ヨーロッパのソフトウェア株、AIによる競争への懸念から下落
https://www.investing.com/news/stock-market-news/european-software-stocks-drop-amid-worries-over-aipowered-competition-4184728
AI時代において、既存のソフトウェア事業が危ういのは、競争の「単位」が静かにすり替わったからだ。かつては機能の豊富さやUIの磨き込みが勝敗を決めた。いまは「どれだけ少ない操作で、どれだけ確実に成果(アウトカム)を出せるか」が評価軸になっている。自然言語で「やってほしいこと」を指示すれば、モデルとエージェントが裏側で最短経路を探し、必要なツールを呼び出して終わらせてくれる。ユーザーは“どのアプリを使うか”より“何を達成するか”を選ぶ。ここで多くのソフトウェアは、前提としていた土俵そのものを失い始める。
第一に、機能は急速にコモディティ化する。生成モデルがテキスト生成、要約、翻訳、画像編集、コード補完といった「汎用的に再利用できる機能の核」を提供し、API経由で誰でもすぐに取り込める。昨日まで他社との差別化ポイントだった機能が、明日には“モデルに任せれば良い”に置き換わる。差異はモデル選定やプロンプト設計の妙に還元され、表層のUIは“モデルへの窓”としての意味しか持たなくなる。結果として価格と付加価値のギャップが広がり、既存ベンダーは値下げ圧力と継続的なモデル利用コストという両刃に晒される。
第二に、分配(ディストリビューション)の主導権が移る。ユーザーの起点がアプリ一覧ではなく、OSレベルやワークスペースに常駐するAIアシスタントになると、アプリは“呼び出される側”に回る。どのツールを前面に出すかはアシスタントが最適化し、ユーザーは裏方のブランドを意識しない。検索エンジン時代にコンテンツが“青いリンクの一項目”へと相対化されたように、エージェント時代にはアプリが“スキルの一つ”に相対化される。分配の支配者が変われば、価値の捕捉者も変わる。プラットフォーマーは入口で需要を束ね、アプリは安価で互換可能な部品として並べ替えられる。
第三に、ロックインの根拠が弱まる。これまでの粘着性は、データの囲い込みやワークフローの専用化に支えられてきた。ところが、RAGやコネクタの普及で“データを持ち込んで横断操作する”体験が標準になり、同等機能の別ツールに乗り換える心理的・技術的摩擦が下がる。加えて、規制対応(データ保護・著作権・AI規制)に伴うコストが増える一方で、ユーザー側の“監査可能性”要求は強まる。閉じた生態系に囲い込むほど、調達現場のチェックに耐えにくくなる逆説が生まれる。
第四に、収益構造が揺らぐ。AIを深く組み込むほど、推論・執行コストが原価(COGS)にのしかかり、従来の固定料金SaaSと相性が悪くなる。使われるほど赤字になる“成功ペナルティ”が起こりやすく、利用制限やクレジット制を導入すれば体験が劣化する。価格を usage ベースに切り替えれば調達は納得しやすくなるが、売上の予見性が落ち、営業モデルの作り直しが必要になる。値付け・原価・需要の三角形が再設計を迫られる。
第五に、開発速度の差が“存在意義”の差になる。モデルとOSSの進歩が早すぎて、新機能の模倣が“数週間”で起きる。大企業はセキュリティとガバナンスで正しく慎重だが、その慎重さ自体が市場の期待速度に対する遅延となり、評価割れに直結する。かといって拙速にAIを足すと、幻覚・漏えい・偏りといったリスク管理に追われる。結局、モデル評価・プロンプト運用・データガバナンス・責任あるAIの実装を“製品の中核能力”として持たない限り、スピードと信頼の両立は難しい。
第六に、プロダクトの価値命題が侵食される。ユーザーが求めるのは「文書を作るツール」ではなく「説得力ある文書を今すぐ得ること」だ。AIは“手段”の価値を“成果”の価値に直結させ、プロダクトは“過程の提供者”から“結果の保証者”へと期待を引き上げられる。結果を保証できないなら、より高い抽象度で結果を束ねるプラットフォーム(スイートやエージェント)が価値を吸い上げる。単能アプリは“結果の一歩手前”にとどまるかぎり、交渉力を失う。
第七に、カニバリゼーションのジレンマが表面化する。AIが自動化するほど、上位プランの“人手による高度機能”の意味が薄れる。自社がAIで自社の上位機能を置き換えるべきか、ライバルに置き換えられるのを見ているべきか。どちらの選択も短期の痛みを伴うが、後者は長期の生存確率を削る。イノベーターのジレンマが、モデル更新のたびに繰り返される。
こうして見ると、危機の源泉は単発の悪材料ではなく、「競争の単位」が**機能 → ワークフロー → 結果(アウトカム)**へと上がったことに尽きる。結果を最短で出せるプレイヤーが勝ち、その実現に必要な機能やアプリは交換可能な部品に落ちる。では、既存のソフトウェア事業に道はないのか。そうではない。生き残りの条件は明確だ。
ひとつ目は、固有データと現場文脈の組み込みである。誰でも使えるモデルに、誰も持っていないデータと評価指標(eval)を与え、現場の制約・規制・ルールをプロダクトに埋め込む。モデル差はやがて縮むが、データとルールは企業ごとに違い、持ち出しにくい。ここに“再現困難性”を作る。
ふたつ目は、エージェント前提のアーキテクチャに移行すること。自社機能をAPI/スキルとして解体し、どのアシスタントからも“呼べる・監査できる・課金できる”形にする。フロントの主役に固執せず、裏方に回っても単価と回数で稼げる設計にする。分配の主導権が奪われるなら、呼び出される回数で取り返す。
みっつ目は、成果連動の契約と運用だ。座席数や機能数ではなく、処理件数・削減時間・合格率など、顧客のKPIと結びついた価格に置き換える。成果の測定と説明可能性を提供できる者だけが、AI時代の調達を通過する。Trust & Safety、評価基盤、監査ログはコストではなく、営業資産である。
よっつ目は、人とAIの役割分担を設計すること。最後の確認・例外処理・責任の所在をプロダクトの一部として明示し、ヒューマン・イン・ザ・ループを“UIではなくプロセス”として保証する。これがないAIは、PoCを超えない。これがあるAIは、本番運用の壁を越える。
結局のところ、既存のソフトウェア事業が危ないのは、AIが“新しい機能”ではなく“新しい競争様式”だからだ。プロダクトの境界は溶け、成果に近いところほど価値が濃くなる。だからこそ、問いを裏返したい。「自社はどの成果を、どの責任で、どの評価で、どの経路から提供するのか」。この四つの“どの”を明文化できた企業だけが、アプリという皮膚を捨て、結果という骨格で立てる。AIは脅威であると同時に、再定義の機会でもある。いま必要なのは、機能の積み上げではなく、成果からの逆算だ。



