ダブルダイヤモンド

デザイン思考の核心「ダブルダイヤモンド」:戦略的分析と実践的展開

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セクション1:ダブルダイヤモンドの起源と構造的基盤

デザイン思考のプロセスを視覚化し、体系化する上で、英国デザインカウンシル(Design Council)が提唱した「ダブルダイヤモンド(Double Diamond)」モデルは、世界中で最も広く認知され、中核的なフレームワークとして機能しています 1。このモデルは、単なる図表ではなく、イノベーションにおける複雑な思考プロセスを管理するための戦略的ツールとして設計されました。

1.1. 提唱の背景:デザイン経営の「言語化」

ダブルダイヤモンドモデルは、2004年から2005年にかけて英国デザインカウンシルによって公式に導入されました 3。その背景には戦略的な動機が存在します。2003年当時、デザインカウンシルは「デザイン経営(design management)」の戦略的価値を企業や公共セクターに推進していましたが、その支援プロセスを説明するための「標準的な方法」を持っていませんでした 6

この「言語の欠如」は、デザインという無形の価値を組織的に普及させる上で大きな障害となります。当時のディレクターであったリチャード・アイスマンは、このプロセス記述の欠如がカウンシルの広範なメッセージと「相容れない」と考え、チームに「我々はデザインプロセスをどう説明するのか?」と問いかけました 6

この問いへの答えが、ダブルダイヤモンドの「法典化(codify)」です。デザインカウンシルは、このモデルをゼロから発明したのではありません。彼らは、Microsoft、Starbucks、Sony、そしてLEGOといったグローバル企業11社のイノベーション・プロセスを詳細に調査しました 5。その結果、各社が独自の名前で呼んでいたとしても、本質的には「同じステップを踏んでいる」ことを発見したのです 7

したがって、ダブルダイヤモンドは、既存の成功した実践を「法典化し、ステップに名前を付け、普及させた」ものであり、アイスマン自身が認めるように「巨人の肩の上に立っていた」のです 6。このモデルは、当初から厳格な方法論である以上に、デザインの価値を非デザイナー(特に経営層)に説明し、組織内での共通認識を形成するための強力なコミュニケーションツールとして意図されていました 8

1.2. モデルの構造:思考の「発散」と「収束」

モデルの視覚的な核は、2つの連続するダイヤモンド形状(菱形)です 4。この形状自体が、デザインプロセスにおける2つの基本的な思考モード、「発散的思考(Divergent Thinking)」と「収束的思考(Convergent Thinking)」の繰り返しを象徴しています 1

  • 発散 (Divergent): 思考を広げるフェーズ。問題やアイデア、可能性を広く深く探求し、選択肢を増やします 4
  • 収束 (Convergent): 思考を絞るフェーズ。収集・生成された情報やアイデアを分析、統合し、焦点を定めて意思決定を行います 4

デザインカウンシルは、この対称的な単純さが「概念の導入とその後の適用を助ける」ための「グラフィック上の便宜(graphic convenience)」であることを当初から認識していました 8

1.3. 2つのダイアモンド:「問題空間」と「解決空間」

このモデルが提示する最も強力な概念は、プロセスを2つの明確な領域に分離したことです。

  1. 第一のダイヤモンド(問題空間):
    このダイヤモンドは「問題空間(Problem Space)」の探求に充てられます 5。その目的は、提示された課題を鵜呑みにすることなく、「正しい問題を見つける」ことです 4。これは、問題が何であるかを「単に仮定するのではなく、理解する」ためのフェーズです 3。
  2. 第二のダイヤモンド(解決空間):
    第一のダイヤモンドで定義された「正しい問題」を受け、第二のダイヤモンドは「解決空間(Solution Space)」の探求に焦点を当てます 5。その目的は、「正しい解決策を作る」ことです 4。明確に定義された課題に対し、多様な答えを生み出し、テストを通じて最適なものを選び抜きます。

この「まず問題を探求し、次に解決策を探求する」という構造的な分離こそが、ダブルダイヤモンドの核心的な価値提案です。

セクション2:プロセスの解剖学:4Dフェーズの戦術的ガイド

ダブルダイヤモンドの2つの菱形は、それぞれが発散と収束のフェーズを持ち、合計4つの明確な段階(”4D”)で構成されます。

2.1. Discover (発見) – 問題空間の発散

プロセスの最初の発散フェーズです。ここでは、提示された「課題」の枠を超え、ユーザー、市場、文脈を深く理解し、問題の全体像を把握することに専念します 4。目的は、「単に仮定するのではなく、理解する」ことです 3

  • 主要活動: 課題の影響を受ける人々と「話し、時間を過ごす」こと 6。先入観を捨て、あらゆるインサイトと可能性を広く収集します 12
  • 代表的手法: ユーザーリサーチ、エスノグラフィック(民族誌学的)観察、デプスインタビュー、データ分析 4

2.2. Define (定義) – 問題空間の収束

最初の収束フェーズです。Discoverフェーズで収集した膨大で雑多な情報を整理・分析し、解決すべき「真の課題」を明確に定義(define)します 4

  • 主要活動: 収集したインサイトに基づき、「課題を異なる方法で定義(リフレーム)する」こと 3
  • 代表的手法: インサイトの抽出、課題定義ステートメント(Problem Statement)の作成、仮説設定 4
  • ペルソナ (Persona): リサーチデータに基づき、ターゲットユーザーの具体的な人物像(動機、課題、目標)を定義します 13
  • カスタマージャーニーマップ (Customer Journey Map): ペルソナの行動、思考、感情を時系列で可視化します 14。特に「現状(As-Is)」のマップを作成することで、ユーザー体験のどこに課題(ペインポイント)が存在するかを特定し、チーム内で共通認識を形成します 13

このフェーズは、単なる情報のまとめではありません。この段階のアウトプット(例:デザインブリーフ 15)が、次の「開発」フェーズ全体の指針となります。企業環境において、このフェーズの終わりは、プロジェクトに予算とリソースを投下するか、あるいは廃棄するかを経営陣が判断する「企業の承認(Corporate Sign-off)」であり、プロジェクトの「正念場(make or break moment)」として機能します 7。したがって、Defineフェーズは、プロセス全体における最も重要な戦略的コントロールポイントです。

2.3. Develop (開発) – 解決空間の発散

第二のダイヤモンドの開始であり、解決策を探る発散フェーズです。Defineフェーズで明確になった「正しい問題」に対し、できるだけ多様な解決策のアイデアを創出します 4

  • 主要活動: 「外部からのインスピレーション」を積極的に求め、「多様な人々と共同デザイン(Co-design)する」ことが奨励されます 3
  • 代表的手法: ブレインストーミング 4、共同デザイン(Co-creation)セッション 3、アイデアスケッチ、ラピッドプロトタイピング 4

この段階でのプロトタイピングやテスト 4 は、アイデアを評価・検証するというよりも、アイデアを具体化し、ユーザーに触れてもらうことで、さらなるインサイトや新たなアイデアを引き出すための「探索的・生成的」な活動です 12

2.4. Deliver (提供) – 解決空間の収束

プロセスの最後の収束フェーズです。Developフェーズで生まれた多様な解決策のプロトタイプを評価し、最適なものを選定し、実装と提供(リリース)に向けて洗練させていきます 4

  • 主要活動: 「さまざまな解決策を小規模でテスト」し、「機能しないものを排除し、機能するものを改善する」という反復的な改善プロセスです 3
  • 代表的手法: ユーザビリティテスト 15、MVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)開発、A/Bテスト、リリース、リリース後の評価 4
  • ユーザビリティテスト: ユーザーに実際のプロトタイプやシステムを使ってもらい、思考発話法 16 などを用いてその行動や心理を観察し、具体的な課題を発見します 16

このフェーズでのテストは、Developフェーズとは異なり、ソリューションが定義された課題を正しく解決しているかを確かめるための「評価的・検証的」な活動となります。


表1:4Dフェーズの目的、主要活動、および代表的ツールのマトリクス

フェーズ (Phase)思考モード主要目的代表的な活動・手法の例
Discover (発見)発散 (Divergent)ユーザーや市場を理解し、課題の全体像を把握する。ユーザリサーチ、インタビュー、エスノグラフィック(観察)、データ分析 4
Define (定義)収束 (Convergent)収集した情報を整理し、真の課題を明確化する。インサイト抽出、課題定義、仮説設定 4、ペルソナ作成 13、As-Is カスタマージャーニーマップ作成 14
Develop (開発)発散 (Divergent)多様な解決策のアイデアを創出し、試作する。ブレインストーミング 4、共同デザイン 3、ラピッドプロトタイピング 4、探索的ユーザーテスト 4
Deliver (提供)収束 (Convergent)最適な解決策を選び、実装・提供する。MVP開発、ユーザビリティテスト 16、検証的テスト、リリース、評価 4

セクション3:実践における適応:詳細ケーススタディ分析

ダブルダイヤモンドモデルの真価は、その抽象的な単純さではなく、多様な組織の具体的なプロセスに組み込まれ、成果を上げた実績にあります。

3.1. ケーススタディ:LEGO – 厳格な製品開発への組み込み

LEGOは、デザインカウンシルがモデルを法典化する際に調査した、まさに「巨人の肩」の一つです 7。しかし、そのLEGOも2000年代初頭には経営的困難に直面していました。原因は皮肉なことに、「過度な創造的自由」が商業的に成功しない製品を乱発し、サプライチェーンの複雑性を増大させた(部品点数が14,000点を超えた)ことでした 18

この課題に対処するため、LEGOは「Design for Business (D4B)」と呼ばれる独自のイノベーションプロセスを導入しました 18。D4Bの目的は、デザイン活動が「実際のビジネスケースに裏打ちされる」ことを保証し、開発サイクルを短縮することでした 18

D4Bの核心は、「ダブルダイヤモンドモデルの特定の応用」です 19。以下の表2は、抽象的な4Dフェーズが、LEGOの厳格な「ゲート式」開発プロセス(P0〜P3)にどのようにマッピングされたかを示しています 19


表2:ケーススタディ:LEGO D4Bプロセスとダブルダイヤモンドのマッピング

ダブルダイヤモンドのフェーズLEGOのD4BフェーズD4Bにおける主要活動とビジネス上の意味
Discover (発見)P0 (Portfolio kick-off)ポートフォリオ全体のビジネス目標を発見する。「解決すべき重要な課題は何か?」を問う。(約2〜3ヶ月)
Define (定義)P1 (Opportunity freeze)開発すべきソリューションを決定する。顧客インサイトに基づき、新製品の要件を定義する。
Develop (開発)P2 (Concept freeze)新コンセプトがビジネス全体にどう適合するかを決定する。プロトタイプ作成と収益性分析、市場分析を実施する。
Deliver (提供)P3 (Portfolio freeze)どのアイデアをプロジェクトとして進めるか最終決定する。完全なビジネスケースを経営陣に提示し、承認を得る。

このマッピングが示すように、LEGOはダブルダイヤモンドの抽象的な思考プロセスを、自社の具体的な「経営管理(ガバナンス)」——すなわち、ポートフォリオ管理、収益性分析、経営承認(ゲート)——と不可分に結合させました。モデル単体ではなく、この「運用モデルへの翻訳」こそが、LEGOの成功の鍵です。

3.2. ケーススタディ:英国政府デジタルサービス (GDS) – 公共サービスへの適応

ダブルダイヤモンドの適用範囲は、物理的な「製品」に留まりません。英国の政府デジタルサービス(GDS)は、公共サービスの設計とデジタル変革において、このモデルの思考を強力に活用しています 22

GDSは、プロセスを「Discovery(発見)」「Alpha(アルファ)」「Beta(ベータ)」という独自のフェーズで呼んでいます 22。これはダブルダイヤモンド(DD)の思考フローと密接に対応しています。

  • GDS Discovery フェーズ: DDの「Discover」と「Define」(第一のダイヤモンド)に相当します。GDSのサービス設計原則の筆頭が「ユーザーニーズを理解する」ことである 23 に象徴されるように、徹底的に「正しい問題」を探求します。
  • GDS Alpha / Beta フェーズ: DDの「Develop」と「Deliver」(第二のダイヤモンド)に相当します。Alphaで複数のプロトタイプ(解決策)を迅速に構築・テストし、Betaで最も有望なものを実際のユーザー(市民およびサービスの提供者である公務員 25)と反復的にテストし、改善を続けます 22

GDSの事例は、このモデルが複雑でステークホルダーの多い「公共サービス」の設計においても、強力な指針となり得ることを世界に証明しました。

3.3. その他の適用事例

モデルの適応は、これら2つの著名な事例に留まりません。Mastercard 26 やコカ・コーラ 27 といったグローバル企業が、サービス再設計や従業員体験(HRサービス)の向上のために活用しています。また、セルビア 26 やデンマーク 28 の自治体など、世界中の公共セクターが、市民中心のサービス革新のフレームワークとして採用しています。

しかし、これらの適応が常に成功するとは限りません。デンマークの自治体の事例では、コンサルタントがDDプロセスを導入しようとしたものの、職員が「ペンと紙でアイデアを表現することに慣れていなかった」ため、プロセスが定着しなかったと報告されています 28。この失敗事例は、モデルの導入が単なるプロセスのインストールではなく、組織文化の変革を伴う必要があるという重要な教訓を示しています。

セクション4:モデルの kritik(批判的検証):構造的限界と実務的課題

ダブルダイヤモンドは強力なツールですが、万能ではなく、その単純化された構造ゆえの重大な限界と実務的な課題を抱えています。

4.1. 「線形(リニア)」という最大の誤解:反復性の欠如

モデルが「グラフィック上の便宜」として採用した「対称的な単純さ」 8 は、その最大の弱点にもなりました。図表が左から右へ進むため、これが一方通行の「線形(リニア)なプロセス」であるという強力な誤解を生み出しました 29

しかし、実際のデザインプロセスは本質的に「反復的(イテレーティブ)」です 12。優れた実践は、フェーズ間を「行ったり来たりする対話」を伴います 31。例えば、Develop(開発)の途中で得た新たなインサイトに基づき、Define(定義)に戻って課題設定を修正したり、時にはDiscover(発見)フェーズにまで戻って前提を問い直したりすることは、失敗ではなく、プロセスが正しく機能している証拠です 6

この誤解があまりに広まったため、デザインカウンシルは後に、フェーズ間を戻る矢印を追加した「Double Diamond 2.0」(Framework for Innovation)をリリースし、反復性を明示的に図に加える修正を行いました 29

4.2. 欠落した要素:思考の「質」と「現実」

クラシックなモデルには、イノベーションに不可欠な要素が欠落しているという批判があります。

  • アブダクティブ・リーズニングの欠如: モデルは思考を「発散」と「収束」の2種類に単純化しすぎています 31。しかし、デザイン(特にイノベーション)の強みは、不完全な情報(データ)から最良の仮説(解決策)へと創造的に跳躍する**「アブダクティブ・リーズニング(仮説形成)」**にあります。モデルはこの思考の「質」について言及しておらず、特に前例のない「厄介な問題(Wicked Problems)」を扱う上では不十分であると指摘されています 31
  • 技術的実現可能性(Feasibility)の無視: モデルは「ユーザー中心」であることに重きを置くあまり、その解決策が「技術的に実現可能か」という視点をプロセスに組み込んでいません 34。その結果、デザイナーは「全てのベルとホイッスル(無駄な高機能)を備えたユートピア的な未来状態」を描きがちです 34。しかし、実装段階になって初めてエンジニアに提示されると、そのアイデアの「75%はカスタムビルドが必要で高すぎる」ことが判明し、結局は標準的なUIに落ち着く、という事態が発生します。これは、デザインチームと開発チームの間に「巨大な断絶(massive disconnect)」を生み、何週間も「光の当たることのないアイデア」に浪費する非効率の原因となります 34

4.3. 実装のジレンマ:「問題空間」と「解決空間」の誤った二分法

前述の「75%のアイデアが破棄される」という実務的な破綻は、なぜ起きるのでしょうか。その根本原因は、モデルが「問題空間(Diamond 1)」と「解決空間(Diamond 2)」を別々のものとして扱う「二元論的な仮定」に基づいているという、より深刻な哲学的欠陥にあると指摘されています 5

現実のプロセスにおいて、問題と解決策は不可分です。多くの場合、「解決策に取り組むこと(=Diamond 2)によってのみ発見できる問題の側面(=Diamond 1)」が多数存在します 5

しかし、モデルの構造は「まず問題を完璧に定義し、次に解決策をデザインする」という順序を促します。さらに、デザインプロセスにおける「Deliver(提供)」とは、多くの場合、「完成品をユーザーに届ける」ことではなく、「実装担当のプログラマーに高忠実度のモックアップを渡す」ことを意味します 5

この「問題/解決」の分離と「Deliver」の曖昧さが組み合わさることで、デザイナーから開発者へ一方的に仕様が渡される「デッドドロップ・ハンドオフ」が発生します 5。これが、34で語られた「実装段階での75%のアイデアの破棄」という悲劇の直接的な構造的原因です。

モデルの提唱者自身も、2005年当時の物理的な製品開発(例:LEGO)をベースにしたこのモデルが、「高速なデジタルデザインの台頭」によって「息切れ(short of breath)」していることを、2023年になって認めています 29

セクション5:進化するフレームワーク:デザインカウンシルによる拡張と現場の適応

セクション4で露呈した重大な欠陥——「線形性の誤解」「ビジネス・技術的視点の欠如」——に対応するため、モデルは提唱者であるデザインカウンシル自身と、現場の実践者の両方によって、過去20年間で劇的に進化しました。

5.1. 公式の進化①:Framework for Innovation (FoI)

デザインカウンシルは、クラシックなDDの課題に対応するため、モデルを拡張し「Framework for Innovation (FoI)」として再定義しました 3。これは実質的な「Double Diamond 2.0」です 29

FoIは、単なる「プロセス」図だったDDを、イノベーションのための包括的なフレームワークへと昇華させました。これは以下の4つの統合要素で構成されます 3:

  1. プロセス (Process): 中核となるダブルダイヤモンド(4D)。反復性を強調するために、フェーズを戻る矢印が明示的に追加されました 6
  2. デザイン原則 (Principles): プロセスを支える4つの核となる原則。「①人を中心に考える (Put people first)」「②視覚的かつ包括的に伝達する (Communicate visually)」「③協働と共創 (Collaborate and co-create)」「④反復、反復、反復 (Iterate, iterate, iterate)」 3
  3. 手法バンク (Methods): 各フェーズで使える具体的なデザイン手法のポートフォリオ 3
  4. 成功の文化 (Culture): 最も重要な追加要素。プロセスや原則が機能するために必要な組織文化(リーダーシップ、エンゲージメント、関係構築)の重要性を明記しました 3

このFoIへの進化は、28のデンマーク自治体の失敗事例(文化が追いつかなかった)に対する、デザインカウンシル自身からの公式な「答え」と言えます。


表3:モデルの進化:ダブルダイヤモンド(2005) vs. Framework for Innovation (FoI)

比較項目クラシック・ダブルダイヤモンド (c. 2005)Framework for Innovation (FoI) (c. 2015-現在)
主要コンポーネント4つのフェーズ(4D)からなる「プロセス」 6「プロセス」「原則」「手法」「文化」の4要素 3
反復性 (Iteration)暗黙的。しかし図表は線形と誤解された 30明示的。「Iterate, iterate, iterate」を原則の一つとし 3、図表にも反復の矢印が追加された 6
人間中心 (People-Centred)暗黙的(Discoverフェーズなど) 6明示的。原則の筆頭に「Put people first」を掲げる 3
焦点デザイン「プロセス」の視覚化と管理 6デザイン思考を組織に実装し、ポジティブな変化を生み出すための「包括的フレームワーク」 3

5.2. 公式の進化②:Systemic Design Framework (SDF)

FoIのさらなる進化形として、デザインカウンシルは「Systemic Design Framework (SDF)」を開発しました 35。これは、従来の「製品」や「サービス」といった個別の問題解決(FoIで対応可能)を超えて、気候変動、公衆衛生、社会福祉といった、より**「複雑な社会システム」**の変革(System-Shifting Design 35)に取り組むために設計されています 36

SDFはDDとFoIの「グローバルな成功の上に構築」されており 35、「発散と収束」という核となる前提は維持しつつ 36、それが複雑な課題においては「線形ではない」ことを明確に認識しています 36。また、デザインの焦点が「人中心(People-centred)」から「地球中心(Planet-centred)」へと拡大していることを示しています 37

5.3. 現場からの進化:「トリプルダイヤモンド」

デザインカウンシルの公式な進化が「社会・システム変革」というマクロな方向に向かう一方で、セクション4.2で指摘された「ビジネス・技術的視点の欠如」というミクロな課題を解決するため、現場の実践者たちによって「トリプルダイヤモンド(Triple Diamond)」という非公式な適応が生まれました 38

このモデルは、クラシックなDDのに、第3のダイヤモンドを追加します 38。この最初のダイヤモンドは、DDの「Discover(何が問題か?)」のに、「Opportunity(機会)」と「Strategy(戦略)」を探求します 38

このアプローチは、イノベーションに必要な3つの視点、すなわち**「Desirability(ユーザーの欲求)」(DDの守備範囲)、「Viability(ビジネス上の実行可能性)」「Feasibility(技術上の実現可能性)」** 39 を、プロセスの上流で明確に検討することを目的としています。これは、34の「技術的に75%が破棄される」という問題を、根本的に解決しようとする極めて実務的な試みです 39

この二つの異なる進化の方向性——すなわち、デザインカウンシル公式の「社会変革」への志向と、現場の「ビジネス・技術統合」への志向——は、現代のデザイン思考が持つ二面性を象徴しています。

セクション6:比較分析:デザイン思考モデルのランドスケープ

ダブルダイヤモンドは、デザイン思考を実装するための唯一のモデルではありません。他の主要モデルと比較することで、その戦略的な位置づけが明確になります。

6.1. ダブルダイヤモンド vs. Stanford d.school

Stanford d.schoolのモデルは、「Empathize(共感)」「Define(定義)」「Ideate(創造)」「Prototype(試作)」「Test(テスト)」の5段階で有名です 43。両者は密接に対応しており(例:Discover ≒ Empathize 45, Deliver ≒ Test 45)、デザイン思考の核となるDNAを共有しています 2

主な相違点は、d.schoolモデルがプロセスの開始点として**「共感(Empathy)」**という感情的・人間的な側面を明示的に、かつ最重要に掲げている点です 44。また、「迅速なプロトタイピング」による学習を強力に推進します 46

6.2. ダブルダイヤモンド vs. IDEO

デザインコンサルタント会社IDEOは、よりシンプルな「Inspiration(着想)」「Ideation(発想)」「Implementation(実行)」の「3Iモデル」を提唱しています 45。これもDDとマッピング可能(例:Inspiration ≒ Diamond 1) 45 ですが、IDEOのモデルは「反復的な改良と学習」のサイクルを重視し、柔軟な適応性を特徴とします 46

6.3. 各モデルの戦略的ポジショニング

すべてのモデルが類似した原則を共有する中で、ダブルダイヤモンドが持つ独自の強みは、その視覚的な構造、すなわち**「問題空間(Diamond 1)」と「解決空間(Diamond 2)」を明確に分離**して提示する点にあります 5

この「分離」は、セクション4.3で批判されたように哲学的欠陥をはらむ一方で、計り知れない実践的な利点をもたらします。それは、「解決策(Diamond 2)に飛びつく前に、まず『正しい問題』の定義(Diamond 1)に十分な時間を費やす」ことの重要性を、非デザイナーを含むチームやステークホルダーに視覚的に強制的に意識させる能力です 9

この観点からモデルを比較すると、d.schoolのモデルが「次に何をすべきか」を示す**「戦術的ワークフロー」としての側面が強いのに対し、ダブルダイヤモンドは「今、どの思考フェーズにいるべきか」を俯瞰する「戦略的マップ」**としての側面が強いと言えます。これは、モデルが「デザイン経営(Management)」6 の文脈から生まれたことと密接に関連しています。


表4:主要デザイン思考モデルの比較分析

比較項目デザインカウンシル・ダブルダイヤモンドStanford d.school モデルIDEO 3I モデル
主要ステージ4段階: Discover, Define, Develop, Deliver 65段階: Empathize, Define, Ideate, Prototype, Test 433段階: Inspiration, Ideation, Implementation 45
核となる哲学2つの思考モード(発散・収束)の反復 2人間への深い「共感」から始める 44反復的な学習と柔軟な適応 46
独自の強み「問題空間」と「解決空間」の明確な視覚的分離 10。プロセス管理とステークホルダーへの説明に優れる 8**「共感(Empathy)」**をプロセスとマインドセットの起点として明示している点 46ビジネスの文脈(着想→実行)に沿ったシンプルな3段階で、反復サイクルを回しやすい 46
問題空間の扱い「第一のダイヤモンド」として独立させ、その重要性を構造的に強調している 5「Empathize」と「Define」フェーズが担当。特に「Empathize」で深く掘り下げる 44「Inspiration」フェーズの一部として扱われる 45

セクション7:総括と戦略的提言

本分析は、ダブルダイヤモンドモデルが、その提唱から約20年を経てなお、デザイン思考の「核心」と呼ばれる理由を明らかにしてきました。それは、モデルが完璧だからではなく、その構造がイノベーションの根本的な課題を浮き彫りにし、進化を続けてきたからです。

7.1. ダブルダイヤモンドの「核心的」価値の再定義

ダブルダイヤモンドの真の、そして永続的な価値は、厳格なプロセスを規定する**「方法論(Methodology)」としてではなく、複雑なイノベーションプロセスに関わる多様な人々の思考をガイドし、足並みを揃えるための「認知的な足場(Cognitive Scaffold)」および「コミュニケーションツール」**として存在します 3

その最大の功績は、「問題空間」と「解決空間」を視覚的に分離したこと 5 により、「解決策に飛びつく」という人間の性急なバイアスを抑制し、「我々は今、正しい問題を定義しているのか?」という、イノベーションにおいて最も重要な問いを、組織が自問するための「共通言語」を提供した点にあります 1

7.2. 現代のイノベーションにおける戦略的提言

このモデルを現代の組織で効果的に活用するため、以下の戦略的提言を行います。

  1. ナイーブな適用を避けよ:「反復性」の担保
    2005年のクラシックモデルを、図表通りに「線形」に適用してはなりません 30。プロセスは本質的に「反復的」であると理解し、FoIの原則「Iterate, iterate, iterate」 3 に従って、フェーズ間の「戻り」を失敗としてではなく、学習として積極的に計画に組み込むべきです。
  2. モデルの「欠陥」を認識し、他で補完せよ:「トリプルダイヤモンド」的思考の導入
    クラシックモデルは「技術的実現可能性(Feasibility)」と「ビジネス上の実行可能性(Viability)」を意図的に欠落させています 34。この欠陥を補うため、「トリプルダイヤモンド」 38 の思考を導入すべきです。すなわち、プロセスの全フェーズにおいて、「このアイデアは(ユーザーに)望ましいか?(Desirable)」「(技術的に)実現可能か?(Feasible)」「(ビジネスとして)持続可能か?(Viable)」 39 という3つの問いを常に発し続ける必要があります。具体的には、「デッドドロップ・ハンドオフ」 5 を防ぐため、「Discover」フェーズからエンジニアとビジネス担当者を巻き込むことが不可欠です 42。
  3. プロセス(図)ではなく、フレームワーク(全体)を導入せよ:FoIの完全な採用
    28のデンマークの失敗事例が示すように、「プロセス」だけを導入しても、「文化」が伴わなければデザインは定着しません。成功確率を高めるには、デザインカウンシルの「Framework for Innovation」 3 を包括的に採用すべきです。4Dの「プロセス」だけでなく、4つの「デザイン原則」(人中心、視覚化、協働、反復)をチームの行動規範とし、「リーダーシップ」と「エンゲージメント」によってそれを支える「文化」を醸成することが、プロセスの実行以上に重要です。
  4. 課題の「スケール」に応じてモデルを使い分けよ:FoI vs. SDF
    モデルは万能ではありません。解決したい課題のスケールに応じて、適切なフレームワークを選択すべきです。「新製品」や「既存サービス」の改善であれば、Framework for Innovation (FoI) 3 が適しています。一方で、「公共政策」「気候変動」「地域の貧困」といった、複数のステークホルダーが複雑に絡み合う「社会システム」の変革であれば、その目的のために設計されたSystemic Design Framework (SDF) 35 を採用すべきです。

引用文献

  1. デザイン思考における「ダブルダイヤモンドモデル」とはどのような概念か – talental(タレンタル) https://talental.jp/media/2024/11/13/double-diamond/
  2. デザイン思考とは何か?基礎から進化形まで徹底解説 – BOEL Inc. https://www.boel.co.jp/insights/vol181/
  3. Framework for Innovation – Design Council https://www.designcouncil.org.uk/our-resources/framework-for-innovation/
  4. ダブルダイヤモンドによる思考方法 – Zenn https://zenn.dev/fukke/scraps/fa0bf93c97a6c3
  5. The Problem with the Double Diamond | Bootcamp – Medium https://medium.com/design-bootcamp/the-problem-with-the-double-diamond-57ab03719ce0
  6. The Double Diamond – Design Council https://www.designcouncil.org.uk/our-resources/the-double-diamond/
  7. Double Diamond Model: what is it? – Justinmind https://www.justinmind.com/blog/double-diamond-model-what-is-should-you-use/
  8. History of the Double Diamond – Design Council https://www.designcouncil.org.uk/our-resources/the-double-diamond/history-of-the-double-diamond/
  9. The Double Diamond design process, explained step-by step | Discover, define, develop & deliver — BiteSize Learning https://www.bitesizelearning.co.uk/resources/double-diamond-design-process-explained
  10. Design Thinking Models and Processes – Intrapreneur.Tools https://www.intrapreneur.tools/design-thinking-models-and-processes/
  11. DOUBLE DIAMOND – CORSHIP.eu https://corship.eu/double-diamond/
  12. UXデザインのフレームワーク、ダブルダイヤモンドモデルとは?|江渕大樹 | Hiroki Ebuchi – note https://note.com/versaroc_ebuchi/n/n1edb00e27c26
  13. ペルソナの活用方法の決定版!作成から活用方法、活用事例までを徹底解説。 https://mimorenko.net/media/archives/74
  14. カスタマージャーニーマップとは?作り方や活用方法を分かりやすく解説! | 株式会社ニジボックス https://blog.nijibox.jp/article/customer-journey-map/
  15. ダブルダイヤモンド – 製品デザインのベストなフレームワーク – UXPin https://www.uxpin.com/studio/jp/blog-jp/double-diamond-design-process-ja/
  16. ユーザビリティテストとは?基礎知識や準備の7ステップを分かりやすく解説 | 株式会社ニジボックス https://blog.nijibox.jp/article/usability_test1/
  17. Managing design in eleven global brands | PDF – Slideshare https://www.slideshare.net/slideshow/managing-design-in-eleven-global-brands/92892939
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