「理由」「根拠」「論拠」の違い

論理の礎:文章における「理由」「根拠」「論拠」の構造的差異と戦略的活用法

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Part 1: 各概念の核心的定義と機能

論理的な文章を構築し、説得力のある議論を展開するためには、使用する語彙の正確な理解が不可欠である。特に、「理由」「根拠」「論拠」という三つの概念は、しばしば混同されがちであるが、それぞれが論証において担う役割は明確に異なる。本章では、各概念の核心的な定義と機能を解明し、それらの異同を浮き彫りにする。

1.1. 「理由」:動機と解釈の広範な領域

「理由」は、三つの概念の中で最も広範な意味領域を持つ言葉である。辞書的には、「物事がそうなった、また物事をそのように判断したわけ・子細・事情」と定義される 1。この定義が示す通り、「理由」は特定の出来事や判断の背景にあるあらゆる種類の「わけ」を包括する。時には、「風邪を理由に休む」といった用法に見られるように、「いいわけ」や「口実」といったニュアンスを帯びることもある 1

「理由」の最も本質的な特徴は、その主観性と文脈依存性にある。それは個人の判断、解釈、動機と深く結びついている。「理由」とは、本質的に「ある一定の事実や資料に基づいて行われる主観的な解釈や推論」なのである 4。例えば、「なぜ電車ではなくバスで行ったのか?」という問いに対し、「バスのルートには綺麗な桜の木が見える道路があるから」と答える場合、これは客観的な合理性ではなく、完全に個人的な価値判断に基づく正当な「理由」である 4。就職活動における志望動機なども、この「理由」の典型例であり、個人の価値観や将来の展望といった主観的な要素がその中核を成している 5

「理由」の意味領域をより明確にするためには、「原因」との比較が有効である。「原因」は、多くの場合、特定の(特に否定的な)結果を引き起こした直接的な引き金を指す。「大雪が原因で、電車が遅れました」というように、物理的・機械的な因果関係を示す際に用いられることが多い 7。対照的に、「理由」は、「人を刺した理由は、腹が立ったから」というように、意思を持った主体の行為の裏にある動機や心理的背景を説明する際に用いられる 8。このことから、「理由」は人間の思考や意思決定のプロセスと密接に関連していることがわかる。

このように広範で主観的な性質を持つ「理由」は、あらゆる説明や正当化の出発点となる。誰かに「なぜ?」と問うとき、我々が最初に求めるのはこの「理由」である。しかし、その説明が単なる個人の感想を超え、他者を納得させるだけの説得力を持つためには、より客観的で厳密な要素が必要となる。この要求に応える形で、「根拠」と「論拠」という概念が論証の舞台に登場する。したがって、「理由」は単に三つの異なる概念の一つであるだけでなく、個人的な説明から客観的な論証へと至るプロセスの入り口、すなわち「論証へのゲートウェイ」として機能するのである。

1.2. 「根拠」:客観的事実の土台

「理由」が主観的な領域を広くカバーするのに対し、「根拠」は論証の客観的な土台を形成する。「根拠」とは、「判断が正しいことを示す拠り所としての客観的な情報・事実・データ」と定義される 9。その本質は「証拠(evidence)」であり、主張や結論の正しさを物理的、あるいは論理的に裏付けるものである 4。英語の “evidence” や “grounds” がこれに相当し、議論の信頼性を担保する役割を担う 10

「根拠」を「根拠」たらしめる決定的な特徴は、その客観性、検証可能性、そして具体性にある。主観的な「理由」とは異なり、優れた「根拠」は、原則として誰もが確認・検証できる事実でなければならない 13。ある説明に説得力を持たせるためには、「理由」に客観性を与える「根拠」が不可欠なのである 14。例えば、ある企業の営業部長の交代を進言する際に、「彼の人間性に問題があるから」というのは主観的な「理由」に過ぎない。しかし、「彼の就任後、営業部の月別戦略会議の時間が半減し、精神疾患による休職者の割合が他部署の3倍になった」というデータを示せば、それは客観的で検証可能な「根拠」となり、主張の説得力を飛躍的に高める 4

議論を支える「根拠」には、様々な種類のデータが含まれる。これらは文脈に応じて使い分けられる。

  • 経験的事実・観測結果: 「二酸化炭素は水に溶ける」といった、科学的な実験や観察によって確認された事実 13
  • 統計データ: 「市場調査で80%以上の消費者がこの製品を好むと回答した」といった、定量的な調査によって得られた数値 15
  • 物理的証拠: 「容疑者の部屋から、被害者のものと一致するプリンの容器が見つかった」といった、事件や事象を直接的に示す物証 16
  • 権威ある情報源・文書: 法律の条文、公的機関の報告書、査読付きの学術論文など、信頼性が担保された記録 10

これらの客観的な事実を提示することによって、議論は個人の意見の表明から、他者と共有可能な論理的構築物へと昇華されるのである。

1.3. 「論拠」:論理的飛躍を繋ぐ架け橋

「根拠」が客観的な事実の提示であるとすれば、「論拠」は、その事実(根拠)と結論(主張)とを結びつける論理的な架け橋である。「論拠」は辞書的に「議論のよりどころ」と説明されるが、これは具体的な証拠そのものを指すのではなく、議論を成り立たせている背景の原理や法則を意味する 17

「論拠」の最も重要かつ難解な側面は、それがしばしば「暗黙の仮定や隠れた前提」として機能する点にある 19。それは、「その根拠から、どうしてその主張が成立するのですか?」という根源的な問いに答える役割を果たす 19。つまり、「根拠」から「主張」への論理的な飛躍を正当化する、しばしば明示されないルールのことである。

この「論拠」は、多くの場合、一般法則、科学的原理、法的規則、あるいは社会的に共有された価値基準といった形をとる。例えば、「有酸素運動は体脂肪をエネルギーとして使う(根拠)、だから体重が減る(主張)」という論証において、聞き手は無意識に「使った体脂肪の分だけ体重が減る」という生物学的な一般法則を前提としている。この明示されていない前提こそが「論拠」である 22

ここで重要なのは、「根拠」が普遍的な客観性を目指すのに対し、「論拠」は特定の文化や文脈、専門分野に固有のものである場合が多いという点である。ある文脈では完全に有効な議論が、その背景にある「論拠」が共有されていない別の文脈では、全く説得力を持たないことがある。例えば、法的な議論における「論拠」はその国の法律であり、その管轄外では通用しない。倫理的な議論における「論拠」(例:「人間の生命は神聖である」)は、すべての哲学や文化で共有されているわけではない。同様に、「相関関係は因果関係を意味しない」という科学的思考における「論拠」も、科学という特定の分野における思考のルールである。

このことは、優れた論証家が、確固たる「根拠」を提示するだけでなく、聞き手がどのような「論拠」を保持しているかを鋭敏に察知しなければならないことを示唆している。もし、自らが用いる「論拠」が聞き手に自明のものでないならば、その「論拠」自体を明示し、なぜそれが妥当なのかを弁護する必要さえ生じる。これにより、論証という行為は、単なる論理的なパズルから、聞き手の価値観や知識背景を考慮に入れた、高度な知的コミュニケーションへと進化するのである。

Part 2: 徹底比較分析:「理由」「根拠」「論拠」の相互関係

各概念の基本的な定義と機能を理解した上で、次はその相互関係を比較分析し、論証構造におけるそれぞれの役割をより精密に解き明かす。特に、主観と客観の軸で見た「理由」と「根拠」の差異、そして論証モデルにおける「根拠」と「論拠」の機能分担は、論理的な文章を構築する上で極めて重要な視点となる。

2.1. 主観から客観へ:「理由」と「根拠」の決定的差異

「理由」と「根拠」の最も決定的かつ実践的な差異は、主観性か客観性かという点にある。「理由」は個人の動機や解釈といった主観的な説明を含むことができるのに対し、「根拠」は誰もが検証可能な客観的な事実でなければならない 4。端的に言えば、「理由」は「なぜ私がそう考えたか/そうしたか」を説明し、「根拠」は「なぜそれが真実だと言えるか」の証拠を提供する。以下の比較表は、これらの差異を体系的に整理したものである。

特性 (Characteristic)理由 (Riyū)根拠 (Konkyo)論拠 (Ronkyo)
核となる機能 (Core Function)行為や判断の「わけ」を説明主張や理由を支える客観的な「証拠」「根拠」と「主張」の繋がりを保証する「論理法則」
性質 (Nature)主観的解釈、動機、推論を含む客観的事実、データ、観測結果一般法則、原理、価値観、暗黙の前提
答える問い (Question Answered)「なぜそうしたのか?/なぜそう考えたのか?」「その主張/理由が正しいと言える証拠は何か?」「なぜその根拠からその主張が導き出せるのか?」
トゥールミン・モデル (Toulmin Model)– (広義には論証全体を指す)データ (Data / Grounds)論拠 (Warrant)
具体例 (Example)「遅刻しました、なぜなら寝坊したからです」「この薬は効く。なぜなら臨床試験で有効性が示されたからだ」「ソクラテスは死ぬ。なぜなら彼は人間であり(根拠)、そして『全ての人間は死ぬ』(論拠)からだ」

この主観から客観への移行は、議論の説得力における階層構造を形成する。個人的な「理由」は、日常的な会話では十分かもしれないが、ビジネスや学術の場では、検証可能な「根拠」によって裏付けられない限り、その説得力は著しく低い。「ただ単に理由を述べるだけでは人は納得してはくれません」という指摘は、この階層構造の本質を的確に捉えている 14

この使い分けは、実践的な文章作成において極めて重要である。例えば、ビジネス提案書において、新プロジェクトを提案する「理由」(例:「市場シェアを拡大するため」)を述べるだけでは不十分であり、その妥当性を示す「根拠」(例:詳細な市場分析データ、競合他社の業績指標)を提示しなければならない。同様に、学術論文では、研究を行うに至った「理由」は序論で説明されるが、導き出される結論は、結果の章で示される客観的なデータという「根拠」に完全に基づかなければならないのである。

2.2. 論証の構造:「根拠」と「論拠」の役割分担

「根拠」と「論拠」は、どちらも主張を支えるという点で共通しているが、その役割は明確に異なる。この役割分担を精密に解剖するための強力な分析ツールが、哲学者のスティーヴン・トゥールミンが提唱した論証モデルである 19。このモデルは、論証を以下の三つの基本要素に分解する。

  • 主張 (Claim): 論証によって結論付けられる、あるいは受け入れを求める命題。
  • 根拠 (Data/Grounds): 主張を直接的に支えるために提示される客観的な事実や証拠。これは本稿で定義した「根拠」に完全に一致する。
  • 論拠 (Warrant): 根拠(Data)と主張(Claim)の間の繋がりを保証し、その推論を正当化する原理や法則、仮定。これは「論拠」の定義と一致する。

このモデルを用いることで、「根拠」と「論拠」の機能的な違いが鮮明になる。「根拠」の役割は事実を提示することであり、一方で「論拠」の役割は、その事実からなされる推論を正当化することである。「根拠は、主張を導くための直接的な支え」であり、「論拠は、根拠から主張を導くときに、その導出に無理がなく、かつ両者の関係が正しいものであることを保証する役割」を果たす、という説明はこの機能分担を的確に表現している 20

この三要素の関係は、「根拠、だから主張、なぜなら論拠」という定型で整理することができる 19。この構造を理解することで、議論の中に隠された論理を可視化することが可能になる。例えば、以下の論証を分解してみよう 22

  • 主張 (Claim): (アンモニアの)新たな合成技術の開発が必要だ。
  • 根拠 (Data): 大規模なプラント設備の建設と運用には多大な経費がかかる。また、低価格なアンモニアの需要がある。
  • 論拠 (Warrant): (明示されていないが)「今までより小規模で効率の良い生産方法があれば費用を下げられ、低価格な需要に応えられる」という一般原理があるから。

このように論証を分解すると、書き手や話し手が自明のものとして省略した「論拠」が明確になり、その妥当性を吟味することが可能になる。

この「根拠」と「論拠」の区別は、単なる分析的な概念整理に留まらない。それは、脆弱な議論のどこに問題があるのかを正確に突き止めるための、強力な診断ツールとして機能する。ある議論に説得力がないと感じたとき、その原因は「根拠」にあるのか、それとも「論拠」にあるのかを特定することができる。もし「根拠」に異議を唱えるならば、それは「あなたの提示した事実は間違っている」あるいは「データが信頼できない」という事実に関する論争である。一方、「論拠」に異議を唱えるならば、それは「たとえあなたの事実が正しくても、そこからその結論は導かれない」という論理や原理に関する論争となる。この区別を意識することで、書き手は自らの議論の弱点を予測し、先回りして補強することができる。「私の証拠は確かか?(根拠)」そして「私の証拠と結論を結びつける原理は、聞き手にも受け入れられる妥当なものか?(論拠)」と自問することで、抽象的な概念は、議論を強化するための具体的な実践的ツールへと変わるのである。

Part 3: 論証の三位一体:主張を構築する統合的フレームワーク

「理由」「根拠」「論拠」の各概念とその相互関係を理解した上で、本章ではこれらを統合し、説得力のある主張を構築するための包括的なフレームワークを示す。これら三つの要素が一体となって機能することで、議論は強固な構造を持つ。逆に、いずれかの要素が欠如したり、誤って用いられたりした場合、論理は脆弱となり、容易に崩壊する。

3.1. 「根拠、ゆえに主張、なぜなら論拠」の実践的展開

強力な論証は、「主張」「根拠」「論拠」の三要素が連携することで成立する(ただし、「論拠」はしばしば暗黙の前提として機能する)。これらの要素は、単に並列に存在するのではなく、互いに支え合うことで相乗効果を生み出す。例えば、以下の提案は、この三位一体の構造を明確に示している 25

  • 主張 (Claim): 社員向けにマナー研修を実施したい。
  • 論拠的な理由 (Warrant-like Reason): 取引先で社員の不適切な振る舞いが多いため。
  • 事実としての根拠 (Data/Grounds): アンケート調査で、3割の顧客が社員のマナーが悪いと指摘している。

さらに、複数の論理の筋を組み合わせることで(「ヨコの論理」と呼ばれる)、議論の頑健性を高めることができる 25。上記の提案に、「研修費用は今期の教育予算で賄える(根拠2)」という財務的な側面からの論証を加えることで、提案はより多角的で反論の余地が少ないものになる。

この論証プロセスを、簡単な主張から段階的に構築することで、より深く理解できる。

  1. 主張のみ(脆弱): 「当社はAIに投資すべきである。」
  • これは単なる意見表明であり、説得力に欠ける。なぜそうすべきなのか、何の裏付けもない。
  1. 主張+根拠(改善): 「当社はAIに投資すべきである。なぜなら、主要な競合他社がAIシステムを導入後、生産性を15%向上させたからだ。」
  • 客観的なデータ(根拠)が加わったことで、主張に具体性と説得力が生まれた。しかし、競合他社の成功が自社にも当てはまるという繋がりは、まだ自明とは言えない。
  1. 主張+根拠+論拠(強固): 「当社はAIに投資すべきである(主張)。なぜなら、主要な競合他社がAIシステムを導入後、生産性を15%向上させたからだ(根拠)。そして、我々は競合他社と同一市場で類似した業務プロセスを運営しているため、同様の投資が当社にも同程度の生産性向上をもたらす蓋然性は極めて高い(論拠)。」
  • 「根拠」と「主張」を結びつける「論拠」が明示されたことで、論理的な飛躍がなくなり、完全で強固な論証が完成した。

このように、三つの要素を意識的に組み合わせることで、単なる意見を、論理的に検証可能な説得力のある議論へと昇華させることができるのである。

3.2. 論理的脆弱性の特定:根拠の欠如と論拠の誤謬

論証の三位一体のフレームワークは、他者の議論の脆弱性を特定し、自身の議論の弱点を補強するためにも有効である。論理的な破綻は、主に「根拠の欠如」と「論拠の誤謬」という二つの形で現れる。

根拠なき主張の危険性

一つ目は、客観的な「根拠」を欠いた主張である。これは主観的な「理由」のみで構成されている場合が多く、「根拠のない自信」や「根拠のない噂」といった形で現れる 12。このような主張は、論理ではなく、感情、権威、あるいは聞き手の思い込みに訴えかける。そのため、「その根拠は何ですか?」という単純な問いかけによって、その基盤のもろさが容易に露呈する 12。

不適切な論拠が引き起こす論理の破綻

二つ目は、より巧妙で見抜きにくい論理的欠陥である。この場合、提示された「根拠」自体は事実として正しいかもしれないが、それを「主張」に結びつける「論拠」に誤りがある。以下の論証例がこの典型である 13。

  • 根拠 (Data): ジュゴンは海に生息する。海に生息する生き物は全て魚類だ。
  • 主張 (Claim): だから、ジュゴンは魚類だ。

この論証では、第一の根拠「ジュゴンは海に生息する」は事実である。しかし、第二の根拠として提示され、実質的に「論拠」として機能している「海に生息する生き物は全て魚類だ」という命題が、科学的に明白な誤りである。この誤った「論拠」のために、たとえ三段論法という論理構造自体は正しくても、結論は完全に破綻している。この例は、有効な論証が、正しい論理構造だけでなく、真実に基づいた前提(「根拠」と「論拠」)を必要とすることを示している。

これらの論理的脆弱性を理解することは、単なる技術的な問題に留まらない。意図的に誤った「根拠」(偽情報)や欠陥のある「論拠」(詭弁)を用いて議論を構築することは、論理的な誤りであると同時に、倫理的な問題でもある。プロパガンダや悪質な広告、扇動的な言説は、しばしばこの手口を用いる。例えば、正確な「根拠」(例:「犯罪率が上昇した」)を提示しつつ、それを偏見に満ちた疑わしい「論拠」(例:「移民が犯罪増加の原因である」)を介して、特定の「主張」(例:「移民を制限すべきだ」)に結びつける。したがって、議論を「主張」「根拠」「論拠」に分解して分析する能力は、単に優れた書き手になるためのスキルではなく、欺瞞的なレトリックを見抜き、それに抵抗するための、責任ある市民としての批判的思考能力そのものなのである。

Part 4: 高度な応用と実践的指針

これまでに詳述してきた「理由」「根拠」「論拠」のフレームワークは、様々な文章作成の場面で応用可能な実践的ツールである。本章では、具体的な文章タイプ別に最適な論理構造を考察し、さらに自身の議論を強化するための自己点検チェックリストを提供する。

4.1. 文章タイプ別に見る最適な論理構造

文章の目的や読者層に応じて、論理構造の強調すべき点は異なる。

科学技術論文における厳密な論証

科学技術論文では、論証の厳密性が最優先される。「根拠」は、再現・検証可能な実験データや観測結果でなければならず、その信頼性が論文の価値を決定する。「論拠」は、その分野で確立された科学法則、理論、あるいは先行研究によって裏付けられた原理となる。議論の構造は極めて明示的かつ透明であることが求められ、暗黙の前提(論拠)を残すことは、査読における批判の対象となりうる。

ビジネス提案書における説得の技術

ビジネス提案書の目的は、意思決定者を説得し、行動を促すことにある。「根拠」には、市場データ、財務予測、成功事例などが用いられる 15。「論拠」は、しばしば収益性、効率性、競争優位性といった、組織内で共有されているビジネス上の価値観に訴えかける(例:「Xへの投資は高いROIをもたらす」)。論理構造は、PREP法(Point, Reason, Example, Point)のように、結論を先に示し、その正当性を簡潔かつ力強く示す形式が好まれる 27。

人文・社会科学系レポートにおける多角的論証

これらの分野では、論証はより解釈的で多角的になる。「根拠」には、文献の引用、歴史的資料、アンケートデータ、質的インタビューなどが含まれる。「論拠」は、しばしば特定の理論的枠組み(例:マルクス主義理論、精神分析、フェミニズム理論など)がその役割を担う。この場合、書き手は自らが採用した「論拠」(理論的レンズ)の妥当性自体を、他の理論との比較などを通じて明示的に弁護する必要が生じることがある。

4.2. 自身の議論を強化するための自己点検チェックリスト

自身の文章や議論を客観的に評価し、その論理的強度を高めるために、以下のチェックリストが有効である。

  1. 主張の明確化 (Clarifying the Claim):
  • 私が読者に受け入れてほしい中心的なメッセージは、一文で明確に表現できるか?
  1. 根拠の検証 (Verifying the Grounds):
  • この主張を支えるために、私はどのような客観的な事実、データ、証拠を提示しているか?
  • それらの「根拠」は信頼できる情報源に基づいているか? 第三者が検証することは可能か?
  1. 論拠の可視化 (Visualizing the Warrant):
  • 私の提示した「根拠」から「主張」への飛躍を、どのような一般法則、原理、価値観が正当化しているのか?
  • その「論拠」を明示的に書き出してみると、それは本当に妥当か?
  1. 読者の視点 (Considering the Audience):
  • 想定する読者は、この「論拠」を自明のものとして受け入れるだろうか?
  • もしそうでなければ、私は「論拠」そのものの正当性を説明し、弁護する必要があるか?
  1. 脆弱性の評価 (Assessing Vulnerabilities):
  • 私の議論はどこが最も攻撃されやすいか? 「根拠」の不足や質の低さか、それとも「論拠」の弱さや非共有性か?
  • 予想される反論に対して、あらかじめ備えることはできるか?

このチェックリストを習慣的に用いることで、書き手は自身の思考プロセスを客観視し、より構造的で説得力のある議論を構築する能力を体系的に向上させることができる。

Part 5: 結論

本稿では、文章における「理由」「根拠」「論拠」という三つの概念について、その定義、機能、そして相互関係を多角的に分析した。その結果、これらの区別が単なる言葉遊びではなく、論理的思考、明晰な文章表現、そして効果的な説得の根幹をなす、本質的なフレームワークであることが明らかになった。

「理由」は、個人の動機や解釈を含む広範な説明の出発点である。しかし、その主観的な「理由」を他者にとって説得力のあるものにするためには、客観的で検証可能な「根拠」という土台が不可欠となる。さらに、その「根拠」がなぜ特定の「主張」を支持するのかを保証する、しばしば暗黙の前提である「論拠」が、論理の飛躍を繋ぐ架け橋として機能する。この「主張」「根拠」「論拠」の三位一体の構造を理解し、意識的に活用することこそが、強固な論証を構築するための鍵である。

このフレームワークは、自身の議論を構築する際の設計図となるだけでなく、他者の議論を批判的に分析するための解剖図としても機能する。議論の弱点が「根拠」の欠如にあるのか、「論拠」の誤謬にあるのかを正確に診断する能力は、建設的な対話を行い、偽情報や詭弁を見抜く上で不可欠なスキルである。

最終的に、これらの概念を精緻に使い分ける能力は、書き手の説得力を飛躍的に向上させる。それは、単なる主張の表明から、論理的に緻密で反論に耐えうる議論の構築へと、思考と表現の次元を引き上げる。明晰さ、自信、そして知的誠実さをもって言論の場に臨むために、「理由」「根拠」「論拠」という論理の礎を深く理解し、使いこなすことの重要性は、計り知れない。

引用文献

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  2. 理由(リユウ)とは? 意味や使い方 – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E7%90%86%E7%94%B1-149483
  3. 理由 (【名詞】ある事がなぜそうなったか ) の意味・使い方・読み方|Engoo Words https://engoo.jp/app/words/word/%E7%90%86%E7%94%B1/zga0ELstQmCjlQAAAAaoLg
  4. 理由と根拠の違いから考える本質【小論文の真髄】 無料公開中 – note https://note.com/sho_ronbun_com/n/n71d36466a093
  5. 例文8選|志望動機の書き出しで本気度を見せ差別化する方法 | PORTキャリア https://www.theport.jp/portcareer/article/6163/
  6. 志望動機の例文|新卒向けの書き方・構成・書き出しを人事観点でチェック – リクナビ https://job.rikunabi.com/contents/entrysheet/8637/
  7. 第16回 「理由」と「原因」の違いが、よくわかりません。 – ARC東京日本語学校 https://arc.ac.jp/Tokyo/mimi-bunpou016/
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  11. 根拠(コンキョ)とは? 意味や使い方 – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%A0%B9%E6%8B%A0-505886
  12. 根拠は英語で「evidence」それとも「fact」?代表的な言い換えを例文とともに紹介 – Kimini英会話 https://kimini.online/blog/archives/15427
  13. 2-3 根拠となるもの – JREC-IN https://jrecin.jst.go.jp/html/compass/e-learning/46-900/lesson/lesson2-3.html
  14. 【理由と根拠】その意味と違いについて分かり易く解説! | ロジック … https://wisdom.logicworks.co.jp/reason-basis/
  15. 【論理的思考のスキルアップ】ビジネスで「論拠」と「根拠」を使いこなす方法 https://listeningmind.marketing-office.jp/contents/what-is-rationale-and-evidence/
  16. 「根拠」とは|なぜ根拠が必要なのか – Liffel(リッフェル) https://liffel.com/logical-thinking/reasons/
  17. 論拠 | 広辞典 | 情報・知識&オピニオン imidas – イミダス https://imidas.jp/kojiten/detail/W-45-0-276-06.html
  18. 論拠(ロンキョ)とは? 意味や使い方 – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E8%AB%96%E6%8B%A0-664023
  19. 2-4 根拠と主張の関係を保証する論拠 – JREC-IN https://jrecin.jst.go.jp/html/compass/e-learning/46-900/lesson/lesson2-4.html
  20. jrecin.jst.go.jp https://jrecin.jst.go.jp/html/compass/e-learning/46-900/lesson/lesson2-4.html#:~:text=%E6%A0%B9%E6%8B%A0%E3%81%AF%E3%80%81%E4%B8%BB%E5%BC%B5%E3%82%92%E5%B0%8E%E3%81%8F,%E5%BF%85%E3%81%9A%E3%81%97%E3%82%82%E6%98%8E%E7%A4%BA%E7%9A%84%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%80%82
  21. 根拠と論拠を指摘せよ。(下線部が主張) 2 次の主張について – 古川黎明 https://freimei-h.myswan.ed.jp/cabinets/cabinet_files/download/16536/66f7d3f5e5ca6f01c8fd48c2d904debc?frame_id=549
  22. 2-5 論証を探しながら読む – JREC-IN https://jrecin.jst.go.jp/html/compass/e-learning/46-900/lesson/lesson2-5.html
  23. 2-1 論証とは何か – JREC-IN https://jrecin.jst.go.jp/html/compass/e-learning/46-900/lesson/lesson2-1.html
  24. jrecin.jst.go.jp https://jrecin.jst.go.jp/html/compass/e-learning/46-900/lesson/lesson2-4.html#:~:text=%E6%A0%B9%E6%8B%A0%E3%82%82%E8%AB%96%E6%8B%A0%E3%82%82%E3%80%81%E5%BA%83%E3%81%84,%E3%81%99%E3%82%8B%E5%BD%B9%E5%89%B2%E3%82%92%E6%9E%9C%E3%81%9F%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
  25. 抜け漏れなく論拠を揃える – 日本話し方センター https://www.ohanashi.co.jp/imps/yokota-blog/%E6%8A%9C%E3%81%91%E6%BC%8F%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%8F%E8%AB%96%E6%8B%A0%E3%82%92%E6%8F%83%E3%81%88%E3%82%8B/
  26. 「根拠」は英語で?今すぐ英会話で使える便利フレーズ12選 https://eikaiwa-highway.com/basis/
  27. 論理的な文章の書き方まとめ【例文アリ】 – STUDY HACKER(スタディーハッカー) https://studyhacker.net/logical-sentences