
序章:日本のビジネスに浸透する「重層下請け構造」というDNA
日本の産業界、特に建設、IT、広告といった基幹分野において、通底するビジネス慣行が存在する。それは「ゼネコン下請け構造」として知られる、ピラミッド型の階層的取引関係である。この構造は、元請企業が発注者から一括で業務を受注し、その業務を専門性に応じて一次、二次、三次と連なる下請企業群に再委託していく形態を特徴とする 1。
このモデルは、第二次世界大戦後の高度経済成長期に、大規模な建設プロジェクトを効率的に遂行するための仕組みとして建設業界で確立された。しかし、その機能性と経済合理性から、この構造は業界の垣根を越えて「移植」されていった。IT業界では「ITゼネコン」あるいは「SIピラミッド」と呼ばれ 3、広告・マーケティング業界や物流業界においても同様の多重下請け構造が深く根付いている 5。
この構造は、大規模プロジェクトにおけるリスク分散、コスト削減、専門技術の効率的な活用といった、無視できないメリットを提供する 8。一方で、そのピラミッドの階層が深くなるにつれて、中間マージンの搾取(いわゆる「中抜き」)、末端労働者の労働環境悪化、責任所在の曖昧化、そして業界全体の技術革新の停滞といった、深刻かつ根源的な問題を内包していることも広く指摘されている 2。これは単なる一業界の商慣行に留まらず、日本の終身雇用を前提とした雇用システム、企業間の力関係、ひいては経済全体の生産性にも関わる構造的課題なのである 11。
本レポートは、この日本のビジネスシーンに深く刻まれた「重層下請け構造」というDNAを、多角的な視点から解剖するものである。まず、その原型である建設業界の構造と機能を詳述し、次にIT、広告業界へと、この構造がどのように移植され、各業界の特性に応じて変容したのかを比較分析する。さらに、業界を横断する共通の課題を浮き彫りにし、デジタルトランスフォーメーション(DX)や新たな働き方の波が、この伝統的構造にどのような変革を迫っているのかを考察する。最終的に、この構造の功罪を問い直し、日本の産業が目指すべき未来の協力関係について、具体的な提言を行うことを目的とする。
第1部:原型としての建設業界 — ゼネコン・ピラミッドの確立
建設業界における重層下請け構造は、日本の多くの産業で見られるピラミッド型分業体制の原型であり、その成り立ちと機能、そして内在する課題を理解することは、他業界の構造を分析する上での基礎となる。
構造と役割分担の解剖
建設業界のピラミッドは、明確な役割分担を持つ複数の階層から成り立っている。
ピラミッドの頂点:元請(ゼネコン)
国、地方公共団体、民間企業といった発注者から、土木一式工事や建築一式工事などの大規模プロジェクトを直接受注するのが、総合建設業者、すなわちゼネコン(General Contractor)である 1。ゼネコンの役割は、自ら施工を行うことではなく、プロジェクト全体の総合的な管理監督にある 2。具体的には、発注者との契約締結、工事全体の施工計画の策定、専門工事を担う下請企業の選定・管理、そして工程管理、品質管理、原価管理、安全管理といった、いわゆるQCDSE(品質、コスト、納期、安全、環境)のすべてに責任を負う 2。特に、年間売上高が1兆円を超える鹿島建設、清水建設、大成建設、大林組、竹中工務店の5社は「スーパーゼネコン」と称され、業界全体の技術開発や取引慣行に絶大な影響力を行使している 18。原則として、元請であるゼネコンの社員が現場でハンマーを握ることはなく、その役割はあくまでプロジェクトの「指揮者」である 18。
ピラミッドの中間層:一次下請(サブコン)
ゼネコンから、建築一式工事の中の電気設備工事、空調設備工事、衛生設備工事といった、高度な専門性を要する工事を直接請け負うのが、サブコン(Subcontractor)と呼ばれる一次下請業者である 14。サブコンは、ゼネコンの総合的な管理下で、担当する専門工事分野における施工管理を担う。彼らは下請業者でありながら、時には自らが元請となって発注者から直接仕事を受注することもある、専門技術に特化した企業群である 8。
ピラミッドの基盤:二次・三次以下の下請(専門工事業者)
サブコンやさらに上位の下請企業から、鳶、鉄筋、型枠、左官、塗装といった、より細分化された個別の作業を請け負うのが、二次、三次、あるいはそれ以下の階層に位置する専門工事業者である 1。これらの企業の多くは、実際に現場で作業を行う職人や技能労働者を直接雇用する中小・零細事業者で構成される。大規模な工事では、この階層が四次、五次請けにまで及ぶことも珍しくなく、ピラミッドの裾野は広く、深い 8。
歴史的背景と経済的合理性
この複雑な構造は、決して無目的に形成されたわけではない。その背景には、日本の経済発展と密接に連動した歴史的経緯と、各プレイヤーにとっての経済的合理性が存在する。
成立の背景
この構造の起源は、戦後の高度経済成長期に遡る 19。急増するインフラ整備や建設需要に対し、大手建設会社がすべての技能労働者を正社員として常時雇用することは、人件費の固定化を招き、需要の波に対応できないという経営上の大きなリスクを伴った。そこで、特定の専門技術を持つ中小企業や職人集団を「下請」として組織化し、プロジェクトごとに必要な労働力を柔軟に調達する生産体制が構築された 20。仕事がプロジェクト単位で完結するという建設業の特性は、この柔軟な分業システムと極めて高い親和性を持っていた 10。
各階層のメリット
このシステムは、各階層のプレイヤーに(少なくとも短期的には)メリットをもたらすことで維持されてきた。
- 元請け(ゼネコン)のメリット:
- コスト削減とリスク分散: 必要な時に必要な専門技術を持つ労働力を外部から調達できるため、正社員の雇用を最小限に抑え、人件費などの固定費を大幅に削減できる。また、工事量の変動リスクを下請企業に転嫁(外部化)することが可能となる 8。
- 専門性の活用と品質確保: 各工種に特化した専門工事業者を活用することで、多岐にわたる技術が要求される大規模工事においても、高い品質を効率的に確保できる 2。
- コア業務への集中: 煩雑な現場作業や労務管理を下請に委任することで、元請はプロジェクト全体のマネジメントという、より付加価値の高いコア業務に経営資源を集中させることができる 8。
- 下請けのメリット:
- 受注の安定: 大手ゼネコンの強力な営業力に依存することで、自社で新規顧客を開拓する負担なく、安定的に仕事を得ることができる 20。
- 専門性への特化: 営業活動や大規模なプロジェクトの資金調達といった経営負担から解放され、自社が持つ専門技術の施工や技能向上に集中できる環境が得られる 23。
このように、元請けのリスク回避・効率化ニーズと、下請けの受注安定ニーズが合致することで、この重層構造は強固な相互依存関係として定着していった。
法的規制と業界慣行
一方で、この構造は放置すれば下請けへの不当なしわ寄せや、工事品質の低下を招く危険性を常に孕んでいる。そのため、法律による一定の規制が設けられている。
一括下請負(丸投げ)の禁止
建設業法第22条は、元請が受注した工事について、自らは実質的に関与することなく、そのすべてを下請に施工させる「一括下請負(丸投げ)」を原則として禁止している 8。この規制の背景には、以下の3つの目的がある。
- 発注者の信頼保護: 発注者は元請の技術力、経営力、社会的信用を信頼して契約を結んでいるため、元請がその信頼を裏切り、工事を他社に丸投げすることを防ぐ 8。
- 建設工事の適正な施工の確保: 工事を丸投げすると、元請の管理責任が及ばず、手抜き工事や安全管理の不徹底につながる恐れがある 25。
- 下請業者保護: 丸投げは、中間搾取を助長し、末端の下請業者が不当に低い請負代金を強いられる原因となるため、これを防ぐ 24。
この規定に違反した場合、元請だけでなく、丸投げを受注した下請も同様に、営業停止処分や許可取り消しといった重い行政処分の対象となる 25。
規制の実効性と課題
ただし、この規制には重要な留保がある。「実質的な関与」が認められれば、一括下請負には該当しないとされている点だ 24。実質的な関与とは、元請自らが施工計画の作成、工程・品質・安全の管理、下請への技術指導などを主体的に行うことを指す 15。この「実質的関与」の解釈が、時に曖昧さを生む。
この構造がもたらす弊害、特に下位の階層に行くほど賃金が上がりにくくなるという問題(国土交通省の調査では、三次以下の下請企業において賃上げを実施した企業の割合が元請や一次・二次下請に比べて低いことが示されている 15)や、責任の所在が不明確になることによる安全管理上のリスクを重く見た国土交通省は、近年、改善に向けた取り組みを強化している。具体的には、一括下請負の判断基準の明確化、公共工事の発注時期の平準化による繁閑差の緩和、技能者の能力を可視化する「建設キャリアアップシステム」の導入促進などである 15。さらに踏み込んだ対策として、一部の自治体では公共工事において下請次数を原則として土木工事で二次、建築工事で三次までと制限する動きも出ており、構造そのものにメスを入れようという試みが始まっている 29。
この建設業界の構造は、「分業による効率性」と「責任の断片化」という、トレードオフの関係性の上に成り立っている。元請は「管理」、下請は「施工」という明確な役割分担は、各プレイヤーが専門業務に集中できるため、一見すると非常に効率的である 2。しかし、この分業は同時に、各下請企業が「自らが請け負った範囲の工事」にしか関心を持たなくなる傾向を助長する 16。その結果、元請による強力な総合的管理監督機能が十全に働かなければ、工程間の連携不備、情報伝達のミス、品質問題、そして現場全体の安全意識の低下といったリスクが容易に顕在化する 8。建設業法が元請に極めて重い管理責任を課しているのはこのためであるが、この管理が形骸化した時、構造全体が機能不全に陥るリスクを常に内包しているのである。
重要なのは、法的規制が禁じているのはあくまで元請が責任を放棄する「一括下請負」であり、重層的な下請構造そのものではないという点だ。元請が「実質的に関与」している限り、その下に何層の下請企業を組織しようとも、直ちに違法とはならない。このため、企業は法を遵守する体裁をとりながら、コスト削減やリスクヘッジという経営合理性のために重層構造を維持・活用し続けることが可能であった 8。国土交通省も、長らくは行政による一律の次数制限といった強硬な手段ではなく、企業の自主的な取り組みを促すという方針を基本としてきた 28。結果として、法律は構造の「最悪の形態」を防ぐための安全網として機能するに留まり、構造自体が引き起こす賃金の目減りや生産性の低下といった、より根深い課題への対処は不十分であったと言える。近年の次数制限の導入といった動きは、この限界に対する行政側の認識が変化してきたことの表れであろう。
第2部:デジタル社会への移植 — IT業界の「SIピラミッド」
建設業界で確立された重層下請け構造は、そのロジックを維持したまま、デジタル社会の中核であるIT業界へと移植された。そこで形成されたのが、「ITゼネコン」または「SIピラミッド」と呼ばれる、日本特有の産業構造である。
「ITゼネコン」の構造と商流
定義と構造
「ITゼネコン」とは、建設業界のゼネコン構造をIT業界に当てはめた比喩的表現であり、主に二つの意味で用いられる。一つは、官公庁や金融機関、大企業などから大規模な情報システム開発案件を直接受注する、大手のシステムインテグレータ(SIer)そのものを指す言葉。もう一つは、これらの大手SIerを頂点とし、その下に二次請け、三次請けと複数のIT企業が連なる多重の下請け構造全体を指す言葉である 3。この階層構造は、特にSIer業界で顕著に見られることから「SIピラミッド」とも呼ばれている 3。
階層と役割分担
このピラミッドにおける役割分担は、建設業界以上に明確に「工程」によって分断されているのが特徴である。
- 元請(プライムベンダー): クライアントと直接契約し、プロジェクトの最上流を担う。具体的な業務は、クライアントへのヒアリングを通じた要件定義、システムの全体像を描く基本設計といった「上流工程」が中心となる 11。建設業界のゼネコン同様、プロジェクト全体のマネジメント(予算、工程、品質、リスクの管理)に最終的な責任を負う。実際のプログラム開発といった技術的な実装部分は、その多くを下請企業に委託する 31。
- 二次請け(一次下請): 元請SIerから、詳細設計や主要機能の開発といった業務を請け負う。中堅SIerなどがこの層を形成することが多い。元請の指示のもと、より具体的な開発作業を進めると同時に、さらに下位の企業を管理する小規模なマネジメント業務を兼務することもある 31。
- 三次請け以下(孫請け): ピラミッドの最下層に位置し、プログラミング(コーディング)や単体テストといった、細分化された「下流工程」を担う。この階層は、中小のソフトウェア開発会社や、個人事業主であるフリーランスエンジニアによって構成されることが多い 11。特に、SES(システムエンジニアリングサービス)契約に基づき、エンジニアが労働者としてクライアントや上位のSIerの事業所に常駐して働くという形態が広く見られる 21。
成立の背景と構造的問題
IT業界にこの構造が根付いた背景には、日本の社会経済的特徴と、IT業界固有の事情が複雑に絡み合っている。
成立の背景
1980年代以降、企業活動の根幹を支える大規模な基幹システムの開発ニーズが高まった。しかし、多くのユーザー企業(特に官公庁や金融機関)には、システムを自社で開発・運用するための専門人材が不足していた 3。一方で、日本の硬直的な雇用慣行(終身雇用)の下では、プロジェクトの繁閑に合わせて多数のITエンジニアを正社員として柔軟に雇用・解雇することは困難であった。このため、企業は人件費という固定費を抱えるリスクを回避するため、システム開発を外部の専門企業であるSIerに一括して発注する「アウトソーシング」を基本戦略とした 4。この発注を受けた大手SIerもまた、同様の理由から自社ですべてのエンジニアを抱えず、さらに下位の企業へと業務を再委託する。この連鎖が、建設業界さながらの多重下請け構造をIT業界に定着させたのである。
深刻な構造的問題
このSIピラミッドは、建設業界以上に深刻な構造的問題を露呈している。
- 中間搾取と給与格差: 商流の階層が一段下がるごとに、上位企業が中間マージンを差し引くため、実際に作業を行う末端のエンジニアに渡る報酬は著しく低くなる 3。例えば、元請けがクライアントから1億円で受注したプロジェクトが、二次請けには5,000万円、三次請けには3,000万円で発注されるといったケースも指摘されており、この「中抜き」が深刻な給与格差を生み出している 31。
- 人材育成の停滞: 上流工程と下流工程が完全に分断されているため、下流工程を担うエンジニアは、キャリアを通じて細分化された単純作業(特定の言語でのコーディングやテスト仕様書に基づくテスト実施など)に固定されがちである 11。プロジェクトの全体像を理解したり、顧客折衝や設計といった上流工程のスキルを磨いたりする機会が構造的に奪われているため、業界全体として高度なスキルを持つエンジニアが育ちにくいという致命的な問題を抱えている 3。
- 劣悪な労働環境: 元請けがクライアントと合意した厳しい納期と予算のしわ寄せは、ピラミッドの下層に行くほど強くなる。クライアントからの急な仕様変更があっても納期は遵守しなければならず、その調整弁として末端のエンジニアが長時間労働や休日出勤を強いられるケースが後を絶たない 3。この「きつい・帰れない・厳しい」と揶揄される労働環境は、エンジニアの心身を疲弊させ、業界の魅力を著しく損なっている 23。
- 責任の曖昧化と品質低下: 階層が深くなることで、各プレイヤーの責任範囲が断片化し、システムに不具合が生じた際の原因究明や責任の所在の特定が極めて困難になる 10。さらに、元請け企業の社員が現場の技術から乖離し、下請けを適切に管理できない「技術力なきリーダー」がプロジェクトを率いることで、コミュニケーション不全や手戻りが多発し、プロジェクトがコントロール不能に陥る「炎上」のリスクを増大させている 31。
海外との比較と日本的特性
このような極端な多重下請け構造は、日本特有の現象として指摘されることが多い。アメリカのIT業界でも過去には下請け構造が見られたが、日本ほど固定化・深化することはなかった。その最大の要因は「雇用の流動性」の違いにある 11。アメリカでは、プロジェクトの需要に応じて専門スキルを持つ人材を市場から直接雇用し、プロジェクト終了後には解雇するという、流動的な人材活用が一般的である。これに対し、正社員の解雇が法的に、また社会通念上も困難な日本では、企業は恒常的なリスク回避策として外部委託に依存せざるを得ず、結果として固定的なピラミッド構造が温存されてきたのである 11。
この構造は、親藩・譜代大名・外様大名といった江戸時代の封建的な主従関係になぞらえられることもある 12。これは、固定化された階層の中で、上位者が下位者を支配・管理するという、日本的な組織文化や力関係が色濃く反映されていることの証左とも言えるだろう。
この構造が内包する本質的な矛盾は、「リスクの外部化」が「技術力の空洞化」を招くという自己撞着にある。元請けは、エンジニアを直接雇用するリスクと、プロジェクトを遂行するリスクを下請けに転嫁する仕組みとして、このピラミッドを構築した。しかし、開発実務を外部に委託し続けることで、元請け自身の技術開発能力は必然的に低下していく 31。一方、下請けは下流工程に特化させられるため、高度な設計能力などを蓄積する機会を奪われる 10。その結果、元請けは「管理はできるが作れない」、下請けは「作れるが全体を設計できない」という致命的な分断が生じる。この「技術力の空洞化」は、元請けが下請けの品質や進捗を技術的に評価・管理する能力を失わせ、結果としてプロジェクト全体の失敗リスク(炎上リスク)をむしろ増大させる。リスクを避けるための構造が、皮肉にも新たなリスクを生み出すというパラドックスがここには存在する。
さらに、この構造は「情報の非対称性」を固定化し、下請けの交渉力を構造的に奪っている。ピラミッドの頂点に立つ元請けは、クライアントと直接対話し、予算の総額、真のビジネス要求、プロジェクトの背景といった、価値判断に不可欠な情報をすべて独占する 11。下請け、孫請けには、そこから細分化された作業指示と、すでに何重にもマージンが抜かれた後の予算しか渡されない 23。プロジェクトの全体像や真の目的を知らされない下請けは、提示された条件の妥当性を判断したり、より付加価値の高い代替案を提案したりすることが構造的に不可能である 10。加えて、特定の元請けへの取引依存度が高い下請け企業は、将来の取引継続を期待するあまり、理不尽な要求を飲まざるを得ないという弱い立場に置かれる 37。このように、SIピラミッドは単なる企業間の力関係の問題ではなく、情報格差を通じて下請けの交渉力を構造的に無力化し、不公正な取引を再生産するシステムとして機能しているのである。
第3部:無形サービスへの展開 — 広告・マーケティング業界の多重構造
建設やITといった有形の「モノ」や「システム」を作る業界だけでなく、アイデアやコミュニケーションといった無形のサービスを扱う広告・マーケティング業界にも、重層下請け構造は深く浸透している。ここでは、その構造はより見えにくく、中間業者の介在価値が問われるという、特有の問題を抱えている。
代理店を中心としたエコシステム
商流の構造
広告・マーケティング業界におけるピラミッドの頂点には、電通や博報堂に代表される総合広告代理店が位置する。クライアント(広告主)は、これらの代理店にテレビCM、新聞広告、イベント、デジタルマーケティングといった広告・宣伝活動全般を一括して発注する 6。受注した代理店は、プロジェクトの総合的な戦略立案やクライアントとのコミュニケーションを担いつつ、実際の制作・実行業務を専門領域ごとに外部のパートナー企業に再委託する。例えば、CM制作は映像制作会社へ、Webサイト制作はWeb制作会社へ、PR活動はPR会社へ、そしてWeb広告の運用は専門の運用会社やフリーランスへと、業務が階層的に委託されていく 6。
収益モデル
代理店の主な収益源は、テレビ、新聞、雑誌、Webサイトといったメディアの広告枠をクライアントに販売する際に得られる手数料(メディアマージン)と、CMや広告原稿といったクリエイティブを制作する際に発生するフィー(制作管理費など)である 39。特にメディアマージンは、メディアが提示する広告枠の定価(グロス価格)に、あらかじめ代理店の手数料(通常15~20%程度)が含まれていることが多く、代理店ビジネスの根幹を成している 39。
「伝書鳩」問題と介在価値の希薄化
この業界の構造が抱える最大の問題の一つが、中間業者の介在価値が著しく希薄化する、いわゆる「伝書鳩」問題である。
実態
これは、商流の途中に介在する広告代理店や制作会社が、実質的なディレクション、品質管理、あるいは付加価値のある提案を一切行わず、単に下請けから上がってきた成果物をクライアントに転送(横流し)するだけで、中間マージンを得ている状態を指す 6。物理的なモノの製造がないサービス業では、この価値の希薄化がより顕著に、かつ外部から見えにくい形で発生する。建設工事であれば、元請は現場の安全管理や工程調整といった物理的に目に見える管理業務を担う 16。しかし、広告・マーケティングでは、中間業者の役割はコミュニケーションの仲介やディレクションといった無形の活動が中心となるため、その役割が放棄されてもクライアントからは実態が見えにくい 6。成果物であるデザイン案や企画書はデジタルデータとして容易に転送できるため、物理的な制約なく「ただ転送するだけ」の行為が可能になってしまうのである。
ある事例では、三次請けのフリーランスが作成したWebページのワイヤーフレームと、その設計意図を記したコメントが、二次請けの制作会社によって一字一句修正されることなく一次請けの広告代理店に送られ、その代理店もまた、そのままクライアントに転送していた。クライアントからの修正指示も、同じルートを逆方向に転送されてくるだけで、実質的にコミュニケーションを取っていたのは末端のフリーランスとクライアントのみ。中間にいる二社は、まさに「伝書鳩」として機能していただけであった 6。
構造を支える要因
このような非効率な構造が維持される背景には、複数の要因が絡み合っている。
- 元請けのスキル・リソース不足: マーケティング手法が多様化・専門化(例:MA運用、SEO、インフルエンサーマーケティング等)する中で、元請けである代理店がすべての領域を自社でカバーしきれなくなっている。クライアントからの幅広いニーズに応えるため、専門知識のない分野の業務を、実態を把握しないまま外部パートナーに丸投げしてしまうケースがある 6。
- 二次請け以下の従属的立場: ピラミッドの下位に位置する中小の制作会社やフリーランスは、売上を確保するため、あるいは大手代理店との取引実績を作るために、介在価値に疑問を感じつつも、不利な条件の案件を受注せざるを得ない力関係が存在する 6。
- エンドクライアント側の事情: 特に大手企業(JTC)において、コンプライアンスや与信管理上の理由から、法人格を持たない個人事業主(フリーランス)と直接契約することを社内規定で禁じている場合がある。また、社内にマーケティングの専門知識が乏しく、どのパートナーが最適かを判断できないため、付き合いのある大手代理店にパートナー選定を含めて一任してしまう傾向も、この構造を温存させる一因となっている 6。
下請法・独占禁止法との関係
広告業界における取引も、当然ながら法的規制の対象となる。発注者(親事業者)と受注者(下請事業者)の資本金規模、および取引内容(プログラムやデザインといった「情報成果物作成委託」や、マーケティングコンサルティングなどの「役務提供委託」)が一定の要件を満たす場合、「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」が適用される 40。下請法が適用されると、親事業者には発注内容を明記した書面の交付義務や、定められた期日内の代金支払義務などが課され、受領拒否や不当な減額、買いたたきといった11項目の行為が禁止される 40。
たとえ下請法の適用対象外の取引であっても、取引上の優越的な地位を利用して、正常な商慣習に照らして不当に相手方に不利益を与える行為(例:合理的な理由のないやり直しの要求、協賛金の強要など)は、独占禁止法が禁じる「優越的地位の濫用」に該当する可能性がある 40。公正取引委員会は、広告業界における公正な取引慣行を促進するため、具体的な問題事例を挙げたガイドラインを公表し、監視を強めている 40。
この業界の構造には、もう一つのジレンマが存在する。それは、業界の複雑化・専門分化が、逆説的に多重下請け構造を強化しているという点である。マーケティング手法が多様化し、一社ですべての専門知識を保有することが困難になるほど、企業は自社にない能力を外部に委託せざるを得なくなる。例えば、Webサイト制作会社がクライアントからMA(マーケティングオートメーション)の導入・運用まで一括で相談された場合、自社にそのノウハウがなければ、MA運用の専門会社を下請けとして利用する 6。さらに、そのMA運用会社がコンテンツ(ホワイトペーパーなど)の制作能力を持っていなければ、ライティング専門の会社やフリーランスに再々委託する、といった連鎖が発生する。このように、専門性を追求する動きが、結果として新たな下請け階層を生み出し、意図せずして構造をより深く、複雑にしてしまうのである。
第4部:構造の比較分析と横断的課題
これまで見てきたように、「ゼネコン下請け構造」は建設、IT、広告という異なる性質の業界に、それぞれの特性を反映させながらも、共通の論理で根付いている。ここでは、その構造を横断的に比較分析し、共通する根深い課題を体系的に整理する。
【提案テーブル1】業界別・重層下請け構造の比較
| 項目 | 建設業界 | IT業界 | 広告・マーケティング業界 |
| 構造の通称 | ゼネコン・ピラミッド、重層下請構造 | ITゼネコン、SIピラミッド | 代理店エコシステム、多重下請け構造 |
| 元請の呼称 | ゼネコン(総合建設業者) | 大手SIer、プライムベンダー | 総合広告代理店 |
| 下請の呼称 | サブコン、専門工事業者、職方 | 二次請け、三次請け、SES事業者、フリーランス | 制作会社、PR会社、運用会社、フリーランス |
| 主な業務内容 | 上流: 総合管理(工程、品質、安全、コスト)下流: 専門工事、現場施工 | 上流: 要件定義、基本設計、プロジェクト管理下流: 詳細設計、実装(コーディング)、テスト | 上流: 戦略立案、メディアプランニング、クライアント対応下流: クリエイティブ制作、Web開発、広告運用、PR実務 |
| 典型的な課題 | ・一括下請負(丸投げ)の横行・安全管理責任の曖昧化・技能労働者の処遇悪化と後継者不足 | ・中間搾取による深刻な給与格差・下流工程への固定化による人材育成の停滞・プロジェクトの「炎上」 | ・中間業者の「伝書鳩」化と介在価値の希薄化・不透明なマージン構造・クライアントの意図が末端まで届かない |
この比較から明らかなように、呼称や具体的な業務内容は異なれど、どの業界においても「元請が全体管理と上流工程を担い、下請が専門的な実務や下流工程を担う」という基本的な役割分担は共通している。そして、その構造から生じる課題もまた、驚くほど類似していることがわかる。
【提案テーブル2】階層別・メリット・デメリット分析
この構造がなぜこれほど強固に存続するのかを理解するためには、各プレイヤーの立場から見た利害関係を分析する必要がある。「悪しき慣習」と批判されながらも、各プレイヤーが(少なくとも短期的には)この構造に参加する合理的なインセンティブが存在するのである 11。
| 立場 | メリット | デメリット | ||
| 発注者/クライアント | ・専門知識がなくても、元請に一括発注できる手軽さ・プロジェクト遂行責任を元請に集約できる | ・中間マージンによる実質的なコスト増大・品質管理のブラックボックス化・現場の実態が見えず、真の課題を把握できない | ||
| 元請 | ・正社員を抱えるリスクの回避(人件費削減、需要変動への柔軟性)8 | ・専門技術の効率的な活用・コア業務(管理、企画)への集中 | ・多数の下請の管理コスト増大・自社の技術力の空洞化 31 | ・下請の起こした問題に対する最終責任 |
| 中間請 | ・元請からの安定的な受注・自社の営業・企画能力の不足を補完 | ・元請と末端請の板挟み・利益率の低さ・責任範囲が曖昧になりがち | ||
| 末端請/労働者 | ・営業活動なしで仕事を得られる 23 | ・専門的な実務に集中できる | ・中間搾取による低賃金・低報酬 3 | ・厳しい納期や仕様変更のしわ寄せ・スキルアップやキャリアアップの機会が限定的 10 |
この分析は、構造改革の難しさを示唆している。各プレイヤーは、自らのデメリットを認識しつつも、メリットを享受するために構造に依存し続けている。例えば、元請は技術力の空洞化を懸念しつつも、短期的なコスト削減とリスク回避を優先する。末端の下請は低賃金に苦しみながらも、明日の仕事を確保するために従属的な関係を甘受する。この「合成の誤謬」こそが、構造を自己保存させる強力なメカニズムなのである。
横断的な課題の深掘り
業界や階層を越えて、この構造は日本経済全体に影を落とす、より深刻で普遍的な課題を生み出している。
経済的非効率性
最大の課題は、その非効率性にある。ピラミッドの各階層で中間マージン(中抜き)が発生するため、発注者が支払った費用のうち、実際に価値を生み出す現場作業に投下される割合は、階層が深くなるほど減少する 33。これは、本来不要な取引コストを増大させ、業界全体の生産性を著しく低下させる要因となっている 10。結果として、最終的な製品やサービスの価格は割高になる一方で、その品質は必ずしも向上しないという矛盾が生じる。
社会的課題
経済的な非効率性は、深刻な社会的課題へと直結する。
- 労働条件の悪化と賃金停滞: コスト削減のしわ寄せは、常にピラミッドの最下層に位置する中小・零細企業や個人事業主、そしてそこで働く労働者に集中する 23。低賃金、長時間労働、不安定な雇用が常態化し、労働者のモチベーション低下や人材の流出を招く。特に、下位の下請けほど賃金が上がりにくい構造は、日本全体の賃金停滞の一因ともなっている 15。
- 人材育成と技術継承の阻害: 下流工程や単純作業に固定された若手労働者は、幅広いスキルや高度な専門性を身につける機会を構造的に奪われる 3。これにより、次世代を担う人材が育たず、建設業界における技能継承の困難さや、IT業界における高度IT人材の不足といった、国家レベルでの技術力・競争力の低下につながっている 12。
ガバナンスの問題
- 責任所在の不明確化: 階層が複雑に絡み合うことで、製品の欠陥やプロジェクトの遅延、労働災害といった問題が発生した際に、どの企業に最終的な責任があるのかが極めて曖昧になる 2。責任の押し付け合いが横行し、迅速な原因究明や根本的な再発防止策の実施を妨げる 10。
- 品質管理の困難さ: 元請から末端の作業者まで、情報の伝達経路が長くなるほど、指示の内容が歪められたり、重要な情報が欠落したりするリスクが高まる 8。これにより、プロジェクト全体で一貫した品質基準を維持することが困難になり、最終的な成果物の品質低下を招きやすい。
第5部:変革の胎動 — 新たな潮流は構造を破壊するか
長年にわたり日本の産業界に深く根を張ってきた重層下請け構造だが、近年、デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展や働き方の多様化といった、外部からの強力な変化の波に晒されている。これらの潮流は、この硬直化したピラミッドを破壊する可能性を秘めているのだろうか。
DXと建設テックのインパクト
変革の可能性
建設業界(建設テック)や他業界におけるDXの進展は、重層下請け構造の前提を覆す可能性を秘めている。
- 情報の透明化と共有: BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)は、建物の3Dモデルに設計、コスト、工程といったあらゆる情報を統合し、関係者全員がリアルタイムで共有することを可能にする 45。また、受発注や請求書、各種報告書をデジタルで一元管理する施工管理プラットフォーム 46 は、業務プロセスを可視化し、透明性を飛躍的に高める。これらの技術は、従来、情報の分断や非対称性を前提として成り立っていた重層構造の存在意義そのものを揺るがす 47。
- 生産性の向上: ドローンによる測量や現場の進捗確認、AIを活用した画像認識による品質検査や安全監視は、従来人手に頼っていた業務を大幅に効率化・省人化し、生産性を向上させる 49。
推進を阻む障壁
しかし、DXが特効薬となるほど現実は単純ではない。皮肉なことに、重層下請け構造そのものがDX推進の最大の障壁となっている。
- 構造自体が障壁: ピラミッドの下位に位置する中小・零細企業は、新たなデジタルツールを導入するための資金力も、それを使いこなすIT人材も不足している 45。また、日々の業務が上位企業からの紙や口頭での指示で完結しているため、DXの必要性を実感しにくいという文化的な側面もある 45。元請けが一方的にDXツールを導入しても、無数の下請企業が追随できなければ、かえってデジタルとアナログが混在する非効率な状況を生み出しかねない。
- その他の障壁: 業界全体に共通するIT人材の不足、変化を嫌うアナログな現場文化への固執、そして費用対効果が不明瞭な中での初期投資への負担感などが、DXの普及を遅らせる要因となっている 45。
したがって、DXや建設テックは、構造を自動的に「破壊」する魔法の杖ではなく、むしろこの構造が抱える非効率性や情報の不透明性といった根本的な「矛盾を可視化」する触媒として機能すると捉えるべきである。テクノロジーが「なぜ我々の業界はこれほど非効率なのか?」という根源的な問いを突きつけ、構造改革への機運を醸成する点にこそ、その真の価値がある。
IT業界における内製化と脱・人月モデルへの挑戦
IT業界では、より直接的に構造変革に向けた動きが進んでいる。
- 内製化へのシフト: DXが単なるITシステムの導入ではなく、ビジネスモデルそのものを変革する「経営変革」であるという認識が広まるにつれ、企業は競争力の源泉となるITシステムやソフトウェアの開発を、外部のSIerに丸投げするのではなく、自社内で主体的に行う「内製化」へと舵を切り始めている 35。事業部門と開発部門が一体となり、迅速に市場の変化に対応する必要性が、従来の丸投げ構造との決別を促している。
- 構造の合理性の揺らぎ: クラウドサービスの普及、高品質なSaaS(Software as a Service)やOSS(オープンソースソフトウェア)の台頭は、SIピラミッドの経済的合理性を根底から覆しつつある 52。従来、ピラミッドの最下層で多くのプログラマーが人海戦術で開発していた機能部品の多くが、今や安価で信頼性の高い既製品として調達可能になった。これにより、開発工数(人月)を基準に費用を請求する「人月モデル」と、それを支える多重下請け構造の優位性が急速に失われている。
- 変化の実態: ユーザー企業がITに対する主体性を取り戻し、ベンダーへの一方的な依存から脱却しようとする動きは明確である 35。しかし、長年のアウトソーシングによって社内のIT人材が枯渇してしまっている企業も多く、この変革は一朝一夕には進まないという課題も抱えている 53。
BtoBプラットフォームとフリーランスの台頭
企業間の取引や働き方の変化も、ピラミッド構造に揺さぶりをかけている。
- BtoBプラットフォームの影響: 見積、契約、発注、請求といった一連の商取引プロセスをデジタル化するBtoBプラットフォーム 46 は、取引の透明性を高め、不要な中間業者を介さずに発注者と受注者が直接つながる「中抜き」を促進する。これにより、不透明なマージン構造が是正され、商流が簡素化されることが期待される 55。
- フリーランスの活用: 企業が特定の専門スキルを持つフリーランスとプロジェクト単位で直接契約する動きは、固定的な下請けピラミッドをより流動的なものに変える力を持つ。しかし、前述の通り、大手企業では依然としてコンプライアンス上の理由から個人との直接契約を避ける傾向があり 6、またフリーランス自身も、エージェントの増加や案件の減少による熾烈な案件獲得競争に直面している 57。
- 新たな法的枠組み: このような働き方の変化に対応するため、新たな法整備も進んでいる。2024年11月に施行される「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス保護新法)」は、企業とフリーランス間の取引における発注内容の明示義務や報酬の支払期日の設定などを定め、フリーランスの権利保護を強化するものである 58。これは、従来の「下請法」が十分にカバーしきれなかった領域を補完し、公正な取引慣行の形成を後押しすることが期待される。
「内製化」と「フリーランス活用」は、一見すると企業が能力を内部に取り込む動きと、外部の専門家と直接つながる動きであり、逆方向のベクトルに見える。しかし、両者に共通しているのは「価値を生まない中間層の排除」という点である。どちらも、従来の多重下請け構造を否定し、発注者と、実際に価値を生み出す実行者(社内の専門チーム、あるいは社外のフリーランス)が直接結びつくことを目指している。これは、硬直的な「ピラミッド型」の階層構造から、プロジェクトごとに最適なチームを柔軟に形成する、より流動的な「ネットワーク型(あるいは文鎮型)」の協力関係 5 への移行を示唆している。
【提案テーブル3】主要な法的規制の概要
この複雑な構造に関わる事業者は、複数の法律による規制を遵守する必要がある。以下に主要な法律の要点を整理する。
| 法律名 | 主な目的 | 規制対象(主なもの) | 事業者の主な義務 | 主な禁止事項 |
| 建設業法 | ・建設工事の適正な施工の確保・発注者の保護・建設業の健全な発達 | 建設工事の請負契約 | ・許可の取得・主任技術者・監理技術者の配置・施工体制台帳の作成 | ・一括下請負(丸投げ)の原則禁止・無許可業者への下請発注の制限 |
| 下請代金支払遅延等防止法(下請法) | 下請事業者の利益保護と取引の公正化 40 | 親事業者(資本金大)から下請事業者(資本金小)への製造委託、情報成果物作成委託など | ・発注書面の交付・支払期日を定める・書類の作成・保存 | ・受領拒否・支払遅延・代金の減額・買いたたき など11項目 |
| 独占禁止法 | 公正かつ自由な競争の促進 | すべての事業者 | – | ・私的独占・不当な取引制限(カルテル)・不公正な取引方法(優越的地位の濫用など) |
| フリーランス保護新法 | 特定受託事業者(フリーランス)の取引適正化と就業環境の整備 | 業務委託事業者から特定受託事業者(フリーランス)への業務委託 | ・業務内容、報酬等の明示・報酬の支払期日設定・募集情報の的確な表示 | ・受領拒否・報酬の減額・一方的な発注取消 など |
終章:日本の産業構造の未来 — 提言と展望
本レポートで詳述してきたように、重層下請け構造は、かつて日本の高度経済成長を効率的に支える有効なシステムであった。しかし、グローバルな競争が激化し、デジタル化が産業のあらゆる側面を再定義する現代において、その経済的合理性は薄れ、むしろ生産性向上、イノベーション、そして人材育成を阻害する「負の遺産」としての側面が顕著になっている。硬直化したピラミッドからの脱却は、もはや一部の業界における選択肢ではなく、日本経済全体の持続的成長に向けた必須の課題である。
企業への提言
この構造転換を成功させるためには、各階層に位置する企業自身の意識と行動の変革が不可欠である。
- 元請け企業へ: 単なる下請の「管理者」から、サプライチェーン全体の価値を最大化する「オーケストレーター」への変革が求められる。下請企業を単なるコスト削減の対象としてではなく、長期的な価値共創のパートナーとして位置づけるべきである。そのためには、施工能力や技術開発力のある企業を優先的に選定し、安易な再下請を抑制する自主的な取り組みが重要となる 28。さらに、DXツールなどを活用してサプライチェーン全体の透明性を高め、下請企業との間で適正な利益配分と技術情報の共有を積極的に行うことが、自社の競争力強化にもつながる。
- 下請け企業へ: 特定の元請けへの過度な依存から脱却し、「自律」した経営体を目指す努力が不可欠である 38。そのための戦略は三つある。第一に、代替不可能なレベルまで自社の専門技術を深化させ、価格競争から価値競争へとシフトすること。第二に、これまで元請けに依存してきた営業、企画、研究開発といった経営機能を自社で強化し、直接エンドユーザーと取引する道を果敢に模索すること 38。第三に、同業の他社と連携(水平連携)し、共同で受注や開発、人材採用を行うことで、個社では持ち得なかった交渉力や事業規模を獲得することである。
政策への提言
企業の自助努力だけでは、長年定着した構造を変えることは困難である。政府・行政には、公正な競争環境を整備し、変革を後押しする強力な政策が求められる。
- 規制の実効性強化: 建設業法における一括下請負の監視強化や、一部で試行されている下請次数制限の導入拡大の検討など、現行法の執行を強化し、その実効性を高めるべきである 28。
- 公正な取引環境の整備: 下請法およびフリーランス保護新法の周知徹底を図り、優越的地位の濫用といった不公正な取引に対しては、公正取引委員会が厳正に対処する必要がある 37。
- ポジティブなインセンティブの付与: 構造改革には痛みを伴う。したがって、罰則による規制強化だけでなく、変革を促す前向きな支援策が重要となる。具体的には、中小・下請企業のDX導入に対する補助金の拡充、新たなスキル習得のための人材育成プログラムの提供、そして元請・下請間で公正なパートナーシップ(例:利益分配、共同開発)を構築する企業に対する税制上の優遇措置などが考えられる。
未来展望
最終的に日本が目指すべきは、固定的な上下関係に基づく「ピラミッド型」の産業構造から、対等な専門性を持つプレイヤーがプロジェクトごとに柔軟に連携し、価値を共創する「ネットワーク型(文鎮型)」5 の産業エコシステムへの転換である。この転換は、個々の企業の競争力を高めるだけでなく、中間搾取による経済的損失をなくし、日本経済全体の生産性を向上させる。そして何より、そこで働くすべての人々が、その貢献に見合った公正な報酬と、スキルアップの機会を得られる社会の実現に不可欠な道筋なのである。この構造改革は容易な道のりではないが、その先にこそ、日本の新たな成長の可能性がある。
引用文献
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- マーケティング業界の多重下請け構造|財前 雄太 – note https://note.com/zaizenyuta/n/n541f1a416a34
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- 下請問題の構造的課題とは何か? 「自立・自律」化が賃上げの源泉に – 特集 http://ictj-report.joho.or.jp/2211/sp01.html
- 広告代理店ビジネスの仕組み:2024年度版:5つのコードを解読 https://koukokudairiten.info/how-the-advertising-agency-business-works/
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- 下請法とは?わかりやすく解説 歴史や特徴、最新課題、法改正まで! https://compliance.lightworks.co.jp/learn/subcontract-act-history/
- 物流関連記事|知っておくべき!多重下請け構造の仕組み、課題、リスクへの対応策 – ハコベル https://www.hacobell.com/media/multiple_subcontracting
- 物流業界の多重下請け構造とは?問題点と是正のための方法について解説 – ロジスティクスTV https://logistics-tv.jp/tips/multiple-subcontracting/
- 建設業中抜きの実態と対策 | 採用の動向や業種による特徴をご紹介いたします https://act-sunrise.com/COLUMN/detail/20230524130354/
- 建設業界の課題を解決する「建設現場DX」 | BizDrive(ビズドライブ) – NTT東日本 法人のお客さま https://business.ntt-east.co.jp/bizdrive/column/post_111.html
- BtoBプラットフォーム × 建設業| 全商流の書類業務(工事請負契約書/注文書/出来高請求)を電子化 https://www.infomart.co.jp/trade/construction/
- 建設DXとは?鹿島・大林・中小2社など最新事例5選、全然進まない「3原因」も徹底解説 https://www.sbbit.jp/article/cont1/87481
- 建設業のDX化を進めるには?メリットやIoT、BIMなどの技術を紹介 – 発注ナビ https://hnavi.co.jp/knowledge/blog/construction-dx/
- 建設DXとは?導入の背景やメリット、実現のための新技術を解説 | 働き方改革のすゝめ | Buildee https://service.buildee.jp/workstyle/ws_mag005/
- 建設業DXの現状と課題とは|DX推進のメリットと成功事例も解説 – エクサウィザーズ https://exawizards.com/column/article/dx/dx-construction/
- 「情報システム部門」の“トランスフォーメーション”が企業のDXを加速する(前編) – マイナビニュース https://news.mynavi.jp/techplus/article/tecproc-13/
- DXの推進は多重下請け構造の崩壊を加速させる|Yukito Ohira – note https://note.com/yukito_ohira/n/n7921c019430d
- 契約実務から見た多重下請け構造問題 適正化に向けて何が必要か – 特集 – 情報労連リポート http://ictj-report.joho.or.jp/1907/sp05.html
- 導入事例|BtoBプラットフォームのインフォマート https://www.infomart.co.jp/case/index.asp
- 次世代BtoB営業①|BtoB企業の構造改革:下請けモデルからの脱却を迫られる日本企業 https://innova-jp.com/media/b2b-sales-next-generation/1
- IT業界の多重下請け構造の実態、何が問題なのか? | エンジニア就活 https://engineer-shukatu.jp/column/archives/46152
- フリーランス市場に起こっている案件のダウントレンドの裏側 – ROSCA freelance https://freelance.rosca.jp/column/suzuki_001
- フリーランス新法が日本の産業構造を変える|副業社労士まさゆき – note https://note.com/sharosimasayuki/n/n6d5b600f4469


