Case Study
Patient Profile
- Name: Mrs. A (架空の人物)
- Age: 72歳
- Sex: 女性
- Medical History:
- 2型糖尿病(治療歴10年、経口血糖降下薬内服中)
- 高血圧(Ca拮抗薬服用)
- 軽度慢性腎臓病(CKD stage 3)
- 軽度変形性膝関節症
- Social History:
- 配偶者と2人暮らし
- 家事は自分で行っているが、最近は膝痛が強く外出が減っている
- 喫煙歴なし、飲酒は週1回程度
- Allergies: ペニシリン系抗生剤で発疹の既往あり
S:Subjective (主観的情報)
- Chief Complaint (主訴)
「ここ1週間ほど足がむくんでだるい。昨日から左足に痛みがあり、赤く腫れている気がする。歩くのが少しつらい。」 - History of Present Illness (現病歴)
- 1週間前から両下肢のむくみを感じ始め、特に夕方になると強く感じる。
- 昨日から左足のくるぶし周辺に発赤と軽い痛みが生じた。腫れているように感じるが、熱感ははっきりわからない。
- むくみが気になるため、自己判断で水分摂取を少なめにしていた。
- 糖尿病の血糖管理は最近やや不安定で、指示された食事療法がうまく守れていない。
- 血圧がここ数日高め(自宅測定で上が150~160 mmHg台)で、フラフラすることもある。
- Patient’s Perspective (患者が感じていること)
- 「歳のせいで足が弱ってきたと思う。腎臓が悪くなっていないか心配。病院に行くと、入院が必要と言われそうで不安。」
- 「血糖値もまた上がっていそうだけれど、外来受診が面倒で行けていない。」
- Lifestyle / Social Factors (生活背景)
- 家事はこなしているが、最近は膝の痛みもあり、外出や運動が激減。
- 食生活:夫が作るカロリー高めの食事をそのまま食べていることが多い。
- 週1回程度、近所のスーパーに買い物に出るのが唯一の散歩代わりだったが、足の痛みで出られなくなってきた。
O:Objective (客観的情報)
Vital Signs
- BP: 158/88 mmHg (高め)
- Pulse: 82回/分
- RR: 18回/分
- Temp: 36.8℃
- SpO₂: 97% (室内気)
Physical Examination
- General Appearance: やや疲労感あり、しかし意識清明。会話は可能で呼吸困難感は訴えなし。
- Edema: 両下肢に軽度~中等度の浮腫。指圧痕が残る。左足はくるぶし周辺が軽度発赤し、やや熱感あり。
- Cardiac: 心音整。S3や雑音は聴取せず。
- Respiratory: 呼吸音クリア、ラ音なし。
- Abdomen: 平坦・軟、圧痛なし。肝・脾の触知なし。
- Extremities: 左足関節周辺に軽度の発赤と腫脹。圧痛は軽度。DVT(深部静脈血栓症)の疑いを念頭に触診するも、ホーマンズ徴候は陰性。
- Skin: 明らかな潰瘍や水疱、皮膚裂傷はないが、乾燥気味。
Laboratory Data (主な検査結果)
- CBC (血算)
- WBC: 8,200 /μL (基準内やや高め)
- RBC: 3.8 ×10^6/μL (やや低め)
- Hb: 11.2 g/dL (軽度貧血)
- Platelets: 22万 /μL (正常範囲)
- Biochemistry
- BUN: 24 mg/dL (やや上昇)
- Creatinine: 1.3 mg/dL (腎機能軽度障害: 既往のCKDに相当)
- eGFR: 45 mL/min/1.73㎡ (CKD stage 3付近)
- AST/ALT: 25/22 IU/L (正常範囲)
- CRP: 1.2 mg/dL (軽度上昇)
- Glucose (随時血糖): 210 mg/dL (高め)
- HbA1c: 8.1% (血糖コントロール不良)
- Urinalysis
- Proteinuria (+)
- Glucose (+)
- Ketone (−)
Additional Tests / Imaging
- Ultrasound (下肢静脈エコー)
- 明らかな深部静脈血栓を示唆する所見は認めず。
- ECG
- 軽度左室肥大を示唆する所見はあるが、急性虚血所見なし。
A:Assessment (評価・アセスメント)
- Lower Extremity Edema and Mild Erythema on Left Ankle
- 最も考えられる原因は血行障害または炎症による浮腫。
- DVT疑いで下肢エコーを行ったが明確な血栓所見はなし。
- 左足の発赤と軽度の熱感から、セルライト(蜂窩織炎)の可能性もわずかに考えられるが、発熱や強い痛みはない。CRPは軽度上昇程度にとどまる。
- 静脈還流不全やリンパ浮腫なども鑑別として考慮するが、急性増悪というよりは慢性疾患の合併症の一つとして見る必要がある。
- Poorly Controlled Type 2 Diabetes
- HbA1c 8.1% で血糖コントロール不良。食事療法の不徹底、運動不足が要因か。
- 下肢の循環障害や感染リスクを高める要因となる可能性あり。
- Hypertension (Poor Control)
- 自宅血圧が高め (150–160 mmHg台)。腎機能への負担や心血管リスク上昇が懸念される。
- 現行の降圧薬の効果が十分か再検討が必要。
- Chronic Kidney Disease (Stage 3)
- 既知の腎機能障害。浮腫や高血圧悪化の一因となり得る。利尿薬の使用には注意が必要(腎機能のさらなる悪化や電解質異常)。
- Social / Lifestyle Factors
- 運動不足や生活習慣(食事療法の未徹底)が病態コントロールの障壁。
- 足の痛みや不安感により受診や検査を先延ばしにしがち。
- 家族のサポート状況や在宅でのセルフケア指導がカギ。
P:Plan (方針・計画)
- Management of Left Ankle Swelling and Possible Inflammation
- Further Evaluation:
- 感染兆候(蜂窩織炎)を疑う場合は皮膚科的評価や血液培養(発熱があれば)を検討。
- 明確な感染徴候が強まった際は抗生剤考慮。ただしペニシリンアレルギーがあるため、別系統(マクロライド系等)の選択を準備。
- Support / Compression:
- 弾性ストッキング(医療用圧迫ストッキング)使用を検討。
- 下肢の挙上や軽い足首運動の指導。
- Further Evaluation:
- Adjustment of Diabetes Treatment
- Medication Review:
- 現在の経口血糖降下薬の種類と用量を再評価。
- 腎機能障害の進行に留意し、SGLT2阻害薬等の導入可否を検討。ただし脱水リスクにも注意。
- Lifestyle Intervention:
- 管理栄養士による食事指導の再実施。
- 自宅内で可能な運動(イスに座ったままでできる下肢運動など)を紹介。痛みが強いときは無理のない範囲で。
- Medication Review:
- Hypertension Control
- Medication Titration:
- Ca拮抗薬の増量やARB(またはACE阻害薬)の併用検討。ただし腎機能のモニタリングが必須。
- 利尿薬(ループ系やサイアザイド系)を追加する場合、電解質と腎機能の観察を厳重に。
- Blood Pressure Monitoring:
- 自宅での血圧測定を1日2回実施し、記録するよう指導。
- Medication Titration:
- CKD Management
- 定期的な腎機能評価(eGFR、蛋白尿の確認など)。
- 高血圧・糖尿病コントロールとセットでCKD進行予防。
- 1~2か月以内に腎臓内科へのコンサルトを検討。
- Pain Management for Knee Osteoarthritis
- 既往の変形性膝関節症に対する痛みの評価。必要に応じて鎮痛薬(NSAIDsなど)を再評価。
- 腎機能や胃腸障害を考慮し、必要なら胃粘膜保護薬併用。
- リハビリ科との連携を図り、膝痛緩和に向けた運動療法の提案。
- Follow-Up & Collaboration
- Short-Term Follow-Up:
- 1週間後に浮腫と足の状態を確認。悪化するようであれば、すぐに受診するよう促す。
- Long-Term Follow-Up:
- 2~4週後に血圧・血糖のフォローアップと、腎機能再検査。
- Home Care Support:
- 訪問看護やケアマネージャーとの連携を検討(在宅療養が続けやすい環境を整える)。
- Educational Support:
- 看護師・管理栄養士・薬剤師が連携し、日常生活で実践しやすい食事や運動の具体的指導を継続的に行う。
- Short-Term Follow-Up:
Discussion / Learning Points
- 複数疾患が絡む高齢患者へのアプローチ
- 糖尿病、高血圧、CKDなど、いずれも互いに進行や合併症のリスクを高め合うため、個別に治療するだけでなく包括的に管理する必要があります。
- 下肢浮腫と局所の発赤の鑑別
- DVT、蜂窩織炎、静脈還流不全、リンパ浮腫など鑑別は多岐にわたる。軽度発赤・疼痛程度でも、糖尿病患者は感染リスクが高いため注意深い観察が重要です。
- バイタルサインや検査値の経時的変化の把握
- SOAPのO(Objective)にデータを時系列で記載しておくと、異変やトレンドを早期に察知しやすくなります。
- 生活習慣・社会的背景の影響
- 血糖コントロールの乱れや不十分な血圧管理の背後に、患者の食事・運動・受診行動・家族サポートなどがある場合が多い。
- SOAPの各要素(Sにも社会的背景の情報をしっかり記載)を活かして、多職種連携によるアプローチを行うことで、患者のセルフマネジメントを促進できます。
- Planの具体性とタイムライン
- “計画”は誰が何を・いつまでに・どの程度行うかがはっきりしていないと、現場で動きにくくなります。
- Follow-upのタイミングや受診の目安を明示しておくと、患者や家族も行動しやすくなります。
まとめ
このケーススタディでは、複数の慢性疾患を抱える高齢患者が下肢の浮腫と局所発赤を訴えた状況を想定しました。SOAPフレームワークのそれぞれのステップで情報を整理し、**S(主観的情報)とO(客観的情報)**を的確に収集・分類しながら、**A(評価)**で総合的な問題点を洗い出し、**P(計画)**で今後の具体的対策を立案しています。
実臨床では、これらの記載をベースに多職種が連携して状況を継続的に観察・修正していきます。同じ患者であっても、日々症状や検査結果が変化することがありますので、カルテや電子システム上でSOAPを更新し、最新の状態を反映させながら適切な対応を行うことが重要です。
このように、SOAPは**「多面的な情報をわかりやすく整理し、チーム内で共有する」**ための強力なフレームワークであり、特に複数の慢性疾患を併せ持つ患者さんに対しては、その有用性が際立ちます。上記の事例が、SOAPの実践イメージをつかむ一助となれば幸いです。