
I. 序論:映像制作を支える三段階構造の概要
映像制作のプロセスは、その複雑さと多様性にもかかわらず、伝統的に3つの明確なフェーズに分類されます。すなわち、「プリプロダクション(Pre-Production)」、「プロダクション(Production)」、そして「ポストプロダクション(Post-Production)」です 1。この三段階構造は、アイデアの着想から最終的な成果物の完成に至るまでの、体系的かつリニア(直線的)なワークフローの基盤を形成しています。
各フェーズは、明確に異なる目的を持っています。
- プリプロダクション(Pre-Production): 「プリプロ」と略称され、企画段階の工程を指します 2。その目的は、顧客とのヒアリング、企画立案、構成の組み立て、人材のアサイン、スタジオ手配、備品の準備など、撮影に至るまでの「事前準備の全て」を完了させることです 2。
- プロダクション(Production): 主に現場で撮影を行う期間を指します 2。プリプロダクションで準備された計画を物理的に実行に移し、案件に関わる全ての人と物が現場に集結する、制作の中核となるフェーズです 2。
- ポストプロダクション(Post-Production): 「ポスプロ」と略称され、編集段階の工程を指します 2。プロダクションで撮影された素材(撮れ高)を元に、編集、カラーグレーディング、音響作業など、様々な仕上げが施されます 2。
これら3つの工程すべてを完了し、クライアントへの納品が完了した状態を、映像業界では「完パケ」(完全パッケージの略)と呼びます 2。
本レポートの目的は、これら3段階の「異同」、すなわち各フェーズの具体的な業務プロセスと専門性の「差異(異)」を詳細に分析すると同時に、制作全体の一貫性を担保するために各段階を横断して関与する主要な役割(プロデューサー、監督)の視点から、ワークフロー全体の「共通性(同)」を解き明かすことにあります。
レポートの全体像を把握するため、まず以下のサマリーテーブルにて、各フェーズの主要な特性を比較検討します。
映像制作の三段階比較一覧
| フェーズ | プリプロダクション (Pre-Production) | プロダクション (Production) | ポストプロダクション (Post-Production) |
| 主要目的 | 企画の立案と詳細な準備 2 | 計画(設計図)の物理的な実行 2 | 撮影素材の編集と仕上げ 2 |
| 通称 | プリプロ 2 | (特になし。撮影、収録) | ポスプロ 2 |
| 具体的業務 | 企画立案、脚本開発、予算管理、スタッフ編成、ロケハン、スタジオ・機材手配 2 | 撮影(カメラワーク、照明、録音)、演出、現場管理 [5, 6] | オフライン/オンライン編集、カラーグレーディング、VFX/CG、MA(音響編集)、ナレーション収録 [2, 3, 7] |
| 主要成果物 | 脚本、絵コンテ、スケジュール表、予算案 | 未編集の映像・音声素材(ラッシュ) | 完成映像(完パケ) 2 |
| 主要関与者 | プロデューサー、監督、脚本家 4 | 監督、撮影監督、カメラクルー(AC)、照明、録音技師 [5, 8] | 編集者、ミキサー(MAオペレーター)、カラリスト、CGアーティスト [3, 8] |
このテーブルが示すように、各フェーズは明確に異なる業務と成果物を持ちますが、同時に、プリプロダクションの成果物(脚本、スケジュール)がプロダクションのインプットとなり、プロダクションの成果物(素材)がポストプロダクションのインプットとなる、明確な連鎖関係によって結びついています。以降のセクションでは、各フェーズの詳細な分析に入ります。
II. プリプロダクション(Pre-Production):設計図の構築
A. 定義と目的
プリプロダクションは、その名の通り「プロダクション(撮影)の前段階」であり、「企画段階の工程」として定義されます 2。その包括的な目的は、「撮影までの事前準備は全てこの工程に入る」という言葉に集約されています 2。
B. 核心的役割:リスクの最小化
プリプロダクションの本質的な役割を理解するためには、次段階であるプロダクションの特性を先に把握する必要があります。プロダクション(撮影)は、多数の専門スタッフ(監督、俳優、カメラクルー、照明、録音など)と高価な機材が、特定の時間(スケジュール)と特定の場所(スタジオやロケ地 2)に一斉に集結する、極めてコスト集約的なイベントです。
したがって、プロダクション段階で発生するいかなる不確定要素(例:必要な機材が手配されていない、ロケーションの許可が下りていない、脚本が未決定である)も、即座に莫大な予算超過とスケジュールの破綻に直結します。
この分析から導き出されるプリプロダクションの真の目的とは、**「プロダクション段階で発生しうるあらゆる不確定要素(リスク)を事前に特定し、最小化すること」**にあります。この段階は、物理的なモノを生産するのではなく、計画、脚本、スケジュールといった「概念(Concept)」を構築し、洗練させるフェーズです。この「設計図」の精度が、プロジェクト全体の成否を決定づけます。
C. 具体的な業務プロセス
プリプロダクションにおけるリスク最小化と設計図の構築は、以下の具体的な業務プロセスを通じて実行されます。
1. 企画と予算
全てのプロジェクトは、クライアントとのヒアリングから始まります 2。ここで、映像プロデューサーが中心となり、クライアントがどのような映像作品を望んでいるのか、予算やスケジュールはどの程度か、といった要望を丁寧にヒアリングします 4。収集された情報に基づき、企画が立案され、具体的な構成が組み立てられます 2。同時に、プロデューサーは制作予算の管理計画を策定し、プロジェクトの経済的基盤を確立します 4。
2. 脚本(スクリプト)開発
企画の核となるのが脚本です。監督と脚本家が中心となり、作品のテーマ定義、物語の解釈、各話の起承転結、キャラクターのアーク(成長や変化)、セリフのトーンなどを脚本会議で決定していきます 6。この段階で、監督は作品のビジュアルトーンや演出の方向性を固め、絵コンテの監修なども行います 6。
3. 制作体制の構築(スタッフィング)
映像は一人の力では作れません。プロデューサーと監督は、プロジェクトのビジョンを実現するために最適なスタッフ編成を行います 4。これには、撮影監督、美術監督、音楽監督といった主要なクリエイティブ・スタッフ 8 や、出演者(キャスティング)のアサインが含まれます 2。
4. ロジスティクス(兵站)
最後に、概念的な計画を物理的な実行に移すための兵站(ロジスティクス)が固められます。これには、撮影スタジオの手配、ロケーション・ハンティング(ロケハン)による撮影場所の決定と許可取得、撮影に必要なカメラや照明、録音機材の手配、そして日々の詳細な撮影スケジュールの策定が含まれます 2。
III. プロダクション(Production):設計図の具現化
A. 定義と目的
プロダクションは、「主に現場で撮影を行う期間」と定義されます 2。このフェーズの目的は、「プリプロで準備したものを当日に全て反映し、案件に関わる人と物が現場に集結する」ことであり 2、プリプロダクションで作成された「設計図(脚本、絵コンテ)」を、具体的な映像・音声素材(ラッシュ)へと変換することです。
B. 核心的役割:物理的実行
プリプロダクションが「概念的」な作業フェーズであったのに対し、プロダクションは本質的に**「物理的(Physical)」かつ「即時的(Real-time)」な作業フェーズです。この段階は、設計図を「生の成果物」に変換する唯一の機会であり、その最大の「異質性」は「不可逆性」**にあります。
一度撮影が終了すれば、その瞬間の俳優の演技、その瞬間の光の状態(例:夕焼け)を、全く同じ形で(基本的には)取り戻すことはできません。そのため、プロダクションの現場は、高度な専門性と、変化する状況に対応するための即時判断が常に求められる、緊張感の高い環境となります。
C. 具体的な業務プロセス(現場の専門性)
プロダクションの現場では、プリプロダクションで編成された各部門の専門スタッフが、精密な連携作業を行います。
1. 演出
現場では、監督が制作の総責任者として演出を行います 6。監督はプリプロで決定した演出方針をスタッフ・キャストと共有し、俳優への演技指導、カメラワークの決定など、創作上の判断を下します 6。
2. 撮影(カメラ部門)
映像を直接記録するカメラ部門は、プロダクションの「物理性」を最も象徴するセクションです。撮影監督 8 の指揮下、アシスタントカメラマン(AC)たちが精密な作業を担います。
- セカンド・アシスタント(フォーカスマン): 「ピントマン」とも呼ばれ、カメラレンズのピントをカットごとに狙いの位置に正確に合わせる責任を負います 5。彼らの持ち物には、被写体までの距離を物理的に測定するための「スケール(メジャー)」や、レンズの焦点距離と絞り値からピントの合う範囲を計算する「被写界深度表」などが含まれます 5。これは、ピント合わせが単なる感覚ではなく、物理的な測定と計算に基づく精密作業であることを示しています。
- サード・アシスタント: 現場での機材運び、モニターなどのケーブル配線、バッテリー管理、機材全般の管理を担当します 5。彼らの持ち物には、機材固定用の「パーマセル(強力なテープ)」、各種「ドライバー」、ケーブル清掃用の「無水エタノール」など、現場の物理的なセットアップとメンテナンス(兵站)のための道具が含まれます 5。
カメラ部門のアシスタントの役割と持ち物 5 は、プロダクション段階の根本的な特徴を浮き彫りにします。プリプロダクションが「コンセプト」を扱い、ポストプロダクションが「データ」を扱うのに対し、プロダクションは**「物理学」と「兵站(ロジスティクス)」**の領域です。ピント(物理的な焦点距離)、バッテリー(電力供給)、ケーブル(物理的な接続)、バレ物(フレーム内への不要な映り込み) 5 といった、即物的かつ物理的な制約との戦いこそが、プロダクション段階を他のフェーズから明確に区別する最大の「差異」と言えます。
IV. ポストプロダクション(Post-Production):素材の完成
A. 定義と目的
ポストプロダクション(ポスプロ)は、「編集段階の工程」として定義されます 2。その目的は、プロダクションで撮影された膨大な映像・音声素材(ラッシュ)を元に編集を行い、最終的な完成品、すなわち「完パケ」へと仕上げることです 2。
B. 核心的役割:合成的仕上げ
プロダクションが「生の素材」を「物理的に生成」するフェーズだったのに対し、ポストプロダクションは、それらの「デジタルの素材」を**「合成(Synthetic)」し、「芸術的に洗練」**させるフェーズです。
プロダクションでキャプチャされた膨大な可能性(例えば、あるシーンのテイク1からテイク5まで)の中から、監督の意図に最も沿った唯一の「正解」を選択し、それらを時間軸に沿って構築し(編集)、色彩を整え(カラーグレーディング)、音を付加し(MA)、一つの作品として完成させるプロセスです。この段階は、創造性の最終的な仕上げの場となります。
C. 中核となる2つのプロセス:「EED」と「MA」
ポストプロダクションの業務は、大きく分けて映像編集を行う「EED」と、音編集を行う「MA」の2つが中核となります 3。
1. EED(Electronic Editing / 映像編集)
EEDは、エディターやオペレーターと呼ばれるスタッフが担当する映像編集作業全般を指します 3。現代のワークフローでは、主に「ノンリニア編集」が用いられます。
- プロセス(ノンリニア編集): まず、プロダクションで撮影された素材テープやデータが、編集室のマシンルームでハードディスクにデジタルデータとして取り込まれます(デジタイズ) 3。その後、エディターはAdobe Premiere 7 のような専門的な編集ソフトウェアを使用し、コンピュータ上で編集作業を行います 3。
- ワークフローの詳細: Adobe Premiereを使用した典型的なワークフローは以下のステップで構成されます 7。
- 素材の整理: 数百、数千に及ぶビデオクリップを、見つけやすいようにラベル付けし、フォルダーに整理します。
- ラフカット編集: クリップを適切な長さにトリミングし、脚本や構成案に基づき、お好みの順序に並べ替えます。
- ビジュアルエフェクト(VFX)追加: シーン間の切り替え(トランジション)や、必要に応じてCG、アニメーションなどの視覚効果を追加します 3。
- カラー補正(カラーグレーディング): ポスプロの重要な工程の一つで、「カラコレ」とも呼ばれます 2。異なる時間やカメラで撮影されたクリップの見た目(色味や明るさ)を統一し、作品全体のムードとトーン(例:冷たい、温かい、シリアスな)に合わせて色彩を調整します 3。
- 最終確認と書き出し: 映像を最初から最後まで通して見て、間違いや修正点を確認します 7。クライアントチェックもこの段階で行われます 2。全ての確認が完了したら、最終的なビデオファイルとして書き出し(エクスポート)ます 7。
- 体制: EEDは通常、メインのエディターと、デジタイズ、テロップ作成、機材管理、エディターの指示に基づくサポート業務全般を担う編集アシスタントの2名体制で作業が行われます 3。
2. MA(Multi-Audio / 音響編集)
MAは、ミキサーやMAオペレーターと呼ばれるスタッフが担当する音の編集作業です 3。
- プロセス: 映像に合わせて音をつけ、加工や調整を行います 3。
- 具体的作業: MAの作業は多岐にわたります。ナレーションや外国語の吹替の収録、効果音(SE)やBGM(背景音楽)の追加、そして最も重要な作業として、収録されたセリフ、ナレーション、BGM、SEの音量や音質のバランスを調整し、視聴者が快適に聞き取れる状態に仕上げます 3。
- 体制: MAもEEDと同様、ミキサーとMAアシスタントの2名体制が一般的です 3。
D. ポストプロダクションの専門分化
ポストプロダクションは単一の作業ではなく、「高度に専門分化したサービスの集合体」です。この「専門分化の度合い」こそが、プリプロやプロダクションとの大きな「差異」となります。
ポストプロダクションを専門に行う企業(ポスプロ会社)は、それぞれが持つ強みや業務範囲によって、それ自体が一個の「ミニ・エコシステム」を形成しています。例えば、大手ポスプロ会社は、オフライン編集、オンライン編集、MA、グレーディング、CG(VFX)といった多岐にわたるサービスをワンストップで提供します 3。
以下のテーブルは、主要なポストプロダクション・スタジオとその業務範囲を示したものです 3。
主要ポストプロダクション・スタジオと業務範囲の例
| スタジオ名 | 主な業務範囲 | 特徴・強み |
| イメージスタジオ109 | オフライン・オンライン編集、MA、グレーディング | 大型撮影スタジオを所有。スタジオ(プロダクション)とセットで依頼可能。 |
| Qtec | オフライン・オンライン編集、MA、グレーディング、CG | TV、CM、映画など幅広いジャンルに対応する総合ポスプロ。 |
| オムニバス・ジャパン | オフライン・オンライン編集、グレーディング、MA、CG、DIT | 東北新社グループ。豊富な実績と国内トップクラスのスタジオ数。 |
| IMAGICA Lab. | 撮影、編集、MA、グレーディング、CG、イラスト | 1935年創業。企画から流通まで全工程に対応可能な最大手。 |
| デジタル・ガーデン | オフライン・オンライン編集、グレーディング、CG、MA、DIT | AOI Pro.グループ。最先端の機材とクリエイター。 |
| 音響ハウス | オフライン・オンライン編集、MA、BD/DVDオーサリング | 1974年創業。レコーディングスタジオを持つ「音」に強い総合スタジオ。 |
| サウンド・シティ | オフライン・オンライン編集、グレーディング、MA | 1961年設立。フルオーケストラ録音可能な大部屋を持つ「音」の専門スタジオ。 |
| キャプラ | オフライン編集(CM、PVなど) | オフライン編集を専門で行う精鋭集団。 |
この一覧が示すように、「音に強い」(音響ハウス、サウンド・シティ)、「CGに強い」(Qtec, IMAGICA Lab.)、「オフライン編集専門」(キャプラ)など、各社が高度な専門性を打ち出しています。また、「イメージスタジオ109」のように撮影スタジオを併設し、プロダクション段階から連携できる企業も存在します 3。
V. 段階を横断する役割:ワークフローの「共通性(同)」の分析
A. ワークフローを繋ぐ「共通軸」
これまでのセクションでは、プリプロダクション(概念)、プロダクション(物理)、ポストプロダクション(合成)という、各フェーズの明確な「差異(異)」を分析してきました。では、これら3つの機能的に分断されたフェーズを繋ぎ、一つの作品としての一貫性を担保する「共通性(同)」とは何でしょうか。
その答えは、制作の全工程にわたってプロジェクトを統括し、一貫した「責任」を負う二つの中心的な役割、すなわち「プロデューサー」と「監督」にあります 4。
B. プロデューサー(制作・経営統括)
プロデューサーは、映像制作の全工程に携わり、作品全体の舵取りを担う、プロジェクトの総責任者です 4。
- プリプロダクションにおける役割: プロデューサーの仕事は、クライアントの要望をヒアリングし、企画を立案することから始まります 4。そして、最も重要な役割として、プロジェクトの予算管理と資金計画、スタッフ編成(スタッフィング)を行います 4。
- プロダクションにおける役割: 撮影が始まると、プロデューサーは撮影現場を取り仕切り、スケジュールが予算内で円滑に進行するよう管理します 4。また、クライアントと制作現場の間に立ち、コミュニケーションを仲介する役割も担います 4。
- ポストプロダクションにおける役割: 撮影後は編集作業の進捗を管理し、クライアントチェックの調整を行います 4。最終的に、作品をクライアントの要望通りに完成させ、納品するまでの全ての責任を負います 4。
プロデューサーの役割は、プロジェクトの**「経営責任者(CEO)」あるいは「プロジェクトマネージャー」**に例えられます。その責任の核は「予算」と「スケジュール」というリソース管理にあり、3つのフェーズ全てを横断して、プロジェクトが「完パケ」という最終ゴールに到達することにあります 4。
C. 監督(演出・創作統括)
プロデューサーが「経営・制作」の統括責任者であるのに対し、監督は「演出・創作」の統括責任者です。
- 定義: 監督は、企画から完成までの全工程において**「創作上の最終判断」**を行い、作品の品質や表現の責任を負う総責任者です 6。
- プリプロダクションにおける役割: 監督は企画のテーマを定義し、ビジュアルトーンを決定します。脚本会議に参加し、絵コンテの作成や監修を通じて、作品の設計図を承認します 6。
- プロダクションにおける役割: 現場では、演出設計の責任者として、カメラワークの決定、俳優への演技指導などを行います 6。アフレコ(アテレコ)が必要な場合は、その演技指導も監督の重要な役割です 6。
- ポストプロダクションにおける役割: 監督は編集プロセスに深く関与します。編集者(エディター) 8 が組んだラフカットをチェックし、修正を指示します。また、作画(アニメの場合)、色彩、BGMや効果音といった音響プラン、最終的なコンポジット(撮影処理)に至るまで、全ての創作的要素を監修し、最終的な「承認」を与えます 6。
監督の役割は、プロジェクトの**「クリエイティブ・ディレクター(CD)」**に例えられます。その責任の核は「作品の品質」と「表現の一貫性」にあります。3つのフェーズ全てを横断し、各部門の専門スタッフ(撮影監督 8、美術監督 8、編集者 8、MAミキサー 3 など)の作業が、自らの「ビジョン」に沿っているかを判断し、承認する役割を担います 6。
D. 「異」と「同」の統合
プリプロダクション、プロダクション、ポストプロダクションという3つの「異なる」専門家集団(例:5 のカメラクルー、3 のMAミキサー)を、プロデューサー(経営・リソース)と監督(創作・ビジョン)という2つの「共通」の統括軸が束ねることで、映像制作の複雑なワークフローは初めて一つのプロジェクトとして成立します。
VI. ワークフローの変革:バーチャルプロダクションによる境界の曖昧化
A. 新たなパラダイムの提示
これまで論じてきた伝統的な三段階構造(プリプロ → プロ → ポスプロ)は、リニア(直線的)なワークフロー、すなわち「滝」モデル(前の工程が終わらないと次に進めない)を前提としています。しかし、近年台頭している「バーチャルプロダクション(Virtual Production, VP)」に代表されるリアルタイム技術は、この三段階の前提そのものを覆し、3つのフェーズの境界を意図的に曖昧にしています 9。
バーチャルプロダクションとは、リアルタイムのコンピュータグラフィックス(CG)、実写撮影、モーションキャプチャーを組み合わせ、撮影中(プロダクション段階)に、俳優、カメラクルー、監督が、完成形に近いバーチャル環境(CG背景)の中で一緒に作業できる技術の総称です 9。
B. 境界の曖昧化 (1):ポストプロダクションの「前倒し」
VPがもたらす最も根本的な変革は、ポストプロダクション業務の「前倒し」です。
- プロセス: VPの核心技術は、「カメラ内VFX(In-Camera VFX)」と「リアルタイム合成」と呼ばれます 9。
- 具体的内容: 伝統的なVFX撮影では、俳優はグリーンバック(あるいはブルーバック)の前で演技し、プロダクション段階では背景が存在しない素材が撮影されます。そして、ポストプロダクション段階で、VFXアーティストがロトスコープ(人物の切り抜き)や合成作業を行い、背景を後から追加します 9。
- VPによる変革: VPでは、スタジオ内に設置された巨大なLEDウォールに、Unreal Engineなどのゲームエンジンで作成された高精細なリアルタイムCG背景を映し出します。俳優はそのCG背景の前で演技し、カメラは「背景と俳優がすでに合成された状態」の映像をライブで(リアルタイムで)撮影します 9。
- 結論: これにより、従来ポストプロダクションの主要業務であったVFX合成、ロトスコープ、背景差し替えといった作業の多くが、プロダクション(撮影)段階で完了します 9。つまり、「ポストプロダクション」の作業が「プロダクション」のフェーズに融合・前倒しされているのです。
C. 境界の曖昧化 (2):プリプロダクションの「重層化」
VPは同時に、プリプロダクションの役割をも変質させます。
- プロセス: VPの成功は、プリプロダクション段階でいかに詳細なビジュアライゼーション(視覚化)を行えるかにかかっています 9。
- 伝統的ワークフローとの対比: 伝統的なプリプロでは、ロケハンや絵コンテで大まかなアングルや照明の方向性を決定しますが、最終的なカメラアングルやライティングの微調整は、プロダクション(現場)での監督や撮影監督の判断に委ねられていました 6。
- VPによる変革: VPのプリプロでは、Unreal Engineなどのツールを使い、仮想空間(デジタルツイン)の中で、照明、セットの配置、カメラアングル、俳優の動き(ブロッキング)までを、撮影開始前に詳細に「決定」することが可能です 9。監督やカメラマンは、VRゴーグルなどを使って仮想空間に入り、撮影前に「ロケハン」や「カメラテスト」を完了させることができます。
- 結論: これは、従来プロダクション段階で行われていた「演出」「照明設計」「カメラワークの決定」といった**「プロダクション」の核心的な意思決定の多くが、「プリプロダクション」のフェーズに前倒し**されていることを意味します。
バーチャルプロダクションは、「ポストプロダクション」の作業を「プロダクション」に、「プロダクション」の意思決定を「プリプロダクション」に移行させます 9。これにより、三段階のリニアな「滝」モデルは崩壊し、全フェーズの作業と意思決定が初期段階(プリプロ)に集中・融合する、**「フロントローディング型(前倒し型)」かつ「反復型(Iterative)」**のワークフローへと根本的に変容しているのです。
VII. 総論:映像制作プロセスの本質と未来
本レポートでは、映像制作を構成するプリプロダクション、プロダクション、ポストプロダクションの三段階について、その「異同」を詳細に分析しました。
総括(異同):
- 「異」(差異): 各フェーズは、その目的、プロセス、成果物において本質的に異なります。
- プリプロダクションは、リスクを最小化するために「概念(設計図)」を生み出す、知的・計画的なフェーズです 2。
- プロダクションは、設計図を具現化するために「物理(生の素材)」を生み出す、物理的・即時的なフェーズです。この段階は、ピント、電力、ケーブルといった物理的制約との戦いによって特徴づけられます 5。
- ポストプロダクションは、生の素材を洗練させるために「合成(完成品)」を生み出す、デジタル・芸術的なフェーズです。この段階は、編集、音響、色彩、VFXといった高度な「専門分化」によって特徴づけられます 3。
- 「同」(共通性): これら3つの機能的に「異なる」フェーズは、制作プロセス全体を貫く2つの「共通」の統括軸によって結合されています。
- プロデューサーが、「経営・リソース(予算、スケジュール)」の責任者として全工程を管理します 4。
- 監督が、「創作・ビジョン(品質、表現)」の責任者として全工程の最終判断を下します 6。
未来への展望(変容):
伝統的な三段階構造は、映像制作の複雑なワークフローを理解する上で、依然として強力なフレームワークです。しかし、本レポートの最後で分析したように、バーチャルプロダクション 9 に代表されるリアルタイム技術の台頭は、これらの厳格な境界を積極的に溶解させ始めています。
未来の映像制作ワークフローは、プリプロ→プロ→ポスプロというリニアな「リレー」から、プリプロダクション段階に全ての知見と意思決定が集約され、全セクションのスタッフがリアルタイムでフィードバックを交換しながら共同作業を行う 9、「スパイラル型」あるいは「同時並行型」のプロセスへと進化しています。
この伝統的な「異同」の理解と、現代的な「変容」の把握こそが、次世代のメディア産業の制作プロセスを分析する鍵となります。
引用文献
- 映像制作の流れ 3つのフェーズと業務プロセス – 株式会社Curiver https://curiver.com/contents/34286/
- 映像はどう作られている? 映像制作のプロセスについて | Maromaro … https://www.maromaro.co.jp/blog/creative/14148/
- ポストプロダクションとは? 仕事内容と大手ポスプロ16社一覧 … https://thingmedia.jp/2138
- 夢を形にする!映像プロデューサーの仕事とキャリアパス – キャリア … https://job.stylemap.co.jp/others/a-career-in-film-tv-becoming-a-video-producer/
- 映画撮影ワークフロー – スタッフ – Google Sites https://sites.google.com/mwd.jp.net/photo/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%83%E3%83%95
- アニメ監督とは|なり方・仕事内容・有名監督になりたい人必見! – 松陰高等学校 https://sho-in.ed.jp/column/2263/
- ビデオのポストプロダクションワークフローガイド – Adobe https://www.adobe.com/jp/creativecloud/video/hub/guides/post-production-workflow.html
- 映画制作における主要な職種とその仕事について https://www.synapps.co.jp/post/%E6%98%A0%E7%94%BB%E5%88%B6%E4%BD%9C%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E4%B8%BB%E8%A6%81%E3%81%AA%E8%81%B7%E7%A8%AE%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%95%E4%BA%8B%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6
- 2025年のバーチャルプロダクション: これからの映像制作 … https://garagefarm.net/jp-blog/virtual-production-redefining-the-future-of-creative-workflows


