蓄熱バッテリー(TES)

エネルギー転換を完遂する必須技術

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エグゼクティブ・サマリー

本レポートは、「蓄熱バッテリー」または熱エネルギー貯蔵(Thermal Energy Storage: TES)に関する包括的な技術的・経済的分析を提供する。TESは、熱(または冷熱)の形でエネルギーを貯蔵し、必要な時に放出するシステムであり、エネルギーの生成と利用を時間的に分離(デカップリング)する機能を持つ。この「バッテリー」という用語は、TES技術が従来のリチウムイオン電池(BESS)が主導する高成長のエネルギー貯蔵市場において、直接的かつ実行可能な競合技術であることを示す戦略的な位置づけである。

TESの核心的価値は、再生可能エネルギー(VRE)の変動性を吸収し、電力部門と熱部門を統合(セクターカップリング)する能力にある。本質的に、TESは価値の低い(あるいはマイナス価格の)余剰電力を、価値の高い貯蔵可能な熱エネルギーに変換することで、送電網の安定化と熱部門の脱炭素化という2つの課題を同時に解決する。

本レポートでは、TESの3つの主要技術(顕熱、潜熱、熱化学)を詳細に分類・分析する。

  1. 顕熱蓄熱(SHS):岩石、コンクリート、溶融塩などの媒体の温度を変化させて蓄熱する。最も成熟度が高く、安価であり、特に集中型太陽光発電(CSP)や地域暖房におけるギガワット時(GWh)規模の導入実績がある。
  2. 潜熱蓄熱(LHS):相変化材料(PCM)の融解・凝固に伴う潜熱を利用する。SHSより高いエネルギー密度を持ち、一定温度での熱供給が可能なため、ビル冷暖房や精密な温度管理(例:EVバッテリー)に適している。
  3. 熱化学蓄熱(TCES):可逆的な化学反応を利用してエネルギーを化学結合の形で貯蔵する。理論上最高のエネルギー密度を持ち、室温で生成物を無期限に貯蔵できるため、唯一の真の「季節間貯蔵(ゼロ損失・長期貯蔵)」ソリューションである。

TESとリチウムイオン電池の比較分析は、両者が競合関係にあると同時に、決定的な補完関係にあることを明らかにする。

  • コスト:TESは、リチウムやコバルトのような高価で変動性の高い希少資源を必要とせず、岩石や塩といった安価で豊富な材料を使用するため、資本コスト(CAPEX)および均等化貯蔵コスト(LCOS)がリチウムイオン電池よりも大幅に低い(一部試算では10倍~100倍安価)。
  • 寿命:TES、特にSHSは、原理的に無限に近いサイクル寿命を持ち、リチウムイオン電池の数千サイクルという寿命や交換コストの問題を回避できる。
  • 用途の分岐:市場は「貯蔵期間」によって明確に二分される。リチウムイオン電池は短期間(秒~数時間)の「電力」供給(周波数調整など)に優れる。一方、TESは長期間(数時間~数ヶ月)の「エネルギー」シフトおよび「熱」供給(世界のエネルギー需要の半分を占める)において、経済的・技術的に圧倒的な優位性を持つ。

TESの経済的実行可能性は、特に「電力から熱へ」および「熱から熱へ」の用途において顕著である。米国国立再生可能エネルギー研究所(NREL)の分析によれば、ビルの熱負荷の50%を占める冷暖房用途において、TESはリチウムイオン電池よりも費用対効果が高い。

具体的な導入事例は、TESが既に商業化の段階にあることを証明している。産業部門では、Elstor Oy社やBrenmiller Energy社が食品製造工場や大学の蒸気・熱供給を脱炭素化している。住宅部門では、Sunamp社(LHS/PCM技術)の蓄熱バッテリーが、太陽光発電との組み合わせにより、既存住宅の石油消費量を100%、ガス消費量を50%削減した実績が報告されている。

日本の企業もこの分野で積極的な戦略を展開している。ENEOSは、EVバッテリーの熱管理や定温輸送をターゲットとした「エコジュール」(LHS/PCM)製品で、分散型・低温市場をリードしている。一方、東芝と丸紅は、岩石を用いた高温SHS技術の実証実験を開始しており、産業・電力用の集中型・高温市場を目指している。これは、日本が市場全体をカバーする「デュアルトラック戦略」を推進していることを示唆している。

2024年から2025年にかけての技術的ブレークスルーは、市場の「商業的変曲点」を示している。Sunamp社は、PCMの主要課題であった耐久性を克服し、4万サイクル(50年以上に相当)の寿命を持つ製品を開発した。Brenmiller Energy社は、産業用熱油を直接電化・蓄熱する商用製品を発表した。

結論として、蓄熱バッテリー(TES)は、エネルギー転換のパズルを完成させるための「失われたピース」である。リチウムイオン電池が「電力」と「モビリティ」の課題を解決する一方で、TESは「熱」と「(季節間)貯蔵期間」という、リチウムイオン電池では解決不可能な2つの巨大な課題を解決する、唯一のスケーラブルかつ経済的な技術である。したがって、TESは単なる選択肢の一つではなく、完全に脱炭素化された低コストで安定した未来のエネルギーシステムを実現するための、不可欠な基幹技術である。

I. 「蓄熱バッテリー」の定義:中核原理と分類

1.1. 「ヒートバッテリー」の概念:戦略的定義

「蓄熱バッテリー」(Thermal Battery)は、より技術的には熱エネルギー貯蔵(Thermal Energy Storage: TES)として知られ、熱源(例:ヒートポンプ)から供給されたエネルギーを貯蔵し、後の利用のために保持するシステムと定義される 1。蓄えられた熱は、ユーザーが必要とするときに回収され、エネルギー需要を満たすために放出される 1

「バッテリー」という比喩は、単なる技術的な呼称ではなく、意図的な戦略的含意を持つ。従来型(電気化学的)バッテリーと同様、蓄熱バッテリーの主要機能は、エネルギーの「生成」と「利用」を時間的に切り離すこと、すなわち「デカップリング」することにある 2。この機能により、変動性の高い再生可能エネルギー源(例:太陽熱)、送電網の需要を超える余剰電力(例:夜間の風力発電)、あるいは回収された産業排熱など、時間的に不安定または断続的なエネルギー源の貯蔵が可能になる 2

エネルギー貯蔵市場は、リチウムイオン技術に代表される「バッテリー」という概念によって支配されている。TES産業は、「ヒートバッテリー」という用語を採用することで 2、自らの技術を、ニッチな「熱管理製品」から、高成長する「エネルギー貯蔵資産」という主流の市場カテゴリーにおける、実行可能かつ直接的な競合技術として意図的に位置づけている。この概念的な再構築は、投資の誘致や政策決定への影響において極めて重要である。

このデカップリング機能こそが、TESを経済的かつ送電網の安定化に貢献する「バッテリー」たらしめるものであり、必要に応じて建物の温度を調整し、産業プロセスに熱を供給し、あるいは蒸気タービンを介して電力を再生産することを可能にする 1

1.2. 基本的な貯蔵メカニズムと役割

TESシステムは、熱を貯蔵媒体に移送し(充電)、その熱を保持し、必要な時に放出する(放電)というプロセスで動作する 1。エネルギーが利用可能な場合、それはバッテリーに伝達され、相変化材料(PCM)などの媒体に熱を長期間(数時間から数日間)保持させる 1。エネルギーが必要な場合、蓄積された熱が熱媒体(通常は水)を加熱し、ユーザーに熱を戻す 1

貯蔵媒体は非常に多様であり、単純な水タンクや氷、岩盤や岩石、深層帯水層から 3、より高度なPCM 1、さらには熱化学反応物質 5 まで多岐にわたる。

TESの役割は、個々のプロセスや小規模な建物の冷暖房 4 から、地域、都市、あるいは国家規模の季節間貯蔵(例:夏の熱を冬の暖房に利用する)まで、大規模にスケールアップ可能である 3

1.3. TESの戦略的役割:セクターカップリング(電力と熱の統合)

TESの最も重要な役割の一つは、エネルギー供給と需要のバランスをとることであり、特に変動性の高い再生可能エネルギー(VRE)の導入率が高いエネルギーシステムにおいて不可欠である 4

TESは、単なる受動的なヒートシンク(熱の吸収源)ではない。TESは、電力部門と熱部門の「統合(セクターカップリング)」を実現する、能動的な送電網安定化資産である 3。TESは、送電網の需要を超えたり、発電コストが低い時間帯(例:夜間の風力発電)に生産された「余剰の再生可能電力」を熱として貯蔵することができる 2

これは「Power-to-Heat」(電熱変換)と呼ばれるプロセスであり、TESが送電網側で能動的な需要側応答(デマンドレスポンス)として機能することを意味する。「ピークシェービング」(電力需要の平準化)の一環として、低コストのオフピーク電力を利用して熱を生成・貯蔵する 3

このアプローチは、2つの巨大な課題を同時に解決する。第一に、VREの断続性を吸収することで電力網を安定させる。第二に、世界のエネルギー消費の大きな割合を占め、かつ脱炭素化が困難であった「熱部門」(暖房、給湯、産業プロセス熱)に対して、クリーンな熱を供給することで、熱部門の脱炭素化を加速させる。

II. 技術的詳細:熱貯蔵の3つの柱

TES技術は、熱エネルギーを貯蔵する物理的・化学的メカニズムに基づいて、主に3つのカテゴリーに分類される:顕熱蓄熱(SHS)、潜熱蓄熱(LHS)、および熱化学蓄熱(TCES)である 5

2.1. 顕熱蓄熱 (Sensible Heat Storage: SHS)

2.1.1. メカニズム

SHSは、最も確立され、広く利用されているTES技術である 7。そのメカニズムは、貯蔵媒体の物理的な状態(相)を変えることなく、媒体の温度を上昇または下降させることによって熱エネルギーを貯蔵するという、最も直接的な方法である 5

貯蔵される熱量 $Q$ は、媒体の質量 $m$、比熱容量 $c_p$、および充電・放電間の温度変化 $\Delta T = (t_f – t_i)$ に直接依存する 8。したがって、大容量の貯蔵には、安価で比熱容量が大きく、広い温度範囲で安定している材料が求められる。

2.1.2. 貯蔵媒体

SHSの媒体は、液体と固体の両方が含まれる。

  • 液体媒体:水は、低コストで容易に入手できるため、最も一般的な媒体である 7。しかし、エネルギー密度が低いため、大量の貯蔵スペースを必要とする 1。高温用途(例:1000°Cまで)では、溶融塩(例:硝酸塩)が集中型太陽光発電(CSP)プラントなどで標準的に使用されている 5
  • 固体媒体:コンクリートブロック、岩石、砂、セラミックスなどの固体材料も広く使用される 5。これらは非常に安価で安定している 8

2.1.3. 分析(利点と課題)

  • 利点:SHSの最大の利点は、その技術的成熟度が非常に高いこと 5、システムが単純であること、そして何よりも貯蔵媒体のコストが非常に低い(「安価」である)ことである 5
  • 課題:主な課題は、エネルギー密度が比較的低いことである 5。これにより、同量のエネルギーを貯蔵するためにより大きな体積が必要となる。また、貯蔵された熱は時間とともに自然に放散するため、熱損失を防ぐための高度な断熱が不可欠である 5。さらに、放電プロセス中に媒体の温度が連続的に低下するため、供給される熱の「質」(エクセルギー)が低下するという熱力学的な問題もある 1

2.1.4. イノベーション事例 (Kraftblock)

SHSの「低密度」という課題は、最新の技術によって克服されつつある。例えば、Kraftblock社が開発した充填層システム(Packed-bed system)は、産業スラグ(鉱さい)をアップサイクルした特殊なセラミック材料を使用する 9。このシステムは1000°Cを超える高温で動作し、1立方メートルあたり最大1.2 MWhという卓越した貯蔵容量を達成している。これは、顕熱蓄熱のカテゴリーにおいて最高レベルのエネルギー密度であり、SHSが高度なエンジニアリングによって潜熱蓄熱に匹敵する密度を達成できる可能性を示している 9

2.2. 潜熱蓄熱 (Latent Heat Storage: LHS)

2.2.1. メカニズム

LHSは、物質の相変化(Phase Change)、通常は固体から液体への「融解」の際に吸収される「潜熱(Latent Heat of Fusion)」を利用してエネルギーを貯蔵する 6

充電時、エネルギー(熱)が供給されると、材料は融解し、そのエネルギーを潜熱として吸収する。放電時、材料は凝固し、蓄えていた潜熱を放出する 1。このプロセスの最大の熱力学的特徴は、相変化が起こっている間、材料の温度が「ほぼ一定」に保たれることである 1

2.2.2. 貯蔵媒体(相変化材料 – PCM)

LHSの鍵となる材料は、相変化材料(Phase Change Materials: PCM)と呼ばれる 1。PCMは、その化学的性質によって主に3つに分類される 12

  • 有機系PCM:パラフィン化合物や脂肪酸など。炭化水素ベースの物質 12
  • 無機系PCM:塩水和物や金属合金など。一般に有機系PCMよりも高いエネルギー貯蔵能力と熱伝導率を持つ 10
  • 共晶系PCM:2種類以上の有機系または無機系PCMを混合したもの 12

2.2.3. 分析(利点と課題)

  • 利点:LHSの最大の利点は、その高いエネルギー密度である。同じ体積あたりで比較した場合、SHS(例:水)の5倍から14倍多くの熱を貯蔵できる 7。また、ほぼ一定の温度で熱を供給できるため、精密な温度制御が必要な用途(例:建物の冷暖房、電子機器の熱管理)に理想的である 9
  • 課題:LHSの技術的成熟度(TRL)はSHSよりも低い 5。材料が腐食性や反応性を持つ場合があり、容器の設計が複雑になる 9

2.2.4. LHSの核心的ボトルネック:電力(Power)対 容量(Capacity)

LHSの最も重大な技術的ボトルネックは、その「容量(エネルギー密度)」ではなく、その「電力(充放電速度)」にある。多くのPCM、特に固相状態において、熱伝導率が非常に低い 9

これは、PCMが大量のエネルギーを「保持する」(高い容量)ことはできても、そのエネルギーを迅速に「出し入れする」(低い電力)ことができないことを意味する。この充放電速度の制限が、LHSの産業応用を妨げる主な要因となってきた。

このため、現在のLHS研究開発は、PCMをグラファイトフォームのような高伝導性の多孔質マトリックスに含浸させたり 9、ナノチューブやナノロッドなどのナノ材料を添加して複合材料(Nano-enhanced composites)を作成し、実効熱伝導率を高めることに集中している 9

2.3. 熱化学蓄熱 (Thermochemical Storage: TCES)

2.3.1. メカニズム

TCESは、TESの3つの柱の中で最も先進的であり、可逆的な化学反応を利用して熱エネルギーを「化学結合」の形で貯蔵する 5

  • 充電(吸熱反応):熱エネルギーが供給され、化学物質AをBとCに分解する吸熱反応を駆動する。その後、生成物BとCは物理的に分離されて貯蔵される 15
  • 放電(発熱反応):エネルギーが必要な時、生成物BとCが再結合され、化学結合エネルギーが熱として放出される発熱反応が起こる 15

2.3.2. 貯蔵媒体と反応

TCESの反応メカニズムは多岐にわたる。

  • 収着(Sorption):ガス(収着質)が固体または液体(収着剤)に捕捉される物理的・化学的プロセス。例として、ゼオライトや金属有機構造体(MOF)による水蒸気の吸着が挙げられる 16
  • 化学反応:水和塩(例:$MgCl_2 \cdot 6H_2O$)の脱水・水和反応や、アンモニア錯体(Ammoniates)の分解・合成反応など 16
  • 金属水素化物(Metal Hydrides):熱を利用して金属水素化物(例:$MgH_2$)から水素($H_2$)を放出・分離して貯蔵する。必要な時に水素を金属と再反応させ、熱を発生させる 15
  • 金属酸化物レドックス(Redox):高温の熱で金属酸化物(例:$Co_3O_4$)を還元し、酸素($O_2$)を放出する。必要な時に還元された金属(例:$CoO$)を空気中の酸素と再酸化させ、高温の熱を放出する 16

2.3.3. 分析(利点と課題)

  • 利点:TCESの理論上のエネルギー密度は、SHSやLHSを大幅に上回り、全てのTES技術の中で最も高い 5
  • 課題:TCESは「最も先進的」であると同時に、「技術的成熟度が低い」 5。主な課題として、「反応速度の遅さ」と「サイクル寿命の短さ」が挙げられる 17。また、ガス生成物を貯蔵する必要があるなど、システムが複雑であり、資本コストも高くなる傾向がある 5

2.3.4. TCESの独自の優位性:「時間」の克服と季節間貯蔵

TCESの最も根本的かつ独自の利点は、他の2つの技術(SHS、LHS)とは物理的に異なる点にある。SHSとLHSは「熱」そのものを貯蔵する。熱力学の法則に従い、熱はどれほど高度な断熱を施しても、時間とともに必ず放散(損失)していく 5。これにより、数日以上の貯蔵は経済的に非効率になる。

一方、TCESは熱を「化学結合」のエネルギーに変換する。生成された化学物質(例:分離された水素や還元された金属)は、室温で、エネルギー損失ゼロ(「小さな熱損失」5)で「無期限に」貯蔵することが可能である 5

これは、TCESが「時間」という制約を克服することを意味する。したがって、TCESは、夏の有り余る太陽熱を貯蔵し、数ヶ月後の冬に暖房として利用するような、真の「長期・季節間貯蔵」を実現できる唯一の技術候補である 5

2.4. TES技術の比較分析

これら3つの技術のトレードオフは、技術選定における中心的な軸となる。以下の表1は、3つのTES技術の主要な特性を比較・要約したものである。

表1:熱貯蔵技術(TES)の比較分析

特徴顕熱蓄熱 (SHS)潜熱蓄熱 (LHS)熱化学蓄熱 (TCES)
貯蔵メカニズム媒体の温度変化(比熱) 5媒体の相変化(潜熱) 5可逆的な化学反応(反応熱) 5
主要媒体水、溶融塩、岩石、コンクリート、砂 5相変化材料 (PCM):塩類、金属、有機物 5化学結合:水和塩、金属水素化物、金属酸化物 5
エネルギー密度 (kJ/kg)$200 \sim 500$ (温度差200-400°Cの場合) 5$100 \sim 1,000$ (硝酸塩: 100-200; 金属: 200-500; フッ化物塩: 1000) 5$300 \sim 6,000$ 5
動作温度低温~超高温 ($> 1000^{\circ}C$) 9特定の融点(ほぼ一定温度)で動作 9低温~高温 ($> 1000^{\circ}C$) 5
技術的成熟度(最も確立されている) 5中~低(研究開発段階) 5(最も先進的だが未成熟) 5
推定コスト 8中~高 9 5
主な利点低コスト、単純、高信頼性、高TRL 7高エネルギー密度、一定温度での熱供給 7最高のエネルギー密度ゼロ損失の長期・季節間貯蔵 5
主な課題低エネルギー密度、熱損失、温度低下 1低熱伝導率(低電力)、腐食性、材料コスト 9低TRL、低反応速度、低サイクル寿命、システムの複雑さ 5

(出典: 1)

表1から明らかなように、TES技術の選定は「エネルギー密度」と「技術的成熟度(コスト)」の間の明確なトレードオフに基づいている。SHSは「高成熟度・低密度」であり、TCESは「低成熟度・高密度」である。LHSはその中間に位置する。

このトレードオフは、投資家やエンジニアにとって明確な意思決定マトリックスを提示する。

  1. 課題:GWh規模の安価で信頼性の高い蓄熱が「今日」必要である。
    解決策:SHS(例:集中型太陽光発電の溶融塩)3。
  2. 課題:設置面積が限られ、安定した温度供給が必要な分散型蓄熱(例:ビル、輸送)。
    解決策:LHS(PCM)11。
  3. 課題:数兆ドル規模の市場である「季節間貯蔵」(例:夏の熱を冬に利用)。
    解決策:TCES(これが唯一の技術的選択肢)5。

III. 比較分析:蓄熱バッテリー vs. 電気化学(リチウムイオン)貯蔵

エネルギー貯蔵市場の議論はリチウムイオン電池(BESS)によって支配されているが、蓄熱バッテリー(TES)との比較は、両者の根本的な違いと、それぞれの技術が果たすべき独自の役割を浮き彫りにする。

3.1. 根本的な違い:熱(kWh-th) vs. 電力(kWh-e)

最も根本的な違いは、貯蔵されるエネルギーの形態とその最適な最終用途にある。

  • リチウムイオン電池:電気化学ポテンシャルを貯蔵し、「電力(kWh-e)」を供給するために設計されている 20
  • 蓄熱バッテリー:熱エネルギーを貯蔵し、「熱(kWh-th)」または「冷熱」を供給するために最適化されている 20

TESはCSPプラントのように蒸気タービンを回して「電力」を再生産することも可能だが 3、そのプロセスは熱力学的な損失(カルノー効率)を伴う。TESの最も効率的かつコスト効率の高い用途は、最終的な需要が「熱」である場合に、その熱を直接利用することである 21。世界のエネルギー需要の半分が熱であることを考慮すると、この市場は膨大である 22

3.2. コスト分析:CAPEX、OPEX、LCOS

  • 資本コスト (CAPEX):TESはリチウムイオン電池と比較して、「はるかに低い」投資コストを持つ 22。この差は2つの要因によって生じる。
  1. 材料:TESは、岩石、砂、コンクリート、塩など、地球上に豊富に存在し、非常に安価な材料を使用する 20。一方、リチウムイオン電池は、リチウム、コバルト、ニッケルといった「高価で変動性の高いコモディティ」に依存しており、これらは需要が逼迫し、地政学的リスクにさらされている 22
  2. 技術:TESは本質的に「より単純な技術」である 22
  • 運用コスト (OPEX):TESは、高度な自動化(「赤ボタン/緑ボタン」のような単純な操作)と、後述する圧倒的な長寿命により、OPEXも低い 22
  • 均等化貯蔵コスト (LCOS):すべてのコスト(CAPEX、OPEX、寿命、効率)を考慮した1kWhあたりのLCOSは、リチウムイオン電池と比較してTESが「はるかに低い」と報告されている 22

3.3. 寿命、耐久性、劣化

  • TES:リチウムイオン電池よりも「長い寿命」を持つ 22。特に岩石やセラミックを使用する固体のSHSシステムは、材料の劣化がほとんどなく、原理的には「無限のサイクル寿命」を持つ可能性がある 23
  • リチウムイオン電池:充放電サイクルに伴う電極と電解質の劣化は、避けられない主要な課題である。サイクル寿命は一般的に1,000~10,000サイクル程度であり 26、数年ごとのバッテリー交換は「重大な費用」となる 22

3.4. 効率(Round-Trip Efficiency: RTE)

効率は、両技術を比較する上で最も誤解されやすい指標である。比較は、エネルギーの変換経路(例:「電力から電力へ」または「電力から熱へ」)に基づいて慎重に行わなければならない。

  • リチウムイオン (電力 $\rightarrow$ 電力):電気化学反応は可逆性が高く、RTEは非常に高い。多くの場合90%を超える 27
  • TES (熱 $\rightarrow$ 熱):産業排熱や太陽熱コレクターからの「熱」を貯蔵し、後で「熱」として使用する場合、そのRTEも非常に高く、90%に達すると報告されている 22
  • TES (電力 $\rightarrow$ 熱):余剰電力を使い、抵抗加熱やヒートポンプで「熱」を生成して貯蔵し、後で「熱」として使用する場合も、RTEは非常に高い(90%以上)。
  • TES (電力 $\rightarrow$ 電力):余剰電力で「熱」を貯蔵し、その熱で蒸気タービンなどを駆動して「電力」を再生産する場合、RTEは熱力学的な制約(例:蒸気サイクル)により低くなり、一般的に70%未満である 23

この比較は、リチウムイオンの「90%超」というRTEが、TESの「70%未満」というRTE(電力 $\rightarrow$ 電力の場合)よりも優れているという、しばしば見られる誤解を解く鍵となる。この比較は、最終用途が「電力」の場合にのみ当てはまる。

しかし、世界のエネルギー需要の半分を占める巨大な「熱」市場 22 が、真の主戦場である。この「電力 $\rightarrow$ 熱」の市場において、TES(RTE 90%超)は、リチウムイオン電池(RTE 90%超)27 と抵抗ヒーター(効率100%)を組み合わせたシステムよりも、経済的に圧倒的に優位である。なぜなら、TESシステムのLCOS(均等化貯蔵コスト)自体が、リチウムイオンシステムのLCOSよりも桁違いに安いからである 22

TESの「効率の低さ」は、比較的小さな「電力 $\rightarrow$ 電力」市場における側面に過ぎない。「熱 $\rightarrow$ 熱」および「電力 $\rightarrow$ 熱」という巨大な市場においては、TESは高効率かつ高経済性のソリューションである。

3.5. 資源、環境、安全性プロファイル

  • 資源:TESは「希少な資源を必要としない」 22。一方、リチウムイオン電池は深刻なサプライチェーンの制約に直面しており 24、資源の偏在と不足が懸念される 22
  • 環境:TESは「より環境に優しい」と見なされている 20。リチウムイオン電池は、適切に廃棄されない場合、「有害な化学物質」(例:鉛、電解液)による環境ハザードを抱えている 20
  • 安全性:リチウムイオン電池は、熱暴走による「安全上のリスク」(すなわち火災リスク)が常に存在する 27。一方、ENERGYNEST社のThermalBattery™(SHS)のようなTESは、「堅牢で、長持ちし、環境に優しい代替手段」として、これらのリスクを回避できると位置づけられている 27

3.6. 総合比較:TES vs. リチウムイオン (BESS)

TESとリチウムイオン電池の戦略的なトレードオフは、表2に示す意思決定支援マトリックスに要約される。この表の核心的な価値は、RTEを「電力 $\rightarrow$ 電力」と「電力 $\rightarrow$ 熱」に明確に分離し、アプリケーション固有の比較を強制することにある。

表2:TES vs. リチウムイオン (BESS) – 戦略的比較マトリックス

比較項目蓄熱バッテリー (TES)リチウムイオン電池 (BESS)
一次貯蔵形態熱エネルギー (kWh-th) 21電気化学ポテンシャル (kWh-e) 20
最適な最終用途熱・冷熱、長期間エネルギーシフト 21電力、短期間電力供給、モビリティ 20
LCOS (均等化貯蔵コスト)非常に低い ($1\sim10/kWh$の試算あり) 22高い 22
CAPEX (kWhあたり)低い 22高い 22
寿命 (サイクル / 年数)非常に長い (数万サイクル / 20~50年以上) 22短い (1,000~10,000サイクル / 10~15年) 22
RTE (電力 $\rightarrow$ 電力)低~中 ($< 70%$) 23 ($> 90%$) 27
RTE (電力 $\rightarrow$ 熱) ($> 90%$) 22 (ただしLCOSがTESよりはるかに高い)
最適な貯蔵期間長期間 (数時間~数ヶ月、季節間) 5短期間 (秒~数時間) 5
必須資源材料豊富 (岩石、砂、塩、水) 20希少 (リチウム、コバルト、ニッケル) 22
主要な安全性リスク高温(SHS/LHS)、化学物質(TCES)火災(熱暴走) 27

(出典: 5)

3.7. 市場の二分化:補完関係としてのTESとBESS

表2が示すように、TESとリチウムイオン電池は、単なる競合相手ではなく、市場を用途によってすみ分ける「補完的」な技術である。これはゼロサムゲームではない。「すべてが必要である」という見解が最も正確である 31

エネルギー貯蔵市場は、「貯蔵期間」によって明確に二分化されつつある。

  1. 「電力(Power)」市場(短期間):リチウムイオン電池が支配する領域。秒単位から数時間の高速応答、周波数調整、短期的なエネルギーシフト(0~8時間)が求められる 5
  2. 「エネルギー(Energy)」市場(長期間):TESが支配する領域。大規模なエネルギーのバルクシフト(8時間以上)、数日、数週間、さらには数ヶ月にわたる「季節間貯蔵」が求められる 5
  3. 「熱(Heat)」市場:TESが圧倒的に優位な領域。世界のエネルギー需要の半分を占めるこの巨大市場において、TESは最も安価で効率的な脱炭素化ソリューションである 21

結論として、送電網が機能するためには両方の技術が必要である。この戦略的議論は「対立(vs.)」ではなく「協調(and)」として再構成されるべきである。

IV. 経済的分析:熱貯蔵の実行可能性とLCOS

TESの経済的優位性は、そのLCOS(均等化貯蔵コスト)を正しく評価することにかかっている。

4.1. LCOSフレームワーク:電力(リンゴ)と熱(オレンジ)の比較

TESのLCOSの評価は、リチウムイオン電池のそれよりも複雑である。米国国立再生可能エネルギー研究所(NREL)が指摘するように、TES(特に電力 $\rightarrow$ 熱)では、入力エネルギー(電力)と出力エネルギー(熱)の「種類」が異なる 25

しかし、NRELの分析は、建物内のオンサイトTESのLCOSを計算し、それをリチウムイオン電池のような電気貯蔵技術のLCOSと「直接比較」するためのフレームワークを導入することで、この課題を解決した 25

4.2. NRELの分析結果:建物においてTESはLi-ionより低コスト

NRELの分析が導き出した結論は明確である。「多くの状況において、TESは建物にとってリチウムイオン電池よりも費用対効果が高い」 25

この経済的優位性の背景には、建物のエネルギー消費プロファイルがある。世界の電力の大部分を消費する建物では、その消費の最大50%が「熱負荷」(暖房、冷房、給湯)を満たすために使われている 25

TESは、この巨大な熱負荷に対して「熱」を直接供給する。これにより、リチウムイオン電池(電力 $\rightarrow$ 電力)を使って、さらにその電力でヒートポンプやヒーターを動かすといった「無駄の多い熱/電気エネルギー変換」を回避できる 4。高価なリチウムイオン電池のCAPEXを支払うことなく、より安価なTESシステムで同じ(あるいはそれ以上の)熱的快適性と送電網への貢献を実現できる。

NRELは、米国の建物におけるTESの潜在的総需要だけでも、約1,200~4,500 GWh(電気換算)の範囲に達すると試算しており、これはTESがニッチ技術ではなく、グリッド規模の巨大なポテンシャルを持つことを示している 25

4.3. LCOSの数値データと長期間貯蔵の文脈

TESのLCOSに関する具体的な数値は、その革新的な経済性を示している。

  • ある分析では、長期間貯蔵(電力 $\rightarrow$ 電力)におけるTESのLCOSは $1~10/kWh-e$ と試算されており、これはリチウムイオン電池の 「10倍から100倍安い」 レベルである 23
  • 対照的に、リチウムイオン電池をバルク貯蔵(例:再生可能エネルギーの出力抑制対策)に用いた場合のLCOSは、しばしば経済的に不利であり、平均電力価格を「大幅に上回る」€180~€460/MWh($0.18~0.46/kWh$)の範囲にあるとの報告もある 28

世界的な金融サービス企業Lazard(ラザード)による権威あるLCOS分析も、この市場の二分化を裏付けている。Lazardのレポートは、「短期間貯蔵」(リチウムイオンなど)と「長期間貯蔵」(熱、機械式など)の技術を明確に区別している 24。そして、リチウムイオンの導入は進んでいるものの、長期間貯蔵に特化した価格シグナル(市場インセンティブ)が欠如していることが、その採用を妨げていると指摘している 24。TESがターゲットとするのは、まさにこの「長期間貯蔵」市場である。

4.4. TESの経済的価値:ボラティリティに対するデフレ的ヘッジ

TESの経済的価値は、LCOSの数値だけに留まらない。TESは、エネルギー市場のボラティリティ(価格変動)とインフレーションに対する強力な「金融的ヘッジ手段」としての側面を持つ。

リチウムイオン電池は、その製造に「高価で変動性の高いコモディティ」への「高いエクスポージャー」を本質的に抱えている 24。その価格は、リチウムやコバルトの地政学的・市場的動向に左右され、寿命による交換コストも発生する「減価償却資産」である 22

対照的に、TES(特にSHS)は、「希少な資源を必要とせず」 22、岩石や塩といった安価で遍在する材料のみを使用する。これは「エネルギー安全保障の向上」と「供給途絶に対する緩衝材」を提供する 32。SHS蓄熱バッテリーは、30年、40年、あるいは50年以上の耐用年数 22 を持つ「一回限りの資本支出(CAPEX)」であり、コモディティリスクは実質ゼロである。

電力会社や製造業者にとって、TESの導入は、不安定なエネルギー市場やインフレから自社のオペレーションを守るための、長期的な財務戦略そのものとなる。

V. 導入と応用:蓄熱バッテリーの実装事例

TESは理論上の技術ではなく、既に世界中で多様な用途に導入され、具体的な成果を上げている。

5.1. 産業・商業部門の脱炭素化(熱 $\rightarrow$ 熱、電力 $\rightarrow$ 熱)

産業部門は、TESの最も有望な市場の一つである。米国産業界だけでも、総エネルギー使用量の9%に相当する膨大なエネルギーが「産業排熱(IWH)」として無駄に捨てられていると推定されている 33。TESは、この排熱の「放出」と、プロセスに必要な「熱需要」との間の「時間的なミスマッチ」を解決する鍵となる技術である 34

主要な対象セクターは、鉄鋼などの基礎金属製造、食品加工、データセンター、石油精製、火力発電所など多岐にわたる 34

  • 事例研究 (Elstor Oy):フィンランドの食品メーカーHerkkumaa社は2023年、蒸気製造プロセスを脱炭素化するために、10 MWhのTESシステムを導入した 38。このシステムは、再生可能電力で熱エネルギー(蒸気)を生成・貯蔵し、オンデマンドで使用することにより、従来の化石燃料ベースのシステムを完全に置き換えた 38
  • 事例研究 (Brenmiller Energy):ニューヨーク州立大学(SUNY)パーチェス校は2023年、250万ドルのプロジェクトとして、Brenmiller社の「bGen™」TESユニットを導入した 38。このユニットはコージェネレーション(CHP)システムと組み合わされ、体育館の熱需要を満たしており、商業・産業(C&I)ビルへの応用可能性を実証している 38

5.2. 住宅・ビルレベルでの統合(電力 $\rightarrow$ 熱)

TESは、分散型の住宅レベルでも劇的な効果を発揮する。

  • 事例研究 (Sunamp – LHS/PCM):英国のSunamp社は、PCM(潜熱)技術を用いたコンパクトな蓄熱バッテリーを開発し、ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)の支援を受けた複数のプロジェクトで導入している 39
  • 実績1(石油の完全代替):ロングアイランドのある一戸建て住宅では、Sunampの蓄熱バッテリーを太陽光発電(PV)と組み合わせることで、石油消費量を100%削減することに成功した 39
  • 実績2(ガスの半減):別のNYSERDAの住宅プロジェクトでは、従来のガス給湯タンクをSunampのバッテリーに交換することで、ガス消費量を50%削減した 39
  • これらの現場実証データは、TESが住宅レベルで化石燃料を直接置き換える、強力な脱炭素化技術であることを証明している。

5.3. リチウムイオン電池との共生:EVバッテリーの熱管理

TES(特にLHS/PCM)は、リチウムイオン電池と「競合」するだけでなく、特定の重要市場においてリチウムイオン電池の性能を「保護・実現」する共生関係にもある。

ENEOSの潜熱蓄熱材「エコジュール」の主要用途の一つとして、「EV車関連(バッテリー、リチウムイオン電池)」が挙げられている 19。リチウムイオン電池は、最適な性能を発揮し、熱暴走(火災)や急速な劣化を防ぐために、非常に狭い理想的な温度範囲内に保持される必要がある 19

PCMは、その「一定温度で熱を吸収・放出する」特性(融点)を利用し、EVバッテリーの高度な熱管理システム(BTMS)の重要な構成要素として使用される 19。つまり、TES(LHS)技術は、数兆ドル規模のEV市場において、リチウムイオン電池が安全かつ効果的に機能するための、隠れた、しかし不可欠な「実現技術(enabling technology)」となっている。

5.4. 送電網・ユーティリティ規模の応用(SHS / 季節間貯蔵)

TESの真価は、その圧倒的なスケーラビリティにある。

  • 集中型太陽光発電 (CSP):GWh規模のTES導入として最も成熟した市場である。例えば、米国の280 MWソラナ発電所は、溶融塩(SHS)を用いた6時間のエネルギー貯蔵能力を持ち、これにより太陽が沈んだ夜間でも電力を安定供給できる 3
  • 地域熱供給 (District Heating: DHC):TESは、現代の低炭素DHCシステムにおいて不可欠な基幹技術である 41
  • 事例(短期貯蔵):ドイツのアーヘンにおける太陽熱DHCシステムは、日中の太陽熱ピーク時に生成した熱をTESに貯蔵し、熱需要が高まる夕方から夜間にかけて供給するために利用している 43
  • 事例(季節間貯蔵):デンマークのマルスタル(Marstal)における「SUNSTORE 4」プロジェクトは、75,000立方メートルという巨大なピット型蓄熱槽(PTES)を利用している 44。この「季節間」規模の貯蔵システムにより、町は熱供給の55%を太陽熱で賄うことを可能にしている 44

5.5. TESの「ブラウンフィールド」戦略

これらの事例研究は、エネルギー貯蔵に関する一般的な議論が見落としがちな重要な戦略的機会を明らかにしている。それは、TESが新規の「グリーンフィールド」プロジェクト(例:新規の太陽光発電所)だけでなく、既存のインフラを脱炭素化する「ブラウンフィールド」プロジェクトにおいて、非常に強力な技術であるという点である。

Herkkumaa社の事例では、既存の化石燃料蒸気システムが「置き換え」られた 38。Sunamp社の事例では、既存の石油ボイラーやガスボイラーが「置き換え」られた 39。さらに、2024年のMIT主導の研究(arXiv)では、廃止された石炭火力発電所をTESシステムに「再利用(repurposing)」し、既存のタービンや送電網接続を活用して、データセンターにゼロカーボン電力を供給するという革新的なアイデアが提案されている 45

この「ブラウンフィールド」市場、すなわち既存インフラの脱炭素化は、全く新しいシステムをゼロから構築するよりも迅速かつ資本効率が高く、TESにとって巨大かつ即効性のある、収益性の高い応用分野である。

VI. 市場と技術の展望:企業動向と将来の軌道

TES市場は、技術の成熟とエネルギー転換の加速に伴い、急速な成長期に入っている。

6.1. 市場概観 (2025-2034)

TES市場の規模に関するデータには複数の推定値が存在するが、これは「TES」という用語の定義の広さ(成熟したHVAC市場を含むか、先進的なエネルギー貯蔵市場のみを指すか)を反映している可能性が高い。

  • 推定1(広範な市場 – TAM):2024年に544億ドルと評価され、2025年から2034年にかけて年平均成長率(CAGR)5.6%で成長すると予測される 46。これは、成熟した従来の熱管理システムを含む、広範な総潜在市場(TAM)を反映していると考えられる。
  • 推定2(先進的市場 – SOM):2024年に57億7000万ドルに達し、2029年までに106億2000万ドルに成長、CAGR 13.1%という急速な成長が見込まれる 47。これは、本レポートが対象とする、エネルギー貯蔵(電力網の安定化、再生可能エネルギーの統合)の役割を担う「先進的TES」の市場、すなわち実行可能市場(SOM)をより正確に表している可能性が高い。

この急速な成長(CAGR 13.1%)の主な原動力は、「再生可能エネルギーへの需要の増加」と、それに伴うエネルギー貯蔵の必要性である 46。米国市場だけでも、2024年から2030年にかけてCAGR 12.8%で成長し、2030年までに20億4500万ドルに達すると予測されている 50

6.2. 企業動向:日本企業の「デュアルトラック戦略」

日本の主要企業は、TES市場において明確かつ補完的な二正面戦略(デュアルトラック戦略)を展開している。

6.2.1. トラック1:ENEOS(低温・分散型LHS)

ENEOSは、子会社であるENEOSサンエナジーを通じて、**潜熱蓄熱(LHS)**に注力している 51

  • 製品:「エコジュール(ECOJOULE)」 40
  • 技術:パラフィンベースのPCMであり、融点を超えても液状化せず、消防法上の「指定可燃物 可燃性固体類」として扱える(危険物ではない)ようゲル化されている点が特徴である 52
  • 仕様:「生活温度領域」(5°C~40°C)という低温域で動作し、狭い温度範囲で高い蓄熱量を持つ 40
  • ターゲット市場:この低温・精密制御の特性を活かし、前述の「EVバッテリーの熱管理」や、「半導体・医薬品の精密定温輸送」、ビル空調といった、大量生産が見込まれるハイテク・コンポーネント市場をターゲットにしている 19

6.2.2. トラック2:東芝・丸紅(高温・集中型SHS)

一方、東芝エネルギーシステムズ(東芝ESS)と丸紅は、**顕熱蓄熱(SHS)**に注力している。

  • プロジェクト:両社は、岩石を用いた蓄熱技術の共同パイロットプロジェクトを発表した 54
  • 技術:岩石を媒体とする高温の顕熱蓄熱である 54
  • 規模:実証機は熱容量100 kWhであり 54、これはENEOSのコンポーネント事業とは対照的に、産業用または電力系統用の大規模システムを志向していることを示唆している。
  • インフラ:東芝ESSは、本社を置く川崎市 56 をはじめ、浜川崎工場 56 や横浜市の拠点 61 など、神奈川県内に大規模な研究開発・製造拠点を有しており、この分野での事業推進基盤が整っている。

これら二社の戦略は競合するものではなく、日本がTES市場において、ENEOSによる「低温・分散型・LHSコンポーネント市場」と、東芝・丸紅による「高温・集中型・SHSシステム市場」の両方を同時に攻略しようとする、堅牢な国家産業戦略を反映している。

6.3. 研究開発の最前線と「商業的変曲点」(2024-2025)

TESの歴史的な技術的課題は、(a) SHSの密度が低い、(b) LHSのサイクル寿命が短い、(c) TCESが未成熟である、という点にあった。しかし、2024年から2025年にかけて発表された技術的ブレークスルーは、これらの主要なボトルネックを解決し、TESが本格的な「商業的変曲点」を迎えたことを示唆している。

  • LHSのブレークスルー (Sunamp, 2024):Sunamp社は2024年、「ソルト・ビネガー蓄熱バッテリー」を開発した 29
  • 技術:一般的なPCMである酢酸ナトリウム三水和物(SAT)を使用する 29
  • ブレークスルー:SATの長年の課題であった「塩の沈降による劣化」問題を、「アクリルベースの結晶癖改質剤」を使用することで解決した 29
  • 結果:**40,000回(1日1回の使用で50年以上に相当)**の充放電サイクル寿命を実証した 29。これは、LHSの耐久性に関する懸念を実質的に払拭する、ゲームチェンジングな成果である。
  • 産業用TESの商用化 (Brenmiller, 2025):イスラエルのBrenmiller Energy社は2025年、「bGen zero thermal oil (ZTO)」を発表した 47
  • 技術:砕石(SHS)を用い、最大340°Cの熱を貯蔵する。
  • 意義:これは、産業界で広く使われている「熱油加熱プロセス」を再生可能電力で直接電化・蓄熱するために「特別に設計された商用製品」である 47。R&D段階を超え、巨大な産業用熱市場を直接ターゲットにした製品が市場投入されたことを意味する。
  • TCESの進展 (2024-2025):TCES分野では、アンモニアベースの貯蔵システムや流動層反応器の研究開発が進んでいる 64。2024年にドイツで行われたパイロットプロジェクトでは、太陽光発電施設と組み合わせたTCESシステムが、外部電力なしで72時間以上の連続運転を実証した 64

これらの進展は、TESがもはや実験室レベルの技術ではなく、リチウムイオン電池が直面するコスト、資源、安全性の課題を回避し、エネルギー転換の主要な担い手となる準備が整った、成熟した商用技術であることを示している。

VII. 戦略的統合と提言

7.1. 主要な分析結果の要約

本レポートの分析は、蓄熱バッテリー(TES)が、エネルギー転換の文脈において過小評価されている、決定的に重要な技術であることを立証した。

  1. 定義と役割:「蓄熱バッテリー」は、エネルギーの生成と利用をデカップリングし、電力と熱のセクターカップリングを実現する、戦略的なエネルギー貯蔵資産である 2
  2. 技術的優位性:TESは3つの柱(SHS, LHS, TCES)を持ち、用途(短期・高温、中期・定温、長期・季節間)に応じて最適なソリューションを提供する 5
  3. 経済的優位性:TESは、安価で豊富な材料を使用するため、LCOS(均等化貯蔵コスト)がリチウムイオン電池よりも本質的に低い(10~100倍安価との試算あり) 22。特に「熱」市場 25 および「長期間」貯蔵市場において、その経済性は圧倒的である。
  4. 市場の分岐:エネルギー貯蔵市場は「貯蔵期間」によって二分される。リチウムイオン電池は短期間の「電力」と「モビリティ」の課題を解決し、TESは長期間の「エネルギー」と「熱」の課題を解決する 5
  5. 市場の変曲点:2024~2025年の技術的ブレークスルー(例:Sunampの50年寿命PCM)は、TESが歴史的な課題を克服し、本格的な商業普及の変曲点を迎えたことを示している 29

7.2. ステークホルダーへの提言

7.2.1. 投資家への提言

TES市場は、商業的な離陸の初期段階にある。投資機会は、技術的課題を解決し、明確な市場セグメントを持つ企業に存在する。

  1. LHS(中リスク・中リターン):Sunamp社(4万サイクルの耐久性を解決)29 やENEOS(EVバッテリー管理という巨大市場へのアクセス)19 のように、LHSの歴史的課題(耐久性、熱伝導率)を解決する実証済みの技術を持つ企業。
  2. SHS(低リスク・中リターン):Kraftblock社 9 やBrenmiller社 47 のように、SHSのエネルギー密度を向上させ、巨大な産業用熱市場(ブラウンフィールド)を直接ターゲットにする企業。
  3. TCES(高リスク・高リターン):TCESは、数兆ドル規模の「季節間貯蔵」市場を独占する可能性を秘めた唯一の技術である 5。この分野の基礎研究開発および初期段階のベンチャーは、長期的なリターンが最も大きい分野である。

7.2.2. 政策立案者への提言

現在のエネルギー市場のインセンティブは、短期間の電力貯蔵(リチウムイオン電池が優位な市場)に偏っている 24。しかし、高比率のVREを導入したグリッドを低コストで安定させるには、TESが優位な「長期間(8時間以上)」貯蔵と「熱」貯蔵が不可欠である。

政策立案者は、「技術的中立性」を確保しつつ、「貯蔵期間(Duration)」と「貯蔵形態(熱か電力か)」に基づいたインセンティブを設計する必要がある。これにより、TESという最も低コストなグリッド安定化ソリューションの導入がアンロックされる。

7.2.3. 産業界(製造業・電力会社)への提言

TESは、産業プロセス熱(蒸気、熱油)を脱炭素化するための、最も実行可能かつ低コストな技術である。化石燃料ボイラーやヒーターの「ブラウンフィールド」改修・代替技術として、TESの導入を直ちに評価すべきである 38。これにより、燃料費の削減、エネルギー安全保障の向上、および炭素税リスクの回避が同時に達成可能となる。

7.3. 結論的展望:蓄熱バッテリーの不可欠な役割

エネルギー転換の達成には、4つの主要な貯蔵課題が存在する。

  1. 「電力」の課題:送電網の短期的な周波数・電圧の安定化。
  2. 「モビリティ」の課題:輸送部門の電化。
  3. 「熱」の課題:世界のエネルギー需要の半分を占める、暖房・産業プロセスの脱炭素化 22
  4. 「貯蔵期間」の課題:再生可能エネルギーの数週間~数ヶ月にわたる季節的な変動の吸収。

電気化学バッテリー(リチウムイオン電池)は、課題1と課題2を解決する上で輝かしい成果を上げている。しかし、その技術的特性とコスト構造上、課題3と課題4を大規模に解決することは、本質的に不可能である。

蓄熱バッテリー(TES)は、この「熱」と「貯蔵期間」という、エネルギー転換に残された2つの巨大な課題を解決できる、唯一のスケーラブルかつ経済的な技術である。

したがって、蓄熱バッテリーは、エネルギー貯蔵の多様な選択肢の一つなのではなく、完全に脱炭素化され、安定し、かつ低コストな未来のエネルギーシステムを構築するために、根本的に不可欠な技術であると結論づけることができる。

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