1. はじめに
Transformerアーキテクチャにおいて、エンコーダブロックは非常に重要な役割を果たしています。このブロックは入力データを処理して次の層に渡すための基本単位であり、その内部構造を理解することがTransformer全体の動作を理解するために不可欠です。本稿では、エンコーダブロックの構造とその各コンポーネントの役割について解説します。
2. エンコーダブロックの全体構造
エンコーダブロックは、以下の3つの主要コンポーネントから構成されています:
- マルチヘッド自己注意機構(Multi-Head Self-Attention Mechanism)
- 位置ごとのフィードフォワードネットワーク(Position-wise Feed-Forward Network)
- 残差接続とレイヤ正規化(Residual Connection and Layer Normalization)
これらの要素は順に適用され、入力データをより抽象的かつ高次元の表現へと変換します。
3. マルチヘッド自己注意機構
Transformerエンコーダブロックの最初の部分はマルチヘッド自己注意機構です。この機構は、入力された各トークンがシーケンス内の他のすべてのトークンとどの程度関連性があるかを計算し、各トークンのコンテキストをより豊かなものにします。具体的には、トークンごとにクエリ、キー、バリューを計算し、それらを使って注意(Attention)を行うことで、重要な部分に焦点を当てた情報の重み付けを行います。
マルチヘッドと呼ばれる理由は、自己注意機構を複数の「ヘッド」で同時に計算し、それぞれが異なる側面から情報を捉えるためです。これにより、情報の多様な観点を統合して、より強力な特徴表現が得られます。
4. 残差接続とレイヤ正規化
自己注意機構の出力には、入力情報そのものを加算する残差接続が行われます。これにより、勾配消失問題が緩和され、深層学習モデルの学習が安定します。また、残差接続に続いてレイヤ正規化が適用され、データのスケールを標準化することで学習の安定性がさらに向上します。
具体的には、次のような形式で処理されます:
- 残差接続: 自己注意の出力 + 入力データ
- レイヤ正規化: 上記の結果に対して正規化を適用
5. 位置ごとのフィードフォワードネットワーク
次に、各トークンごとに独立して適用される位置ごとのフィードフォワードネットワーク(FFN)があります。これは二層の全結合ネットワークから成り、通常はReLUなどの非線形活性化関数が使用されます。このネットワークは、自己注意機構で得られた情報をさらに変換し、より深い表現を生成する役割を果たします。
数式で表すと、次のようになります:
\[
\text{FFN}(x) = \max(0, xW_1 + b_1)W_2 + b_2
\]
ここで、\(W_1, W_2\) は重み行列、\(b_1, b_2\) はバイアス項です。この二段階の全結合変換により、モデルの非線形性が増し、より複雑な関係を学習できるようになります。
6. エンコーダブロック内の情報の流れ
エンコーダブロック内での情報の処理フローは以下のようになります:
- マルチヘッド自己注意機構を適用して、各トークンのコンテキストをより豊かにします。
- 自己注意機構の出力に対して残差接続とレイヤ正規化を行い、学習を安定化させます。
- 次に、位置ごとのフィードフォワードネットワークを適用し、各トークンをさらに深く変換します。
- 最後に、FFNの出力に対して再度残差接続とレイヤ正規化を行い、次のエンコーダブロックへの入力とします。
7. エンコーダブロックのスタックとその利点
Transformerのエンコーダは、同一のエンコーダブロックを複数層積み重ねた構造になっています。具体的には、BERTやGPTなどのモデルでは、エンコーダブロックが12層から24層ほど積み重ねられています。例えば、BERT Baseモデルでは12層、BERT Largeモデルでは24層のエンコーダブロックが使用されています。このように、各層が段階的に入力を抽象化し、低層では局所的な特徴を捉え、高層に行くほど文脈全体の関係を理解することが可能になります。
では、なぜエンコーダブロックを積み重ねる必要があるのか?1回ではダメなのか?
1回のエンコーダブロックでも一定の情報抽出は可能ですが、十分な抽象化が行えないため、高度なパターンや複雑な依存関係を学習するには限界があります。エンコーダブロックを積み重ねることで、各層が段階的に情報を深め、表現の抽象度を高めていきます。低層のブロックが基本的な特徴を捉え、中間層がより高度なパターンを、最上層では文脈全体の理解や複雑な依存関係を表現できるようになります。
これは、ディープラーニングの他のアーキテクチャと同じく、層を深くすることでモデルの表現力が増すという考え方に基づいています。しかし、Transformerの場合は自己注意機構によって長距離の依存関係を捉える能力が非常に強力であり、エンコーダブロックを積み重ねることでその能力が最大限に引き出されるのです。特に自然言語処理においては、文中の離れた位置にある単語同士の関係性を捉えることが重要であり、これを実現するためにエンコーダブロックのスタックが必要となります。
では、なぜベクトルの次元が増えないのに複雑な依存関係を表現できるのか?
エンコーダブロックを積み重ねることでベクトルの次元自体は変わらなくても、各層が異なる変換を適用し、新たな関係性や特徴を学習することができます。次元が固定されている場合でも、各エンコーダブロック内で異なる自己注意パターンが学習されることで、データの中に隠れた複雑なパターンや依存関係を捉えることが可能になります。
具体的には、各エンコーダブロック内の自己注意機構が、入力トークン間の異なる側面や依存関係に注目し、それを強調する形で出力を生成します。複数のエンコーダブロックを積み重ねることにより、それぞれのブロックが異なる文脈情報を加えながらデータを処理するため、同じ次元数のベクトルでも、より豊富な意味と関係性を内包することができます。このようにして、情報の密度が増していき、文脈や関係性がより深く表現されるのです。
これは、各層が「異なる視点から同じデータを何度も見直す」ようなプロセスを経て、入力データの複雑な依存関係や意味を再解釈し、強化することを意味します。その結果、次元数が増加しなくても、データ内の情報は累積的に豊かになり、各トークンの表現がより高度に文脈化されていきます。このプロセスは、各ブロックが前のブロックから受け取った表現を基に新たな視点を付け加えることで、情報を深化させ、複雑な文脈情報を保持することを可能にします。
さらに、マルチヘッド自己注意機構によって同じ入力に対して複数の異なる注意パターンが学習され、それらが統合されることで、同一の次元の中で非常に多様な依存関係が表現されます。このように、層を深く積み重ねることで、各層が独自の視点を加えながら文脈を洗練させ、結果的に高度な依存関係を捉えることができるのです。
8. まとめ
エンコーダブロックは、Transformerにおける中核的な構成要素であり、その内部には自己注意機構、フィードフォワードネットワーク、残差接続とレイヤ正規化が含まれています。これらが緊密に連携することで、入力データの高次元で豊かな表現を生成し、次のエンコーダブロックやデコーダに渡す準備を整えます。エンコーダブロックのスタックにより、モデルは段階的に情報を抽象化し、文全体の意味や文脈の複雑な依存関係を効果的に学習します。
Transformerの成功の鍵となるエンコーダブロックの構造を理解することで、モデルがどのようにして自然言語を深く理解し、高度なタスクを達成するのかが見えてくるでしょう。