
第1部:価値(Kachi)の公理 — 評価の「対象」としての価値
「価値(Kachi)」と「価値観(Kachikan)」という二つの概念は、日常言語においてしばしば混同されるが、価値論(Axiology)の観点からは、両者は厳密に区別されるべき異なる次元の概念である。本報告書の第1部では、まず「価値」そのものの哲学的・公理的な基礎を確立する。「価値」とは、評価の「基準」である「価値観」が参照する、評価の「対象」あるいは「内容」そのものである。この「価値」概念の複雑性を、三つの異なる分析軸—(1)内在的か道具的か、(2)客観的か主観的か、(3)心理的にどう測定されるか—から解明する。
1.1. 価値の第一軸:内在的価値 vs 道具的価値
価値論における最も基本的な区別は、その価値が「何のために」存在するかという問い、すなわち内在的価値(Intrinsic Value)と道具的価値(Instrumental Value)の区分である 1。
- 内在的価値 (Intrinsic Value): ある対象が「内在的価値を持つ」とは、「そのもの自体に価値がある」こと、あるいは「それ自体が価値を持つ」ことを意味する。これはしばしば「究極的な価値」とも呼ばれる 1。例えば、哲学的な議論において、幸福、美、あるいは人間そのものは、他の目的の手段としてではなく、それ自体として尊重されるべき「内在的価値」を持つ存在として扱われることが多い 1。
- 道具的価値 (Instrumental Value): これは「外在的価値」とも呼ばれ、対象が「他の何か(目的)のために役立つ」ことによって持つ価値である 1。典型的な例は貨幣や道具である。それらはそれ自体が究極的な目的ではなく、他の目的(例:商品の購入、何かの製作)を達成するための手段としてのみ価値を持つ 1。
この区分は、「価値」をめぐる根源的な対立を既に内包している。例えば、1が示唆するように、ある人間が「人間であることは、いかなる用途にも供されない」と考えれば、その人にとって人間は内在的価値を持つ。しかし、別の人間が「人間は(ある目的を達成するための)道具的価値を持つ」と考える場合、両者の間で価値評価の根本的な対立が生じる 1。
1.2. 価値の第二軸:客観的価値 vs 主観的価値
第二の軸は、価値の「所在」に関する問い、すなわち価値は人間の評価から独立して存在するのか(客観的価値)、それとも人間の評価によってのみ生じるのか(主観的価値)という区分である 2。
- 客観的価値 (Objective Value): 「普遍的な基準や事実に基づき評価され」、個人の感情や特定の視点によらずに客観的な判断がなされる価値である 2。
- 主観的価値 (Subjective Value): 「個人の感情や意見に基づき柔軟な評価が行われ」、文化や社会による影響を受ける価値である 2。
この「客観性/主観性」の議論は、1.1.の「内在的価値」の議論としばしば「混同されやすい」という極めて重要な論点が存在する 1。例えば、1で引用される哲学者G. E. ムーアは、誰も見たり楽しんだりできない「非常に美しい世界」と「最も醜い世界」を想像させ、人間による考察から完全に切り離しても「美しい世界が存在する方が良い」と考えることは非合理的ではないと問いかける。これは、「美」という「内在的価値」が、人間の主観から独立して「客観的」に存在すると主張する試みである。同様に、W. D. ロスも、行為の善さは「たとえ誰もそれを賞賛しなくても存在するであろうもの」であり、人間の賞賛という主観に依存しない(客観的な)「内在的価値」であると論じている 1。
しかし、これら二つの軸(①内在的/道具的、②客観的/主観的)は同一ではない。「価値(Kachi)」という概念は、これら二軸が交差する4象限(客観的-内在的、客観的-道具的、主観的-内在的、主観的-道具的)にまたがる多層的なものである。例えば、貨幣の価値(例:1万円札)は、多くの人がその交換価値を認めるという意味で「客観的」であるが、その本質は「道具的」である。一方で、個人が持つ特定の思い出の品は、他の誰にとっても価値がない(客観性がない)かもしれないが、その個人にとっては「それ自体が価値を持つ」(主観的-内在的価値)かもしれない。
このように、「価値(Kachi)」という概念自体が、我々が「価値観(Kachikan)」について論じる以前に、既に哲学的・概念的に複雑な多層性を持っている。この複雑性が、「価値」と「価値観」の混同を生む第一の原因となっている。
1.3. 価値の第三軸:心理的価値(価値関数)
哲学的な「価値」が、人間の心理によってどのように「測定」あるいは「認識」されるかを分析することは、客観的な「価値」と主観的な「価値観」とを媒介する上で不可欠である。行動経済学におけるプロスペクト理論は、この心理的プロセスを「価値関数(Value Function)」としてモデル化している 3。
この「価値関数」は、2で定義された「主観的価値」の認識プロセスを具体的に示すものである。その最大の特徴は、利益と損失に対する人間の心理的反応が「非対称」であること、すなわち「損失回避性(Loss Aversion)」である 3。価値関数によれば、客観的な利益の増加(例:1万円を得る)に対する満足度は緩やかに減少していくのに対し、同額の客観的な損失の増加(例:1万円を失う)に対する不快感は非常に強く認識される 3。
この分析が示すのは、たとえ1.2.で議論したような客観的な「価値(Kachi)」が存在したとしても、人間はそれをそのまま合理的に認識するのではなく、「損失回避」という生得的あるいは深く根差した心理的バイアスによって、常に歪められた形で認識しているという事実である。
3が示すように、この心理的基盤は、「利益の満足度を選ばないという非合理的な経済行動」を選択させうる 3。これは、第2部で詳述する「価値観」—すなわち4で定義される「重み付けの体系」—の形成において、決定的な影響を与える。人間が行う「重み付け」は、合理的な計算ではなく、この「価値関数」という心理的基盤(ファームウェア)によって、あらかじめ特定の方向(損失の回避)へとバイアスがかけられているのである。
第2部:価値観(Kachikan)の体系 — 評価の「基準」としての価値観
第1部では、「価値(Kachi)」が評価の「対象」そのものであり、哲学的(内在的/道具的)、認識論的(客観的/主観的)、心理的(価値関数)に多層的な概念であることを確立した。第2部では、これに対し「価値観(Kachikan)」が、それらの「価値」をどのように処理し、判断や行動へと結びつける「基準」あるいは「体系」として機能するかを分析する。
2.1. 「価値観」の定義と構造
「価値観」の辞書的定義は、この概念の本質を明確に示している。「価値観」とは、「物事を評価する際に基準とする、何にどういう価値を認めるかという判断」であり 4、より具体的には「物事の優先順位、重み付けの体系」である 4。
この定義から、第1部で論じた「価値(Kachi)」との根本的な相違が導き出される。
- 「価値(Kachi)」は、評価される「原材料」である。例えば、「自由」「安全」「平等」「富」「美」「家族」「キャリア」といった、それ自体が望ましいとされる内容(内在的価値)や、手段として有用な内容(道具的価値)である。
- 「価値観(Kachikan)」は、それら無数に存在する「価値」の中から何を選択し、どのような「優先順位(4)」で階層化するかを決定する、個人または社会の「主観的(2)な選択・評価の枠組み(OS)」である。
例えば、「自由」と「安全」は、どちらも多くの人が認める重要な「価値(Kachi)」である。しかし、ある特定の状況下(例:パンデミック時の政策決定)において、「安全」という価値を「自由」という価値よりも「優先する(重み付けする)」判断基準、それこそが特定の「価値観(Kachikan)」の表れである。したがって、4が用例として挙げる「価値観の相違」とは、多くの場合、特定の「価値」を知らないことではなく、複数の「価値」間の「優先順位付けの体系」が人によって異なることを指している。
2.2. 価値観の社会動態 (1):対立と断絶(ジェネレーションギャップ)
「価値観(Kachikan)」、すなわちこの「優先順位付けの体系」は、個人の生得的なものというよりは、その個人が属する社会や文化、時代背景によって後天的に形成される側面が強い。その結果として生じるのが、異なる背景を持つ集団間での「価値観の相違」である。
その典型的な事例が、5で指摘される「ジェネレーションギャップ(世代間格差)」である 5。これは、異なる世代間で生じる「価値観や行動様式の違い」であり、特に技術の進化や社会環境の変化が著しい現代において、Z世代と昭和世代の間などで顕著な対立として現れる 5。
5で断片的に示されたデータを統合・整理すると、世代間の「価値観(優先順位付け)」の相違が、相互認識のギャップとして可視化される。
表 2.2:世代間における価値観(Kachikan)の相違:認識ギャップの可視化5
| 評価主体 | 評価対象 | 認識される特徴・価値観(上位3項目) | 割合 |
| 旧世代 (例:昭和世代) | Z世代 | 1. 連絡がLINEやメールばかり | 29.0% |
| 2. 打たれ弱い | 28.7% | ||
| 3. 仕事よりプライベート優先 | 25.5% | ||
| Z世代 | 旧世代 (例:昭和世代) | 1. セクハラ・パワハラなどの時代錯誤 | 36.8% |
| 2. 飲み会が好き | 32.3% | ||
| 3. 根性・ガッツで仕事をする | 27.0% |
この表(表 2.2)は、2.1.で定義した抽象的な「価値観(優先順位付け)」が、具体的な社会的対立としてどのように現出するかを実証的に示している。「仕事よりプライベート優先」(Z世代の認識)と「根性・ガッツで仕事をする」(旧世代の認識)5は、どちらも「仕事」と「私生活」という二つの「価値(Kachi)」を、どのように「重み付け(4)」するかの「体系(Kachikan)」が根本的に異なることの表れに他ならない。
2.3. 価値観の社会動態 (2):変動と融合(消齢化社会)
5が示すような「世代」という属性に基づく固定的な「価値観」の対立は、社会分析の伝統的な枠組みであった。しかし、近年の社会変動は、異なる動態の可能性を示唆している。
6で言及される社会学者・吉川徹教授の「消齢化社会」という概念は、こうした新しい動態を捉えるものである 6。これは、「世代間の違いが消えていく社会」であり、むしろ「世代内は多様性を保つ」状態へと移行するという仮説である 6。(なお、6によれば、6が参照する記事自体には吉川教授の議論の詳細は含まれていないが、本報告書では6で提示されたこの「概念」自体を、5の「世代論」への対抗仮説として分析する。)
5が示す「世代間ギャップ」と、6が提示する「世代間の違いの消失(消齢化)」は、一見すると矛盾する。しかし、これは「価値観(Kachikan)」の変動が、二つの異なるベクトルで同時に発生していることを示唆している。
- 5が暗に示すように、「昭和世代」の価値観(例:根性、飲み会)は、高度経済成長期や終身雇用といった特定の社会文脈と強く結びついて形成された。
- 6の「消齢化」の議論は、その社会文脈が消失・流動化し、個人が「年齢」や「世代」といった固定的な属性から解放され、価値観が(世代内において)より流動化・多様化・個人化している可能性を示している。
したがって、「価値観(Kachikan)」は、5のように特定の社会集団(世代)によって固定的に形成される側面と、6のように社会全体の変動によって流動化・再編される側面の両方を持つ、極めて動的な体系であると理解されるべきである。
2.4. 価値観の実践的マネジメント:相違の克服
5が示すような「価値観の相違」が、社会(職場、地域コミュニティなど)において不可避であるならば、いかにして対立を乗り越え、共生や協力を実現するかが実践的な課題となる。
7は、この課題に対する具体的なコミュニケーション手法を提示している。これには、「価値観カードや質問シートを使い、重視する項目を可視化する」、「ペアインタビュー形式で、お互いの考えや体験を聞き合う」、「グループワークで共通点・相違点を整理し、まとめる」といった方法が含まれる 7。
これらの手法の目的は、単に会話をすることではなく、「表面的な会話では見えにくい部分まで理解が及ぶ」ことであり、それによって「相性の良い接し方や配慮すべきポイント」を明確にすることにある 7。
ここでの核心的なプロセスは、「価値観(Kachikan)」—すなわち4で定義された「優先順位の体系」—を「可視化」することである。5で示された世代間対立は、多くの場合、互いの「価値観」(優先順位)が暗黙的であり、自明のものとされているために生じる。7の「価値観カード」のようなツールは、各個人がどの「価値(Kachi)」(例:家族、キャリア、誠実、挑戦、安定)を、どの程度「優先(4)」しているかを、相互に明示的に開示させるプロセスである。
7が示すように、「価値観の相違」は、必ずしも修復不可能な対立を意味しない。「自分とは異なる価値観を知る」ことを通じて、「お互いの考え方や価値観の違いを自然に理解しやすくなる」 7。この「理解」こそが、対立を乗り越え、「信頼関係の構築」や「安心して協力し合える関係」への第一歩となる 7。このプロセスは、「価値観」という主観的(2)な枠組みを、対話という手法を通じて客観的に共有する実践的試みと言える。
第3部:総合的考察 — 「価値(Kachi)」と「価値観(Kachikan)」の異同(Idō)
本報告書は、第1部で「価値(Kachi)」の公理的・哲学的基盤を、第2部で「価値観(Kachikan)」の社会的・体系的機能を分析した。最終部では、両者の「異同(Idō)」(相違点と共通点・相互依存関係)を明確にし、この区別が持つ実践的な含意を論じる。
3.1. 【相違点 1】 概念の次元:評価の「対象(Kachi)」 vs 評価の「基準(Kachikan)」
本報告書の分析から導かれる両者の最も根本的な「異(Difference)」は、その概念的次元にある。
- 価値(Kachi): 評価の「対象」あるいは「内容」そのものである。それは第1部で論じたように、哲学的議論の対象(例:1の内在的価値、美)、経済的・心理的測定の対象(例:3の利得や損失)である。「自由」「安全」「美」「富」「平等」「誠実」といった、いわば評価の「原材料」のリストに相当する。
- 価値観(Kachikan): 評価の「基準」あるいは「体系(OS)」そのものである 4。それは第2部で論じたように、個人や社会が主観的に(2)構築した「フィルター」であり、無数の「価値(Kachi)」の中から何を選択し、それらに「優先順位をつけ(4)」、個人の判断(例:3の損失回避的選択)や社会行動(例:5の世代間対立)を方向付ける。
3.2. 【相違点 2】 所在の議論:客観性 vs 主観性
この概念的次元の違いは、価値の「所在」に関する議論の性質の違いとして現れる。
- 価値(Kachi): その存在が、人間の主観から独立した「客観的」なものであるかどうかが、哲学的に問い続けられる。1で見たムーアやロスの議論 1 は、まさに「価値」の客観的実在性を擁護しようとする試みであった。
- 価値観(Kachikan): 2(個人の感情、文化の影響)や4(判断の基準)の定義から明らかなように、その本質は「主観的」あるいは「間主観的(Inter-subjective)」—すなわち、特定の社会、文化、世代(5)、あるいはコミュニティ(7)の内部で共有される—なものである。
「価値」の客観性を信じることと、「価値観」の主観性・多様性を認めることは、矛盾しない。
3.3. 【共通点・相互依存(Idō)】 価値なき価値観、価値観なき価値
両者は厳密に「異」なるものであると同時に、機能的には不可分であり、相互に依存している。これが両者の「同(Similarity/Interdependence)」である。
- 価値観から価値へ: 「価値観(Kachikan)」、すなわち「優先順位付けの体系」(4)は、評価し、順位付けすべき「価値(Kachi)」(原材料のリスト)が存在しなければ、空虚な枠組みに過ぎず、機能しない。
- 価値から価値観へ: 「価値(Kachi)」、すなわち「美しい世界」(1)や「金銭的利得」(3)は、「価値観(Kachikan)」という「体系」(4)によって解釈され、他の価値と比較・重み付けされなければ、現実の行動(3の経済行動)や社会現象(5の対立と協調)として発現することはない。
3.4. 事例分析による「異同」の解明
この「異同」の区別が、具体的な現象の分析においていかに重要であるかを、二つの事例で確認する。
(A)経済行動(3):
- 現象: 顧客は「契約すれば年間○万円得する」(価値A)という説明より、「契約しないと○万円損をしている状態が続く」(価値B)という説明に強く反応し、行動を促される 3。
- 分析: ここで比較されている客観的な「価値(Kachi)」(金銭的価値)の絶対量は、AとBで同一である。顧客の行動が異なるのは、「価値」そのものの違いによるのではない。それは、顧客の「価値観(Kachikan)」—この場合は3の「価値関数(損失回避)」という心理的基盤(第1.3節)—が非対称であるためである。この「価値観」が、損失という「価値」を、利益という「価値」よりも不釣り合いなほど高く「重み付け(4)」してしまう。これは「価値」の問題ではなく、「価値の測り方(価値観)」の問題である。
(B)職場対立(5):
- 現象: 「根性・ガッツで仕事をする」という旧世代の規範と、「仕事よりプライベート優先」というZ世代の規範が対立する 5。
- 分析: この対立は、「仕事の成功」と「個人の幸福」という二つの「価値(Kachi)」そのものの対立ではない。両世代とも、おそらく両方の「価値」を(程度の差こそあれ)認めている。対立の真の根源は、4でいう「優先順位」と「重み付け」の「体系」、すなわち「価値観(Kachikan)」の劇的な相違にある。旧世代の「価値観」は「個人の幸福」よりも「仕事の成功」に高い優先順位を与え、Z世代の「価値観」は逆の重み付けを行う。7が提示する「価値観カード」のような手法 7 は、まさにこの暗黙的な「重み付け」の差異を可視化し、対立を「理解」へと導こうとする試みである。
3.5. 総括:価値の客観性と価値観の多様性の両立
本報告書は、「価値(Kachi)」と「価値観(Kachikan)」の厳密な「異同」を解明した。
第1部で論じたように、「価値(Kachi)」—例えば「人間の尊厳」(1の「内在的価値」の議論の延長)や「美」(1のムーアの例)—が、人間の主観を超えて客観的・内在的に存在し得ると信じる哲学的立場は、取り得る。
同時に、第2部で論じたように、「価値観(Kachikan)」—例えば、その「尊厳」や「美」といった「価値」を、現実の社会において「自由」「平等」「効率」「伝統」といった他の無数の「価値」と、いかにして「優先順位付け(4)」し、社会制度や個人の行動として実現するかという「体系」—が、本質的に主観的・社会的に多様であり(5)、時には激しく対立する(5)という社会学的現実も、厳然として存在する。
この哲学的立場(価値の客観性)と、社会学的現実(価値観の多様性)は、何ら矛盾せず両立可能である。
現代社会が直面する課題の多くは、「価値(Kachi)」そのもの(例:幸福、安全、尊厳)の欠如ではなく、それらの価値を実現するための「優先順位付けの体系」、すなわち多様な「価値観(Kachikan)」の存在を前提としたコミュニケーション(7)および調整の失敗に起因する。本報告書で解明した、「価値」という評価の「対象」と、「価値観」という評価の「基準」との厳密な「異同」の理解こそが、その複雑な社会的課題を乗り越えるための、知的基盤の第一歩となる。
引用文献
- INTRINSIC VALUE – 内在的価値 – UMIN PLAZAサービス, https://plaza.umin.ac.jp/kodama/ethics/wordbook/intrinsic.html
- 主観価値と客観価値の違い! – 誰にも聞けない経営財務戦略!, https://crelife.muragon.com/entry/2378.html#:~:text=%E4%B8%BB%E8%A6%B3%E7%9A%84%E4%BE%A1%E5%80%A4%E3%81%A8%E5%AE%A2%E8%A6%B3,%E7%9A%84%E5%88%A4%E6%96%AD%E3%81%8C%E3%81%AA%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
- プロスペクト理論とは?損失回避の行動経済学を解説 | InsideSales …, https://sora1.jp/blog/prospect-theory/
- 価値観(カチカン)とは? 意味や使い方 – コトバンク, https://kotobank.jp/word/%E4%BE%A1%E5%80%A4%E8%A6%B3-22613
- ジェネレーションギャップとは?Z世代と昭和世代で生じる仕事の …, https://iec.co.jp/business-column/hr-trend/010
- 人びとの価値観の違いが小さくなる社会で、変革を生むのは「経済 …, https://seikatsusoken.jp/miraihaku2023/20108/
- 価値観の分析方法を活用した相性とすり合わせのコツ解説, https://my-soulmate.jp/column/detail/20251111072323/



