排中律

1. 排中律の基本的な概念と定義

1.1 排中律とは何か

排中律 (Law of Excluded Middle) とは、古典論理(特にアリストテレス以来の伝統的な論理体系)で基本的な原理の一つとして位置づけられる原則です。
形式的には以下のように表現されます:

\[
P \lor \lnot P
\]

ここで \(P\) は任意の命題を指します。この式は「ある命題 \(P\) は真であるか、真でないか(=\(\lnot P\) が真) のいずれかである」ということを意味しています。すなわち「命題 \(P\) が成り立つか成り立たないかのどちらか一方は必ず成り立つ」という主張です。これが「両者の中間は存在しない(excluded middle)」という命名の由来です。

1.2 排中律と非矛盾律

古典論理では、非矛盾律 (Law of Non-Contradiction) と並んで、排中律は極めて重要な二つの公理的原則として扱われることが多いです。非矛盾律は
\[
\lnot (P \land \lnot P)
\]
で表され、「同時に \(P\) と \(\lnot P\) が成り立つことはありえない」という原理です。非矛盾律と排中律はしばしばセットで語られ、論理体系を支える二本柱として扱われてきました。

ただし、現代論理学においては、非矛盾律はほとんどの論理体系で普遍的に受け入れられている一方、排中律は必ずしもすべての論理体系で採用されるわけではないという点が大きな特徴です。特に後述する直観主義論理や一部の多値論理・パラコンシステント論理などでは、排中律の扱いが異なる場合があります。


2. 歴史的背景と発展

2.1 アリストテレスから中世スコラ学へ

論理学の歴史を振り返ると、アリストテレス(紀元前384–322年)が『オルガノン』で示した三段論法などの古典論理体系が基本となっています。アリストテレスは論理において「非矛盾律」と「排中律」を明確に区別し、以下のように位置づけています。

  • 非矛盾律:同時に同一の事柄を肯定し、かつ否定することはできない。
  • 排中律:ある主張は真であるか偽であるかのいずれかである。

アリストテレス自身も、排中律は論理思考を進める上での自明な前提とみなしており、この考え方は中世のスコラ哲学に受け継がれます。中世ヨーロッパでは、キリスト教神学に応用される形でアリストテレス論理が詳細に研究され、それとともに排中律も「神の真理」を論証するための根拠の一つとして活用されていきました。

2.2 デカルトやライプニッツを経た近代

近世になると、ルネ・デカルト(1596–1650)やゴットフリート・ライプニッツ(1646–1716)といった哲学者・数学者の登場により、論理学は形式体系化への足がかりを得ます。
とりわけライプニッツは論理の数学化に強い関心を持ち、「すべての命題は真か偽かの二値しかない」という近代的な二値論理の萌芽を作りました。この段階ではすでに、排中律は「論理計算の公理系に含まれるべき最も基本的な原理」として位置づけられていました。

2.3 ボーラムからヒルベルトを経て現代論理学へ

19世紀から20世紀初頭にかけて、ジョージ・ブール(1815–1864)によるブール代数の創始や、ゴットローブ・フレーゲ(1848–1925)の述語論理体系への展開、ダフィット・ヒルベルト(1862–1943)やベルトラン・ラッセル(1872–1970)らによる公理的手法が確立されました。これにより古典的な二値命題論理の公理系(あるいは公理スキーマ)として、排中律は明確に位置づけられ、学校教育レベルでも「自然な真理」として教えられるようになっていきます。

  • ヒルベルト流の公理系:
    しばしば次のような公理スキーマの一部として、排中律が含まれます。
    \[
    P \lor \lnot P
    \]
    これは「任意の命題 \(P\) について、\(P\) または \(\lnot P\) のどちらかが真となる」という主張です。

こうして排中律は古典論理の中核として定着し、それが20世紀の数学基礎論においても標準的に採用されるようになります。


3. 数学基礎論における排中律の役割

3.1 証明論的観点

数学基礎論の視点に立つと、排中律は証明の一つの重要なテクニックを支える原理とみなせます。それは「背理法(reductio ad absurdum)」あるいは「間接証明」と呼ばれる手法です。

  • 背理法では、ある命題 \(P\) を証明する際に、「\(P\) を否定すると矛盾が導かれるので、\(P\) は真である」と結論づけます。この論法では通常、「ある命題が偽であると仮定した場合に矛盾を導けば、元の命題が真になる」という推論が使われますが、ここには暗黙裡に「真か偽かどちらか一方を選べる(排中律)」という前提が含まれています。

3.2 実無限と可算無限の論証への影響

さらに、ゲオルク・カントール(1845–1918)による集合論の進展、特に実無限集合(例えば実数全体)の取扱いにおいても、排中律が大きな意味を持ちました。
カントールの対角線論法や無限集合の濃度に関する議論では、

  • 「無限集合に対して、ある特性を持つ要素が存在する」
  • 「ある特性を持つ要素が存在しない」

この二者択一が常に成り立つ(排中律)という前提で、話を進めることが多いです。直観主義者や構成主義的な観点からすると、「存在することを構成的に示せていない命題」については、「本当に ‘存在しない’ と断言できるのか?」という議論が生まれ、そこから古典論理の排中律に対する懐疑が芽生えることになります。

3.3 フェルマーの最終定理や他の未解決問題への寄与

現代の数学の難問にも、排中律は常に背景として存在しています。アンドリュー・ワイルズによるフェルマーの最終定理の証明などでも、最終的には古典論理の枠組みに則って証明が完遂されています。
もし直観主義論理だけで厳密に証明しようとすると、別の手続き(構成的手法)が必要になり、論理の組み替えが必要になります。実際には現代の数学者の多くは古典論理をベースに研究を行うので、排中律は非常に当たり前の手段として受容されています。


4. 直観主義論理との関係

4.1 直観主義における排中律の否定

排中律が「すべての論理システムで当然のように真」ではないことを強く主張したのが、直観主義 (Intuitionism) です。直観主義はライツェン・ブラウワー(Luitzen Egbertus Jan Brouwer、1881–1966)によって20世紀初頭に本格的に提唱されました。直観主義者は

  1. 真理を「数学的対象の構成可能性」に基づいて定義する。
  2. 存在証明は、それを構成する手続きを示して初めて完了すると考える。
  3. 「真か偽かはいずれか一方」という単純な二分法を認めない。

このため、
\[
P \lor \lnot P
\]
という形式は、たとえ全ての \(P\) についてであっても、自明な公理とはみなさないのです。つまり直観主義論理では、「\(P\) が真であることを示す構成が与えられなければ、あるいは \(\lnot P\) が真であることを示す構成が与えられなければ、どちらが真かは断定できない」と考えます。

4.2 ダブル・ネゲーションの問題

古典論理では、
\[
\lnot \lnot P \Rightarrow P
\]
が成り立ちます(※証明には排中律を用いる)。しかし直観主義ではこれは一般的には認められません。直観主義論理では、
\[
\lnot \lnot P \Rightarrow P
\]
はすべての \(P\) に対しては真になりません。これは排中律の欠如と密接に関連しており、直観主義理論を理解するうえで最も重要な差異のひとつとなっています。

4.3 直観主義からの批判的視点

直観主義者から見ると、「排中律に頼った背理法による証明」は「実際に数学的対象を構成したわけではない」ため、「証明としては不十分」という立場をとります。ただし現代では、直観主義論理と古典論理は目的の異なる体系として共存しており、数理論理学者の多くは

  • 「構成的な解釈が必要な場合は直観主義論理を用いる」
  • 「日常の数学や物理など幅広い応用領域を扱う際には、計算の効率や簡潔さの点からも古典論理を用いる」

と、使い分けを行っています。


5. 排中律の哲学的議論

5.1 現実世界との対応と真理観

哲学的には、排中律は「世界における事実のあり方」をどのように捉えるかという問題とも深く結びつきます。二値論理的な立場に立てば、世界は常に「真」か「偽」か、いずれかの状態を取っていると考えますが、これに対して「曖昧さ」や「未定義の状態」の存在をどの程度考慮すべきかは議論の余地があります。

5.2 分析哲学における議論

現代の分析哲学では、論理実証主義やポストモダン哲学まで含め、多様な立場から排中律が論じられてきました。特に言語哲学の分野では、ヴァジェブリッジ・パラドックス指示の問題を扱う際に、「ある対象が本当に存在するのか」「まだ定義されていない対象の性質をどう扱うか」という問題が起こり、排中律の適用範囲が議論される場合があります。

5.3 宗教的・形而上学的視点

中世スコラ学では、神の存在や奇跡の可能性など形而上学的な議論に排中律を積極的に導入することで、「神は存在するか、しないか」の二者択一を前提に議論することがありました。ただし、現代の宗教哲学や神学の分野でも、排中律をどの程度適用するかは流派や宗派によって異なります。神秘主義的な思想では「言葉では表現できない中間的領域」を想定する場合があるからです。


6. 演繹系への影響

6.1 古典命題論理

古典命題論理(Propositional Logic)では、排中律はしばしば公理スキーマとして導入されるか、あるいは非矛盾律やピアースの法則(\((P \to Q) \to P \) → P)などとの組合せで導出される形で取り込まれています。通常の演繹システムでは、排中律を公理として採用しても、採用しなくても、古典論理と等価な完全体系を構築できることが知られています。

6.2 古典述語論理

述語論理(Predicate Logic)でも同様に、排中律は全ての変数や量化子にわたって適用される基本原理です。ゴデルの完全性定理(Completeness Theorem)や不完全性定理(Incompleteness Theorems)などの高等な結果も、古典論理を前提とする場合には排中律を使用しています。
一方、直観主義的述語論理や型理論など、排中律の扱いが異なるシステムでは、これらの定理の形が変化したり適用範囲が限定されたりします。

6.3 数学的論証全般への普及

現代数学の標準的な論証法は古典論理に基づいており、教科書や論文に登場する定理・命題の証明のほとんどは暗黙のうちに排中律を使った推論を含んでいます。
例:

  1. 背理法での証明
  2. 量化子(存在量化子、全称量化子)の扱い
  3. 写像の単射性・全射性の議論

これらすべてが「(A) ある要素が存在する」か「(B) 存在しないか」の二択しかないという前提に立っているため、排中律はその根底に流れる必須の哲学的前提となっています。


7. 応用例と具体例

7.1 排中律を利用した簡単な背理法の例

例えば、素数に関する次のステートメント:

「任意の自然数 \(n\) で、もし \(n\) が素数でないならば、素因数を必ず持つ。」

この文は一見すると当たり前のように見えますが、「素数でないならば、素因数を持たない」という仮定を置いて矛盾を導くことで証明します。ここには暗黙裏に、「\(n\) は素数であるか、そうでないか」という二分法が必ず成り立つという、排中律の考えが埋め込まれています。

7.2 実解析における例

実解析での典型的な利用として、「上限の存在」を示す際に背理法や排中律が頻繁に使われます。
例:「ある実数集合が有界であるとき、その上限(Supremum)は存在する」など、構成的にはより複雑な手続きを踏む必要がある論題も、排中律を受け入れると比較的シンプルな背理法で済むことが多いのです。

7.3 アルゴリズム論での応用

計算機科学やアルゴリズム論の分野でも、「プログラムが停止するかどうか」をめぐる「停止性問題(Halting Problem)」の不可解さがある一方で、一般的な論証では古典的な二値論理が使用されます。ただし計算の観点では、プログラムが停止するかどうかが厳密にはわからない状態(ハーフウェイの状態)に着目する議論もあり、直観主義的な視点から「停止しないことを完全に証明できないが、停止する証明もできない」という状況が生まれるケースがあります。この時、「停止するか、停止しないか」の二者択一を排中律で即断してよいのか、という疑問がしばしば議論になります。

7.4 多値論理への拡張

ファジィ論理や確率論的論理など、真値が複数ある(0から1までの連続的な真理値を設定するなど)論理体系では、排中律は拡張もしくは修正されます。例えば、真値が「0(偽)」から「1(真)」まで連続に分布しうると考えるファジィ論理の場合、
\[
P \lor \lnot P
\]
が成り立つかどうかは一概に言えなくなります。ただしこれを「強い排中律」や「弱い排中律」というバージョンで改めて規定し、ある種の条件のもとで保持しようとする試みもあります。


8. まとめと展望

  1. 排中律は古典論理の根幹
    古典論理の公理系には欠かせない要素であり、多くの数学的・論理的推論がこれに依存している。
  2. 非矛盾律との違い
    非矛盾律はほぼすべての論理体系で受け入れられるのに対して、排中律は体系によっては受け入れられない場合がある。
  3. 直観主義論理では必須公理ではない
    数学基礎論・型理論・計算機科学などで構成的立場をとる人々は、排中律を全面的には受け入れず、命題 \(P\) を構成的に示せない限り「\(P\) が成り立つか、\(\lnot P\) が成り立つか」を安易に断定しない。
  4. 哲学的には世界観・真理観との絡みが大きい
    「世界は本当に常に真か偽か、二者択一で決まるのか?」という形而上学的な問いにも関わる。
  5. 応用領域では依然として有力
    物理学や工学、日常的推論においては古典論理が主流であり、そこでは排中律は基本的前提として当然視される。
  6. 今後の展望
  • 計算機科学の発展や人工知能の推論システムなどにおいて、構成的な論理が注目されることも増えている。
  • 同時に、ビッグデータや確率論的推論、ファジィ論理など、多値的・確率的なロジック体系も広がっている。
  • 排中律の意義や使用範囲は、これからも「古典論理 vs. 非古典論理」の領域で厚い議論が続くだろう。

ここまで、論理学における排中律を詳しく説明しました。まとめると、排中律は古典論理および現代数学の基礎として揺るぎない地位を占めている一方、直観主義や多値論理などの分野では必ずしも採用されず、その是非をめぐって深い哲学的・数学的議論が行われているという現実があります。

本解説が、排中律の重要性と多面性を理解する一助となれば幸いです。さらに深く掘り下げたい方は、直観主義の名著であるブラウワーやヘイティングの論文、あるいは多値論理やパラコンシステント論理に関する文献を参照してみると、より奥深い議論に触れることができます。