1. メタ認知の基本概念
1.1 定義と起源
メタ認知(metacognition)とは、「認知についての認知」あるいは「思考についての思考」と定義される高次認知機能です。この用語は1970年代に発達心理学者のジョン・フラベル(John Flavell)によって初めて体系的に提唱されました。フラベルはメタ認知を「自分自身の認知プロセスとその産物に関する知識と認識、およびそれらの能動的なモニタリングと調整を含む」と定義しました。
メタ認知という概念自体は、古代ギリシャの哲学者たちが自己反省や自己知識の重要性について論じた時代にまで遡ることができます。ソクラテスの「汝自身を知れ」という格言はメタ認知的な自己理解の重要性を示す初期の例と言えるでしょう。
1.2 メタ認知の基本的側面
メタ認知は主に以下の二つの基本的側面から構成されています:
- メタ認知的知識(Metacognitive Knowledge):
- 自分自身の認知プロセスや能力に関する知識
- 様々な課題や状況に関する知識
- 戦略の有効性に関する知識
- メタ認知的調整(Metacognitive Regulation):
- 計画:目標設定や戦略選択
- モニタリング:理解度や進捗の追跡
- 評価:結果の検証と反省
- コントロール:思考プロセスの調整と修正
1.3 メタ認知と関連概念の区別
メタ認知は以下の関連概念と区別することが重要です:
- 認知(Cognition):情報処理の基本的なプロセス(記憶、注意、言語処理など)
- メタ記憶(Metamemory):自分自身の記憶能力と記憶プロセスに関する知識と意識
- メタ理解(Metacomprehension):自分がテキストをどの程度理解しているかに関する判断
- メタ注意(Meta-attention):自分の注意プロセスへの気づきと制御
- 自己調整学習(Self-regulated learning):メタ認知を含む、より広範な学習の自己調整
2. メタ認知の理論的枠組み
2.1 フラベルのメタ認知モデル
フラベル(1979)は、メタ認知を以下の4つの要素から構成されると提案しました:
- メタ認知的知識:
- 人に関する知識(個人内、個人間、普遍的な認知特性の知識)
- 課題に関する知識(課題の難易度や要求に関する知識)
- 戦略に関する知識(何が、いつ、なぜ、どのように効果的かの知識)
- メタ認知的経験:課題遂行中に生じる意識的な認知的・感情的経験
- 目標/課題:認知活動の目的や目標
- 行動/戦略:目標達成のために用いられる具体的な認知的行動
2.2 ネルソンとナレンスの監視・制御モデル
ネルソンとナレンス(1990)は、メタ認知プロセスを「対象レベル」と「メタレベル」の2層構造でモデル化しました:
- 対象レベル:基本的な認知プロセス(記憶の符号化・検索など)
- メタレベル:対象レベルの表象と調整機能を持つ
これらのレベル間の情報の流れには2種類あります:
- モニタリング:対象レベルからメタレベルへの情報の流れ
- コントロール:メタレベルから対象レベルへの情報の流れ
このモデルは特にメタ記憶研究において影響力がありました。
2.3 完全なメタ認知モデル
パーフェクト&シュワルツ(2002)の「完全なメタ認知モデル」は、以下の要素を統合しています:
- メタ認知的知識:長期記憶に保存された認知プロセスに関する知識
- メタ認知的モニタリング:現在の認知状態の評価
- メタ認知的コントロール:認知プロセスの調整
- メタ認知的経験:認知活動に伴う主観的な感覚や感情
2.4 二重処理理論とメタ認知
カーネマン(2011)やエバンス(2008)などの研究者による二重処理理論は、メタ認知理解に新たな視点をもたらしました:
- システム1:速い、自動的、直感的、無意識的処理
- システム2:遅い、制御された、分析的、意識的処理
メタ認知はシステム2の一部として機能し、システム1の処理をモニタリングし修正する役割を担います。
3. メタ認知の神経科学的基盤
3.1 前頭前皮質の役割
メタ認知プロセスにおいて前頭前皮質(PFC)が中心的役割を果たすことが多くの研究で示されています:
- 内側前頭前皮質(mPFC):自己参照的処理、自己モニタリング
- 背外側前頭前皮質(dlPFC):ワーキングメモリ、認知制御、目標指向的行動
- 前頭極(Frontopolar cortex):複数の認知プロセスの調整、将来の行動計画
フレミングら(2010)の研究では、前頭極の灰白質容積が知覚判断の正確さと相関することが示されました。
3.2 前帯状皮質の機能
前帯状皮質(ACC)は、エラー検出と認知的葛藤のモニタリングに関与しています:
- エラー関連陰性電位(ERN):誤反応後に観察される事象関連電位で、ACCの活動を反映
- 反応葛藤(response conflict)の検出
- パフォーマンスのモニタリングと行動調整
3.3 頭頂葉の貢献
頭頂葉、特に頭頂内溝(intraparietal sulcus)と角回(angular gyrus)は、以下の機能に関与しています:
- 注意の定位と維持
- 数学的認知のメタ認知的側面
- 自己の認知状態の表象
3.4 メタ認知の神経回路
メタ認知は単一の脳領域ではなく、複数の神経回路によって支えられています:
- 前頭-頭頂ネットワーク:認知制御と注意
- デフォルトモードネットワーク:自己参照的思考と内省
- 島皮質(Insular cortex):感情的および身体的状態の意識
理論的観点からは、これらの神経回路は「認知的階層」を形成し、下位レベルの処理に対する上位レベルのモニタリングと制御を可能にしていると考えられています。
4. メタ認知の発達
4.1 幼児期のメタ認知
メタ認知の初期の兆候は幼児期に現れ始めます:
- 3〜4歳:他者の信念と自分の信念の区別(心の理論の発達と関連)
- 4〜5歳:単純な形での知識の確実性の判断能力の出現
- 5〜6歳:記憶能力に関する基本的な理解の発達
ワンバーガーとプレマック(1995)の研究では、4歳児でも自分の知識の限界を認識できることが示されています。
4.2 学童期のメタ認知発達
小学校の時期には、メタ認知能力が著しく発達します:
- 6〜8歳:メタ記憶戦略の意識的使用の増加
- 8〜10歳:学習課題の難易度判断の向上
- 10〜12歳:複数のメタ認知戦略の統合と柔軟な適用
この時期の発達は、ヴィゴツキーの「最近接発達領域」内での社会的相互作用によって促進されます。
4.3 青年期のメタ認知
青年期には、抽象的思考能力の発達に伴い、より洗練されたメタ認知が発達します:
- 自己の思考プロセスに関するより深い理解
- 仮説演繹的推論の発達
- 複雑な問題解決におけるメタ認知の活用
青年期のメタ認知発達は、フォーマルオペレーション段階(ピアジェ)の達成と密接に関連しています。
4.4 成人期と高齢期のメタ認知
メタ認知能力は成人期を通じて発達し続け、高齢期にも維持されることが多いです:
- 若年成人:多様な状況でのメタ認知の洗練と適応
- 中年期:専門的知識領域におけるメタ認知の深化
- 高齢期:結晶性知能に基づくメタ認知は比較的維持される一方、処理速度に依存するメタ認知的モニタリングは低下する傾向
キッチナーとキング(1981)の反省的判断モデルでは、成人期を通じてメタ認知的認識論的理解が発達していくプロセスが説明されています。
5. メタ認知の測定と評価
5.1 自己報告法
メタ認知を測定するための最も一般的なアプローチです:
- 質問紙:Metacognitive Awareness Inventory (MAI)、State Metacognitive Inventory (SMI)など
- インタビュー:構造化/半構造化インタビュー
- 思考発話法:課題遂行中に思考を声に出す手法
これらの方法は実施が比較的容易である一方、社会的望ましさバイアスや自己認識の限界といった課題があります。
5.2 オンライン測定法
課題遂行中のメタ認知を直接評価する方法です:
- 感覚判断(Judgment of Feeling):学習中の理解度に関する主観的評価
- 学習判断(Judgment of Learning, JOL):後の想起可能性の予測
- 確信度評定(Confidence Judgment):回答の正確さに対する確信度
- ソース監視(Source Monitoring):情報の起源に関する判断
これらの測定は、通常、課題前・中・後に複数回行われ、メタ認知的モニタリングの正確さを評価します。
5.3 行動指標
実際の行動からメタ認知を推測する方法です:
- 学習時間の配分:難しい項目への時間投資はメタ認知的知識を反映
- 戦略使用のパターン:適切な戦略選択と切り替え
- エラー検出と修正行動:エラーの認識と修正はメタ認知的モニタリングを示す
5.4 生理学的・神経科学的指標
脳活動や生理反応からメタ認知を評価する方法です:
- fMRI:メタ認知プロセス中の脳活動パターン
- EEG/ERP:エラー関連陰性電位(ERN)などの事象関連電位
- 眼球運動追跡:注視パターンと持続時間
これらの方法は客観的な測定を提供しますが、高コストで実施が複雑である点が課題です。
5.5 メタ分析的アプローチ
複数の測定法を組み合わせて、より包括的なメタ認知評価を行うアプローチです:
- 異なる種類のデータの三角測量
- 状況依存性を考慮した多面的評価
- 縦断的測定によるメタ認知の発達・変化の追跡
6. 教育におけるメタ認知
6.1 メタ認知と学習成果の関係
メタ認知能力と学習成果の間には強い相関関係があることが多くの研究で示されています:
- ワング、ハティ、ビグス(2014)のメタ分析では、メタ認知介入が学業成績に中程度から強い効果(平均効果量d=0.69)を持つことが示されました
- メタ認知は特に転移学習(新しい文脈への知識・スキルの応用)を促進します
- メタ認知能力の違いは、同等の認知能力を持つ学習者間の成績差を説明することがあります
6.2 メタ認知指導の方法
教育者は様々な方法でメタ認知を促進できます:
- 明示的指導:メタ認知的知識と戦略の直接教授
- モデリング:教師による思考プロセスの可視化(「考えることについて考える」)
- 足場かけ(Scaffolding):徐々に支援を減らしながら学習者の自律を促進
- 協調学習:ピア・ディスカッションと相互フィードバック
- リフレクティブ・プラクティス:学習過程と成果に関する体系的振り返り
パリスとワイノグラード(1990)は、これらのアプローチを「自己調整学習の教授(teaching for self-regulated learning)」と表現しました。
6.3 教科別メタ認知指導
メタ認知指導は各教科の特性に合わせて調整されるべきです:
- 読解:理解モニタリング、修復戦略、テキスト構造の認識
- 数学:問題表象、解決プロセスの計画とモニタリング、解の評価
- 科学:仮説生成と検証、実験設計、証拠の評価
- 歴史:多様な視点の考慮、一次資料と二次資料の区別、歴史的文脈の理解
- 外国語学習:コミュニケーション戦略、言語転移の認識、自己修正
6.4 テクノロジーとメタ認知
現代の教育テクノロジーはメタ認知支援に新たな可能性をもたらしています:
- インテリジェント・チュータリング・システム:学習者のメタ認知をリアルタイムで支援
- デジタル・ポートフォリオ:長期的な学習の振り返りと自己評価を促進
- 学習分析:学習パターンのデータに基づくメタ認知的フィードバック
- マインドマッピング・ツール:知識構造の可視化
- オンライン・コラボレーション・プラットフォーム:集合的メタ認知の促進
アゼベド(2005)は、これらのテクノロジーが最も効果的なのは、学習者の自律性を促進し過度の「知的プロテーゼ」にならない場合であると指摘しています。
7. 問題解決とメタ認知
7.1 問題解決の各段階におけるメタ認知
問題解決のプロセスの各段階でメタ認知は異なる役割を果たします:
- 問題理解:問題の性質と要件の分析、既存知識との関連付け
- 計画立案:適切な戦略の選択、リソースの配分、手順の順序付け
- 実行:進捗のモニタリング、理解度の評価、困難の同定
- 振り返り:解決策の評価、プロセスの効率性の検討、将来の応用への洞察
ポリア(1945)の古典的な問題解決モデルは、これらの各段階でのメタ認知的活動を強調しています。
7.2 専門家と初心者のメタ認知の違い
問題解決におけるメタ認知使用の質と量は、専門性レベルによって異なります:
- 専門家:
- より多くの時間を問題の表象に費やす
- より正確な難易度評価と時間見積もり
- より柔軟な戦略選択と切り替え
- 自動化された認知プロセスに対する選択的なメタ認知的注意
- 初心者:
- 問題の表面的特徴への過度の注目
- 不正確な自己評価と過信/過小評価の傾向
- 限られた戦略レパートリー
- 認知リソースの非効率的配分
チ、グレーサー、レス(1982)の研究では、物理学の問題解決における専門家と初心者のこれらの違いが実証されました。
7.3 創造的問題解決とメタ認知
創造的問題解決では、以下のようなメタ認知的プロセスが特に重要です:
- 前提の認識と再評価:問題の枠組みを問い直す能力
- インキュベーション期間の管理:思考の意識的/無意識的切り替え
- 発散的思考と収束的思考の調整:アイデア生成と評価のバランス
- アナロジー思考のモニタリング:遠い領域からの類推の適切性評価
メタ認知は、創造的洞察の「アハ体験」の前後で特に活発であることが研究で示されています。
7.4 集団問題解決とメタ認知
集団での問題解決には、個人的メタ認知に加えて社会的メタ認知が関わります:
- 共有メンタルモデルの構築:問題理解の調整
- 協調的モニタリング:お互いの理解と進捗の評価
- 集合的反省:グループプロセスの評価と調整
- 認知的分業の調整:専門知識と認知リソースの最適配分
ハッカーとアッカーマン(2003)は、これらのプロセスを「社会的に共有された調整学習(socially shared regulation of learning)」と呼んでいます。
8. メタ認知と意思決定
8.1 メタ認知的確信と意思決定
意思決定におけるメタ認知的確信(自分の判断の正確さに対する主観的確信)の役割は重要です:
- 確信度が高い判断ほど行動に移される傾向
- 低い確信度は追加情報の探索を促進
- 確信度の校正(calibration):主観的確信と客観的正確さの一致度
フレミングとドラン(2012)の研究では、メタ認知的確信の正確さには個人差があり、これが意思決定の質に影響することが示されています。
8.2 メタ認知バイアスと意思決定の誤り
メタ認知のバイアスは意思決定の質を低下させる可能性があります:
- 過信(Overconfidence):自己の能力や判断の正確さの過大評価
- ダニング=クルーガー効果:能力の低い人ほど自己評価が不正確になる傾向
- 後知恵バイアス(Hindsight bias):結果を知った後に「知っていた」と錯覚する傾向
- 確証バイアス(Confirmation bias):既存の信念を支持する情報への選択的注目
これらのバイアスの認識と補正自体がメタ認知的スキルです。
8.3 リスク評価とメタ認知
リスクを含む意思決定では、メタ認知が以下の点で重要な役割を果たします:
- 不確実性の度合いの評価
- 確率的思考の正確さのモニタリング
- リスク選好の自己認識
- 感情的反応の認識と調整
カーネマンとトベルスキー(1979)のプロスペクト理論は、リスク評価における認知バイアスを明らかにしましたが、メタ認知的気づきによってこれらのバイアスは部分的に緩和されうることが後の研究で示されています。
8.4 集団意思決定とメタ認知
組織や集団での意思決定プロセスにおいて、メタ認知は以下の側面で影響します:
- 集合的知性(Collective intelligence):グループのメタ認知能力が集団パフォーマンスを予測
- 情報共有のダイナミクス:共有情報と非共有情報の認識と統合
- **グループシンク(Groupthink)**の回避:批判的思考と異なる視点の考慮
- メタ認知的リーダーシップ:意思決定プロセスの質の促進
ウールリーら(2010)の研究では、集団メンバーの社会的感受性(メタ認知の一側面)が集団の問題解決能力を予測することが示されました。
9. 文化とメタ認知
9.1 文化間のメタ認知の差異
メタ認知の発達と表現は文化的文脈によって形作られます:
- 西洋文化:個人的省察と明示的言語化の強調
- 東アジア文化:社会的文脈での暗黙的メタ認知と相互依存的自己
- 先住民文化:物語と口承伝統を通じたメタ認知の伝達
- 集団主義vs個人主義文化:自己モニタリングの社会的vs個人的焦点
ニスベットら(2001)の研究では、東アジアと西洋の認知スタイルの違いがメタ認知的プロセスにも反映されることが示されています。
9.2 教育システムとメタ認知の文化的形成
各文化の教育システムはメタ認知の異なる側面を強調します:
- 米国:批判的思考と自己表現
- 日本:集団的振り返りと漸進的改善(改善)
- フィンランド:自己調整学習と学習者の自律性
- 中国:記憶術とメタ認知的知識の蓄積
これらの文化的差異は、PISA(国際学習到達度調査)などの国際比較研究で観察されるメタ認知パターンの違いにも反映されています。
9.3 言語とメタ認知
言語構造と使用パターンはメタ認知の発達と表現に影響します:
- メタ認知語彙の豊かさ:知識状態や思考プロセスを表す語彙の多様性
- 文法的特徴:確実性や情報源を示す文法標識(例:日本語の「〜らしい」「〜そうだ」)
- 物語構造:異なる視点や意識の流れの表現方法
- 対話パターン:思考の共有と反省を促進する会話スタイル
バーナーとフェルドマン(2012)は、子どもの物語能力の発達がメタ認知的理解の発達と密接に関連していることを示しました。
9.4 グローバル化とメタ認知
グローバル社会では、文化横断的なメタ認知能力が重要性を増しています:
- 文化的メタ認知:自文化と他文化の思考パターンへの気づき
- 多言語使用者のメタ言語意識:言語間の違いと類似性への敏感さ
- グローバル・マインドセット:多様な視点の統合能力
- 文化的フレーム切り替え:異なる文化的文脈での適切な認知スタイルの活用
トーマスら(2008)の研究では、異文化経験の豊かさがメタ認知的柔軟性と創造的問題解決能力と関連することが示されています。
10. メタ認知の障害と介入
10.1 精神疾患におけるメタ認知の障害
様々な精神疾患においてメタ認知の障害が観察されています:
- 統合失調症:思考の所有感の障害、現実検討力の低下
- 強迫性障害(OCD):思考-行動融合、メタ認知的信念の歪み
- うつ病:反芻と否定的な自己参照的処理
- 自閉症スペクトラム障害:心の理論とメタ表象の困難
- 注意欠陥多動性障害(ADHD):自己モニタリングと実行機能の障害
フレイヴェル(2010)の研究では、これらの障害におけるメタ認知の問題が症状の維持と悪化に寄与することが示されています。
10.2 メタ認知療法
メタ認知療法(MCT)は、不適応的なメタ認知パターンを標的とする心理療法アプローチです:
- ウェルズのメタ認知モデル:心配や反芻などの持続的思考パターンを維持する「認知注意症候群(CAS)」の概念
- 注意訓練技法(ATT):注意の柔軟性と制御の改善
- 離脱的マインドフルネス:思考から距離を取る能力の育成
- 信念の再構成:不適応的なメタ認知的信念の修正
- 新しい処理様式の確立:より適応的な対処戦略の開発
メタ分析研究(ノルマンら、2014)では、メタ認知療法が不安障害とうつ病に対して大きな効果サイズを示すことが報告されています。
10.3 神経発達障害とメタ認知介入
発達障害を持つ子どもへのメタ認知介入も効果を示しています:
- 自閉症スペクトラム障害:社会的メタ認知訓練、心の理論介入
- 学習障害:明示的なメタ認知戦略指導、自己モニタリングチェックリスト
- ADHD:自己調整訓練、実行機能コーチング
- 知的障害:足場かけアプローチ、視覚的支援を用いたメタ認知
これらの介入はしばしば個別化され、強みを活かし弱点を補うように設計されます。
10.4 高齢者のメタ認知支援
加齢に伴うメタ認知の変化に対応する介入も開発されています:
- メタ記憶トレーニング:年齢関連記憶変化の認識と適応戦略
- 認知的補償戦略:外部記憶補助の効果的使用
- 認知リハビリテーション:軽度認知障害や初期認知症での残存メタ認知能力の活用
- メタ認知的ライフレビュー:生涯の経験から得た洞察の統合
ヘルツォグとダングロース(2009)は、これらの介入が高齢者の認知的自己効力感と生活の質の向上に寄与することを示しました。
11. メタ認知の最前線:現代的アプローチと将来展望
11.1 人工知能とメタ認知
AIシステムにメタ認知的能力を実装する試みが進行中です:
- 自己モニタリングAI:自身の信頼性と不確実性を評価するシステム
- 説明可能なAI(XAI):決定プロセスを説明できるシステム
- メタ学習:学習方法自体を学習するアルゴリズム
- AI安全性とメタ認知:AIシステムの自己制限と安全性保証におけるメタ認知の役割
コックスとラジャ(2011)は、こうした「メタ認知的コンピューティング」が次世代AIの重要な側面になると予測しています。
11.2 ビッグデータとメタ認知研究
大規模データセットとオンライン学習環境が新たな研究可能性を開いています:
- 学習分析:デジタル学習環境からの大規模メタ認知データの収集と分析
- マイクロレベルのメタ認知プロセス:ミリ秒単位でのメタ認知動態の追跡
- 個人差の詳細マッピング:メタ認知プロファイルの精緻な分類
- 予測モデリング:メタ認知パターンに基づく学習成果予測
バーカーとアカポルノ(2019)は、こうしたアプローチがメタ認知の「精密教育学」への道を開くと論じています。
11.3 マインドフルネスとメタ認知
マインドフルネス実践とメタ認知の統合研究が進展しています:
- マインドフルネスのメタ認知的側面:非判断的な気づきと注意の調整
- マインドフルネスベースのメタ認知訓練:教育と臨床場面での応用
- 瞑想状態の神経科学:メタ認知的注意のニューロダイナミクス
- 東洋的瞑想伝統と西洋的メタ認知研究の統合
ウィリアムズとペンマン(2011)のマインドフルネス認知療法は、この統合の臨床的実現の一例です。
11.4 集合的メタ認知と社会的課題
メタ認知研究は社会レベルの課題にも応用が進んでいます:
- 集合的意思決定のメタ認知的質の向上:政策立案や組織決定
- 「ポスト真実」時代のメタ認知:情報評価と批判的思考の促進
- 複雑システム思考とメタ認知:相互連結した問題の理解と対応
- 持続可能性教育とメタ認知:長期的視点と体系的思考の育成
ブロナーとスターリング(2017)は、持続可能な開発のための教育において「変容的メタ認知」の重要性を強調しています。
12. 総合的視点:メタ認知の学際的理解に向けて
12.1 理論的統合の試み
メタ認知の包括的理解には、異なる理論的視点の統合が必要です:
- 認知科学と現象学の架橋:主観的経験と客観的プロセスの統合
- 個人的メタ認知と社会的メタ認知の連続性:個人内から集団レベルへ
- 発達的視点と機能的視点の統合:「なぜ」と「どのように」の両面
- 領域一般性と領域特殊性のバランス:共通プロセスと文脈特異的側面
コルボとフラベル(2018)は、これらの視点を統合する「メタ認知的生態学」のフレームワークを提案しています。
12.2 実践的応用の拡大
メタ認知研究の知見は様々な分野に応用されています:
- 組織学習:知識管理と継続的改善のメタ認知的側面
- リーダーシップ開発:メタ認知的リーダーシップスキルの育成
- 市民教育:批判的思考と民主的対話のメタ認知的基盤
- 専門職教育:「省察的実践家」の養成(ショーン、1983)
- ヘルスケア:患者の健康リテラシーとセルフマネジメントのメタ認知的側面
12.3 哲学的含意
メタ認知研究は哲学的問いにも新たな視点をもたらします:
- 意識と自己の性質:高次意識としてのメタ認知
- 知識論と反省的判断:メタ認知と知識の正当化
- 心身問題:メタ認知的経験の神経基盤
- 自由意志と自己決定:メタ認知的コントロールの役割
ロゼンベルグ(2018)は、メタ認知研究が従来の哲学的枠組みを再考する契機を提供すると論じています。
12.4 未来の方向性
メタ認知研究の今後の展開として以下が期待されます:
- 個別化されたメタ認知支援:個人のメタ認知プロファイルに合わせた介入
- リアルタイムメタ認知フィードバック:ウェアラブル技術を用いた日常生活での支援
- メタ認知の文化進化研究:社会的伝達と文化的蓄積プロセスの解明
- 複雑系としてのメタ認知:動的システム理論によるモデル化
- 生涯発達的視点:生涯を通じたメタ認知の変化と最適化
フレミングとドーラン(2021)は、これらの方向性が「認知科学の第二の革命」につながる可能性を示唆しています。
13. 結論:メタ認知の意義と可能性
メタ認知は単なる認知的スキルではなく、人間の思考と学習の根本的側面として、個人の発達と社会の進化の両方において中心的役割を果たします。認知科学、神経科学、教育学、臨床心理学など多様な分野からの知見の統合により、メタ認知に関する理解は深まり続けています。
メタ認知研究の発展は、より効果的な教育方法、認知的困難への治療的アプローチ、より良い意思決定プロセス、そして人工知能システムのより洗練された設計につながる可能性を秘めています。さらに、急速に変化する現代社会においては、新しい状況への適応と生涯を通じた学習を可能にするメタ認知的能力の重要性がますます高まっています。
ソクラテスの「汝自身を知れ」という古代の知恵から現代の神経画像研究に至るまで、メタ認知は人間の自己理解と自己超越の中心にあります。メタ認知の探究を続けることは、人間の思考の本質と潜在能力についての探究を深めることでもあるのです。
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