認知心理学と認知言語学

認知心理学と認知言語学の比較分析 — 思想的基盤、方法論、そして「言語」の位置づけを巡る差異

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序論:共有される「認知」の看板と、その下の異なる設計図

認知心理学(Cognitive Psychology: CP)と認知言語学(Cognitive Linguistics: CL)は、ともに「認知(Cognition)」、すなわち人間の知的活動の根幹を成す「心」の働きを解明するという共通の目標を掲げている。両者は1950年代から70年代にかけての「認知革命」という大きな知的潮流の中で、従来の行動主義や構造主義言語学の限界を超える形で登場した。

しかし、この共有された出発点にもかかわらず、両分野が「認知」という対象にアプローチする際の哲学的基盤理論的枠組み、そして研究方法論は根本的に異なる。両者の違いは、単に認知心理学が「心全般」を扱い、認知言語学がその中の「言語」に特化しているというような、研究対象の範囲の大小の問題ではない

本レポートの目的は、この二つの学問分野の間に横たわる、しばしば見過ごされがちな深い溝—すなわち、「言語」を心の設計図の中でどこに位置づけるかという根本的な問い—を明らかにすることにある。認知心理学が伝統的に言語を「情報処理の独立モジュール」の一つとして捉える 1 のに対し、認知言語学は言語を「身体経験に根差した一般認知能力の反映」そのものとして 2 捉える。

この核心的な対立が、両分野の歴史的経緯、理論的メタファー(コンピュータ vs. 身体)、そして研究の「作法」(統制された実験 vs. 現実のテクスト分析)に至るまで、いかに連鎖的に差異を生み出しているかを、以下の章で詳細に論証していく。

第1部:成立の経緯 — それぞれが戦った「仮想敵」

両分野の現在の姿は、それぞれが何を批判し、何に異議を唱える形で成立したかという歴史的文脈によって色濃く規定されている。興味深いことに、両者の「仮想敵」は異なっており、この非対称性が両者の思想的基盤の差異を理解する鍵となる。

この非対称性は、両者が「認知革命」の潮流に属しながらも、その革命の「世代」が異なることに起因する。認知心理学(CP)は、行動主義という「心の研究」そのものを否定する外部の勢力と戦った第一世代である。彼らの使命は、「心」を科学的研究の対象として再び確立することであった。一方、認知言語学(CL)は、認知革命の「第一世代」の内部、特にその中心的パラダイムを築いたチョムスキーの理論(生成文法)—すなわち、心の研究が確立されたの内部対立—から生まれた**第二世代(あるいは反主流派)**である。

この「仮想敵」の世代的差異が、CPを「心のプロセス一般を扱う情報処理科学」として、CLを「主流派(生成文法)の『意味』や『身体』の軽視を批判する言語学内部の運動」として発展させるという、現在の非対称な関係性を生み出したのである。

1.1. 認知心理学の誕生:行動主義の「ブラックボックス」を開く

20世紀半ばまで、心理学の主流であった行動主義は、「観測可能な刺激(Stimulus)と反応(Response)の関係」のみを科学的対象とみなし、その間の「心(Mind)」の内的プロセスを「ブラックボックス」として研究対象から除外した。このパラダイムにおいて、心や意識といった内的なプロセスについて語ることは非科学的であるとされた。

1950年代、情報理論とコンピュータ科学の勃興は、このブラックボックスを開くための強力な理論的武器を提供した。認知心理学は、「人間の心」を「コンピュータのような情報処理システム」として捉え直すという画期的なパラダイムシフト(コンピュータ・メタファー)を導入した 3。この視点では、心とは、外部から情報(入力)を受け取り、それを内部のプログラム(アルゴリズム)に従って処理し、結果(出力)を生み出すシステムである 4

このメタファーに基づき、CPは人間の認知活動(知覚、注意、記憶、思考、そして言語)を、情報が入力され、貯蔵され、処理され、出力される一連のプロセスとしてモデル化・測定しようと試みた 5。CPの最優先課題は、「心は研究可能であり、それは情報処理システムである」というパラダイム自体を確立することであった。このため、CPはコンピュータ・メタファーと、客観的・定量的な測定を可能にする「実験心理学」の手法 5 を強く志向した。

この文脈において、「言語」はCPの関心事の一つではあったが、中心ではなかった。言語は、記憶や注意と並ぶ、情報処理の一側面、あるいは一つの機能モジュールとして 1、その処理プロセス(例:文の構文解析速度、単語の記憶保持時間)の解明が目指された。

1.2. 認知言語学の誕生:生成文法の「合理主義」への異議

認知言語学(CL)の成立は、CPとは異なり、心理学内部からではなく、言語学内部、特に「認知革命」のもう一方の旗手であったノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)の生成文法理論への批判から始まった。

チョムスキーの生成文法は、行動主義の言語観(言語=習慣の束)を打破し、「心」に生得的な言語能力を仮定した点でCPと軌を一にする「認知革命」の推進力であった。しかし、CLが批判したのは、その生成文法が提示した「心と言語」のモデルそのものであった。

生成文法の核心的主張(CLが批判した点):

  1. 言語の自律性: 言語能力(特に文法)は、記憶や推論といった他の認知能力から独立した、固有の(sui generis)システムである。
  2. 形式主義: 言語の構造(統語論)は、意味や文脈、使用から切り離して、形式的(アルゴリズム的)に記述されるべきである。
  3. モジュール性: 言語能力は、生得的に備わった「言語獲得装置(LAD)」という独立した心のモジュールである 1

CLの創始者たち(例:George Lakoff, Ronald Langacker, Charles Fillmore)は、この「形式の自律性」と「意味の軽視」を根本から否定した。Lakoff & Johnsonは、チョムスキーの合理主義を「仮想の敵」とし、言語研究の重心を哲学から言語学に移す力があったと評価されている 7。CLは、言語は自律しておらず、人間の身体経験一般的な認知能力に深く根差し、それを反映したものであると主張した 2

この批判の核心的証拠として提示されたのが「概念メタファー」の研究である 7。例えば、「議論(ARGUMENT)」という抽象的な概念を理解する際、我々は「議論は旅である(ARGUMENT IS JOURNEY)」、「議論は容器である(ARGUMENT IS CONTAINER)」、「議論は建築物である(ARGUMENT IS BUILDING)」といった、より具体的な身体経験に基づく概念領域(旅、容器、建築物)を用いる 7

これらのメタファーは、単なる修辞(レトリック)ではなく、人間が「具体的な身体経験(起点領域)」7 を通じて「抽象的な概念(目標領域)」を理解する 7 という、認知の根本的メカニズムを反映していると論じられた。CLの課題は、CPのように科学的パラダイムを確立することではなく、すでに確立されたパラダイム内部の主流理論(チョムスキーの合理主義・形式主義)を覆すことであった。

第2部:理論的基盤の根本的対立 —「モジュール」か「身体」か

認知心理学(CP)と認知言語学(CL)の最大の分岐点は、心のアーキテクチャ、特に「言語」の位置づけに関する根本的な見解の違いにある。この対立は、単なる理論の違いではなく、世界を理解するための根本的な「比喩(メタファー)」そのものの対立である。

CPが採用する「コンピュータ・メタファー」4 は、心をハードウェア(脳)とソフトウェア(認知プロセス)に分離可能なものとして捉える。これは、身体から切り離された純粋な「精神」を想定する、デカルト的な心身二元論の現代版とも言える。この前提に立つ限り、研究対象は、身体というハードウェアの個別具体的な制約に依存しない、普遍的な「情報処理アルゴリズム」となる 4

一方で、CLが採用する「身体性(Embodied Cognition)」7 は、この心身の分離を真っ向から否定する。心(認知)は、抽象的なソフトウェアではなく、ハードウェア(身体)の構造、制約、そしてその身体が環境と相互作用した経験によって形成されると主張する。心と身体は不可分であり、認知(ソフトウェア)は身体(ハードウェア)に深く根ざしている(Grounded)のである。

この根本的なメタファーの対立が、言語へのアプローチを決定的に分ける。CPにとって言語は、抽象的な記号を処理する「ソフトウェア・モジュール」1 の一つである。CLにとって言語は、身体が世界とインタラクションした「経験そのもの」の貯蔵庫であり、その反映 2 なのである。

2.1. 認知心理学:「言語モジュール」と情報処理

CPの主流派(特に生成文法の影響を受けた言語処理研究)では、心は特定の機能に特化した、独立した「モジュール」の集合体として構成されていると考える 1。モジュールとは、機構を構成する上で基本となる独立した構成要素を指す 1

この観点では、心におけるモジュール(例:記憶、言語)は、生得的(生まれつき備わっている)で、各々が独自の神経機構を持ち 1、他のモジュールからの影響を(ある程度)受けずに自動的に作動するとされる。

この前提に立つと、CPにおける言語研究の目的は、この「言語モジュール」の内部構造情報処理プロセスを解明することになる。例えば、以下のような問いが立てられる。

  • 文法的な処理(統語解析)は、意味的な処理とどの段階で統合されるのか?
  • 曖昧な文を解釈する際、人間の構文解析器(パーサー)はどのようなアルゴリズムで動作するのか?
  • ワーキングメモリ(短期記憶)の容量は、文の理解速度にどう影響するか?

CPの関心は、言語が何を意味するか(意味論)や、なぜその形式なのか(CLの関心)よりも、言語情報がいかに効率的に、どのような時間経過で処理されるか(プロセス)に置かれる傾向が強い。

2.2. 認知言語学:「一般認知能力」と「身体性」

CLは、CPや生成文法が仮定する「言語モジュールの存在」を明確に否定する。CLの基本的なテーゼは「言語は認知を映し出す」2 という言葉に集約されるように、言語能力と言語以外の認知能力を一体化して捉える 2

CLの主張によれば、言語能力とは、注意、記憶、推論、カテゴリー化といった、人間の持つ一般的な認知能力が、言語という特定のタスクに応用されたものに過ぎない。言語が複雑に見えるのは、言語が独立して高度なモジュールを形成しているからではなく、我々の一般認知能力がそれだけ高度であるからだ、と考える。

この理論的基盤を支える二本の柱が「身体化された認知(Embodied Cognition)」と、そこから派生する理論である。

2.2.1. 理論的支柱:「身体化された認知(Embodied Cognition)」

CLの理論的基盤は、認知は抽象的な記号処理ではなく、我々の身体的な経験(空間を移動する、物を持つ、見る、聞く)に深く根ざしている(=Grounded)という「身体性」の考え方である 7。我々の思考体系そのものが、身体経験によって形作られていると主張する。

2.2.2. 核心理論:「概念メタファー理論 (CMT)」

この身体性の主張を最も明確に示すのが、Lakoff & Johnsonによって提唱された概念メタファー理論(CMT)である 8。CMTによれば、我々の思考体系の多くは、より具体的な経験領域(ソースドメイン)から、より抽象的な領域(ターゲットドメイン)への体系的な写像(マッピング)に基づいている 8

  • 事例1:議論メタファー 7
  • 前述の通り、「議論」という抽象的な概念(目標領域)は、それ自体では捉えどころがない。
  • 我々は、「議論は旅である」(例:「彼の議論は行き詰まった」「回り道をしたが結論に達した」)や、「議論は建築物である」(例:「議論の土台が揺らいでいる」「論理積み上げる」)といった、具体的な身体経験(起点領域)を用いて「議論」を概念化する。
  • どのメタファーを用いるか(旅、容器、建築物)は、「議論」のどの側面を際立たせたいかによって選択される 7
  • 事例2:時間メタファー 7
  • 「時間」という最も抽象的な概念の一つもまた、具体的な「空間」という身体経験によって理解されている。
  • 日本語の「前」「後」「先」は、空間から時間へ写像された時間メタファーである 7
  • 「郵便局のに自転車が止まっている」(空間的な意味)という身体的・空間的経験が、「締め切りのに提出する」(時間的な意味)という抽象的な時間概念の理解を可能にしている。
  • 事例3:アイマラ語の時間メタファー 7
  • CLの身体性・経験基盤説を強力に裏付けるのが、文化や経験による概念化の多様性である。
  • 南米のアイマラ語では、西洋(や日本語)の「未来は前、過去は後ろ」というメタファーとは異なり、「過去を主体の前方に、未来を後方に」おく言語化を行う。
  • これは、CPが目指すような普遍的な情報処理アルゴリズムとは対照的に、「既に行ったこと(過去)は自分の前に見える(既知)」「まだ行っていないこと(未来)は背後にあり見えない(未知)」という、極めて具体的な**身体的経験(視覚)**が概念化の基盤となっていることを示唆している 7

2.2.3. 基盤的図式:「イメージ・スキーマ (Image Schema)」

イメージ・スキーマとは、日常の身体的経験(例:「容器」への出入り、「道」の移動、「上下」の感覚)から抽出される、非常に抽象的・一般的な認知図式である 2。CLは、これらのスキーマが、文法(例:前置詞 “in” や “on” の使い分けの根底にある「容器」や「表面」のスキーマ)や語彙の根底にあると主張する。

第3部:研究方法論の作法 —「実験室」か「テクスト」か

第2部で論じた理論的基盤の根本的な差異—CPの「モジュール性・コンピュータ・メタファー」とCLの「反モジュール性・身体性」—は、必然的に「何をデータとし、どう分析するか」という研究方法論の差異へと直結する。

両者の方法論の違いは、単なる「好み」や「学問的伝統」ではなく、それぞれの理論的パラダイムが要求する論理的な帰結である。

CPの理論(モジュール性、情報処理)は、「言語モジュールを他の認知から分離・独立させて観測したい」という要求を生む 1。この要求を満たすためには、他の変数(文脈、個人の経験、記憶の曖E]さなど)を厳密に統制(排除)できる環境が必要となる。その唯一の方法が、統制された「実験室での心理実験」である 5。CPの観点からすれば、CLが分析対象とする現実の言語使用(コーパス)は、「ノイズ」が多すぎて、純粋な「処理プロセス」の測定には不向きである。

一方で、CLの理論(反モジュール性、身体性)は、「言語は一般認知と不可分であり、現実の経験が意味を構築する」と主張する 2。この主張にとって、CPが「ノイズ」として排除する文脈、経験、身体性 7 こそが、研究すべき中心的なデータである。したがって、CLは、CPの実験室のような「生態学的妥当性(Ecological Validity)」(=現実の状況をどれだけ反映しているか)の低い環境を避け、現実の言語使用(コーパス)9 や、その言語使用者が持つ直観(内省)9 を主要なデータソースとせざるを得ない。

このように、CPの実験は「文脈を排除する」ことを目指し、CLの分析は「文脈(身体経験や使用実態)を解明する」ことを目指す。両者の方法論は、その目的において正反対である。

3.1. 認知心理学の主戦場:統制された心理実験

CPは、その成立時から 5 現在に至るまで、基本的に実験心理学の一分野である。その研究プロセスは厳密に手順化されている。

典型的な研究手法: 6

  1. 仮説設定: 理論(例:情報処理モデル)に基づき、検証可能な仮説(例:文Aは文Bより処理に時間がかかる)を立てる。
  2. 実験デザイン: 「注意」や「記憶」など、人間の情報処理に着目したテーマ 6 に沿って、刺激(単語、文、画像)を統制する。独立変数(例:文の統語的複雑さ)が従属変数(例:反応時間、正答率)に与える影響を測定できるよう設計する。
  3. データ収集: 学生自身が実験参加者を募集し、個人情報の取り扱いや実験教示の方法を学びつつ 6、統制された環境(実験室)で、コンピュータなど 6 を用いたタスク(例:文の正誤判断、単語の記憶再生)を行わせ、データを収集する。
  4. 統計分析: 収集した定量的データを、Excelや専門的な統計ソフト(例:SPSS)6 を活用して分析する。データの読み解きには専門知識が必要であり、分析によって仮説が統計的に支持されるか(有意差があるか)を検定する 6
  5. 考察と発表: 分析結果をもとに、自分たちの仮説が正しかったのかをグループで考察し、研究成果をまとめる 6。その内容を研究発表会でプレゼンテーションし 6、レポートを作成する。

CPが重視するのは、再現性、客観性、統計的有意性、そして「内的妥当性」(=他の要因を排除し、狙った心的プロセスを測定できていること)である。

3.2. 認知言語学の伝統的アプローチ:内省とコーパス分析

CLは、CP的な実験手法が「文脈」や「意味」といった言語の本質的な側面を削ぎ落としてしまうと懐疑的であった。そのため、CLは言語学の伝統的な手法を発展させる形で、独自の方法論を確立してきた。

CLの伝統的な「三本柱」は、内省、コーパス、そして(近年加わった)実験である 9

  1. 内省(Introspection)と自作例: 10
  • 研究者(あるいは話者)自身の言語的直観(「この文は自然か、不自然か」「この文とあの文はどう意味が違うか」)をデータとして用いる。
  • Lakoff & Johnsonのメタファー研究 7 の多くは、当初、言語表現の自作例と内省に基づいて行われた。これは、言語の「意味」や「概念構造」といった、実験では測定しにくい側面を探るための強力な発見的手法である。
  1. コーパス分析(Corpus Analysis): 7
  • 内省の主観性を補うため、また言語の「実際の使われ方(Usage-based)」に基づいた理論構築を目指すため、CLはコーパス(大規模な現実の言語使用データ)の分析を重視する。
  • 例えば、NINJAL-LWP for BCCWJ(国立国語研究所のコーパス)7 などを利用し、特定の語彙や文法パターン(例:「前」「後」の時間的・空間的用法 7)が、どのような文脈で、どの程度の頻度で使用されるかを実証的に調査する。

3.3. 両者の接近と融合の可能性:CLによる「実験」の導入

伝統的な内省やコーパス分析だけでは、「その言語表現が、本当にCLが主張するような心的メカニズム(例:メタファー、イメージ・スキーマ)によって動機づけられているのか」という心理的実在性(Psychological Reality)を証明するのは困難であった。

「科学的実証性に欠ける」というCPや生成文法からの批判に応答するため、また自らの理論の妥当性を厳密に検証するため、CLは1990年代以降、積極的に心理実験の手法を取り入れ始めた 10。この動きは、CLが実証的な研究法へと大きく舵を切ったことを示している。

しかし、CLが「実験」を導入した 10 からといって、両分野が理論的に融合したわけではない。使用する「道具(実験)」は同じでも、検証したい「問い(理論)」が根本的に異なるのである。

  • CPの実験の問い: 「言語処理のアルゴリズムは何か?」6
  • (例)「時間は空間である」メタファー 7 に関連し、空間を処理する脳領域と言語処理のモジュールの「時間的」な相互作用(例:プライミング効果)を測定し、情報処理のプロセスを探る。
  • CLの実験の問い: 「言語に反映された概念構造(メタファー)は、心理的に実在するか?」10
  • (例)「時間は空間である」メタファー 7 を検証するため、被験者に「過去」について話させ、その際、無意識に「後ろ」を指さすジェスチャー(身体性)が増えるかどうかを計測する。あるいは、アイマラ語話者 7 と日本語話者で、時間と空間の認識課題(例:時間軸を身体の前後左右どちらに配置するか)に違いが出るかを比較する。

このように、CLは、CPの方法論(実験)を「道具」として導入し、自らの(CPとは異なる)理論的基盤(身体性、メタファー)の実証性を強化している。これは「方法論の収斂」でありながら、同時に「理論的対立の先鋭化」でもある。

第4部:核心的差異の比較分析 — 要約と総合

これまでの詳細な分析を総合し、両分野の核心的な差異を以下の比較表に示す。この表は、両分野が「言語」という共通の対象に対して、いかに異なる哲学的立ち位置から、異なる問いを立て、異なる道具を用いてアプローチしているかを浮き彫りにする。

このテーブルは、本レポートで個別に論じてきた要素—CPのモジュール性 1、情報処理モデル 4、実験手法 6 と、CLの一般認知 2、身体性 7、コーパス・内省手法 10—が、単なる個別の差異ではなく、それぞれが一貫した論理的体系(パラダイム)を形成し、互いに鏡像のような対立関係にあることを視覚化するものである。

比較項目認知心理学 (Cognitive Psychology)認知言語学 (Cognitive Linguistics)
中心的関心心の一般的な情報処理メカニズム(プロセス、アルゴリズム)。3言語に反映された概念構造と、その基盤にある認知プロセス。2
言語の位置づけ認知機能の一モジュール。記憶、注意、知覚と並列される。1一般認知能力の反映・現れ。言語は独立したモジュールではない。2
中核となる比喩コンピュータ・メタファー(心=情報処理装置)。3身体性・経験メタファー(心=身体に根差し、経験を通じて世界を概念化する)。7
歴史的対立軸行動主義(心のブラックボックス化への批判)。チョムスキー生成文法(形式の自律性・モジュール性への批判)。7
主要な理論情報処理モデル、注意モデル、記憶(短期/長期)モデル、モジュール性。概念メタファー理論 7、イメージ・スキーマ 2、構文文法、身体化された認知。
伝統的方法論統制された心理実験(反応時間、正答率、プライミング効果など)。5内省(自作例)、コーパス分析(実例データ)、談話分析。9
近年の動向脳科学との連携強化 3。より複雑な現実世界の認知への関心。心理実験の導入による「心理的実在性」の検証(実証性の強化)。10

結論:二つの「認知」研究の補完的関係と未来

本レポートは、認知心理学(CP)と認知言語学(CL)が、共通の「認知」という名称を持ちながら、その哲学的基盤、歴史的経緯、そして方法論において根本的に異なる二つの学問分野であることを論証してきた。

**CPは、「心はいかに機能するか(How)」**という問いに対し、コンピュータ・メタファー 4 とモジュール性 1 を前提に、統制された実験 6 を通じて、心の普遍的な処理プロセスを解明しようと努めてきた。

**CLは、「心(言語)はなぜそのようになっているのか(Why/What)」**という問いに対し、身体性 7 と一般認知 2 を前提に、内省とコーパス 10(そして近年では実験 11)を通じて、我々の経験に基づいた概念構造が言語にいかに反映されているかを解明しようと努めてきた。

両者の対立は、認知科学の根幹にある「デカルト的二元論(心/身体、ソフトウェア/ハードウェア)を維持するか、否か」という哲学的な選択にまで遡る。CPは前者の伝統(抽象的・普遍的プロセス)に、CLは後者の否定(身体的・経験的基盤)に、その理論的拠点を置いている。

しかし、この対立は非生産的なものではない。CLが心理実験 10 を導入し、CPが関心を寄せる「処理」の観点から自らの理論(例:メタファーの処理負荷)を検証し始めたように、またCPが伝統的に無視してきた「意味」や「文脈」、「身体性」の重要性を(特に脳科学の発展 3 と共に)認識し始めているように、両分野は互いの盲点を補完し合う関係にある。

「認知」の全体像を解明するという壮大な目標は、普遍的な情報処理のアルゴリズムを追求するCPのアプローチと、そのアルゴリズムが作動する基盤となる「意味」と「身体」の構造を探求するCLのアプローチ、その両輪によってはじめて達成されるであろう。今後の認知科学の発展は、この二つの異なるパラダイムが、いかに緊張関係を保ちながら、互いの方法論と洞察を架橋していくかにかかっている。

引用文献

  1. 心のモジュール性|zih – note https://note.com/rakj/n/n769ff088d921
  2. 【認知言語学とは】わかりやすく具体例・イラストを使って説明 https://spice-of-englishgrammar.com/cognitive-linguistics1/
  3. 【認知心理学入門】人間の心を科学する!基本概念から最新研究まで|Yuki@DigitalMindMove https://note.com/youki_zyouhou1/n/n50c21fb4773e
  4. 11月 15, 2025にアクセス、 https://note.com/youki_zyouhou1/n/n7165adf26700#:~:text=2.%20%E6%83%85%E5%A0%B1%E5%87%A6%E7%90%86%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E3%81%AE,%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%92%E6%8F%90%E4%BE%9B%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
  5. 人間の情報処理 – 心理学 – サイエンス社 https://www.saiensu.co.jp/search/?isbn=978-4-7819-0006-3&y=1979
  6. 心理学研究法実験演習(認知) – 愛知淑徳大学心理学部 https://psychology.aasa.ac.jp/practice2/
  7. 時間メタファーへの認知的アプローチ https://takushoku-u.repo.nii.ac.jp/record/69/files/%E6%99%82%E9%96%93%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%81%B8%E3%81%AE%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E7%9A%84%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%81.pdf
  8. 読書ノート:ファンダメンタル認知言語学(第10章 文法マーカー・品詞・文法関係)(著:野村 益寛) https://note.com/mi6242/n/nd5d1b614434e
  9. 認知言語学研究の方法 内省・コーパス・実験 – 凡人社 https://www.bonjinsha.com/goods/detail?id=10138&page=294&pt=7&disp_count=20&name=&goods_order=20
  10. 内省・コーパス・実験 – 認知言語学研究の方法 – ひつじ書房 https://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-89476-520-7.htm
  11. 認知言語学研究の方法 : 内省・コーパス・実験 – CiNii 図書 https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB05430212
  12. 認知言語学研究の方法: 内省・コーパス・実験 – Google Books https://books.google.com/books/about/%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E8%A8%80%E8%AA%9E%E5%AD%A6%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%81%AE%E6%96%B9%E6%B3%95.html?id=nfqzuAAACAAJ