フィルタリングとパターンマッチの概念的異同:コンピュータサイエンスの分野横断的分析

I. 序論:概念の曖昧性と本レポートの目的
コンピュータサイエンスにおいて、「フィルタリング (Filtering)」と「パターンマッチ (Pattern Matching)」は、その中核的な重要性にもかかわらず、文脈によって最も曖昧に用いられる技術的概念の一部である。これらの用語の関係性は、一義的に定義することが極めて困難である。
例えば、ネットワークセキュリティの分野では、ファイアウォールによる「パケットフィルタリング」と、IDS (不正侵入検知システム) による「パターンマッチ」は、しばしば対照的な技術として区別される 1。一方で、データ処理やプログラミングの文脈では、「パターンマッチはデータのフィルタリングや置換を伴う」2、あるいは「パターンマッチはフィルタリングと/または置換を行う」3 と説明され、両者は密接不可分、あるいは同義的に扱われる。この文脈依存の曖昧さが、異なる技術ドメイン間のコミュニケーションにおいて、深刻な混乱と誤解を生む土壌となっている。
本レポートは、この概念的な混乱を解明することを目的とする。そのために、以下の核心的命題を提示する。「フィルタリング」とは、特定の基準に基づきデータセットからサブセットを「選別・除外」するプロセスまたは目的(What/Why)である。対して、「パターンマッチ」とは、データが特定の構造やシーケンスと「一致」するかを判定する技術またはメカニズム(How)である。
この「目的と手段」という基本的な階層関係を分析の基軸として確立した後、本レポートは以下の構成で、この関係性が各ドメインでどのように変容するかを詳細に解明する。
- 概念的基盤の定義: 両概念の中核的・純粋な定義を確立する。
- 中核的関係性の分析: データベース(SQL)を事例に、両者の基本的な「目的と手段」の関係性を実証する。
- ドメイン別分析 (1): ネットワークセキュリティおよび画像処理のドメインを分析し、なぜこれらの分野で両用語が対照的、あるいは無関係な概念として扱われるのか、その文脈依存的な理由を解明する。
- ドメイン別分析 (2): プログラミング言語理論の文脈を分析し、パターンマッチが単なる「フィルタ」を超え、「分解」と「変換」という能動的な役割を担う、より進化した概念となる様相を考察する 4。
本分析を通じて、読者は「フィルタリング」と「パターンマッチ」の単純な辞書的定義を超え、コンピュータサイエンスの多様なドメインにおける両者の正確な関係性、およびその関係性がなぜ文脈によって変化するのかについて、深く、かつ実践的な理解を獲得することができる。
II. 概念的基盤の定義
後続の分野横断的分析の揺るぎない基盤を構築するため、本セクションでは「フィルタリング」と「パターンマッチ」それぞれの最も純粋かつ中核的な定義を確立する。
III. フィルタリングの定義と本質 — 「選別」のプロセス
フィルタリングの中核的定義は、「情報の中から特定の条件に合致するものだけを選別し、それ以外のものを除外する処理」である 5。この概念は、コンピュータサイエンスの黎明期、特にデータベース技術の発展と密接に関連している。
歴史的背景として、この概念はリレーショナルデータベースの基盤を築いたコンピュータ科学者、エドガー・F・コッド (Edgar F. Codd) 氏の理論に深く根差している 6。彼が提唱したリレーショナル代数における「選択 (Selection)」操作(例:特定の条件を満たす行だけを取り出す)が、現代のデータフィルタリングの直接的な原型である。
フィルタリングの主目的は、膨大なデータの中から「情報の価値を引き出す」ことにある 6。この目的は、多様な形態で具現化される。
- ノイズの除去: スパムメールや不適切なコンテンツをブロックし、必要な情報のみを利用者に届ける 5。
- 関心対象の抽出: ウェブサイトのアクセスログ全体から、特定の時間帯やアクセス元に基づき、特定のユーザーの行動パターンのみを抽出する 6。
- 推薦: ユーザーの過去の嗜好に基づき、膨大なコンテンツ群から関心を持つ可能性が高いものだけを選別して推薦する 5。
したがって、フィルタリングの概念的焦点は、「何を (What)」残し、「何を」捨てるかを定義する**「基準 (Criteria)」と、その処理の結果として得られるデータの「集合 (Set)」**(具体的には部分集合)にある。
III. パターンマッチングの定義と本質 — 「一致」のメカニズム
対照的に、パターンマッチングの中核的定義は、「ある対象の中から特定のパターンと一致する部分を見つけ出す技術」である 7。IT分野においては、「あらかじめ定義されたパターンを用いて、入力データの中から一致する部分を検出する処理」と定義される 7。
フィルタリングの「基準」が広範な条件(例:数値の大小比較)を含むのに対し、パターンマッチの「パターン」は、より具体的かつ構造的な「型(かた)」を指す。この「パターン」は、ドメインによって極めて多様な形態をとる。
- 文字列: ‘Toyota%’ のような単純な文字列 8、あるいは ‘hello world’ のような固定文字列 7。
- 正規表現: ‘Red|Yellow|White’ のような選択 9、あるいは \d(数字)のような文字クラス 2。
- 画像: 特定のロゴや部品を示すテンプレート画像 10、あるいはSIFT/SURFといった特徴点群 10。
- 音声: 「OK, Google」のような音声コマンド、あるいは特定のキーワード 7。
- データ構造: case (x, y) のようなタプル 4、あるいは A x のような代数的データ型 12。
パターンマッチングは、その「一致」を判定するための具体的なアルゴリズムによって実装される。これには、ブルートフォース法(総当たり)、Boyer-Moore法(効率化された文字列検索)7、正規表現エンジン、テンプレートマッチング(SAD/SSD演算)10、特徴ベースマッチング 10 など、多数の技術が含まれる。
したがって、パターンマッチングの概念的焦点は、「どのように (How)」一致を判定するかという**「アルゴリズム (Algorithm)」と、その結果として得られる「位置 (Location)」、「真偽 (Boolean)」、または(後述する)「分解されたデータ」**にある。
III. 核心的異同の要約
両概念の定義に基づき、その抽象度の違いを明確化する。フィルタリングが「処理」5 や「プロセス」と定義されるのに対し、パターンマッチングは「技術」7 や「アルゴリズム」と定義される。これは、両者が異なる抽象レイヤーに位置することを示唆している。フィルタリングは達成すべき「目的(Why)」を記述し、パターンマッチングはその目的を達成するための「手段(How)」の一つを記述する。
この分析の基盤として、両者の違いを以下のサマリーテーブルに示す。このテーブルは、後続のドメイン別分析で生じる「用語の揺れ」を理解するための、概念的な錨(アンカー)として機能する。
表1:フィルタリングとパターンマッチの概念的基盤比較
| 観点 | フィルタリング (Filtering) | パターンマッチング (Pattern Matching) |
| 主要な問い | 何を残し、何を除外すべきか? (What / Why) | 定義されたパターンにどのように一致するか? (How) |
| 中核的動作 | 選別 (Selection) と 除外 (Exclusion) 5 | 検索 (Search) と 一致判定 (Matching) 7 |
| 概念的分類 | プロセス、目的、操作 | メカニズム、技術、アルゴリズム |
| 入力 | データの集合 (Set) | 探索対象データ + パターン (Pattern) |
| 出力 | データの部分集合 (Subset) | 一致した位置、真偽値、または分解されたデータ |
| 典型例 | スパムフィルタ 6、DBの選択操作 6 | 正規表現 9、画像内の顔検出 10 |
III. 中核的関係性の分析:フィルタリングの「手段」としてのパターンマッチ
本セクションでは、両概念が最も調和的に機能するドメイン(データ管理)を例に取り、II.で提示した「目的と手段」という階層的関係性を実証する。
III. フィルタリングの「基準」としてのパターン
フィルタリング、すなわち「選別」5 を実行するためには、必ず「基準」が必要である。パターンマッチは、その基準を定義し、判定するための最も強力な手段の一つとして機能する。
データ処理の文脈において、パターンマッチングは「データのフィルタリングまたは置換を伴うのが一般的」2 であり、そのプロセスは本質的に「データのフィルタリングおよび/または置換を行う」3 ための技術であると説明される。この関係性は、パターン(例:正規表現やツリーパターン 3)に一致しないデータを「除外する」という行為が、フィルタリングの中核的定義(「特定の条件に合致するものだけを選別し、それ以外のものを除外する」5)そのものであるために生じる。
この関係性をより深く理解するためには、フィルタリングの「基準」をその複雑性で分類する必要がある。
- 単純な基準: age > 18 のような算術比較や、status == ‘active’ のような単純な等価性比較。これらはフィルタリングの基準ではあるが、通常「パターンマッチ」とは呼ばれない。
- 複雑な基準(パターン): 電話番号やメールアドレスの形式 2、特定の構造を持つデータ(ツリー構造)3、あるいは文字列のシーケンス。
基準が後者のように複雑な構造やシーケンスの記述を伴う場合、その基準の判定メカニズムとして「パターンマッチ」技術が必要となる。したがって、**パターンマッチは、フィルタリングという概念の「部分集合」あるいは「特定の高度な実装形態」**として機能すると言える。
III. 事例研究(データベース):SQL WHERE句における階層
データベース言語SQLにおける WHERE 句は、コッドの理論 6 に基づく「フィルタリング」の最も直接的な実装である。この WHERE 句の内部で、パターンマッチがどのように「手段」として利用されるかを分析することで、両者の階層構造は明確になる。
- レベル1:単純フィルタリング(パターンマッチではない)
SQL
SELECT * FROM user WHERE age > 20;
分析: これは5の定義する「フィルタリング」に合致する。しかし、基準 age > 20 は単純な算術比較であり、パターンマッチとは呼ばれない。 - レベル2:単純パターンマッチ(LIKE演算子)
SQL
SELECT * FROM user WHERE car LIKE ‘Toyota%’;
SELECT * FROM user WHERE name LIKE ‘_____’;
分析: LIKE 演算子は、%(任意の文字列)や _(任意の1文字)という特殊文字(パターン)を用いたパターンマッチングである 8。この構文は、WHERE という**フィルタリング(目的)が、LIKE というパターンマッチ(手段)**を、基準を判定する述語として利用している構造を明確に示している。 - レベル3:高度パターンマッチ(REGEXP演算子)
SQL
SELECT * FROM regexptest WHERE str REGEXP ‘Red|Yellow|White’;
分析: REGEXP 演算子は、正規表現という、より強力で複雑なパターン言語を用いたパターンマッチングである 9。ここでも、WHERE というフィルタリング操作の基準として、REGEXP というパターンマッチ技術が利用されている。
データベースの事例は、フィルタリング(WHERE句)がパターンマッチ(LIKE, REGEXP)を包含し、選別のための基準を定義・判定するメカニズムとして利用する、明確な「目的と手段」の階層構造を完璧に示している。
IV. ドメイン別分析 (1):対照的技術としての「フィルタリング」と「パターンマッチ」
III.で確立した「目的と手段」という基本的な関係性は、全てのドメインで通用するわけではない。特定のドメイン、特にネットワークセキュリティと画像処理では、歴史的経緯や技術的慣習により、両者が「A vs B」という対照的、あるいは全く無関係な概念として扱われる。本セクションでは、その理由を深く掘り下げる。
IV. ネットワークセキュリティ — 「基準の複雑性」による用語の分化
ネットワークセキュリティ分野は、両用語の曖昧さが最も顕著に現れる領域である。ここでは、ファイアウォール(FW)が「フィルタリング」を、不正侵入検知/防御システム(IDS/IPS)が「パターンマッチ」を担うと説明されることが多い 1。
- ファイアウォール(FW)の「パケットフィルタリング」
- 定義: FWの主要機能は、ネットワーク層(レイヤー3, 4)で動作し、ポート番号やIPアドレスといった、パケットのヘッダー情報に基づいて通信を制御(通過または拒否)することである 1。
- 分析: これは「条件に合致するもの(例:Port 80 宛)を選別し、それ以外(例:Port 22 宛)を除外する」という、5の定義に合致する典型的なフィルタリングである。その基準が比較的単純(ポート番号やIPアドレスのリスト)であるため、この技術は「(パケット)フィルタリング」と呼ばれる。
- IDS/IPSの「パターンマッチ(シグネチャ)」
- 定義: IDS/IPSは、OSやミドルウェア層(レイヤー 5-7)で動作し、通信の**中身(ペイロード)**を詳細に分析する 1。既知の不正アクセスや攻撃パターン(「シグネチャ」と呼ばれる)と通信データを照合し、一致するものを検知・遮断する 1。
- 分析: 本質的に、これも「悪意のある通信を選別・除外する」というフィルタリングの一種である。しかし、その「基準」となるシグネチャ(例:特定のバッファオーバーフロー攻撃のコード片)は、ポート番号のような単純なものではなく、極めて複雑な(時には数千バイトに及ぶ)「パターン」である。そのため、この技術は、その「目的(フィルタ)」よりも、その「手段(一致判定)」である**「パターンマッチ」**という呼称で呼ばれることが支配的である。
この分析が示すのは、FWとIDSが本質的に異なる技術(A vs B)なのではなく、同じ「フィルタ」という概念のスペクトラム上に位置する(A.1 vs A.2)ということである。セキュリティ業界の慣習として、ヘッダーレベルの単純な基準に基づくフィルタを「パケットフィルタリング」と呼び、ペイロードレベルの**複雑な基準(シグネチャ)**に基づくフィルタを「パターンマッチ」と呼んで区別しているに過ぎない。
この本質的な関係性を裏付ける決定的な証拠が、IBMのIPsecに関する技術文書に見られる「Pattern matching… filter rules(パターンマッチ・フィルタ・ルール)」という用語である 14。この用語は、「フィルタ・ルール(フィルタリングの目的)」が、「パターンマッチ(手段)」を利用していることを明確に示している。14によれば、このルールはネットワークパケットの「本文(body)」内で特定のパターン(テキスト文字列や16進文字列)が検出された場合に、定義済みのアクション(フィルタ動作)を実行するものであり、まさにIDS/IPSの機能とフィルタリングの概念を融合させたものとなっている。
表2:ネットワークセキュリティにおける主要技術の比較 1
| 比較項目 | ファイアウォール (FW) | IDS / IPS | Webアプリケーションファイアウォール (WAF) |
| 守備範囲 | ネットワーク層 | OS・ミドルウェア層 | アプリケーション層 |
| 主な目的 | ポート/IPでの通信制御 | 不正アクセス・攻撃の検知/防御 | Webアプリの脆弱性保護 |
| 検知/防御方法 | パケットフィルタリング(単純基準) | パターンマッチ(シグネチャ)(複雑基準) | アプリケーション層の攻撃パターン分析 |
IV. 画像・信号処理 — 「歴史的経緯」による用語の分岐
画像および信号処理のドメインでは、両者の関係性はさらに乖離し、完全に異なる、無関係な概念として存在する。
- 画像処理における「フィルタ」
- 定義: この分野における「フィルタ」とは、一般的に、画像全体に数学的演算(通常はカーネルと呼ばれる小行列を用いた畳み込み演算)を適用し、各画素値を変換する処理を指す 15。
- 目的: 主な目的は「選別・除外」ではなく、**「変換・加工」**である。
- 具体例: 平均化フィルタ、ガウシアンフィルタ(画像をぼかし、滑らかにする)、メディアンフィルタ(ノイズ除去)、最大値・最小値フィルタ(膨張・縮小処理)15。
- 分析: これらの「フィルタ」は、入力(画像)と出力(画像)のサイズが同じであり、全画素を変換する。これは、5の「データ項目を選別・除外する」というフィルタリングの定義とは根本的に異なる。
- 画像処理における「パターンマッチ」
- 定義: 画像の中から、特定のパターン(テンプレート画像や特徴量)を探し出す技術 10。
- 目的: 主な目的は「検索・発見」である。
- 具体例: テンプレートマッチング(10)、特徴ベースマッチング 10。これらは、製品の外観検査(傷や印刷ずれの検出)10 や文字認識(OCR)10 に応用される。
- 分析: ここでの「パターンマッチ」は、入力(画像)に対し、出力(座標、有無)を返す。これは7の「一致する部分を見つけ出す」という定義と完全に一致する。
なぜ、画像処理の「フィルタ」は「選別」を意味しないのか。この「意味論的分岐 (Semantic Divergence)」は、その用語が電気工学における「シグナルフィルタリング」に由来するために生じたものである。信号処理において、フィルタ(例:ローパスフィルタ)は特定の周波数帯域を通過させ、他の周波数帯域(例:高周波ノイズ)を「遮断(除外)」する。
画像は2次元の信号であり、例えば「平滑化フィルタ」は、画像の高周波成分(ノイズや急峻なエッジ)を「遮断(除外)」するローパスフィルタである。時代と共に、この「周波数を除外する」という元の工学的な意味が、「ノイズを除去する(=画像を滑らかにする)」という効果に転化し、データ管理における「データ項目を選別・除外する」5 というフィルタリングとは、全く異なる意味論的経路を辿ることになった。
結論として、画像処理ドメインにおいて、「フィルタリング」と「パターンマッチ」は、歴史的経緯により、全く異なる問題を解決するために発展した、完全に独立した技術分野として扱われる。
V. ドメイン別分析 (2):検索を超えたパターンマッチの役割
パターンマッチは、その起源である「一致判定(手段)」や「フィルタ(目的)」としての役割を超え、より能動的かつ強力な機能を持つ概念へと進化してきた。本セクションでは、その最先端であるプログラミング言語理論のドメインを分析する。
V. プログラミング言語におけるパターンマッチの進化
プログラミング言語において、パターンマッチは単純な文字列検索(例:grepやSQL LIKE)から、言語のコア制御構文へと進化を遂げた。
- レベル1:述語としてのパターンマッチ(パッシブ)
- 例: if (string.matches(regex))
- 分析: これは、パターンマッチ(matches)をif文(条件分岐=フィルタ)の**真偽判定(述語)**として使う、最も伝統的な用法である 2。SQL LIKE 8 と概念的に同等である。
- レベル2:制御構文としてのパターンマッチ(アクティブ)
- 例: Scala, Haskell, Rustなどの現代的な言語 4。
- 分析: これらの言語において、パターンマッチはif-elseやswitch-caseを代替・拡張する、第一級の制御フロー構造として組み込まれている。
- 機能: プログラミング言語におけるパターンマッチは、「照合 (Check)」、「分解 (Destructure)」、「変換 (Transform)」という3つの工程から構成されると説明される 4。
- キー概念「分解 (Destructure)」: ここでのパターンマッチは、データがパターンに一致するかを判定する(4:照合)だけでなく、一致した場合にそのデータの構成要素を自動的に変数に束縛(Bind)する(4:分解)という、決定的に重要な機能を持つ。
V. 事例研究(Haskell):フィルタリングと分解の融合
この「フィルタ」と「分解」の融合を完璧に示す事例が、Haskell言語のリスト内包表記である 12。
- コード例: ] 12
- 評価結果: [A 1, A 2] 12
この一行のコードが実行するプロセスを詳細に分析する。
- フィルタリング(目的)として: A x <-… の部分がフィルタとして機能する。ソースリスト “ の各要素が、パターン A x と照合される 12。
- A 1 と A 2 はパターン A x に**マッチ(適合)**する。
- B 1 と B 2 はパターン A x にマッチしないため、**除外(フィルタリング)**される 12。これは5のフィルタリングの定義そのものである。
- 分解(手段)として: A 1 がパターン A x にマッチする際、単に「真」を返すだけではない。A 1 の内部値である 1 が、パターン内の変数 x に自動的に束縛(Bind)される 12。
- 変換(結果)として: | の左側にある A x(出力式)が評価される(この時 x は 1 である)。その結果、新しいリストの要素として A 1 が生成される 12。A 2 についても同様に x に 2 が束縛され、A 2 が生成される。
SQLの WHERE name LIKE ‘A%’ は、 name が A% に一致するかを「判定」するが、 name の中身を分解して取り出すことはない。対照的に、Haskellの A x <-… は、「Aで始まるか」を判定する**(フィルタリング)と同時に、「Aの後に続くものは何か」を変数 x に取り出す(分解)**。
結論として、プログラミング言語理論におけるパターンマッチは、「フィルタリング(選別)」と「データ分解(抽出)」を一つの不可分な操作として実行する、高度に能動的なメカニズムへと昇華しているのである 4。
VI. 総合的考察と結論
VI. 「フィルタリング」と「パターンマッチ」の異同の再定義
本レポートで実施した分野横断的な分析に基づき、「フィルタリング」と「パターンマッチ」の「異同」を以下のように最終的に定義する。
- 類似点(同): 両者は「基準(Criteria)」に基づきデータを扱うという点で共通する。特に、パターンマッチは、その基準が「パターン」という複雑な構造を持つ場合の、フィルタリングの高度な実装形態の一つであると言える 2。
- 相違点(異): 両者の関係は固定的ではなく、分析対象のドメインによって以下のように劇的に変化する。
- 抽象度の違い: 最も基本的なレベルにおいて、フィルタリングは「目的(選別・除外)」5 であり、パターンマッチは「手段(一致・検出)」7 である。
- 文脈依存性(セマンティクスの分岐):
- データベース/データ処理 (III): 「目的と手段」の明確な階層関係にある(WHERE句がLIKE演算子を利用する)。
- ネットワークセキュリティ (IV.1): 「基準の複雑性」による用語の分化(単純な「フィルタリング」 vs 複雑な「パターンマッチ」)として対照的に扱われる 1。
- 画像/信号処理 (IV.2): 「歴史的経緯」による意味論的分岐(「変換」としてのフィルタ 15 vs 「検索」としてのパターンマッチ 10)により、無関係な技術として存在する。
- プログラミング言語 (V): 「機能の拡張」により、パターンマッチが「フィルタ」の機能を含み、さらに「分解・変換」4 へと拡張した、能動的メカニズムとして存在する。
VI. 総合比較マトリクス
本レポートの分析結果を、以下の最終マトリクスに集約する。この表は、「フィルタリングとパターンマッチの異同は何か」という問いに対する最も正確な回答である。すなわち、単一の答えは存在せず、**答えそのものが「ドメインに依存して変化する」**ことこそが、本質的な結論である。
表3:ドメイン別「フィルタリング」と「パターンマッチ」の関係性マトリクス
| ドメイン | フィルタリング (Filtering) | パターンマッチング (Pattern Matching) | 関係性(異同) |
| データ管理 (SQL) 6 | 目的:選別 (WHERE句による行の選別) | 手段:基準 (LIKE / REGEXPによる一致判定) | 包含関係(目的と手段) フィルタリングがパターンマッチを手段として利用する。 |
| ネットワーク 1 | 単純な基準による選別 (FW:ポート/IP) | 複雑な基準による選別 (IDS:シグネチャ) | 対照関係(基準の複雑性) 本質は両方フィルタだが、基準の複雑性で呼び分ける。 |
| 画像/信号処理 10 | 目的:変換・加工 (平滑化、ノイズ除去) | 目的:検索・検出 (テンプレートマッチ、物体検出) | 無関係(意味論的分岐) 歴史的に全く異なる問題を解決する、独立した技術。 |
| プログラミング言語 4 | 機能の一部:選別 (パターンに合致しないケースの除外) | 能動的メカニズム:選別+分解 (照合、分解、変数束縛、変換) | 拡張関係(能動的メカニズム) パターンマッチが「フィルタ」の機能を含み、さらに「分解」へと拡張している。 |
VII. 将来展望:機械学習によるパラダイムシフト
従来のフィルタリングとパターンマッチは、そのパラダイムの根底において共通していた。すなわち、人間が「基準」や「パターン」を明示的に定義する必要があった(例:スパムフィルタのルール、IDSのシグネチャ 1、正規表現 9)。
機械学習(特にディープラーニング)の台頭は、このパラダイムを根本的に変革しつつある 7。
- 機械学習によるパターンマッチ: 7が「機械学習を用いたパターンマッチング」に言及している通り、特に画像認識や音声認識の分野では、モデル(例:畳み込みニューラルネットワーク)が膨大なデータからパターンを自動的に学習する。人間が「顔の特徴」をルールとして定義するのではなく、モデルが自ら高次元空間内にパターンを見つけ出す。
- 機械学習によるフィルタリング: 同様に、スパムフィルタやコンテンツ推薦 5 といった古典的なフィルタリングのタスクも、ルールベースから機械学習ベースへと急速に移行している。システムは「ユーザーが好むコンテンツ」や「スパムメール」の(明示的に記述不可能な)暗黙的なパターンを学習し、それに基づいて高精度なフィルタリング(選別)を行う。
将来的には、「フィルタリング」と「パターンマッチ」の境界はさらに曖昧になるだろう。両者とも、**「データから学習された(暗黙的な)モデル」**によって実行されるようになり、古典的な「明示的なルール/パターン」に基づく手法は、より単純なタスクや、説明責任が厳しく求められる領域に限定されていくと予想される。この新しい文脈において、高度に訓練されたAIモデルは、人間が定義不可能なパターンを見つけ出す「究極のパターンマッチャー」であり、同時に、最も精緻な選別を行う「最強のフィルタ」であると言えるだろう。
引用文献
- 【NTT西日本】IDS・IPSとは?それぞれの機能や違い、防げる攻撃 … https://business.ntt-west.co.jp/service/security/security_omakase/article/ids_ips.html
- Understanding Pattern Matching Techniques – Giskard https://www.giskard.ai/glossary/pattern-matching
- What is Pattern Matching | Deepchecks https://www.deepchecks.com/glossary/pattern-matching/
- 全プログラマに捧ぐ!図解「パターンマッチ」 #初心者 – Qiita https://qiita.com/hinastory/items/87431aa48197cc4d7d84
- フィルタリングとは? 10分でわかりやすく解説|ネットアテスト https://www.netattest.com/filtering-2024_mkt_tst
- 【AI No.141】データフィルタリングとは?IT用語をサクッと解説 … https://www.siteproducts.jp/ai/4919/
- パターンマッチングとは? 10分でわかりやすく解説|ネットアテスト https://www.netattest.com/pattern-matching-2024_mkt_tst
- MySQL | パターンマッチングを行う(LIKE演算子) https://www.javadrive.jp/mysql/select/index7.html
- MySQL | 正規表現を使ったパターンマッチングを行う(REGEXP演算子) https://www.javadrive.jp/mysql/select/index8.html
- 画像処理におけるパターンマッチングの基礎知識や仕組みを紹介 https://www.silk.co.jp/column/pattern_matching/
- 11月 10, 2025にアクセス、 https://proscons.co.jp/blog/319/#:~:text=%E3%83%91%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%B3%E8%AA%8D%E8%AD%98%3A%20%E7%94%BB%E5%83%8F%E4%B8%AD%E3%81%AE,%E3%81%AE%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%B3%E3%82%B0%E4%BD%8D%E7%BD%AE%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%81%A4%E3%81%91%E3%82%8B%E3%80%82
- Pattern matching – Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Pattern_matching
- 【SQL】LIKE演算子でパターンマッチ(あいまい検索)を行う方法をサンプルコードを使って解説 https://hide-log.net/2023/04/1901/
- Pattern matching filter rules – IBM https://www.ibm.com/docs/ssw_aix_71/security/intrusion_pattern_matching_filter_rules.html
- 画像解析におけるフィルタ処理 – ノイズ軽減フィルタのまとめ|MiVLog(ミブログ) https://www.mitani-visual.jp/mivlog/imageprocessing/filter-summary.php



