにおける実効性能(例えばNIAH評価の結果など)を慎重に見極める必要があります。この状況は、コンテキストウィンドウの「量」だけでなく「質」(いかに効率よく、意味のある形で情報を利用できるか)が今後の差別化要因となることを示唆しています。

また、コンテキストウィンドウの拡大競争は、モデルの利用コスト構造にも影響を与えています。コンテキストウィンドウが大きくなると、それに比例して(あるいは自己注意メカニズムの場合は二乗で)計算コストが増大し 3、これがユーザー価格に反映される可能性があります。ユーザーが常に最大コンテキストウィンドウを利用する必要があるわけではなく、タスクによってはより小さなコンテキストで十分な場合もあります。しかし、最大ウィンドウサイズを前提とした料金体系や、利用したトークン量に応じた課金が一般的であるため、ユーザーは不必要に大きなコンテキストを使用して高額な費用を支払うリスクに直面します。このため、ユーザー側では、タスクの要件を正確に把握し、必要最小限のコンテキストで済むようなプロンプトエンジニアリングを行ったり、RAGのように外部情報を効率的に組み込むことでコンテキスト使用量を最適化したりする戦略が重要になります。

以下に、本セクションで触れた主要な大規模言語モデルのコンテキストウィンドウに関する情報をまとめます。

モデルファミリー具体的なモデル名開発元公称コンテキストウィンドウサイズ (トークン)最大出力トークン数 (該当する場合)リリース日/情報更新日特徴・備考関連資料
GPT-4GPT-4 (初期)OpenAI8,192N/A3434
GPT-4GPT-4 TurboOpenAI128,0004,0963434
GPT-4GPT-4oOpenAI128,000N/A2024年5月13日低レイテンシ、高スループット35
GPT-4GPT-4.1OpenAI最大 1,000,000N/A23コーディング性能特化 (SWE-bench Verified 54.6%)23
GeminiGemini 1.5 ProGoogle標準 128,000 (最大 1,000,000、実験的に最大 10,000,000、最新版で2,000,000サポート)N/A2024年2月 (初期発表)NIAH評価で高精度、MoEアーキテクチャ37
ClaudeClaude 3 OpusAnthropic200,000 (特定ユースケースで最大 1,000,000)N/A2024年3月4日複雑な推論タスク向け35
ClaudeClaude 3.5 SonnetAnthropic200,000 3N/A2024年6月20日コーディング、多段階ワークフロー等で高性能36
ClaudeClaude 3.7 SonnetAnthropic200,000 3 / 最大出力128k 40128,000 (APIヘッダ指定時)2025年2月24日知識カットオフ2024年10月末3
ClaudeClaude 4 Sonnet/OpusAnthropicN/A (Claude 3.7から移行)N/A2025年5月14日39

注意: 上記表の情報は、参照された資料に基づいています。LLMの仕様は頻繁に更新されるため、最新の情報は各プロバイダーの公式ドキュメントをご確認ください。

7. コンテキストウィンドウの将来展望と研究動向

コンテキストウィンドウ技術は、LLMの能力を飛躍的に向上させてきましたが、その進化はまだ道半ばです。さらなる拡張と最適化を目指した研究開発が活発に進められています。

7.1. 「無限」コンテキストと長期記憶への挑戦

現在のコンテキストウィンドウは、どれだけ長大化しても本質的には「短期記憶」であり、LLMが真の長期記憶や永続的な学習能力を持つわけではありません 19。会話が長くなったり、処理する情報量が一定の閾値を超えたりすると、初期の情報は失われてしまいます。

この限界を超える試みとして、「無限コンテキスト」という概念が追求されています。例えば、MemGPTというエージェント抽象化は、オペレーティングシステムの仮想記憶の概念に触発されています 12。MemGPTは、ワーキングメモリ(コンテキストウィンドウに相当)と長期記憶(外部ストレージに相当)の間で情報を自律的に管理し、スワッピングを行うことで、実質的に「無限のコンテキストウィンドウ」の幻想を作り出すことを目指しています。これは、コンテキストウィンドウサイズの物理的な限界を超えるための一つの有望なアプローチです。

長期記憶の実現は、LLMのパーソナライゼーションにおいても極めて重要です。Microsoft AIのCEOであるMustafa Suleyman氏は、「ほぼ無限の記憶を持つプロトタイプ」に言及し、それがユーザーの好みや過去の対話を忘れずに、真に役立つAIアシスタントの実現に繋がると述べています 13。LLMがユーザーとの対話を通じて継続的に学習し、個々のユーザーに最適化された体験を提供するためには、このような長期記憶能力が不可欠です。

しかし、真の長期記憶を実現するには、効率的な情報の圧縮、検索、更新メカニズム、そして時間感覚の導入など、多くの技術的課題が存在します 13。また、「Lost in the Middle」問題が示すように、単に記憶容量を増やすだけでは不十分であり、記憶した情報をいかに効果的に活用できるかが鍵となります 13

7.2. LLM OS構想におけるコンテキストウィンドウの役割

LLMの能力が向上するにつれて、LLMを単なるアプリケーションとしてではなく、より基盤的なシステム、すなわち「オペレーティングシステム(OS)」として捉える構想が登場しています。この「LLM as OS (LLMOS)」または「AIOS (Artificial Intelligent Operating System)」という概念では、LLMがOSのカーネルのような中心的役割を担い、様々なAIエージェント(アプリケーションに相当)を管理・実行すると考えられています 6

この構想において、コンテキストウィンドウはOSにおけるメモリ(RAM)に類似した役割を果たすとされています 6。つまり、現在処理中のタスクやアクティブなエージェントが必要とする情報を一時的に保持し、高速にアクセス可能にするための作業領域となります。エージェント間の連携やタスクの切り替えにおいて、関連するコンテキスト情報を効率的に管理し、必要に応じてロード・アンロードするメカニズムが重要になります。

LLMOSは、自然言語を主要なインターフェース(プログラミング言語やユーザーコマンド)として使用し、テクノロジーをより多くの人々にとってアクセスしやすくすることを目指しています 6。コンテキストウィンドウは、この自然言語による指示や対話の履歴を保持し、OSとしての機能を実現するための基盤情報となります。MemGPTやAIOSのようなシステムでは、エージェントが記憶(コンテキストウィンドウや長期記憶)を活用して自律的に動作することが期待されています 42

「無限コンテキスト」や「LLM as OS」の追求は、LLMを単なる応答生成ツールから、自律的にタスクを計画・実行し、環境とインタラクションしながら学習・適応する「知的エージェント」へと進化させるための必然的な流れと言えるでしょう。現在のLLMは、与えられたプロンプト(コンテキスト)に対して受動的に応答を生成するものが主流です。「無限コンテキスト」の実現は、LLMが過去の経験や知識を忘れることなく蓄積し、長期的な目標達成のためにそれらを利用できるようになることを意味し、より持続的で一貫した行動を可能にします。「LLM as OS」構想は、LLMが複数のタスクやツール(エージェント)を管理・協調させ、ユーザーの抽象的な指示に基づいて複雑な処理を自律的に実行する役割を担うことを示唆しています。これらの能力(長期記憶、タスク管理、ツール利用)は、まさに知的エージェントに求められる中核的な機能です。したがって、コンテキストウィンドウの限界を超えようとする努力と、LLMをよりシステム的な役割に据えようとする動きは、LLMを知的エージェントへと昇華させるための重要な布石と言えます。

しかし、このような長期記憶やLLM OSが実現した場合、技術的課題以上に深刻な社会的課題として、プライバシー、セキュリティ、そして「何を記憶させ、何を忘れさせるべきか」という倫理的な問題が浮上します。LLMがユーザーの全対話履歴、好み、個人情報を「無限に」記憶し続ける場合、その情報がどのように保護され、誰がアクセスでき、どのように利用されるのかという問題は極めて重要になります 13。LLMがOSとして機能し、ユーザーのデバイスやオンラインアカウントを操作できるようになる場合(Claude 3.5 Sonnetの「computer use」機能がその萌芽を示しています 39)、セキュリティ侵害のリスクは格段に高まります。また、LLMに何を「忘れさせる」権利がユーザーにあるのか、あるいは社会的に忘れさせるべき情報(例:誤情報、差別的表現)をどのように管理するのか、といった「忘却の権利」や「記憶のキュレーション」に関する倫理的・法的枠組みの整備が不可欠になります。これらの問題は、技術開発と並行して、あるいはそれ以上に真剣に議論されなければ、広範な社会的受容を得ることは難しく、技術のポテンシャルを最大限に活かす上での大きな障害となり得ます。

8. 結論:コンテキストウィンドウ理解の鍵

本レポートでは、大規模言語モデル(LLM)におけるコンテキストウィンドウの概念、その重要性、技術的課題、そして最新の動向について詳細に解説してきました。以下に主要なポイントを再確認します。

  • コンテキストウィンドウはLLMの「作業記憶」であり、一度に処理・記憶できる情報量を決定づける核心的要素です。
  • そのサイズはトークンを単位として計測され、ユーザーからの入力だけでなく、LLM自身の出力やシステム内部の制御情報(システムプロンプト)によっても消費されます。
  • コンテキストウィンドウの拡大は、長文理解能力の向上、会話の一貫性維持、複雑なタスクやコード処理能力の強化、さらには検索拡張生成(RAG)との連携強化など、多岐にわたる利点をもたらします。
  • 一方で、計算コストの増大(特に自己注意メカニズムのO(n2)問題)、入力情報の中間部分を効果的に利用できない「Lost in the Middle」問題、アテンションの希薄化といった技術的課題も抱えています。
  • これらの課題を克服し、コンテキストウィンドウの性能を最大限に引き出すため、FlashAttentionのような効率的なアテンションメカニズム、スパースアテンション、RAGの高度化、さらには非アテンションベースの新しいアーキテクチャなど、多様な技術開発が活発に進められています。
  • 主要なLLMプロバイダーはコンテキストウィンドウのサイズ拡大を競っており、ユーザーは公称スペックだけでなく、実効性能やコストとのバランスを考慮してモデルを選択する必要があります。
  • 将来的には、現在の短期記憶の限界を超える「無限コンテキスト」や長期記憶の実現、そしてLLMがOSのような役割を担う「LLM as OS」といった、より高度な情報処理能力と自律性を持つLLMへの進化が期待されています。

LLMの能力を最大限に引き出し、その限界を認識した上で効果的に活用するためには、コンテキストウィンドウの仕組み、利点、そして制約を深く理解することが不可欠です。開発者、研究者、そして一般ユーザーにとっても、この理解は、より高度なLLMアプリケーションの設計、適切なモデル選択、そしてLLMとのより生産的な対話を実現するための基礎となります。

コンテキストウィンドウに関する技術的進歩と課題の理解は、AIリテラシーの重要な構成要素となりつつあります。LLMが生成する情報は、そのコンテキストウィンドウ内で処理された情報に大きく依存します。コンテキストウィンドウの限界(例:「Lost in the Middle」、情報忘却)を知っていれば、LLMの応答が不完全であったり、文脈から外れていたりする理由を推測できます。例えば、非常に長い文書について質問した際に、中間部分に関する回答が曖昧だった場合、それは「Lost in the Middle」問題の影響かもしれないと考えることができます。このように、コンテキストウィンドウの特性を理解することは、LLMの出力を鵜呑みにせず、その強みと弱みを踏まえた上で、より批判的かつ建設的にLLMと対話するためのリテラシーを養うことに繋がります。

また、コンテキストウィンドウの進化の歴史は、計算機科学におけるメモリ管理と情報処理の最適化という普遍的なテーマが、AIという新しい分野で再演されていると捉えることができます。コンテキストウィンドウはLLMの「ワーキングメモリ」と例えられ 4、計算コストの増大問題は伝統的なアルゴリズム効率化の課題と共通しています。FlashAttentionがGPUのメモリ階層を意識した最適化を行うのは 25、コンピュータアーキテクチャにおけるキャッシュメモリの効率的利用と通じますし、MemGPTがOSの仮想記憶に着想を得ているのは 12、まさに過去のOS設計の知恵をLLMに応用しようとする試みです。このように、コンテキストウィンドウに関する多くの課題と解決策は、計算機科学の歴史の中で繰り返し現れてきたテーマと深いつながりを持っています。したがって、LLMのコンテキストウィンドウ研究は、AIという新しい文脈でこれらの古典的課題に再挑戦するものであり、過去の計算機科学の知見を活かしつつ、ニューラルネットワーク特有の特性を考慮した新しいアイデアを融合させることで、今後の大きな進展が期待できる分野と言えるでしょう。

LLMとコンテキストウィンドウ技術は日進月歩で進化しており、今後も新たなブレークスルーが期待されます。最新の研究動向を注視し、継続的に知識をアップデートしていくことが、この急速に発展する分野に関わる全ての人々にとって重要です。

引用文献

  1. 生成AIサービスをコンテキストウィンドウ(記憶力)から比較する https://zenn.dev/chameleonmeme/articles/989ccef3027419
  2. コンテキストウィンドウとは何か?グーグルとメタが本気、生成AI … https://www.sbbit.jp/article/cont1/142381
  3. Context Windows in Large Language Models – DEV Community https://dev.to/lukehinds/context-windows-in-large-language-models-3ebb
  4. What is a context window? | IBM https://www.ibm.com/think/topics/context-window
  5. Context Windows: the Memory That Powers AI | Appsmith Community Portal https://community.appsmith.com/content/blog/context-windows-memory-powers-ai
  6. LLM as OS, Agents as Apps: Envisioning AIOS, Agents and the AIOS-Agent Ecosystem – arXiv https://arxiv.org/html/2312.03815v2
  7. How Does The Context Window Size Affect LLM Performance? – Deepchecks https://www.deepchecks.com/question/how-does-context-window-size-affect-llm-performance/
  8. Evaluating Language Model Context Windows: A “Working Memory” Test and Inference-time Correction – arXiv https://arxiv.org/html/2407.03651v1
  9. The context window problem or why LLM forgets the middle of a long file – TechTalks https://bdtechtalks.com/2025/02/05/the-context-window-problem-or-why-llm-forgets-the-middle-of-a-long-file/
  10. Found in the Middle: How Language Models Use Long … – arXiv https://arxiv.org/pdf/2403.04797
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  16. LLM(大規模言語モデル)とは?仕組み・活用分野・現状の課題を解説 – Digital Business Sherpa https://www.dx-digital-business-sherpa.jp/blog/what-is-llm
  17. 日本語LLMにおけるトークナイザーの重要性 | データアナリティクスラボ https://dalab.jp/archives/journal/japanese-llm-tokenizer/
  18. たった 50,000 種類で多言語対応? LLM のトークン化を理解しよう … https://qiita.com/hiyoko1729/items/51460157a6578d7b8fd2
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  20. The Crucial Role of Context Length in Large Language Models for Business Applications – Groq is Fast AI Inference https://groq.com/the-crucial-role-of-context-length-in-large-language-models-for-business-applications/
  21. Retrieval Augmented Generation (RAG) for LLMs – Prompt Engineering Guide https://www.promptingguide.ai/research/rag
  22. RAG vs LLM? Understanding the Unique Capabilities and Limitations of Each Approach – Kanerika https://kanerika.com/blogs/rag-vs-llm-understanding-the-unique-capabilities-and-limitations-of-each-approach/
  23. Introducing GPT-4.1 in the API – OpenAI https://openai.com/index/gpt-4-1/
  24. No, additional context does not cause exponential slowdowns and you absolutely c… | Hacker News https://news.ycombinator.com/item?id=42333832
  25. FlashAttention-3: Fast and Accurate Attention with Asynchrony and Low-precision | Tri Dao https://tridao.me/blog/2024/flash3/
  26. Designing Hardware-Aware Algorithms: FlashAttention – DigitalOcean https://www.digitalocean.com/community/tutorials/flashattention
  27. Understanding Attention Mechanisms in LLMs – adaline.ai https://www.adaline.ai/blog/understanding-attention-mechanisms-in-llms
  28. Breaking Quadratic Barriers: A Non-Attention LLM for Ultra-Long Context Horizons – arXiv https://arxiv.org/pdf/2506.01963
  29. BigBird – Hugging Face https://huggingface.co/docs/transformers/model_doc/big_bird
  30. What is Retrieval-Augmented Generation (RAG)? | Google Cloud https://cloud.google.com/use-cases/retrieval-augmented-generation
  31. Long-Context LLMs and RAG | deepset Blog https://www.deepset.ai/blog/long-context-llms-rag
  32. RAG vs Large Context Window LLMs: When to use which one? – The Cloud Girl https://www.thecloudgirl.dev/blog/rag-vs-large-context-window
  33. Breaking Quadratic Barriers: A Non-Attention LLM for Ultra-Long Context Horizons – arXiv https://arxiv.org/html/2506.01963v1
  34. What is the context window of gpt 4 – API – OpenAI Developer Community https://community.openai.com/t/what-is-the-context-window-of-gpt-4/701256
  35. Compare GPT-4o vs. Claude 3 Opus – Prompt Creator https://promptcreator-drg6d7g9hzcpeebb.eastus-01.azurewebsites.net/compare/ai-model/gpt-4o/claude-3-opus
  36. Which LLM is right for you? The answer is clear: it depends. – Proxet https://www.proxet.com/blog/which-llm-is-right-for-you-the-answer-is-clear-it-depends
  37. Our next-generation model: Gemini 1.5 – Google Blog https://blog.google/technology/ai/google-gemini-next-generation-model-february-2024/
  38. The Needle in the Haystack Test and How Gemini Pro Solves It | Google Cloud Blog https://cloud.google.com/blog/products/ai-machine-learning/the-needle-in-the-haystack-test-and-how-gemini-pro-solves-it
  39. Claude (language model) – Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Claude_(language_model)
  40. Models overview – Anthropic API https://docs.anthropic.com/en/docs/about-claude/models/overview
  41. Memory, Context, and Cognition in LLMs – The Prompt Engineering Institute https://promptengineering.org/memory-context-and-cognition-in-llms/
  42. AI Agents: What They Are, Why They Matter, and What’s Next – MyCustomAI https://www.mycustomai.io/blog/what-is-ai-agent-and-why-is-it-important