1. 市場規模分析とは何か
市場規模分析 (Market Size Analysis) とは、ある製品やサービスが属する「市場(マーケット)」がどれくらいの大きさを持っているか、すなわち「売上高」「取引量」「ユーザー数」などを金額や数量で推計し、定量的に把握しようとする活動を指します。企業が新製品を投入する際や、新しいビジネスを始める際、あるいは既存事業の成長戦略を検討する際に不可欠なステップです。
特に、起業家やスタートアップ、投資家にとってはTAM (Total Addressable Market) / SAM (Serviceable Addressable Market) / SOM (Serviceable Obtainable Market) という三つの指標が重要です。いずれも「市場規模」を表す概念ですが、それぞれの範囲が異なります。
- TAM (Total Addressable Market)
- 製品・サービスが理論上到達可能とされる最大限の市場規模
- 例: 世界中のスマートフォンユーザー総数 × 1ユーザーあたりの課金額
- SAM (Serviceable Addressable Market)
- 自社のサービス提供可能範囲に限定した場合の市場規模
- 例: 国や地域、提供できる顧客層の実際の上限範囲
- SOM (Serviceable Obtainable Market)
- 競合、流通、広告費などを考慮したうえで、実際に短〜中期で取り得ると見込まれる市場規模
- 例: 現実的に獲得できる顧客数 × 1顧客あたりの売上
2. 市場規模分析が重要になる理由
市場規模分析は、マーケティング戦略だけでなく、投資・新規事業・予算配分・営業目標策定などさまざまな意思決定の基盤になります。以下に、その具体的な意義を挙げます。
- 投資判断の指標
- 市場が大きいほど、将来的な成長性が期待できる可能性が高まります。投資家は市場規模が十分に大きいかを厳しくチェックします。
- 事業計画の妥当性評価
- 目標とする売上が、市場全体の規模から見て現実的かを判断できます。
- 市場全体が1,000億円しかないのに、5年目に5,000億円売りたいと言っても無理があるということを定量的に示すことができます。
- 競合戦略・差別化戦略のヒント
- 市場のどのセグメントが大きいか、あるいは競合が手薄なニッチのセグメントの規模がどのくらいあるかなどを把握することで、的確なポジショニングを図れます。
- 営業リソース配分と優先順位付け
- 地域別市場規模や、産業セクター別規模がわかることで、より効率的にリソースを配分し、売上最大化につなげます。
3. 市場規模分析の基本手法
市場規模を推定するためには、大きく「トップダウン方式 (Top-down Approach)」と「ボトムアップ方式 (Bottom-up Approach)」の2つのアプローチがあります。
3.1 トップダウン方式 (Top-down Approach)
国や業界など、すでに公開されている統計データを用いて、市場全体の大枠から徐々に絞り込んでいきます。たとえば、日本政府や欧州連合(EU)、米国政府、国際機関(OECD, World Bank, IMF など)、各種民間シンクタンク (Gartner, IDC など) が発表する統計資料やレポートを活用し、
- 世界または国・地域全体の市場規模を把握する
- 業界別や製品別の比率や需要などの統計値を使い、該当する部分だけを取り出す
- さらに顧客層の属性や購買力などの条件でフィルタリングしていく
といったステップで対象の市場規模を段階的に絞り込む方法です。
メリット:
- 公的機関のデータや権威ある調査機関のレポートを使うため、一定の信頼性がある
- データ取得が比較的容易(オンラインで取得できる統計が多い)
デメリット: - 自社が狙う厳密なセグメントや細分化されたターゲットには十分正確にアプローチできない場合がある
- 平均値や大分類の比率を基にしており、実態との乖離が出るリスクがある
3.2 ボトムアップ方式 (Bottom-up Approach)
実際に消費者数や企業数、購入単価、購入頻度など、細かい要素を積み上げて市場規模を試算する方法です。例として、BtoC ならば「総人口 × 対象となる年齢層の人数 × 製品認知率 × 購買率 × 平均購入単価」という形で積み上げていったり、BtoB なら「対象業種の企業数 × 一社あたりの平均購買額 × 契約継続率」などを掛け合わせて市場規模を推定したりします。
メリット:
- 自社の実態(販売モデル、顧客単価、ユーザープロファイルなど)に近い精緻な見積もりができる
- 新規性が高い製品・サービスの場合にも、論理的に推論を重ねて数字を組み立てられる
デメリット: - データの収集や仮定条件の精査に手間がかかる
- 部分的に推測や試算が多くなるので、精度が仮定に大きく左右される
4. 市場規模分析のステップバイステップ解説
ここでは、「トップダウン」と「ボトムアップ」両手法を組み合わせた、実践的で丁寧な手順を提示します。実務では、この2つを相互に補完しながら精度を高めるのが一般的です。
ステップ1: マクロ情報収集 (トップダウンの大枠)
- 対象市場に近い既存の統計レポートを探す
- 政府統計や国際機関のデータ (e.g., 総務省統計局, 経済産業省, World Bank, OECD)
- 民間の市場調査会社レポート (e.g., Gartner, IDC, Statista, Euromonitor, Nielsen)
- 地域・年代・業種・消費動向などの定量情報を収集
- できるだけ最近(1〜3年以内)のデータを使うのが望ましい
- 自社が想定する市場セグメントと発表データとのズレを把握
- どのように絞り込む必要があるか、あるいはどのように範囲を拡大する必要があるか
ステップ2: セグメンテーションとターゲティング
- 市場をどのように細分化(セグメンテーション)するかを具体的に定義する
- BtoC なら年齢、性別、所得水準、地域など
- BtoB なら業種、企業規模、導入目的など
- それぞれのセグメントごとに、どれだけの人数・企業が存在し、どのくらいの購買力があるかを見積もる
ステップ3: ボトムアップによる精緻化
- 見込み顧客(潜在的なユーザー数)がどれだけいて、どのくらいの頻度で購入し、単価はいくらかを計算
- 加えて、自社が実際に狙える顧客(競合との位置関係や、営業体制、チャネルのカバー率などを踏まえた現実的な獲得可能顧客数)を割り出す
- ここから、SOM (Serviceable Obtainable Market) を推定する
ステップ4: 市場の成長率と将来予測
- 過去数年〜十数年の市場の推移を調べる
- テクノロジーの進歩、人口動態の変化、政策の影響など、市場を拡大・縮小させる要因を整理し、将来の成長率を推計する
- たとえば、経済成長率(GDP成長率)や関連産業の年平均成長率(CAGR) を参考にすることも多い
ステップ5: 感度分析(シナリオプランニング)
- 設定した仮定(認知率、購買率、単価など)が、もし上振れあるいは下振れした場合の影響を分析
- 最楽観シナリオ / 中間シナリオ / 最悲観シナリオ といった形で複数ケースを比較してリスクを把握する
5. 市場規模分析における具体的な指標例
さまざまなビジネス形態において、よく使われる市場規模推定のための指標をいくつか挙げます。
- 人口統計 (Demographics)
- 国別人口、年齢階層別人口、世帯数、都市部 vs 農村部
- 例: United Nations のデータ、World Bank の人口統計
- 経済指標 (Economic Indicators)
- GDP、GDP per capita、購買力平価 (PPP: Purchasing Power Parity)
- 世帯可処分所得、消費支出データ
- 例: OECD, IMF, World Bank
- 産業・業界別売上高
- 日本なら経済産業省「経済センサス」や「工業統計」など
- アメリカなら US Census Bureau や Bureau of Labor Statistics (BLS)
- 民間調査会社の業界レポート
- 企業数・事業者数の統計
- 対象業種に属する企業数、従業員数、平均売上高など
- BtoB の場合には市場規模推定で特に重要
- ユーザー行動データ
- SNS の普及率、EC の利用率、モバイルデバイス保有率、ネットワーク環境普及率など
- Nielsen、Comscore、Statista など
- 競合情報
- 競合企業の売上高、シェア、販売チャネル、過去の成長トレンド
- 「自社が競合からどれくらいシェアを奪えるか」「競合自体が成長しているか」を考える
6. 実践例: 簡単な数値シミュレーション
ここでは、「とある国のオンライン学習サービス市場」 を例に、架空の数字を使ってボトムアップ型で市場規模を試算してみます。実際の計算はコードインタープリターを用いて行いましょう。なお、下記の数字はあくまで仮定です。
- 国の人口: 5,000万人
- 15〜64歳の生産年齢人口: 3,500万人 (70%)
- インターネット普及率: 90%
- オンライン学習サービスの認知率: 60%
- オンライン学習サービス利用意向率: 40% (認知している人のうち40%が利用意向)
- 1ユーザーあたりの年間利用額: 15,000円
- 実際の競合・価格・マーケティング費用から見て、取得可能な顧客数シェア: 10%
ざっと積み上げると以下のようになりますが、計算を Python で実行してみます。
# 計算例 (コードインタープリター用)
population = 50000000
working_age_population_ratio = 0.70
internet_penetration_rate = 0.90
recognition_rate = 0.60
willingness_rate = 0.40
annual_fee_per_user = 15000
attainable_share = 0.10
import math
# 対象人口: 生産年齢人口
target_population = population * working_age_population_ratio
# インターネット利用可能層
online_capable_population = target_population * internet_penetration_rate
# 認知している層
recognized_population = online_capable_population * recognition_rate
# 利用意向のある層
willing_population = recognized_population * willingness_rate
# 1ユーザーあたり年間利用額を掛ける
total_potential_market_size = willing_population * annual_fee_per_user
# 自社が実際に獲得できるシェアを考慮 (SOM)
som_market_size = total_potential_market_size * attainable_share
print(f"Working age population: {target_population:.0f} people")
print(f"Online capable population: {online_capable_population:.0f} people")
print(f"Recognized population: {recognized_population:.0f} people")
print(f"Willing population: {willing_population:.0f} people")
print(f"Total potential market size (TAM/SAM-ish): {total_potential_market_size/1e8:.2f}億円")
print(f"Serviceable Obtainable Market (SOM): {som_market_size/1e8:.2f}億円")
(上記はあくまで概念例です。実際には統計データを厳密に引用し、仮定を整合性ある形で設定する必要があります。)
これらの計算を通じて、「このくらいの人口をベースに、どれくらいがインターネットを利用し、認知して、利用意向を持ち、お金を払うか」を積み上げることで、市場規模を推定できます。さらに成長率を加味すれば、「5年後にはこの市場は何億円規模に膨らむか」という将来予測も可能です。
7. 市場規模分析における注意点と落とし穴
- データの鮮度・信頼性
- 古いデータや不正確な統計、出所不明のレポートに依存すると誤った結論に至る恐れがあります。
- 統計は必ず「いつ」「どこで」「誰が」作成したものかをチェックしましょう。
- 前提条件・仮定の明確化
- 「認知率」や「利用意向率」はアンケート調査や推定で得るものですが、サンプル偏りなど様々なバイアスが入りやすい部分です。
- 計算式に使う変数は、どこまで厳密に計測されているかを説明できるようにします。
- 市場規模と実売上の混同
- TAM はあくまで「理論上の最大市場」、SOM は「実際に獲得可能な市場」。特に起業時などは、投資家に「TAM は何兆円です!」と大きく語る一方、実際の獲得見込み (SOM) があまりに小さいケースもあります。大きな数字だけを強調しすぎないように注意が必要です。
- 成長率の設定ミス
- 業界の成長率に対して、各企業が同じペースで伸びるとは限りません。
- 政策変更やテクノロジー進化、消費者行動の変化で想定外の転換点が起きる可能性もあります。
- トップダウン・ボトムアップ両面のバランス
- トップダウンだけだと、細かいセグメントごとの実態が見えにくくなる。
- ボトムアップだけだと、仮定に対して過度に楽観・悲観になったり、データ収集が不十分だと誤差が大きくなる。
- 両手法を突き合わせて矛盾を検証するのが理想です。
- 外部環境の変化要因
- パンデミック、天候不順、国際紛争など予期しにくい要因も市場に大きな影響を与えます。シナリオプランニングで感度分析を行う意義はここにあります。
8. 補足: グラフによる可視化の例
もしデータがそろったら、市場規模の推移や予測をグラフで可視化すると理解が進みます。以下は仮のデータを使った棒グラフの例です。グラフの軸やタイトル、凡例、ラベルは英語表記にすることで文字化けを回避します。(コードインタープリターを使ったサンプルです。)
import matplotlib.pyplot as plt
# Fake data for demonstration
years = [2021, 2022, 2023, 2024, 2025]
market_size_estimates = [100, 120, 150, 180, 220] # in billion yen (仮定)
plt.figure(figsize=(8,5))
plt.bar(years, market_size_estimates, color='skyblue', width=0.6)
plt.title('Market Size Estimates for Online Learning (Example)', fontsize=14)
plt.xlabel('Year', fontsize=12)
plt.ylabel('Market Size (billion JPY)', fontsize=12)
plt.xticks(years)
plt.ylim(0, max(market_size_estimates) + 50)
for i, v in enumerate(market_size_estimates):
plt.text(years[i], v + 5, str(v), ha='center', fontsize=10)
plt.show()
このように、マーケットの成長トレンドを可視化して示すことで、投資家や社内ステークホルダーへの説明が格段にわかりやすくなります。グラフで見せる場合は以下の点に注意すると良いでしょう。
- 単位を明確に記載 (例: 億円, 千ドル, 千人 etc.)
- 範囲軸を適切に設定 する (あまりに極端なスケールを使うとミスリーディングになる)
- 注釈(脚注) や 出典(Source) を必ず示す (信頼性向上)
9. よくある質問 (FAQ)
Q1. 市場規模分析にはどのくらい時間・コストがかかるの?
A. 分析対象の業界のデータが豊富であれば、数日〜数週間でおおまかな試算ができます。しかし、新規性の高い市場やニッチ市場の場合はデータ収集に時間がかかり、数ヶ月単位になることもあります。コンサルタントを雇うと、調査費用が数百万円〜数千万円かかる場合も珍しくありません。
Q2. 海外進出する場合はどうやって市場規模を調べるの?
A. まずは現地政府機関やグローバル調査会社のデータを探します。その後、現地の実情を詳細に把握するために、アンケートやインタビュー調査を実施するのが理想です。多言語のソースにあたって、数字の整合性を丁寧に確認します。
Q3. BtoB市場ではどうやってボトムアップ分析をする?
A. 以下の要素を積み上げる形が代表的です。
- 該当業種の企業数 (資本金, 従業員規模などで区分)
- 平均的なIT投資比率や広告費など (売上高に対する比率)
- 製品・サービスの単価、必要ライセンス数、継続率
- 競合他社のシェアや市場実績との比較
Q4. 日本以外の統計情報を手軽に入手する方法は?
A. World Bank の「World Development Indicators」や、OECD、Eurostat、UN Data、IMF のレポートなどがオンラインで公開されており、検索すれば比較的簡単にダウンロードできます。近年は英語だけでなく多言語対応のポータルも増えています。
10. まとめとポイント整理
- 市場規模分析 は、マーケティング・事業計画・投資判断の要
- トップダウン と ボトムアップ を組み合わせて精度を高める
- 仮定 (Assumptions) を明確にし、感度分析 でリスクを可視化する
- TAM / SAM / SOM を区別して考えることで、目標の現実性が上がる
- 最新・信頼できるデータソース を幅広く探し、多言語でも情報を取得する
- 必要に応じて コードインタープリター を使った数値シミュレーションを行い、論拠を定量的に示す
市場規模分析は、突き詰めると「仮定とデータ」の組み合わせによるアートでもありサイエンスでもあります。完璧な数字を得るのは常に難しいですが、体系的にフレームワークを用い、仮定を透明化し、複数の情報源をもとに検証を重ねることで、経営やマーケティング戦略の精度を大きく高めることができます。



