◆ はじめに:SOAPとは何か?
「SOAP」とは、医療現場で用いられる記録・思考整理のフレームワーク(あるいは形式)の一種で、「Subjective(主観的情報)」「Objective(客観的情報)」「Assessment(評価・アセスメント)」「Plan(方針・計画)」という4つの要素の頭文字を取った略称です。医師や看護師、薬剤師、リハビリスタッフなど、多職種連携を行うヘルスケアチーム全体の共通言語として幅広く利用されており、SOAP形式で情報を整理しておくと、診療経過や患者の状態変化を短時間で把握・検討できるようになります。
この形式は、単なる「書き方」のガイドラインにとどまらず、論理的思考を支援する強力なフレームワークとしても機能します。個々の症例や状況を包括的に捉え、見落としや重複を減らし、正確かつ安全な医療につなげるという大きな利点があります。
◆ SOAPが生まれた背景:なぜこうしたフレームワークが必要だったのか?
◇ 問題意識の芽生え
かつて医療現場では、患者のカルテ(病院によっては診療録や電子カルテ)に書く情報がバラバラで、医師によって書き方に大きなばらつきがありました。特に電子カルテが登場する前は、各医療従事者の経験や勘、あるいは断片的な情報に基づいて記録することが多く、客観性や網羅性に欠けることも少なくありませんでした。これではチーム医療が大きく普及し始めた際に、全員で患者の状態を把握し、ゴールに向けて計画を立てることが難しくなってしまいます。
◇ 整理された思考の必要性
医療は複雑化が進むとともに、質の保証と効率化が求められるようになりました。「どのような情報を基に、どんな判断を下し、どう処置するのか」を明確にすることが、医療の安全を高めるうえで必須の要素となったのです。SOAPは、情報→判断→アクションという一連の流れを秩序立てるための分かりやすい型として誕生し、広く普及していきました。
◇ 問題志向型診療録(POMR)との関係
SOAPは、もともとアメリカの内科医ローレンス・L・ウィード(Lawrence L. Weed)が開発した**Problem Oriented Medical Record(問題志向型診療録)**という概念の中で提唱された記録形式が始まりといわれています。POMRでは、患者の「問題点」を明確に定義し、その問題点ごとにSOAPを行うことで、問題解決のプロセスを可視化しやすくしていました。現在では、SOAP形式だけを取り出して使う医療機関も多く、どの診療科でも、多職種が情報共有をしやすい標準的な記載方法として浸透しています。
◆ SOAPの4つの要素:S・O・A・P それぞれの意味と重要性
1. S:Subjective(主観的情報)
- 定義
患者本人や家族などから聞き取った「主観的な訴え・感想・要望」を指します。ここで言う「主観的」とは、測定機器や観察によって得られる数値や客観的なデータではなく、あくまで患者や家族がどのように感じ、考え、伝えているかという情報です。 - 具体例
- 「お腹が痛い」「昨日から頭痛がする」
- 「最近睡眠不足で疲れが取れない」
- 「血圧が高いと言われるのが不安」
- 「この薬を飲むと動悸がするように感じる」
- 重要性
どんなに科学的に客観データを揃えても、実際に苦痛や違和感を訴えるのは患者本人です。その訴えを正面から受け止めないと、重要な症状を見逃したり、治療方針の合意が得られなくなったりするおそれがあります。主観的情報をきちんと集めることで、患者中心の医療を実践するうえでの第一歩となります。
2. O:Objective(客観的情報)
- 定義
患者のバイタルサイン(血圧・脈拍・呼吸数・体温など)や検査データ(血液検査、画像検査結果など)、身体所見などの観察可能かつ客観的事実を指します。 - 具体例
- バイタル:体温38.2℃、血圧150/90 mmHg、SpO₂ 97%(ルームエア)
- 検査所見:HbA1c 8.2%、WBC 10,000/μL、CRP 3.0 mg/dL
- 画像所見:胸部X線で肺炎像あり、心拡大はなし
- 身体所見:右上腹部に圧痛あり、心音整
- 重要性
客観的情報は、主観的情報である「S」の訴えが裏付けられるかどうか、あるいは病態の解釈が正しいかどうかをチェックするための重要な根拠となります。数値や画像など再現性の高い情報を元に、正確な臨床判断を下すことが可能となるからです。
3. A:Assessment(評価・アセスメント)
- 定義
上記の主観的情報(S)と客観的情報(O)をもとに、総合的な評価、すなわち問題点の把握や鑑別診断を含む医学的判断を記載します。患者が抱える問題を具体的に特定し、それが疑われる疾患やその重症度、原因やリスク因子などを論理的に整理する段階です。 - 具体例
- 「右肺底部肺炎の疑い。高齢でリスクが高いため注意が必要」
- 「慢性腎不全の悪化が考えられるが、脱水の影響も否定できない」
- 「血圧コントロール不良が続いており、生活習慣要因の再評価が必要」
- 「鎮痛薬の副作用による便秘の可能性が高い」
- 重要性
Assessmentは、患者の今の状態をどう捉えるか、何が問題として最も重要かを示す「まとめ」部分です。チーム医療では、その記載があることで誰でもすぐに「何に対処しようとしているのか」を把握できます。また、自分自身の思考プロセスを客観的に振り返るための記録としても機能します。
4. P:Plan(方針・計画)
- 定義
Assessmentを踏まえて、どのような治療・ケア・検査・教育を行うのかといった具体的な行動計画を示します。いわば「次に何をするか」を明確化するための部分です。 - 具体例
- 「抗生剤(第3世代セフェム系)を5日間投与し、経過を観察する」
- 「透析導入を検討するため専門医コンサルトを依頼」
- 「降圧薬の処方変更と適切な食事療法指導を行う」
- 「下剤を追加し、排便状況を週1回評価」
- 重要性
診療は単に問題を見出すだけでは終わりません。最終的に患者に対して何を実施するかが最も大切です。Planが明確に記録されていないと、後から関わる医療従事者がフォローアップや次のステップを踏めず、チーム医療が成立しなくなります。
◆ SOAPの実践:どのように書けば良いのか?
◇ ステップ1:患者・家族からの聞き取り(Sの収集)
- 観察と傾聴が基本
患者の表情、口調、言葉の選び方に注意を払い、実際の訴えを言語化できるようにします。 - 患者自身が「どのように感じているか」を大切に
痛みや不安の強度、生活背景など、患者視点の主観を尊重して書き留めます。
◇ ステップ2:身体所見や検査結果(Oの収集)
- バイタルサインや検査値など、事実ベースで確実に記録する
- 経時的変化を視覚化し、前回の値との比較を忘れない
- 身体所見は専門的な表現を使いつつも、客観的な観察結果を正確に
◇ ステップ3:問題を総合的に判断(Aの記載)
- SとOの整合性を考える
「患者の訴え(S)」と「客観データ(O)」が一致しているか、あるいは乖離しているかを評価します。 - 主な問題点と考えられる病態・疾患を整理し優先順位を決める
- 必要に応じて鑑別診断リストを挙げ、それぞれの根拠や確率を検討する
◇ ステップ4:今後の方針や具体策(Pの明示)
- 「次に何をするか」を具体的かつタイムリーに
例:「〇〇検査を実施し、異常があれば再評価」「薬物療法を開始し、1週間後に再診」など - 実行する責任者(医師、看護師、薬剤師、患者本人など)も明確に
- 経過観察の項目や評価の期限も設定する
◆ SOAPを使う意義・メリット
- 論理的思考が習慣化される
SとOを集め、Aで評価し、Pで行動計画を立てるというプロセスを繰り返すと、自然と医学的な思考過程が洗練されていきます。 - 多職種連携が円滑になる
書式が統一されているため、医師・看護師・薬剤師・リハスタッフなど、職種が違っても同じフォーマットで患者を把握できます。情報共有がスムーズになり、ミスコミュニケーションが減ります。 - 医療の質や安全性が高まる
記録が標準化されることで重要情報の抜け漏れを最小限にでき、振り返りや監査も行いやすくなります。医療事故や見逃しのリスクを低減し、エビデンスに基づいた医療を提供しやすくなります。 - 学習ツールとして優秀
医学生や若手医師がSOAPを書く過程で、医療面接(Sの取り方)、身体診察・検査(Oの取り方)、鑑別診断(Aの立て方)、治療計画(Pの立て方)など、臨床の基礎スキルを総合的に学べます。
◆ SOAPを書くときの留意点(注意事項・よくある誤り)
- SとOの混同
患者が「熱がある気がする」と述べた場合、これはSに記載されるべきですが、「体温38.2℃」という実測値はOに書きます。主観(S)と客観(O)をしっかり区別しないと、思考の整理が乱れます。 - Assessmentの曖昧さ
Aの部分で「なんとなく風邪っぽい」というような曖昧な記述では、チーム内での情報共有に支障が出ます。必ず鑑別診断や根拠を含む形で、論理的に記載するようにします。 - Planが抽象的・不明確
「治療を続ける」というだけのプランでは、具体的行動が何なのかがわかりにくいです。どの薬をどれくらいの期間投与するのか、どのタイミングで再評価するのか、患者にはどんなセルフケアを指導するのか、明確に書きましょう。 - 情報量の過不足
SOAPを書くときに必要以上に長くなると、肝心なポイントが埋もれてしまう可能性があります。一方で、あまりに情報を省略してしまうと、他の医療者や将来の自分がカルテを見直したときに判断材料に欠ける結果となります。簡潔かつ要点を押さえた記載を心がけましょう。
◆ 他のフレームワークとの比較:APSO・SBARなど
◇ APSO形式
近年、一部の施設では「APSO」という形式も使われています。これはA(Assessment)を最初に持ってきて、その後にP(Plan)、S(Subjective)、O(Objective)を並べる書式です。理由としては、カルテを開いたときにいきなり「評価と方針」が目に飛び込んできたほうが、臨床現場での意思決定がスピーディーだからとされています。ただし、基本的な内容はSOAPと同じで、単に順番を入れ替えただけです。
◇ SBAR
患者の状態を短時間で口頭報告する「SBAR(Situation, Background, Assessment, Recommendation)」という手法もあります。こちらは会話ベースの報告を標準化する目的で使われることが多いですが、SOAPと同様に「どんな状況(S)か」「背景(B)には何があるか」「評価(A)はどうか」「推奨・提案(R)は何か」という流れで整理します。主観情報と客観情報を明確に分ける点ではSOAPと近いものの、記録様式というよりはコミュニケーションのテンプレートとして活用されるのが特徴です。
◆ SOAPをより活用するためのヒント
- チームで共有するカルテやカンファレンスで用いる
SOAP記載は、医師だけでなく看護師や薬剤師、リハビリ職など多職種が書くことで真価を発揮します。どの職種から見てもまとまった情報を引き出せるので、患者のケア計画がブレにくくなります。 - モニタリングとフィードバック
作成したSOAPがきちんと活用されているか、実際の臨床で役立っているかを定期的に振り返ります。さらに、チーム内や教育の場などで他者からのフィードバックを得ることで、書き手の臨床推論力が向上します。 - 電子カルテでの工夫
電子カルテにはテンプレート機能やチェックボックスが用意されている場合があります。そういった機能を活用して、漏れなく簡潔に入力できるように工夫するとよいでしょう。デジタル化の利点を活かし、定期的にSOAPの書き方をアップデートしやすい環境を整えます。 - 患者教育・セルフケア指導の要素も取り入れる
SOAPのP(Plan)には、医療者側だけでなく患者自身が行うべきセルフケアや、家族がサポートすべき項目も盛り込みます。たとえば「食事制限」「運動指導」「自己測定の実施方法」など、患者と医療者がともにゴールに向かうプランを明示することが大事です。
◆ 事例で見るSOAPの実践
ここでは、典型的な風邪症状の患者さんを想定した簡単な事例を示します。あくまで参考例ですが、実際の書き方をイメージしやすくなるかと思います。
- S(Subjective)
- 患者:30歳男性
- 主訴:「2日前から喉が痛く、昨日から38℃台の発熱あり。頭痛と関節痛もある。仕事が忙しく、あまり休めていない」
- 家族の話:「最近かなり疲れが溜まっている様子で、帰宅が深夜になることも多い」
- O(Objective)
- バイタル:体温38.5℃、血圧120/78 mmHg、脈拍88回/分、SpO₂ 98% (RA)
- 咽頭所見:扁桃軽度発赤、膿性分泌物なし
- 頸部リンパ節:軽度腫脹
- その他:肺雑音なし、腹部軟
- 検査:CRP 1.5 mg/dL (軽度上昇)、WBC 9000 /μL (軽度上昇)、迅速検査でインフルエンザ陰性
- A(Assessment)
- 疑われる疾患:ウイルス性上気道炎が最も可能性が高い
- インフルエンザは陰性だが、季節的には考慮する必要あり
- 過労や睡眠不足により免疫力低下がある可能性
- 重症化リスクは低いが、脱水や肺炎への進展を警戒
- P(Plan)
- 対症療法:解熱鎮痛薬(アセトアミノフェン)を処方し、十分な水分・栄養摂取を指示
- 休養:1~2日間の安静と睡眠時間の確保
- 経過観察:呼吸器症状の悪化や高熱持続の場合、再度受診を指示
- 他医療従事者への連携:必要に応じて看護師や薬剤師がセルフケアの指導を補足
このように、S・O・A・Pという明確な枠組みで整理すると、患者の主観的訴えや客観的データ、評価、治療方針が一目で分かります。また、数日後に見返したときに経過や対応が把握しやすい点も利点です。
◆ まとめ
- SOAPは医療の思考整理および記録方法の「王道」フレームワーク
- S(主観的情報)
- O(客観的情報)
- A(評価・アセスメント)
- P(方針・計画)
- POMRを発端として、チーム医療時代に必須の共通言語へ
- ローレンス・L・ウィードによるProblem Oriented Medical Recordが元祖
- 問題ごとにSOAPを展開することで論理的な問題解決を可能にする
- 多職種間のコミュニケーションと医療安全の向上に大きく貢献
- 情報共有のミスを減らし、質の高いケアを提供できる
- 学習ツールとして医療者の思考プロセスを鍛えるのにも最適
- 書き方のコツは「SとOを混同しない」「Aの根拠とロジックを明確化」「Pを具体的に」
- SOAP内での一貫した流れを崩さない
- チーム全体で読んだときに行動につながる記載を心がける
- 実践する際は電子カルテ等でのテンプレート活用やフィードバックで継続的に改善
- 臨床の現場でどれだけ役立つかを常に見直し、書き手のスキルを向上させる
- 学習し続けることで診療の質も向上する