アイザック・ニュートンの数学的業績:その体系、思想、そして不滅の遺産

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序論

アイザック・ニュートン(1643-1727)の名は、万有引力の発見者として、また近代物理学の祖として科学史に刻まれている 1。しかし、彼の業績の根幹をなすのは、物理学者としてだけでなく、数学者としての比類なき才能であった。ニュートンの自然哲学は、彼が創出し、発展させた数学体系と分かち難く結びついており、その数学的貢献は単なる物理学の道具にとどまらず、それ自体が首尾一貫した思想体系を形成していた 2

ニュートンの数学を深く理解するためには、彼の中で絶えず存在した一つの中心的な緊張関係、すなわち、彼自身が切り拓いた代数的な「解析学」の新しい強力な手法(流率法、無限級数)と、古代ギリシャから受け継がれる古典「幾何学」の持つ確実性と優雅さへの哲学的信奉との間の葛藤を捉える必要がある 4。この二元性は、未発表の流率法の草稿から、主著『プリンキピア』における幾何学的な装いをまとった論証に至るまで、彼の主要な業績の背後にある論理を解き明かす鍵となる。

本報告書は、この視点に基づき、ニュートンの数学的業績を体系的に分析する。まず第1部では、変化を記述する新しい言語としての流率法と無限級数の理論を探求する。続く第2部では、代数学と幾何学の領域における彼の構造と形式への探求、すなわち方程式論、三次曲線の分類、そして近似解法を論じる。そして第3部では、彼の数学的思考の壮大な統合である『自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)』の数学的構築を分析する。最後に、これらの業績が後世に与えた広範かつ不滅の遺産を概観し、結論とする。


第1部:変化を捉える新しい言語 ― 流率法と無限級数

第1章:流率法の創出 ― 運動と変化の数学

ニュートンの数学における最も根源的な貢献は、彼が「流率法(method of fluxions)」と名付けた微分積分学の創出である 8。この体系は、1665年から1666年にかけて、ペストの大流行により大学が閉鎖され、故郷での思索にふけった「創造的休暇」の期間に、ゴットフリート・ライプニッツによる独立した発見に数年先駆けて築かれた 8。その理論的骨子は、『流率法と無限級数(De methodis fluxionum et serierum infinitarum)』(1671年執筆)や、後に出版された『曲線の求積論(Tractatus de quadratura curvarum)』(1704年公刊)といった著作で展開された 9

流率法の核心は、その運動学的・直観的な基礎にある。ニュートンは、数学的な量を、連続的に「流れる量(fluent)」として捉えた。例えば、点が移動した距離がそれにあたる。そして、その変化の「速さ」を「流率(fluxion)」と呼んだ 2。彼は、曲線とは点が時間と共に動いた軌跡であると考え、その任意の点における接線の傾きは、その点の瞬間的な進行方向を計算することで求められるとした 12。この物理的世界観の直接的な数学化は、ニュートンの微分積分学が、静的な図形の性質を探求したライプニッツのそれとは対照的に、本質的に「運動の微積分学」であったことを示している。

この思想は、彼が導入した記法にも明確に表れている。彼は流率を示すために、変数名の上部に点を打つ「ドット記法」(例えば、位置xの時間に関する一次流率(速度)を$\dot{x}、二次流率(加速度)を\ddot{x})を用いた[14]。この記法は、ライプニッツのdy/dx$という記法に比べて一般性には欠けるものの、時間変化を扱う力学の問題には極めて適しており、今日でも物理学や工学の分野で広く使用されている 14

さらにニュートンは、積分を微分の逆演算、すなわち「流率の逆演算」として理解していた 2。与えられた流率(変化率)から元の流量(変化する量)を見つけ出すこの手続きは、本質的に微分積分学の基本定理に他ならない。これにより彼は、古来の難問であった「求積問題」、すなわち曲線で囲まれた図形の面積を求める問題を、体系的に解決する道を拓いたのである 10

第2章:無限を飼いならす ― 一般二項定理の発見とその意義

ニュートンの解析学の強力なエンジンとなったのが、一般二項定理の発見である。この定理は、ブレーズ・パスカルによって研究された、正整数のべき乗$(a+b)^n$を展開するための二項係数の規則性(パスカルの三角形として知られる)をその出発点としている 16。ニュートンの独創性は、この離散的なパターンの中に潜む法則性を見抜き、その行間を補間するという発想にあった 19

1665年頃、ニュートンはべき指数nが正の整数だけでなく、任意の実数(さらには複素数)rであっても成り立つように定理を拡張することに成功した 16。この一般化により、従来の有限和の展開式は、無限級数へと姿を変えた。

(x+y)r=k=0∑∞​(kr​)xr−kyk

ここで、一般化された二項係数$\binom{r}{k}は、\frac{r(r-1)\cdots(r-k+1)}{k!}$で定義される 20

この定理は、単なる代数学上の発見にとどまらなかった。それはニュートンの解析学全体を支える戦略的な基盤であった。一般二項定理を用いることで、平方根や分数式を含むような複雑な代数関数であっても、一様に「無限次の多項式」、すなわち無限べき級数の形で表現することが可能になった 22。ひとたび関数がこの標準化された形式に変換されれば、彼が確立した流率法のアルゴリズム、すなわち項別の微分や積分を機械的に適用することができたのである 10

このように、一般二項定理は、ニュートンの方程式論と流率法とを結びつける、いわば「変換器」の役割を果たした。多様で扱いにくい関数群を、単一の強力な解析手法(流率法)で処理できる形へと整える、この定理は17世紀の解析学における画期的な業績であり、彼の数学体系に普遍的な適用範囲を与えたのである 22

第3章:世紀の論争 ― ライプニッツとの優先権問題

ニュートンの流率法とほぼ同時期に、ドイツの哲学者・数学者であるゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツもまた、独自に微分積分学を創始した。現代の歴史家は、両者が互いに独立してこの偉業を成し遂げたと結論づけているが 26、当時は激しい優先権論争へと発展した。

対立の根源は、発見と公表の時期のずれにあった。ニュートンが流率法の基礎を築いたのは1666年頃であったが、彼はその成果の公表に極めて慎重であった 26。一方、ライプニッツは1684年に微分法の論文を学術雑誌で発表し、その成果をいち早くヨーロッパ大陸の数学界に知らしめた 26。やがて、ニュートンの支持者たちがライプニッツを盗作であると非難し始め、論争は激化の一途をたどる。特に、ライプニッツ自身が書いたと目される匿名の書評が、ニュートンの『光学』で用いられた微積分はライプニッツの盗作であると示唆したことが、ニュートンを激怒させたとされる 30。この論争は、ニュートンが会長を務めるイギリスの王立協会が調査委員会を設置し、結果的にライプニッツに不利な報告書を作成する事態にまで発展し、単なる学術論争を超えて、イギリスと大陸の数学界の間に深刻な亀裂を生む、国家的な対立の様相を呈した 30

この論争の背景には、単なる発見の先後関係を超えた、数学に対する思想的な隔たりが存在した。以下の表は、両者のアプローチの根本的な違いをまとめたものである。

表1: ニュートンとライプニッツの微積分学の比較

| 観点 | ニュートン (Newton) | ライプニッツ (Leibniz) |

| :— | :— | :— |

| 基本概念 | 流量 (Fluent) / 流率 (Fluxion) | 無限小 (Infinitesimal) / 和 (Sum) |

| 中心課題 | 運動体の速度・加速度の決定 | 曲線の接線・面積の決定 |

| 微分記法 | y˙​,y¨​ | dxdy​ |

| 積分記法 | 流率法の逆演算として記述 | ∫ydx |

| 哲学的基礎| 幾何学的・運動学的・直観的 | 形式的・記号的・普遍的 |

| 主要公刊物| 『プリンキピア』(1687), 『曲線の求積論』(1704) | 『新方法』(1684) |

ニュートンの体系が物体の運動という物理的実在に根差していたのに対し、ライプニッツはより抽象的で普遍的な計算のアルゴリズムを追求した 13。特に、ライプニッツが考案した記法は、その優れた形式性と一般性から、大陸の数学者たちに広く受け入れられ、その後の解析学の発展の主流となった 27。一方、この論争の結果、イギリスの数学界は長らくニュートンの記法に固執し、大陸の発展から孤立する一因となったと指摘されている 26


第2部:構造と形式の探求 ― 代数学と幾何学への貢献

第4章:方程式と対称性の深淵 ― 『普遍算術』とニュートンの恒等式

ニュートンの数学的関心は、微積分という解析学の領域にとどまらなかった。彼がケンブリッジ大学のルーカス教授職時代に行った講義を基に、1707年に出版された『普遍算術(Arithmetica Universalis)』は、彼の代数学と方程式論への深い洞察を示す著作である 10。この中で彼は、方程式の根を求める方法論を展開し、デカルトが「偽根」と呼んだ負の数について、「資産の減少」や「債務の増加」といった具体的な比喩を用いてその意味を明確化するなど、代数概念の洗練に貢献した 22

この分野における彼の最も深遠な業績の一つが、「ニュートンの恒等式」(アルベール・ジラールが先に発見していたため、ジラール-ニュートンの公式とも呼ばれる)である 35。この恒等式は、1666年頃に発見され、多項式の根の「べき乗和」(

pk​=∑xik​)と、多項式の係数から定まる「基本対称式」(ek​)との間に成り立つ、普遍的な関係を明らかにした 35

この恒等式は、一方の対称式からもう一方を再帰的に計算するためのアルゴリズムを提供する 35。この関係は、純粋な代数学の域を超えて、広範な応用を持つ。例えば、行列の特性多項式の係数(基本対称式に対応)から、その行列の固有値のべき乗和(べき乗和に対応)、すなわち行列自身のべき乗のトレース(対角和)を計算することを可能にする。これは線形代数学や物理学において重要な応用を持つ結果である 35

ニュートンの恒等式の発見は、彼の数学的思考が単なる問題解決や計算のレベルから、方程式の根が持つ内在的な「構造」そのものへと向かっていたことを示している。これは、与えられた多項式の根を個別に求めること(彼がニュートン法で取り組んだ課題)とは異なり、根の集合全体が満たす不変の関係性を探る試みであった。この対称性への着目は、後のラグランジュやガロアによる群論の発展へとつながる、近代代数学の萌芽をはらむものであり、彼の時代を遥かに先取りした洞察であった 35

第5章:曲線の分類 ― 射影幾何学の先駆け

ニュートンは、同時代に主流となりつつあったルネ・デカルトの解析幾何学に対して、批判的な立場をとっていた。彼は、デカルトの手法が幾何学的な問題を単なる代数的な記号操作に還元してしまい、問題の本質にある幾何学的な洞察を失わせると考えていた 4。彼は、アポロニウスら古代ギリシャの幾何学者が用いた、より「優雅」で「確実」な論証方法への回帰を志向していたのである 5

この思想の最も壮大な結実が、1704年に主著『光学(Opticks)』の付録として公刊された論文「三次曲線の列挙(Enumeratio linearum tertii ordinis)」である 5。この論文でニュートンは、当時混沌としていた三次平面曲線(3次多項式で定義される曲線)の完全な分類という、記念碑的な事業に挑んだ。

彼の方法は、単なる代数的な式の整理ではなかった。彼は、射影という幾何学的な変換を用いることで、無数にあるかのように見えた三次曲線の形状が、実際にはわずか5種類の「発散放物線」と呼ばれる基本形に帰着することを示したのである 41。彼は曲線の漸近線や特異点(結節点や尖点など)、さらには実数体上で曲線が描く「卵形線(オーバル)」の構造を詳細に分析した 42。特に、非特異な三次曲線が(複素数体上で)9つの変曲点を持つという発見は、後の射影幾何学における重要な定理の先駆けであった 42

この業績は、代数幾何学の歴史における画期的な出来事である。無限遠点や射影といった概念を駆使した彼の分類法は、19世紀に確立される射影幾何学の思想を実質的に先取りするものであった 34。それは、デカルト主義的な数学プログラムに対する、ニュートンからの哲学的な応答でもあった。すなわち、幾何学的な対象の深い統一性や構造は、代数計算の機械的な適用によってではなく、幾何学的な思考そのものによってこそ見出されるべきだという、彼の信念の力強い表明だったのである。

第6章:近似という名の橋 ― ニュートン法の確立と応用

ニュートンの実践的、問題解決的な才能を最もよく体現しているのが、今日「ニュートン法」(またはニュートン・ラフソン法)として知られるアルゴリズムの確立である。これは、方程式 f(x)=0 の解(根)を数値的に求めるための、強力な反復計算手法である 44

その基本原理は極めて明快である。まず、解の初期近似値 xn​ をとる。次に、曲線 y=f(x) 上の点 (xn​,f(xn​)) における接線を引く。そして、その接線がx軸と交わる点の座標を、より改善された次の近似値 xn+1​ とする。このプロセスを繰り返すことで、近似値は真の解へと急速に収束していく 46。この手続きは、以下の簡潔な漸化式で表される。

xn+1​=xn​−f′(xn​)f(xn​)​

この式は、ニュートンの数学体系における異なる要素が見事に融合した産物である。方程式論という代数学的な問題(f(x)=0の根を求める)を解決するために、流率法という解析学の道具(導関数f′(x))が直接的に活用されている。これは、彼が純粋な幾何学的証明を好んだ哲学的側面とは別に、新しい解析的手法を駆使して強力なアルゴリズムを構築する、実践的な数学者としての姿を浮き彫りにする。

ニュートン法の最大の特長は、その収束の速さにある。解の近傍では「二次収束」と呼ばれる性質を示し、各反復ステップで正しい桁数がほぼ倍増する 46。ただし、その成功は適切な初期値の選択に依存し、関数によっては不安定になることもある 46

この手法は、後に多変数関数(ヤコビ行列を用いる)や複素関数(ニュートン・フラクタルを生成)へと一般化され、現代の数値解析、最適化理論、計算科学において不可欠なアルゴリズムの一つとなっている 45。特に、機械学習における最適化問題では、その高速な収束性が評価される一方で、高次元のヘッセ行列(二次導関数の多次元版)の計算コストが高いという課題も認識されており、その応用と改良が現在も続けられている 49


第3部:自然哲学の数学的原理 ― 『プリンキピア』の構築

第7章:なぜ幾何学だったのか? ― 『プリンキピア』の数学的スタイル

1687年に刊行されたニュートンの主著『自然哲学の数学的諸原理(Philosophiæ Naturalis Principia Mathematica)』は、運動の三法則と万有引力の法則を提示し、近代科学の金字塔となった 2。しかし、その数学的な記述スタイルは、同時代の数学者たち、そして後世の研究者たちを驚かせ、長きにわたる議論の的となってきた。なぜなら、ニュートンは自身が発明した強力な武器である流率法(微積分)をほとんど表に出さず、全編を通じてユークリッドの『原論』を彷彿とさせる、古典的な幾何学の言語で論証を展開したからである 54

この選択は、単なる気まぐれや、微積分に不慣れな読者への配慮という以上に、ニュートンの数学哲学に深く根差したものであった。彼は、代数学的な計算は発見のための探求(分析)の道具としては有用であるとしつつも、自然哲学の真理を論証する厳密な証明(総合)の言語としては、幾何学こそが唯一「確実性」を持つと信じていた 5。彼にとって幾何学は、単なる計算手順ではなく、対象の本質への深い洞察を与える「優雅」な方法だったのである 4

しかし、連続的な運動や変化する力を扱うために、古典幾何学だけでは不十分であった。そこでニュートンは、微積分の概念を幾何学の枠組みに埋め込むための独創的な架け橋として、『プリンキピア』第1巻第1章で「最初と最後の比の方法(method of first and last ratios)」を導入した 59。これは、「限りなく小さくなり消えゆく量」の比の極限を扱う理論であり、物議を醸す「無限小」という言葉を避けつつも、実質的に微分(接線の傾き)や積分(「消えゆく矩形の最後の和」としての面積)に相当する概念を、古代ギリシャ以来の厳密な比例論の言葉で語ることを可能にした 22

この『プリンキピア』の数学的スタイルは、後世に大きな問いを投げかけた。ニュートンは流率法を用いて諸定理を発見し、それを後から幾何学の言葉に「翻訳」したのか、それとも最初から幾何学的に思考していたのか 62。彼自身はライプニッツとの優先権論争の中で前者の立場を主張したが、1680年代に彼が古代幾何学に深く傾倒していたことを示す証拠から、幾何学的論証こそが彼にとって最も厳密な思考形式であったと考える研究者も多い 4

興味深いことに、ニュートンの直観的な幾何学的無限小論法は、20世紀にアブラハム・ロビンソンが創始した「超準解析(non-standard analysis)」という現代的な論理体系によって、厳密に正当化できることが示されている 64。これは、ニュートンの数学的直観がいかに深遠であったかを物語っている。『プリンキピア』の数学的スタイルは、単なる見せかけの古典主義ではなく、革命的な物理学理論を、彼が最も確実と信じる数学的基礎の上に打ち立てようとした、壮大な知的構築物だったのである。

第8章:天体力学の証明と未解決問題 ― 月の運動と三体問題

『プリンキピア』において、ニュートンはその数学的手法を駆使して、天体の運動に関する数々の難問を解決した。彼の最も輝かしい成果の一つは、惑星の運動に関するケプラーの法則に、初めて物理的な説明を与えたことである。彼は、中心天体に向かう力が距離の2乗に反比例する(逆二乗法則)ならば、惑星の軌道は楕円を描くことを幾何学的に証明した 1。さらに、軌道は楕円に限らず、放物線や双曲線を含む円錐曲線全般になりうることも示した 2

しかし、ニュートンが直面した最大の挑戦は、月の運動であった。月の軌道は、地球との関係だけを考えれば済む単純な二体問題ではなく、太陽の強力な引力が常に影響を及ぼす、極めて複雑な「三体問題」であった 66。ニュートンはこの問題に膨大な労力を注ぎ、月の軌道に見られる多くの不規則性(摂動)、例えば「変動(variation)」や軌道面の傾きが変化する「交点の退行(regression of the nodes)」などを、万有引力の法則から見事に説明することに成功した 66

一方で、彼の理論には限界もあった。特に有名なのは、月の楕円軌道自体の向きが回転する現象(近地点移動)の計算である。ニュートンの最初の計算結果は、観測値の約半分にしかならず、この不一致は彼を終生悩ませた「失敗」として知られている 66

このニュートンの挑戦と、その一部の「失敗」は、皮肉にも後世の数学と物理学に極めて実り豊かな遺産を残した。第一に、月の運動のような複雑な問題を解くには、ニュートンの幾何学的手法には限界があることが明らかになり、18世紀のレオンハルト・オイラー、アレクシス・クレロー、ジャン・ダランベールといった数学者たちが、微分方程式を駆使する、より強力な「解析力学」を発展させる直接的な動機となった 66。この流れは、やがてラグランジュ力学やハミルトン力学といった、現代物理学の根幹をなす理論体系へと結実する 70

第二に、ニュートンが格闘した三体問題そのものが、さらなる深淵を秘めていた。19世紀末、アンリ・ポアンカレは、三体問題が一般には厳密な解を持たず、初期条件の微小な差異が将来の軌道に指数関数的な違いをもたらす「初期値鋭敏性」を持つことを発見した。これは、ニュートンの法則のような完全に決定論的な法則に従う系であっても、その長期的な振る舞いが本質的に予測不可能であることを示した、現代の「カオス理論」の幕開けであった 72。このように、ニュートンが自身の方法論の限界に突き当たった問題が、結果として、彼の力学体系を乗り越える二つの大きな数学的・物理学的革命の種子となったのである。


結論

アイザック・ニュートンの数学的業績を振り返ると、そこには二つの顔を持つ巨人の姿が浮かび上がる。一つは、変化を捉えるための全く新しい言語、すなわち流率法と無限級数という解析学を創出した革命家としての顔。もう一つは、古代ギリシャの幾何学に数学的確実性の究極の拠り所を求め、その厳密な論証スタイルを固守した保守的な思想家としての顔である。そして、彼の最高傑作『プリンキピア』は、この二元性が見事に統合された、知の記念碑として屹立している。

ニュートンの数学が後世に与えた影響は、計り知れないほど広範かつ深遠である。

第一に、彼が創始した微積分学は、物理学を記述するための不可欠な言語となった。その思想はラグランジュやハミルトンによる解析力学へと発展し、流体力学から電磁気学に至るまで、あらゆる物理法則の定式化の基礎を築いた 71。ニュートン力学自体も、アインシュタインの一般相対性理論という、より普遍的な理論の低速・弱重力場における「極限」として、その驚異的な正確さを保ち続けている 77

第二に、彼が確立した数値解法、特にニュートン法は、コンピュータ時代の到来と共にその真価をさらに発揮した。それは現代の計算科学、最適化理論、そして機械学習の分野において、今なお基本的なアルゴリズムとして活用され続けている 50

第三に、彼が解き明かせなかった問題さえもが、新たな科学分野の礎となった。彼を生涯にわたって悩ませた月の運動、すなわち三体問題は、その決定論的な法則の内に潜む予測不可能性の探求へと繋がり、カオス理論という20世紀の大きな科学的パラダイムを生み出した 72

そして最後に、彼の数学的直観の正しさは、20世紀の数理論理学の発展によっても再評価されている。『プリンキピア』で展開された、一見すると厳密性に欠けるかのような幾何学的・無限小的論法が、超準解析という新たな枠組みの中で厳密に正当化されうることが示されたのである 64

結論として、ニュートンの数学的遺産は、単なる個々の発見の集合体ではない。それは、解析学の未来を切り拓くと同時に、その正当性を古代の幾何学の内に求めようとした一人の知性の格闘の記録である。彼が築き上げた数学体系は、物理的世界を解明する鍵となっただけでなく、数学そのものの進むべき道を示し、その未解決問題までもが後世の科学と数学を豊かにし続けるという、類まれな知的遺産なのである。

引用文献

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  34. 数学史講義(第 9 回):アイザック・ニュートンの数学 4 https://glim-re.repo.nii.ac.jp/record/5165/files/kotokakiyo_13_17_69.pdf
  35. ニュートンの恒等式 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%81%92%E7%AD%89%E5%BC%8F
  36. 2 Newtonの恒等式と基本対称式 http://my.reset.jp/~gok/math/pdf/others/galois02.pdf
  37. 多項式の係数と根のべき乗和との関係【ニュートンの恒等式】のPythonプログラム – LASCODE https://lascode.com/newtons-identities/
  38. 書記が数学やるだけ#732 基本対称式とニュートンの恒等式|Writer_Rinka – note https://note.com/suzukusa/n/nffd3c69f0b54
  39. 五次方程式が根の公式を使って解けないこと(その40) https://ikuro-kotaro.sakura.ne.jp/koramu2/20012_h1.htm
  40. NEWTON, THE GEOMETER 1. Introduction Isaac Newton was a geometer. Although he is much more widely known for the calculus, the in – Stephen Huggett http://www.stephenhuggett.com/Newton.pdf
  41. Newtonの射影定理による図版例 https://fummathpro-2021.jimdofree.com/%E5%B0%84%E5%BD%B1%E5%AE%9A%E7%90%86-%E5%9B%B3%E8%A7%A3/
  42. 三次曲線 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%AC%A1%E6%9B%B2%E7%B7%9A
  43. 三次曲線とは? わかりやすく解説 – Weblio辞書 https://www.weblio.jp/content/%E4%B8%89%E6%AC%A1%E6%9B%B2%E7%B7%9A
  44. 3.1 ニュートン法 http://www.isc.meiji.ac.jp/~syazaki/1107-11Shimane/Newton-method.pdf
  45. ニュートン法とは何か??ニュートン法で解く方程式の近似解 – Qiita https://qiita.com/PlanetMeron/items/09d7eb204868e1a49f49
  46. ニュートン法 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E6%B3%95
  47. ニュートン法とその理論的根拠 | 微分積分の応用例 – WIIS https://wiis.info/math/calculus/application-of-calculus/newtons-method/
  48. 物理学者ニュートンが300年前に考案して現代でも実用されるアルゴリズム「ニュートン法」がアップデートされる – GIGAZINE https://gigazine.net/news/20250429-newtons-method-updated/
  49. Newton’s method for optimization | Computational Mathematics Class Notes – Fiveable https://library.fiveable.me/computational-mathematics/unit-5/newtons-method-optimization/study-guide/llakMCMdai6Sb26Q
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