Masked Self-Attention Mechanism(マスク付き自己注意機構)は、Transformerモデル、特にそのデコーダ部分において重要な役割を果たす仕組みです。この機構の基本的な目的は、生成されたトークン列の一部から次に生成されるべきトークンを予測する際に、未来のトークン(まだ生成されていないトークン)への依存を避けることです。これを詳細に分解して説明します。
1. Transformerモデルの全体像とデコーダの役割
Transformerモデルは、自然言語処理や機械翻訳などのタスクに用いられるアーキテクチャで、主に2つの部分から構成されます:エンコーダとデコーダです。
- エンコーダ:入力文(ソース文)を受け取り、全ての単語(トークン)間の相関関係を学習して文の意味を表現します。
- デコーダ:エンコーダから得られた表現を元に、ターゲット文のトークンを一つずつ生成していきます。この際、すでに生成したトークンを使って次のトークンを予測する必要がありますが、まだ生成していない未来のトークンを参照することは許されません。
ここで、デコーダにおける「マスク付き自己注意機構」が重要になります。
2. 自己注意機構の基本構造
「自己注意機構」(Self-Attention Mechanism)は、Transformerの根幹を成す技術です。従来のRNNやCNNモデルとは異なり、入力全体のトークン間の依存関係を効率的に捉えることができます。自己注意機構では、入力トークンのそれぞれが他の全てのトークンと「注意」(Attention)を通じて相互作用し、その相関関係に基づいて特徴を学習します。
この自己注意機構の具体的な動作を以下の手順で説明します:
- 入力埋め込みの準備:
入力トークンは、まず固定長のベクトル(通常は数百次元のベクトル)に変換されます。これを埋め込みベクトルと呼びます。 - Query, Key, Valueの生成:
埋め込みベクトルは3種類の異なるベクトルに変換されます。それがQuery(クエリ)、Key(キー)、Value(バリュー)です。これらは、次のように異なる重み行列で埋め込みベクトルを線形変換することで生成されます:
- \( Q = W_Q \times X \)
- \( K = W_K \times X \)
- \( V = W_V \times X \) ここで、\( W_Q \)、\( W_K \)、\( W_V \) はそれぞれの重み行列で、学習可能なパラメータです。
- 注意スコアの計算:
クエリとキーを使って、各トークンが他のトークンに対してどれだけ「注意」を向けるべきかを計算します。具体的には、クエリベクトルとキーベクトルのドット積を計算し、それを正規化してスコアを得ます。スコアは次のように計算されます: \[
\text{Attention}(Q, K, V) = \text{softmax}\left( \frac{Q \cdot K^\top}{\sqrt{d_k}} \right) \cdot V
\] ここで、\( d_k \) はキーの次元数で、これを用いてスケーリング(スコアの調整)を行います。 - 出力ベクトルの生成:
注意スコアに基づいて、バリューベクトルを加重平均し、最終的な出力ベクトルを生成します。これが、入力トークンに対して自己注意機構を適用した結果です。
3. マスク付き自己注意機構の必要性
通常の自己注意機構では、入力の全てのトークンが互いに自由に影響を与え合うことが可能です。しかし、デコーダにおいては「まだ生成していない未来のトークン」を参照することはできません。これが問題となるのは、デコーダがトークンを一つずつ生成する際、次のトークンを予測するために、過去のトークンしか参照できない必要があるからです。
例えば、ターゲット文が “I am fine” で、”I am” まで生成された段階では、次に「fine」を予測しなければならないのに、まだ生成していない「fine」に自己注意が向くことがあってはなりません。この制約を実現するために、マスクが導入されます。
4. マスクの仕組み
マスク付き自己注意機構では、まだ見てはいけない未来のトークンに対してマスクを適用し、注意スコアが計算されないようにします。具体的には、次の手順で行われます:
- マスク行列の作成:
デコーダで処理されるトークン数が \( N \) だとすると、マスク行列は \( N \times N \) の大きさになります。この行列は、未来のトークンに対する注意をゼロにするために使われます。例えば、トークン \( t_i \) が \( t_j \) に注意を向ける際、もし \( j > i \) (つまり、未来のトークン)であれば、その対応するスコアに非常に小さな値(通常は負の無限大に近い値)を割り当て、ソフトマックスを取るとゼロにすることで、事実上「無視」します。 \[
M_{i,j} =
\begin{cases}
0 & \text{if } j \leq i \
-\infty & \text{if } j > i
\end{cases}
\] - マスクの適用:
このマスク行列を用いて、クエリとキーのドット積から計算されたスコアに加算します。すなわち、マスクされた部分(未来のトークンに該当するスコア)は非常に低い値となり、ソフトマックス関数によってその部分は無視されます。
\[
\text{Attention}(Q, K, V) = \text{softmax}\left( \frac{Q \cdot K^\top}{\sqrt{d_k}} + M \right) \cdot V
\]
この操作により、トークンは自分より未来のトークンに注意を向けることができなくなり、過去および現在のトークンにのみ依存して次のトークンを予測するようになります。
5. マスク付き自己注意機構の利点
マスク付き自己注意機構には、以下のような利点があります:
- 並列処理が可能:RNNとは異なり、Transformerのデコーダは全てのトークンに対して同時に自己注意を計算することができます。マスクを使用して未来のトークンへの注意を遮断するだけで、効率的に次のトークンを予測できる点が強みです。
- 長距離依存の学習が可能:自己注意機構は、入力文の中の離れたトークン同士の依存関係も捉えることができるため、文全体の意味を把握する際に有利です。
- 教師あり学習との相性が良い:マスク付き自己注意機構は、教師あり学習で「正解データ」として次のトークンを予測させる場合に非常に効果的です。未来の情報を見ずに次のトークンを予測するため、生成モデルにも応用しやすくなっています。
6. 応用例と課題
マスク付き自己注意機構は、機械翻訳(例えば、英語から日本語への翻訳)やテキスト生成(例:GPT系のモデル)など、様々な生成タスクで広く使われています。ただし、マスクの設計や
注意機構の計算量が膨大であるため、大規模なデータセットやモデルにおいては計算資源の効率的な利用が課題となります。また、自己回帰的なデコーダの生成速度は、一度に全てのトークンを予測できないという点でリアルタイム性には制限があります。
結論
マスク付き自己注意機構は、Transformerデコーダの中核を成す技術であり、未来のトークンを見ないようにすることで、正しい順序で次のトークンを予測します。これにより、効率的かつ高精度な生成タスクが実現可能になります。