1. 基盤モデル(Foundation Model)とは何か
1.1 用語の背景と成立
- 「基盤モデル」 という言葉は、2021年にスタンフォード大学のヒューマン・センタードAI研究所(HAI)が発表したレポート「On the Opportunities and Risks of Foundation Models」に端を発するとされています。
- このレポートが出る以前から、BERT や GPT-3 といった大規模言語モデル(LLM)や、CLIP や DALL·E のようなマルチモーダルモデルなどが急速に台頭していました。
- スタンフォードHAIは、これらの「大規模事前学習によって得られる汎用性の高いモデル群」を総称し、「基盤(foundation)となるモデル」 と名付け、研究コミュニティにインパクトを与えました。
1.2 定義と特徴
- スタンフォードHAIの定義によれば、「基盤モデル(Foundation Model)」とは、(1) 大量のデータから自己教師あり/教師なし学習によって獲得された汎用的表現をもち、(2) 下流タスクに幅広く適用可能な大規模モデル」 のことを指します。
- 具体的には、大規模言語モデル(GPTシリーズ, BERTなど)をはじめとして、画像生成モデル(DALL·E, Stable Diffusionなど)、マルチモーダルモデル(CLIP, Flamingo, BLIP など)も含みます。
- これらは「事前学習(pre-training)フェーズ」と「タスクに合わせた微調整(fine-tuning)フェーズ」を分ける学習パラダイムを取るのが一般的です。さらに最近は、プロンプトエンジニアリングや指示調整(instruction tuning) のみで下流タスクをこなせるモデルも登場し、柔軟性が格段に向上しています。
2. 基盤モデルが生まれるまでの歴史的経緯
2.1 従来のタスク固有モデルのアプローチ
- NLPの初期(1970〜2010年代前半)
- 単語埋め込み(Word2Vec, GloVe)などの手法が確立されるまで、自然言語処理は手工芸的ルールベースや小規模な教師データをもとにしたモデルが主流でした。
- 翻訳、感情分析、要約、固有表現抽出など、タスクごとに異なるアルゴリズムや特化モデルを作成する必要がありました。
- 画像処理の初期(1980〜2010年代前半)
- CNN(畳み込みニューラルネットワーク)が台頭するまでは、手作りの特徴量(SIFTやHOGなど)が重用されました。
- 画像分類、物体検出、セグメンテーションなど、こちらも同様にタスクごとの最適化が中心でした。
2.2 大規模事前学習の流れ
- 2012年のImageNetコンペでAlexNetが優勝し、「大量データ + 深層学習」というアプローチが爆発的に注目を浴びます。
- 自然言語処理の領域でも、2018年に GoogleがBERTを発表し、事前学習した巨大モデルを“微調整すれば”さまざまなNLPタスクで最先端を叩き出す、という流れが一気に加速しました。
- GPTシリーズ(OpenAI) は、さらに巨大なモデル(例えば GPT-3 は 1750億パラメータ)を自己回帰型で学習し、少量サンプルのプロンプトで多様なタスクをこなす「Few-shot, Zero-shot性能」を示しました。
2.3 マルチモーダル・統合モデルへの展開
- 2021年以降、OpenAI の CLIP、DALL·E などが「テキストと画像」という2つの異なるモダリティを同時に学習することで、テキストプロンプトから画像を生成する、画像検索に利用するなど、汎用性の高い能力を示し始めました。
- こうしたモデル群が、「自然言語だけでなく、画像・音声・動画・コードなど多様なデータを横断的に学習し、いろいろなタスクに応用可能である」 という観点で 「基盤モデル」 と呼ばれるようになりました。
3. 基盤モデルの技術的な要素
基盤モデルは多岐にわたりますが、共通点として 「大規模データの自己教師あり(あるいは教師なし)事前学習 + 下流タスクへの微調整」 という構造を持ちます。
3.1 自己教師あり学習 / 教師なし学習
- 自己教師あり学習(Self-Supervised Learning)
- 大量のデータ(例えばテキスト)を「ラベルなし」で学習させる手法です。
- 言語モデルなら「次単語予測(Next Token Prediction)」「マスク化言語モデル(Masked Language Modeling)」が有名。
- 画像なら「自己回帰型の生成」「マスク付き画像再構成」「コントラスト学習」など。
- 教師なし学習(Unsupervised Learning)
- セグメンテーションやオートエンコーダなど、明示的なアノテーションを伴わない学習手法の総称。
3.2 大規模パラメータ(スケールアップ)
- BERTやGPT-3/GPT-4などの言語モデルは、数百億〜兆単位のパラメータを持つ超巨大アーキテクチャへとスケーリングされています。
- こうした巨大モデルは、学習に必要な計算リソースが膨大(GPUクラスター、TPUポッドなど)ですが、それによって表現能力が劇的に向上し、多様なパターンを捉えられるようになります。
- サイズを大きくするほど下流タスクへの適応能力が向上する、という「スケーリング則」がいくつかの研究で観測されています。
3.3 アーキテクチャ例:Transformer
- 現在の基盤モデルの多くは、「Transformer」 と呼ばれるネットワーク構造を採用しています。
- 2017年に Google Research チームが論文「Attention Is All You Need」で提唱した構造であり、自己注意(Self-Attention) を用いて入力の相互関係を効率的に学習します。
- 長いコンテキスト を扱う能力や、並列化が比較的容易という利点から、言語だけでなく画像や音声など他のモダリティにも応用が急拡大しました。
3.4 微調整(Fine-Tuning)とプロンプトエンジニアリング
- 微調整(Fine-Tuning)
- 事前学習済みのモデルの一部、または全体のパラメータをタスク固有のデータで再学習する手法。
- これにより、比較的少量の追加データでも高精度なモデルを得られます。
- プロンプトエンジニアリング
- モデル側のパラメータを変えずに、入力(プロンプト)を工夫するだけで目的の出力を誘導する手法。
- ChatGPTのように、対話的な形式でプロンプトを与え、指示を行うだけで多様なタスクに対応できる可能性を広げました。
4. 基盤モデルの代表例
4.1 GPTシリーズ (OpenAI)
- GPT-1 / GPT-2 / GPT-3 / GPT-4
- 自己回帰言語モデル(autoregressive)として開発。
- GPT-3(2020) は 1750億パラメータ、GPT-4(2023) はさらに大規模とされる(非公開)。
- 膨大なテキストデータを学習し、多様なテキスト生成・コード生成などを数行のプロンプトだけでこなせることで大きな注目を浴びました。
4.2 BERT (Google)
- 2018年に発表された「Bidirectional Encoder Representations from Transformers」。
- 文中の単語を一部マスクし、それを推定する「Masked Language Modeling」で学習し、自然言語理解タスク(文分類、QA、NLIなど)で高い性能を示しました。
- BERT系列(RoBERTa, DistilBERT, DeBERTa など)が多数登場し、NLPの標準的なアプローチとなりました。
4.3 CLIP / DALL·E / Stable Diffusion
- CLIP(OpenAI, 2021)
- テキストと画像を同時に学習し、テキストと画像の埋め込み空間を統合的に構築。
- テキスト→画像検索、画像キャプション生成など、多様なマルチモーダルタスクで有用。
- DALL·Eシリーズ (OpenAI)
- テキストプロンプトから画像を生成するモデル。
- 基盤モデルの概念を絵画生成の世界に広げ、注目を集めました。
- Stable Diffusion (Stability AI + LAION など)
- 2022年に公開され、一気に普及した画像生成モデル。
- 大規模テキスト・画像ペアをDiffusionモデルで学習し、オープンソースの形で広がったため、さらに様々な派生モデルを生み出しました。
4.4 PaLM, LLaMA, etc.
- PaLM (Google)
- 2022年に発表された、5400億パラメータ規模の超巨大言語モデル。
- 多数の言語タスクでSOTAを達成し、後継モデルとして「PaLM 2 (2023)」も登場。
- LLaMA (Meta)
- 大規模データで学習した言語モデルを比較的軽量(7B, 13B, 33B, 65Bなど)に実装した研究モデル。
- 学術コミュニティ向けにリリースされたことで、多くの派生モデル(Alpaca, Vicuna など)が生まれています。
5. 基盤モデルの利点・社会的インパクト
5.1 多様なタスクへの柔軟な適用
- 一つの巨大モデルを学習しておけば、翻訳、要約、感情分析、対話システム、コード生成、画像認識 など多様なタスクを行える可能性があります。
- 特にプロンプトを変えるだけでタスクを切り替えられる事例が増え、ソフトウェア開発プロセスが大きく変わる(汎用AIサービスの登場)と期待されています。
5.2 少量データで高精度を実現(Few-shot, Zero-shot)
- 従来、タスクごとに数千〜数万件単位の教師データを用意する必要がありました。
- 基盤モデルは事前学習によって文法や世界知識、画像パターンなどを網羅的に獲得しているため、下流タスクで追加データが少なくても高い性能を発揮しやすいです。
- 「数行の例示(Few-shot)」や「例示なし(Zero-shot)」でも学習や推論が可能になりつつあります。
5.3 研究開発・産業構造への影響
- ソフトウェア開発の支援: GitHub Copilot, ChatGPT Code Interpreter などの例に見られるように、コード補完やバグ修正支援が実用レベルになってきています。
- クリエイティブ産業への波及: 文章生成、画像生成、音楽生成など、従来は専門家が担っていたタスクを部分的に代替/補助可能となり、デザイナーやライターの仕事にインパクトを与えています。
- ビジネスモデルの変革: Microsoft / OpenAI, Google / DeepMind, Meta など大手企業がこぞって「基盤モデル」をサービスやAPIで提供し始め、SaaSやプラットフォーム戦略が大きく変化しています。
6. 基盤モデルの課題
6.1 膨大な計算リソースと環境負荷
- GPT-3クラスのモデルを訓練するには数百万ドル規模の計算コストがかかるとも言われます。
- 電力消費やCO2排出量の増大も無視できず、「持続可能性」という観点から議論が高まっています。
6.2 バイアスと安全性
- 基盤モデルは大量のインターネットデータを学習源とすることが多く、そこに含まれる人種・性差・地域偏見などのバイアスを吸い込んでしまうリスクがあります。
- モデルが生成する出力が差別的表現や誤情報を含んだ場合、社会的・倫理的に大きな問題になり得ます。
- 有害なコンテンツ生成を阻止するためのコンテンツフィルタリングや**安全策(AI Safety)**が急務です。
6.3 解釈性・透明性の欠如
- なぜ特定の結果を出したのかを説明しにくい、いわゆる“ブラックボックス”問題がさらに顕在化しています。
- 法律や規制の観点でも、アカウンタビリティ(説明責任) が求められるケースが多いため、解釈可能性の向上に向けた研究が盛んです。
6.4 ユーザーコントロールと所有権
- 大規模モデルを保有できるのは一部の巨大テック企業や研究機関に限られ、モデルの利用形態やデータ利用ポリシーがブラックボックス化しがちです。
- 「学習データの著作権はどうなるのか」「生成物に対する著作権は誰が持つのか」といった法的問題も未解決の部分が多く、国際的な議論が進行中です。
7. 今後の展望
7.1 マルチモーダル化の進展
- テキスト、画像だけでなく、音声・動画、さらにセンサー情報やロボットアクションまで統合的に扱う真のマルチモーダル基盤モデルの研究が進んでいます。
- 例えば、OpenAIが「GPT-4はマルチモーダル」と謳っているように、視覚情報+言語を統合解析できるモデルなどが登場してきました。
7.2 自己強化学習(World Modelとの融合)
- 「モデルが環境とインタラクションし、自ら学習を深化させる」方向性にも注目が集まっています。
- すなわち、強化学習(特にモデルベースRL) + 基盤モデル を統合し、世界モデルを内部に持ちながら環境を理解・行動し続けることで、さらに幅広い知能を獲得するという構想です。
7.3 小型化・効率化への動き
- 「大きければ良い」というだけではなく、量子化・蒸留(Knowledge Distillation)、LoRA、Sparse化などを駆使して、より小さなリソースでも高性能を発揮するモデルの研究が盛んです。
- 軽量化によってエッジデバイス(スマートフォンなど)での推論や、企業・個人が独自運用できる可能性が広がります。
7.4 規制・ガイドラインの策定
- 国際的にAI規制が本格化しつつあり、EUのAI Act や各国のデータ保護規制などを踏まえて、基盤モデルの適切な利用方法 が法律面から議論されています。
- また、オープンソースコミュニティでも「モデルの公開範囲や利用ルール(ライセンス)」を議論し、「責任あるAI開発(Responsible AI)」を模索する動きがあります。
8. 基盤モデルのまとめ
- 定義・位置づけ
- 基盤モデルとは、「大規模事前学習を施した汎用的なAIモデル」で、テキスト・画像・音声など多モダリティを横断して下流タスクに転用しやすいのが特徴。
- スタンフォードHAIが提唱し、BERT/GPTやCLIP/DALL·Eなどがその代表格。
- 歴史的流れ
- 従来のタスク固有モデルから、大規模データ&深層学習への転換を経て、2018年頃から急速に普及。
- 近年はマルチモーダルや超巨大モデルの開発競争が進行中。
- 技術的特徴
- 自己教師あり学習 や 教師なし学習 を活用し、Transformer ベースの構造を大規模データで訓練。
- 微調整やプロンプトエンジニアリングによって、多彩な下流タスクに対応可能。
- 利点
- 「一度学習すれば、さまざまなタスクを少量データやプロンプトのみでこなせる」汎用性。
- 研究開発や産業界において、生産性向上・新たなビジネスチャンスをもたらす。
- 課題
- 計算資源・環境負荷、バイアス・安全性、ブラックボックス化、ユーザーコントロール・著作権などの問題。
- これらに対する社会的・倫理的・法的な枠組みづくりが必要。
- 今後の展望
- 真のマルチモーダルモデル へと進化し、ロボティクスや自律エージェント領域にも波及。
- 軽量化・高速化の研究が進み、より幅広いユーザーが扱えるようになる。
- 規制や倫理指針の中で持続可能で安全な開発・運用体制が整備される見込み。
9. 参考文献・追加情報源(英語含む)
- Stanford HAI. (2021). On the Opportunities and Risks of Foundation Models
- Brown, T. et al. (2020). Language Models are Few-Shot Learners (GPT-3). (arXiv:2005.14165)
- Devlin, J. et al. (2018). BERT: Pre-training of Deep Bidirectional Transformers for Language Understanding. (arXiv:1810.04805)
- Ramesh, A. et al. (2021). Zero-Shot Text-to-Image Generation (DALL·E). (arXiv:2102.12092)
- Radford, A. et al. (2021). Learning Transferable Visual Models From Natural Language Supervision (CLIP). (arXiv:2103.00020)
- Bommasani, R. et al. (2021). Foundation Models: A Brief Overview. (Stanford HAI Blog)
- Touvron, H. et al. (2023). LLaMA: Open and Efficient Foundation Language Models. (arXiv:2302.13971)
10. 終わりに
基盤モデル(Foundation Model) は、AI研究のパラダイムを大きく変え、今後のテクノロジーと社会を左右する重要な概念です。かつては個別タスクごとに一からモデルを作っていた時代から、「とにかく巨大モデルを事前に学習し、あらゆる下流タスクをそこから派生させる」という潮流に変わりつつあります。
- 産業や社会実装において、「汎用的に使えるAI」 がより身近になり、開発コストや期間の大幅な削減 が期待されます。
- 同時に、膨大な計算資源・環境負荷や、モデルのバイアス・公正性・説明責任など、社会的・倫理的な課題 も大きくなっています。
- 実運用の場では、安全策や法整備 の議論も加速し、また「オープンソース vs クローズド」「学習データの透明性」などさまざまなトピックが沸き起こっています。
研究・開発者コミュニティ、企業、政策立案者、社会全体が協力して課題を解決し、責任あるAI (Responsible AI) を実現するためのフレームワークづくりがますます求められているのです。
このように、基盤モデルはAIの新たな“土台” となるだけでなく、その広範な影響力から、今後数十年にわたり社会の在り方を変革し続ける可能性を秘めています。その意味で、基盤モデルの理解は現代AIを読み解くうえで必須といえるでしょう。



