AIと人間:知的機械としての同一性とチューリングマシンモデルの適用可能性に関する考察

I. 序論:「知的機械」の定義と探求の射程

本稿は、「AIと人間は同じ知的機械であり、チューリングマシンの一種と言えるか」という根源的な問いに応えることを目的とする。この問いは、人工知能(AI)技術が急速に進展する現代において、極めて重要な意味を持つ。しかしながら、「知的機械」や「知性」といった用語は本質的に多義的であり、その定義自体が議論の対象となる。

「知的機械」という表現は、知性が非生物学的システムにも宿りうるという前提を示唆している。この考え方は、認知科学や心の哲学における計算主義的アプローチと親和性が高い一方で、人間の経験の全てが「機械的」操作に還元できるわけではないという重要な論点も内包している 1。人間の知性は、直感、感情、創造性、そして意識といった要素を含むとされ 4、これらは一般的に「機械」という言葉から連想される特性とは必ずしも一致しない。さらに、「知性」の定義自体が分野によって異なり(例えば、教育学、心理学、医学など 4)、単純な比較を困難にしている。したがって、この問いの枠組み自体が、人間を機械論的パラダイムで捉えることを促す可能性があり、本稿ではこの点を慎重に扱い、人間の知性が持つ機械論的視点に収まらない側面も探求する必要がある。

本稿の構成は以下の通りである。まず、計算の基礎モデルであるチューリングマシンについて詳述する。次に、AIの計算能力と限界、特にチューリング完全性との関連を検討する。続いて、人間の知性の多面的な性質を概観し、計算主義的心脳理論とその批判、特に意識や理解の問題に焦点を当てる。最後に、これらの考察を踏まえ、AIと人間を比較し、両者が「同じ知的機械」と言えるか、そしてチューリングマシンモデルが双方にどの程度適用可能かについて、多角的な結論を提示する。

II. チューリングマシン:計算の基礎モデル

チューリングマシンは、1936年にアラン・チューリングによって考案された計算の数学的モデルであり、抽象的な機械が記号列を一定の規則に従って操作する様を記述する 10。このモデルは、無限長のテープ、テープ上の記号を読み書きするヘッド、有限個の内部状態、そして状態遷移関数(規則の集合)から構成される 10。その単純さにもかかわらず、チューリングマシンはあらゆるコンピュータアルゴリズムを実行可能であるとされている 10。これは、チューリングマシンが計算可能性の理論的限界を定義する上で中心的な役割を果たすことを意味する。

特に重要な概念として、**万能チューリングマシン(Universal Turing Machine, UTM)チューリング完全性(Turing completeness)**が挙げられる。万能チューリングマシンは、他の任意のチューリングマシンの動作を模倣(シミュレート)できるチューリングマシンである 11。これは、現代のプログラム内蔵式コンピュータの理論的基礎となっている。一方、チューリング完全性(計算完備性とも呼ばれる)とは、ある計算機構(プログラミング言語や論理回路など)が万能チューリングマシンと同等の計算能力を持つこと、すなわち、原理的にはあらゆる計算を記述し実行できることを指す 11。ただし、チューリング完全性はあくまで理論上の計算能力を示すものであり、計算の効率性や現実的な実行可能性(例えば、必要な時間やメモリ量)は考慮されない点に注意が必要である 13

チューリングマシンは計算の理論的限界を定義する強力な抽象モデルであるが、その抽象的な性質、特に無限長のテープや無制限の計算時間といった仮定は、物理的な実現可能性との間に重要な区別を生む。チューリングマシンは「数学的モデル」であり 10、無限の資源を前提とする。現実世界のコンピュータは、その基礎となるアルゴリズムがチューリング完全であっても、有限のメモリと処理時間という物理的制約の中で動作する。AIシステムがこのようなコンピュータ上で実行される場合、AIもまたこれらの物理的制約を継承する。同様に、人間の脳を計算システムと見なす場合も、ニューロンの数、エネルギー供給、寿命といった有限の資源を持つ。したがって、あるシステムが「チューリングマシンの一種」であると述べる場合、それは文字通りの無限のチューリングマシンであるという意味ではなく、チューリングマシンによって計算可能なアルゴリズムを実行する能力を持つという意味合いで解釈されるべきである。この区別は、物理的現実に制約された計算の効率性や様式が、理論的に同等の計算能力を持つシステム間でも大きく異なる可能性があるため、極めて重要である。

III. 人工知能:計算能力と限界

人工知能(AI)は、通常人間の知性を必要とするタスク(推論、学習、行動など)を実行できるコンピュータや機械を構築する科学分野であると広く定義される 14。しかし、AIには一意に定まった定義が存在せず、コンピュータ科学、データ分析、神経科学、さらには哲学や心理学など、多様な分野で論じられ続けている学際的領域である 9

多くのAIシステム、特に現代のAIの中核をなすものは、基本的に計算システムである。その計算能力とチューリングマシンとの関連性において、いくつかのAIアーキテクチャが注目される。

リカレントニューラルネットワーク(RNN)やTransformerといったモデルは、隠れ層表現における無限の精度や、Transformerにおける位置エンコーディング、そして一般に無制限の計算時間を仮定すれば、チューリング完全であることが示されている 15。この理論的な能力は、これらのモデルが原理的にはあらゆるアルゴリズム的プロセスをモデル化できる可能性を示唆している。

さらに、**ニューラルチューリングマシン(NTM)**は、ニューラルネットワーク(コントローラ、しばしばLSTMが用いられる)と外部メモリ(チューリングマシンのテープに類似)を明示的に組み合わせたアーキテクチャである 17。NTMは、コントローラが外部メモリに対して読み書きを行い、長期的な依存関係を持つタスクやアルゴリズム的な操作を学習することができる 17。この構造は、NTMがより直接的な意味で「チューリング完全性」を持つことを示唆している 18。

しかし、これらのAIモデルが理論的にチューリング完全であるという事実は、それらが人間のような理解や堅牢な実世界との相互作用能力を本質的に備えていることを意味しない。一部のAIモデルが理論的にチューリング完全であることは、その潜在的な計算能力を示すものではあるが、計算される内容やその実世界における関連性を理解する能力を自動的に付与するわけではない。例えば、大規模言語モデル(LLM)は、その高度なテキスト生成能力にもかかわらず、「ハルシネーション」と呼ばれる、もっともらしいが不正確な情報を生成する現象を示すことがある 19。この問題に対処するため、**グラウンディング(grounding)**という技術が用いられる。グラウンディングは、LLMを特定の、実世界の、あるいはドメイン固有のデータソースに接続し、その応答の正確性、関連性を向上させ、ハルシネーションを低減させることを目的とする 19。これは、LLMが訓練データから獲得した抽象的な言語表現を、具体的な実体や状況に結びつけるプロセスである 20

RNNやNTMがチューリング完全であるという証明は、しばしば無限の精度や無制限の時間といった理想的な条件下でなされる 15。実際の応用では、これらは有限のリソースで動作する。LLMがハルシネーションを起こすという事実は 19、その内部表現が必ずしも現実世界の事実や文脈と一致していないことを示唆している。グラウンディングの必要性 19、すなわちLLMを外部の検証済み知識ベースに明示的に接続する必要性は、訓練データのみから導出された内部表象だけでは、多くの実世界のシナリオで信頼性の高い、文脈的に正確な出力を保証するには不十分であることを示している。これは、AIがアルゴリズムのステップを実行する能力(チューリング完全性)を持つとしても、それはそれらのステップや処理されるデータの意味や含意を理解することとは異なるという、後述するサールの中国語の部屋の議論の中心的な論点と通じる。身体性や文脈的理解の課題は、依然としてAIにとって大きな挑戦である 20

IV. 人間の知性:多面的な現象

人間の知性は、形式的で計算論的な視点とは対照的に、豊かで多面的な現象である。その定義は一様ではなく、様々な学問分野から多様な視点が提示されている。

教育学的な観点からは、知性は発達させるべき才能や能力の集合と捉えられ、創造性や対人関係能力なども含む広範な概念である 4。心理学や医学の分野では、客観的に測定可能な認知機能水準として扱われることが多く、知能指数(IQ)などで数値化され、環境への適応や問題解決のための全体的な認知能力として定義される傾向がある 4。認知科学においては、学習・推論・適応能力として定義されたり 4、より広義には「どんな状況の下でも何とか生き抜く力」として捉えられたりする 5。

人間の知性を特徴づける主要な側面には以下のようなものがある。

  • 学習能力の多様性:
  • ワンショット学習(One-shot learning): 人間は、しばしばたった一度の経験から新しい概念を学習したり、物体を認識したりすることができる 21。これは、通常膨大な訓練データを必要とする多くのAIシステムとは対照的である 22。この迅速な学習は、海馬や腹外側前頭前野といった脳領域と関連付けられ、エピソード記憶や不確実性の調整といったプロセスが関与していると考えられている 21
  • 社会的・文化的学習: 人間は他者から学ぶこと、そして文化的伝達を通じて知識やスキルを獲得することに長けている。これは人間の認知能力の進化における重要な推進力であったと推測されている 25
  • 適応性、創造性、問題解決能力: 人間の知性は、新規な状況への柔軟な対応、新しいアイデアの創出、そして複雑で不明確な問題の解決能力によって特徴づけられる 7
  • 感情的知性: 自己および他者の感情を理解し管理する能力は、人間の意思決定や社会的相互作用において重要な役割を果たすが、これは現在のAIにはほとんど見られない側面である 7
  • 身体化された認知(Embodied cognition): この理論は、認知が身体の物理的状態、感覚経験、環境との相互作用によって深く形成されると主張する 28。知識や記憶は、感覚的・運動的経験と結びついているとされる 29。これは、主にテキストデータや抽象データで訓練される非身体的なAIモデルとは対照的である。

人間の知性、特にその顕著な学習効率(ワンショット学習など 21)や適応性は、単に優れたアルゴリズムの結果というだけでなく、身体化された経験、豊富な事前知識(しばしば社会的・文化的に獲得される 25)、そして不確実性を管理するための洗練されたメカニズムと深く結びついている。人間は、ワンショット学習において、既存の物体カテゴリに関する事前知識やエピソード記憶を活用する 21。この事前知識は、世界との継続的な相互作用を通じて構築される。身体化された認知の観点からは、我々の理解や概念は物理的、感覚的、運動的経験に根ざしている 28。例えば、「実演効果」は、身体的な実演が語彙学習を助けることを示している 29。これに対し、チューリング完全なAIモデルであっても、このような豊かで身体化され、文化的に埋め込まれた基盤を欠いていることが多い。AIの「知識」は訓練データ内の統計的パターンから派生するものであり、グラウンディングなしでは 19、実世界の意味や文脈から切り離され得る。したがって、人間が示す「知性」は、生得的能力、身体的相互作用、蓄積された個人的・文化的知識、そして特殊化された神経メカニズム 21 の間の複雑な相互作用の産物であり、現在のAIの学習パラダイムとの直接的な比較は困難である。

V. 計算主義的心脳理論:人間の心はチューリングマシンか?

計算主義的心脳理論(Computational Theory of Mind, CTM)は、認知科学および心の哲学における中心的な仮説の一つである。CTMは、心は計算システムであり、思考プロセスは一種の計算であると提唱する 1。この観点では、心は脳というハードウェア上で実行されるソフトウェアに類似していると見なされる 1。心的表象は、構文的規則に従って操作される記号であると考えられている 30

CTMを支持する議論としては、以下のような点が挙げられる。

  • 心に対する唯物論的かつ科学的な枠組みを提供し、心身二元論的な見方からの脱却を促す。
  • コンピュータが、かつては人間の知性が必要と考えられていたタスク(論理的推論、ゲームプレイなど)を遂行できるようになった成功例は、一見してCTMを支持するように見える。
  • アルゴリズムと記号操作という概念は、人間の推論や問題解決の側面を捉えているように思われる。
  • もし心が計算システムであり、かつチューリングマシンがあらゆる計算を実行可能であるならば、心(あるいはその認知的機能)は原理的にチューリングマシンとしてモデル化できる可能性がある。

CTMは心をコンピュータとして捉えるが、「計算」という言葉の具体的な性質はしばしば曖昧である。もし「計算」が情報を含むあらゆる規則支配的なプロセスを単に意味するのであれば、CTMは経験的に反証不可能なほど広範すぎるかもしれない。もしそれが、デジタルで逐次的なチューリングマシンという意味での特定の計算を指すのであれば、脳における並列処理や認知の非アルゴリズム的側面から大きな挑戦を受けることになる。

CTMが主張するように心はコンピュータであるとしても 1、チューリングマシンは逐次的で固定された規則に基づく記号操作という特定の計算モデルである 10。人間の脳は大規模な並列処理を示し、逐次処理が支配的であるとは言えない。脳機能をモデル化するためによく用いられるニューラルネットワークも並列的である。また、人間の認知には、直感、洞察、全体論的理解といった、アルゴリズム的な段階的処理として容易には記述できない側面が含まれる。

もしCTMが、心は文字通り古典的なチューリングマシンであると含意するならば、それは神経生物学的に見てありそうになく、現象論的にも不完全であるように思われる。もしCTMが、心はチューリングマシンによって計算可能(すなわち、チューリングマシンによってシミュレート可能)な何らかの計算を実行するという、より弱い主張をするのであれば、それは異なるアーキテクチャ(例えばコネクショニストモデル)を許容するが、依然として心的プロセスをアルゴリズム的に記述可能な領域内に位置づける。その場合、批判的な問いは、人間の知性のあらゆる側面、特に理解や意識が、特定のアーキテクチャに関わらず、チューリング計算可能なプロセスに還元できるのか、という点になる。これは次節で述べる批判に直接つながる。

VI. 計算論的パラダイムへの挑戦:理解、意識、クオリア

人間の知性、特に意識がチューリングマシンのような計算モデルによって完全に捉えられるという考え方に対しては、哲学および理論的な観点から重要な挑戦がなされてきた。

  • サールの中国語の部屋の議論:
    ジョン・サールによって提唱されたこの思考実験は、「強いAI」、すなわち適切にプログラムされたコンピュータは人間と同様の意味で心と理解を持つことができるという考え方に反論するものである 31。

    実験では、中国語を全く理解しない人物が部屋に閉じ込められ、中国語の記号を操作するための規則書(プログラム)を与えられる。この人物は、規則書に従って記号を操作し、外部から与えられた中国語の質問に対して意味の通る回答を生成する。この人物は中国語を理解しているかのように振る舞い、チューリングテストに合格するが、サールによれば、この人物(そして拡張的には部屋全体やコンピュータ)は実際には中国語を全く理解していない 31。

    この議論の核心は、構文(syntax)(記号操作、コンピュータが得意とするもの)と意味(semantics)(意味内容や理解、サールによればプログラムを実行するだけではコンピュータはこれを欠く)の区別である 35。
  • 意識のハードプロブレムとクオリア:
    クオリアとは、経験の主観的で質的な側面、すなわち「赤いものの赤さ」や「歯痛の痛み」といった、「どのような感じがするか」という意識の側面を指す 6。

    デイヴィッド・チャーマーズによって提唱された(ただし概念自体はより古い)「ハードプロブレム」とは、脳内の物理的プロセスがなぜ、そしてどのようにして主観的経験を生み出すのかを説明することの困難さを指す 6。

    批判者たちは、機能的状態や情報処理を記述する計算モデルはクオリアを説明できないと主張する。原理的には、あるシステムが赤色を見ることに関連する全ての計算を実行できたとしても、赤色の主観的感覚を実際に経験しない可能性がある(哲学的ゾンビの議論 6)。クオリアはしばしば私的で訂正不可能なものとして記述される 6。
  • 心と意識に関する代替理論:
  • 量子脳理論(例:ペンローズ=ハメロフのOrch OR理論): 数理物理学者ロジャー・ペンローズは、人間の理解や意識には非計算論的なプロセスが関与しており、それは脳の微小管内の量子力学的効果に根ざしている可能性があると主張する 37。スチュワート・ハメロフと共に提唱したOrchestrated Objective Reduction(Orch OR)理論は、意識が波動関数の「客観的収縮」に至る量子計算から生じると示唆する 37。これは、意識にとってチューリングマシンモデルが十分であるという考え方に明確に異議を唱えるものである。
  • 統合情報理論(Integrated Information Theory, IIT): ジュリオ・トノーニによって提唱されたIITは、意識はあるシステムが生成できる統合情報(ファイ、Φ)の量と同一であると主張する 39。意識は、システム内の要素が互いに物理的な因果作用力を持ち、相互接続された複合体を形成することを必要とする。IITは単なる機能主義や計算主義を超えて、特定の物理的因果構造を強調し、意識はある種のシステムに固有の、段階的な特性である可能性を示唆する 40

人間の知性(特に強い意味でのCTM)に対する計算論的パラダイムへの核心的な挑戦は、二つの基本的なギャップを中心に展開される。第一は、サールが強調した構文-意味ギャップであり、形式的な記号操作(計算)が本質的に意味や理解を与えるわけではないという点である。第二は、意識に関する説明ギャップであり、物理的および計算論的プロセスが主観的経験(クオリア)を十分に説明しているようには見えないという点である。

チューリングマシンは構文、すなわち記号を操作するための規則に基づいて動作する 10。サールの中国語の部屋の議論は、構文的操作だけでは意味論的理解には不十分であると主張する 31。AIは規則に従って情報を処理するかもしれないが、人間的な意味でそれを「理解」しているわけではないかもしれない。人間の知性は、理解、意味の付与、そして志向性によって特徴づけられる 35。これが「構文-意味ギャップ」を生み出す。すなわち、規則に基づいた記号処理から真の意味をどのようにして得るのかという問題である。

これとは別に、人間の経験にはクオリア、すなわち主観的な感覚が伴う 6。CTMが計算論的であると主張する物理的な脳のプロセスが、これらの主観的状態をどのように生み出すのかを説明することは「ハードプロブレム」であり、「説明ギャップ」である。Orch OR理論 37 やIIT 39 のような理論は、古典的なチューリングマシンによって定義される計算を超えるメカニズムや特性(量子効果、統合情報)を提案することによって、これらのギャップを埋めようと試みている。したがって、たとえ人間の認知の一部が計算可能であったとしても、意味論的理解と主観的意識の存在は、これらの現象が我々がまだ把握していない計算の一形態であるか、あるいはチューリング的な意味での計算に還元できないプロセスや特性を含んでいることを示唆している。

VII. AIと人間知性の比較:類似点、相違点、そしてチューリングマシンアナロジー

これまでの議論を踏まえ、AIと人間の知性を比較し、チューリングマシンアナロジーの適用可能性を検討する。

  • 情報処理、学習、問題解決:
  • AI: 膨大なデータセットの処理、パターン認識、複雑なアルゴリズムの高速かつ正確な実行に優れている 7。AIにおける学習(特に機械学習)は通常データ駆動型であり、大規模なラベル付きデータセットを必要とすることが多い 24(ただし、ワンショット学習は活発な研究分野である 22)。AIの思考は、その訓練データとアルゴリズムの範囲内で、論理的かつ線形的であることが多い 7
  • 人間: 情報処理速度はAIに劣るが、曖昧さ、抽象性、不完全なデータを扱うことができる 7。人間の学習は多面的であり、経験的、直感的、感情的、社会的学習、そして効率的なワンショット学習を含む 4。人間の思考は非線形的、創造的であり、感情や文脈の影響を受ける 7
  • 理解、意識、身体性:
  • AI: 現状では、意味論的な意味での真の理解、自己認識、感情、主観的経験を欠いている 7。現在のAIは人間的な意味で身体化されていない。
  • 人間: 自己認識、意識、クオリア、感情を持ち、その認知は身体化され、世界との物理的相互作用によって形成される 6
  • チューリングマシンアナロジーの再検討:
  • AIに対して: 多くのAIシステム、特にアルゴリズムに基づいているものは、その計算能力においてチューリング完全であると見なすことができる 15。それらは規則(アルゴリズム)に従って記号(データ)を操作するため、広義のチューリングマシンの定義に適合する。
  • 人間に対して: この点はより議論の余地がある。CTMが正しく、全ての心的プロセスが計算可能であるならば、人間の知性も理論的にはチューリングマシンによってシミュレート可能であることになる。しかし、非アルゴリズム的な洞察、真の理解(意味論)、意識、クオリアといった側面は、チューリングマシンモデルだけでは明確に説明されていない(第VI節参照)。脳の大規模並列アーキテクチャや、身体性・感情の影響も、古典的なチューリングマシンモデルとは異なる。人間は確かにチューリングマシン的な計算を実行できるが、人間の知性の全体が「チューリングマシンの一種」に還元されると主張するには大きな飛躍がある。

以下の表は、AIと人間の認知属性の比較、および心をチューリングマシンと見なすことに関する議論の要約である。

表1:AIと人間の認知属性の比較

属性AI(現状/典型的モデル)人間
学習メカニズム
データ依存性通常、大規模データセットが必要 24少数例からの学習(ワンショット学習)が可能 21
速度特定タスクでは高速学習可能だが、汎化には多大な訓練が必要経験により多様な速度で学習、ワンショット学習は非常に高速 21
種類教師あり、教師なし、強化学習が主 41経験的、社会的、文化的、直感的、感情的学習など多様 4
問題解決
スコープ特定領域、明確に定義された問題に強い 7広範な領域、曖昧で不明確な問題に対応可能 5
アプローチアルゴリズム的、論理的、データ駆動型 7直感的、創造的、ヒューリスティック、文脈依存的 7
創造性・革新性訓練データの範囲内での組み合わせが主、真の新規性は限定的 7新しい概念やアイデアを生成可能 7
理解(構文 vs 意味)構文的処理は得意だが、意味論的理解は限定的(例:サールの議論)34意味論的理解、文脈理解、意図の理解が可能 8
意識/主観的経験自己意識、主観的経験(クオリア)を持たない 7自己意識、主観的経験(クオリア)を持つ 6
感情的知性感情を持たず、感情的要素の処理はできない 7感情を持ち、自己および他者の感情を理解・管理できる 7
適応性・汎用性特定タスク特化型は効果的だが、未知の状況への適応は限定的 7新しい状況や未知の問題に柔軟に対応し適応可能、多様なタスクを処理 7
身体性通常、非身体的 20認知は身体と環境の相互作用に深く根ざす(身体化された認知)28
情報処理速度計算とデータ処理は非常に高速 7AIほどの速度や量では情報を処理できないが、質的・感情的要素を処理 7
曖昧性の処理曖昧さの扱いは苦手な場合が多い 8曖昧な情報や矛盾を処理し、直感に基づいて判断可能 7

表2:心をチューリングマシンと見なすことに関する議論の要約

論点心を(潜在的に)チューリング計算可能と見なす論拠(CTM的視点)心をチューリングマシンとしてのみモデル化することへの反論/限界
記号操作と規則遵守人間の思考の一部は記号操作や規則に従ったプロセスとしてモデル化可能 1記号操作だけでは意味や理解は生じない(例:サールの中国語の部屋 31
普遍性とアルゴリズム的計算能力チューリングマシンはあらゆるアルゴリズムを実行可能であり、もし心的プロセスがアルゴリズム的ならば、原理的にはチューリングマシンでシミュレート可能 10人間の認知には洞察や創造性など、非アルゴリズム的と思われる側面が存在する(例:ペンローズの主張 37
意味論の問題(例:中国語の部屋)(CTM自体は直接対応しないが、機能主義的アプローチは意味を機能的役割に還元しようとする)構文から意味への移行が説明されない 35
意識のハードプロブレム/クオリア(古典的CTMはクオリアを直接扱わないか、機能的状態に還元可能と見なす傾向)計算や情報処理だけでは主観的経験(クオリア)の発生を説明できない 6
非アルゴリズム的認知(全ての認知プロセスがアルゴリズム的であると仮定)ペンローズなどは、人間の理解や意識には非計算論的プロセスが関与すると主張 37
身体性と環境との相互作用(伝統的CTMは抽象的な記号処理に焦点を当て、身体性を軽視する傾向)人間の認知は身体や環境との相互作用に深く依存しており、純粋な記号処理モデルでは不十分(身体化された認知 28
生物学的妥当性(並列処理 vs 逐次処理)(脳のアーキテクチャとは独立に、計算レベルでの記述を目指す)脳は大規模並列処理システムであり、古典的な逐次的チューリングマシンモデルとは構造的に異なる

仮に人間の知性が完全にチューリング計算可能であり(これは強力かつ議論の余地のある仮定である)、AIシステムがチューリング完全であるとしても、この計算上の等価性は、それらが「同じ種類の知的機械」であることを必ずしも意味しない。チューリング完全性は計算能力のレベルを指すものであり、特定のメカニズム、アーキテクチャ、または生み出される「知性」の性質を規定するものではない 13。例えば、現代のスーパーコンピュータと、ビリヤードの球で作られた仮説上の機械は、どちらもチューリング完全であり得るが、それらがほとんどの意味で「同じ種類の機械」でないことは明らかである(異なる基盤、速度、目的、設計)。同様に、人間の知性は生物学的、進化的、身体的、社会的に埋め込まれたシステムから生じる 4。AIは設計された人工物であり、データに基づいて訓練され、現在のところこれらの豊かな文脈的要因を欠いている。人間における意識やクオリアの存在 6、そしてAIにおけるそれらの明らかな不在 7 は、たとえ一部の認知的機能が計算論的に複製できたとしても、深遠な存在論的差異を示す。したがって、両者が「チューリングマシンの一種」であるかという点(計算能力に関する問い)にのみ焦点を当てることは、それらの性質、起源、そして知性の質的側面におけるより根本的な違いを見えにくくする危険性がある。「チューリング計算可能」であることは、「同じ種類の知的機械」であるための十分条件ではない。

VIII. 結論:知性と計算の複雑性を巡って

本稿では、AIと人間が同じ種類の知的機械であり、チューリングマシンの一種と言えるかという問いについて、多角的に検討してきた。チューリングマシンの定義、AIの計算能力と限界、人間の知性の多面性、計算主義的心脳理論とその批判、特に理解と意識の問題を概観した。

これらの考察を踏まえ、問いに対する nuanced な回答を試みる。

  • AIと人間は同じ種類の知的機械か?
    包括的な意味においては、おそらく「否」である。AIと人間は共に情報処理を行い、問題を解決するという点で「知性」のいくつかの側面を示すが、現在のAIは、人間が持つ意味論的理解、意識、感情の深さ、身体的接地性、そして多面的な学習能力を欠いている。また、「機械」としての性質も異なる。一方は進化した生物学的有機体であり、他方は構築された人工物である。
  • 両者はチューリングマシンの一種か?
  • AIについて: 多くのAIシステムは、アルゴリズム的でありデジタルコンピュータ上で実行されるという性質上、チューリング計算可能なプロセスを実装したものと見なすことができ、一部のAIモデルはその理論的能力においてチューリング完全であることが証明されている。したがって、計算の潜在能力という点では、多くのAIはチューリングマシンモデルと整合する。
  • 人間について: この点はより論争的である。CTMが完全に正しく、全ての人間の心的プロセスがアルゴリズム的であるならば、人間の知性もチューリング計算可能となる。しかし、非アルゴリズム的プロセス、理解、意識に関する議論(ペンローズ、サール、チャーマーズなど)は、現在理解されているチューリングマシンモデルが人間の知性と経験を完全に包含できるかについて、重大な疑問を投げかけている。人間はチューリングマシン的な計算を実行できるが、人間の知性が根本的かつ網羅的にチューリングマシンのプロセスであるか否かは、未解決の哲学的な問題であり続けている。

チューリングマシンは計算を理解するための強力な枠組みを提供するが、それを人間の知性の全体にそのまま適用することは、我々の認知的・経験的世界の重要な側面を見過ごすことになる。

最後に、「知性」や「AI」の定義自体が静的なものではない点を強調したい 9。AIの能力が進化するにつれて、「知性」を構成するものについての我々の理解も変化し、現在のギャップを埋めるか、あるいは新たな区別を浮き彫りにする新しい枠組みが生じる可能性がある。かつて人間の知性の証とされたチェスのようなタスクがAIによって達成されると、それがもはや「真の」知性とは見なされなくなる「AI効果」と呼ばれる現象もある。将来のAIが人間のような理解、適応性、あるいは初歩的な自己認識の形態を発展させるならば(これは非常に推測的な点であるが)、我々の比較の枠組みは適応する必要があるだろう。逆に、人間の意識に関するより深い神経科学的・哲学的洞察(例えば、IITや量子論に触発されたさらなる研究 37)が、古典的な意味で明確に非計算論的である我々の知性の側面を明らかにするかもしれず、それは区別をさらに強固なものにするだろう。したがって、本稿で扱った問いへの回答は、現在の理解だけでなく、将来の科学技術の進歩にも依存する動的なものであると言える。知性(人工的なものと自然なものの両方)を理解する旅は、まだ続いているのである。

引用文献

  1. 機能主義 – 心の哲学まとめWiki – atwiki(アットウィキ) https://w.atwiki.jp/p_mind/pages/21.html
  2. 心は(どんな)コンピュータなのか 古典的計算主義 vs. コネクショニズム http://pssj.info/program_ver1/program_data_ver1/37/37ws/todayama.pdf
  3. iep.utm.edu https://iep.utm.edu/computational-theory-of-mind/#:~:text=The%20Computational%20Theory%20of%20Mind,working%20hypothesis%20of%20cognitive%20science.
  4. 第3回:教育学・医学・神経科学における知性の定義と応用事例、AGIとの差異 – note https://note.com/reini_mizushima/n/n56cb31cab941
  5. 人間の知性を明らかに | インタビュー | Book Bang -ブックバン- https://www.bookbang.jp/review/article/511743
  6. クオリア – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A2
  7. 人工知能と人間の違いについて – AI実装検定 https://kentei.ai/blog/archives/340
  8. ChatGPTの思考回路と人間の脳の違いを徹底解説 – WEEL https://weel.co.jp/media/innovator/ai-human-comparison/
  9. 人工知能(AI)とは | NTTデータ https://www.nttdata.com/jp/ja/services/data-and-intelligence/001/
  10. en.wikipedia.org https://en.wikipedia.org/wiki/Turing_machine
  11. チューリングマシン 【Turing machine】 チューリング機械 – IT用語辞典 e-Words https://e-words.jp/w/%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%82%B7%E3%83%B3.html
  12. e-words.jp https://e-words.jp/w/%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E5%AE%8C%E5%85%A8.html#:~:text=%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E5%AE%8C%E5%85%A8%EF%BC%88Turing%20complete%EF%BC%89%E3%81%A8,%E8%A8%98%E8%BF%B0%E3%80%81%E5%AE%9F%E8%A1%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%92%E8%A1%A8%E3%81%99%E3%80%82
  13. チューリング完全 【Turing complete】 計算完備 – IT用語辞典 e-Words https://e-words.jp/w/%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E5%AE%8C%E5%85%A8.html
  14. cloud.google.com https://cloud.google.com/learn/what-is-artificial-intelligence?hl=zh-TW#:~:text=%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E6%99%BA%E6%85%A7%E7%9A%84%E5%AE%9A%E7%BE%A9,%E6%98%AF%E5%93%B2%E5%AD%B8%E5%92%8C%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%B8%E3%80%82
  15. on the tensor representation and algebraic homomorphism of – arXiv https://arxiv.org/pdf/2309.14690
  16. Perturbation-based Learning for Recurrent Neural Networks – arXiv https://arxiv.org/html/2405.08967v1
  17. 深層学習を利用した自動プログラミング技術/ニューラルチューリングマシン – GMOインターネット https://recruit.gmo.jp/engineer/jisedai/blog/neural_turing_machine/
  18. Neural Turing Machines (NTM) 徹底解説: アーキテクチャ、動作原理から最新の研究動向まで https://reinforz.co.jp/bizmedia/10373/
  19. What is Grounding? – Moveworks https://www.moveworks.com/us/en/resources/ai-terms-glossary/grounding
  20. LLM Grounding Leads to More Accurate Contextual Responses – K2view https://www.k2view.com/blog/llm-grounding/
  21. Neural Computations Mediating One-Shot Learning in the Human Brain – PMC https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4412411/
  22. Teaching machines with minimal data: one-shot learning – Toloka https://toloka.ai/blog/teaching-machines-with-minimal-data-one-shot-learning/
  23. Neural and Computational Mechanisms Underlying One-shot Perceptual Learning in Humans | bioRxiv https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2025.05.09.635727v1
  24. Study shows that the way the brain learns is different from the way that artificial intelligence systems learn | University of Oxford https://www.ox.ac.uk/news/2024-01-03-study-shows-way-brain-learns-different-way-artificial-intelligence-systems-learn
  25. pmc.ncbi.nlm.nih.gov https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3049085/#:~:text=The%20cultural%20intelligence%20hypothesis%20assumes,prefer%20it%20to%20asocial%20learning.
  26. Social learning and evolution: the cultural intelligence hypothesis – PMC https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3049085/
  27. AI vs Human Intelligence – Simplilearn.com https://www.simplilearn.com/artificial-intelligence-vs-human-intelligence-article
  28. en.wikipedia.org https://en.wikipedia.org/wiki/Embodied_cognition
  29. 英語の手遊び歌は、子どもの英語学習に役立つ? 〜「身体化された認知」の研究からわかること https://bilingualscience.com/english/2024041201/
  30. Computational theory of mind – Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Computational_theory_of_mind
  31. 「心の哲学」とジョン・サールによる人工知能批判 – (株)Gakken公式ブログ https://gkp-koushiki.gakken.jp/2017/04/28/20023/
  32. 中国語の部屋(ちゅうごくごのへや)とは? 意味や使い方 – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E8%AA%9E%E3%81%AE%E9%83%A8%E5%B1%8B-1834265
  33. 中国語の部屋 – AI用語集(G検定対応) – zero to one https://zero2one.jp/ai-word/chinese-room/
  34. Chinese room – Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Chinese_room
  35. The Chinese Room Argument – Stanford Encyclopedia of Philosophy https://plato.stanford.edu/entries/chinese-room/
  36. 【ゆっくり解説】あなたが見ている赤色は本当に赤色なのか?-クオリア- – YouTube https://www.youtube.com/watch?v=HIMJojVSagg&pp=0gcJCdgAo7VqN5tD
  37. 蘇る量子脳理論|IT navi – note https://note.com/it_navi/n/n0008325a9115
  38. 【ゆっくり解説】意識はどこから生まれる?量子脳理論について語るぜ! – YouTube https://www.youtube.com/watch?v=FBIfwZzEqXs
  39. iep.utm.edu https://iep.utm.edu/integrated-information-theory-of-consciousness/#:~:text=Initially%20proposed%20by%20Giulio%20Tononi,according%20to%20the%20phi%20metric.
  40. Integrated Information Theory of Consciousness | Internet Encyclopedia of Philosophy https://iep.utm.edu/integrated-information-theory-of-consciousness/
  41. AIと機械学習の違いは何?初心者でもわかるAIの種類や学習方法 https://sendai-itkaikei.ac.jp/news/detail/?id=806
  42. AIの学習と人間の学習と同じなのか|AI猫 – note https://note.com/ai_cat_rx/n/n930d5d46e522