中学3年生のハルトは、理屈っぽい性格でした。友達との会話でも「それは矛盾してるよ」「論理的におかしい」とよく指摘するので、時々煙たがられることもありました。
「僕の言ってることの何が悪いんだよ。筋が通ってないことを言うほうがおかしいでしょ」
そんなハルトが夏休みの宿題で「論理学について調べる」というレポートを書いていた時のことです。突然、教科書のページから光があふれ出しました。
不思議な島に到着
気がつくと、ハルトは見たことのない島にいました。空は半分が昼で半分が夜、海は半分が青で半分が赤という、とても奇妙な景色でした。
「ここはどこだ?」
「ようこそ、パラドックス島へ」
振り返ると、赤と青の服を同時に着た不思議な男性が立っていました。
「私はコントラ博士。この島では『矛盾律』について学んでもらうことになっている」
「ムジュンリツ?」
「そう。簡単に言うと『反対のことが同時に本当だということはない』という法則だ。この島では、時々その法則が破れそうになる。君にはそれを防いでもらいたい」
博士は地図を広げました。島には「論理の村」「時間の森」「言葉の湖」「感情の山」という場所がありました。
論理の村での最初の事件
最初に向かったのは「論理の村」でした。村に着くと、村人たちが困った顔で集まっていました。
「何か問題ですか?」とハルトが聞きました。
村長のロジックさんが説明してくれました。
「実は、マサオという青年が『僕は今立っている』と言いながら、同時に『僕は今座っている』と言い張っているんです。どちらも本当だと主張するので、村中が混乱しています」
ハルトは現場に向かいました。マサオは確かに立っていました。
「マサオさん、あなたは今立ってますよね?」
「はい、立っています」
「座ってはいませんよね?」
「いえ、座ってもいます」
「でも、見た目は明らかに立ってますよ」
「立ってもいるし、座ってもいます。両方とも本当です」
ハルトは混乱しました。これは明らかにおかしい。
コントラ博士が現れました。「ハルト君、これが矛盾だ。同じ人が、同じ時に、『立っている』と『座っている』の両方が本当だということはありえない」
「確かにそうです。でも、マサオさんはなぜそう言うんでしょう?」
博士は優しく聞きました。「マサオさん、もしかして上半身は立っていて、下半身は座っているような中途半端な状態なのかな?」
マサオは首を振りました。「違います。完全に立っているし、完全に座ってもいます」
博士は説明しました。「これは論理的に不可能だ。『立っている』と『座っている』は反対の状態。同じ人が同時に両方だということはない。これが矛盾律なんだ」
解決方法を見つける
ハルトは考えました。「マサオさん、『立っている』と『座っている』の定義を教えてください」
「立っているというのは、足が床についていて体が垂直の状態」
「座っているというのは、お尻が椅子についている状態」
ハルトは気づきました。「もしかして、足は床についているけど、お尻も椅子についているということですか?」
マサオの近くをよく見ると、確かに背の高い椅子がありました。マサオは足を床につけながら、お尻を椅子にかけていたのです。
「あ!それは『半分立って半分座っている』という一つの状態ですね。完全に立っているわけでも、完全に座っているわけでもない」
博士は頷きました。「その通り。マサオさんは矛盾していたのではなく、言葉の使い方が不正確だったんだ。現実には矛盾は起こらない。人間の理解や表現に問題があるだけなんだよ」
村人たちは安心しました。
時間の森での出来事
次に向かった「時間の森」では、タイムさんという女性が困っていました。
「私の娘のミライが『今日学校に行った』と言ったり『今日学校に行かなかった』と言ったりするんです。どちらも本当だと言い張って…」
ハルトはミライちゃんに話を聞きました。
「ミライちゃん、今日学校に行った?」
「行きました」
「行かなかった?」
「行きませんでした」
「どちらが本当?」
「両方本当です」
ハルトは首をひねりました。学校に行ったか行かなかったかは、はっきりしているはずです。
博士が助け舟を出しました。「ミライちゃん、いつ学校に行って、いつ行かなかったの?」
「午前中は学校に行きました。でも午後は体調が悪くなって早退したので、午後は学校に行きませんでした」
「なるほど!」ハルトは理解しました。「時間が違えば矛盾じゃないんですね」
博士は説明しました。「矛盾律は『同じ時に、同じことについて』という条件があるんだ。時間や場所、条件が違えば、反対のことが両方とも本当でも構わない」
言葉の湖での混乱
「言葉の湖」では、詩人のポエムさんが悩んでいました。
「私が『雨が降っている』という詩を書いたんですが、『雨が降っていない』という詩も同時に書いたんです。どちらも私の心境を表している真実なのですが、村人に矛盾していると言われて…」
ハルトは2つの詩を読みました。
詩その1 『悲しみの雨が心に降っている 涙のように頬を伝う雨 今日は雨が降っている』
詩その2
『空は晴れて雲一つない 太陽が明るく照らしている
今日は雨が降っていない』
ハルトは外を見ました。確かに晴れていました。
「ポエムさん、この『雨』は違う意味の雨ですね」
「そうです。最初の詩の『雨』は心の雨、2番目の詩の『雨』は本当の雨です」
博士が説明しました。「これは矛盾ではないんだ。同じ『雨』という言葉でも、意味が違えば矛盾律には引っかからない。『心の雨』と『空の雨』は別のことだからね」
感情の山での難問
最後の「感情の山」では、一番難しい問題が待っていました。フィーリングさんという女性が泣いていました。
「私は息子のケンジを『愛している』と同時に『愛していない』んです。でも両方とも本当の気持ちなんです」
ハルトは困りました。愛しているか愛していないかは、はっきりしているように思えます。
「どういうことですか?」
「ケンジは私の息子だから、もちろん愛しています。でも最近、勉強もしないし、嘘ばかりつくし、そんなケンジのことは愛せません」
博士が優しく聞きました。「フィーリングさん、『息子として愛している』と『今の行動は愛せない』ということですね?」
「そうです!」
ハルトは理解しました。「それは矛盾じゃないですね。『人間としてのケンジ』は愛しているけど、『ケンジの行動』は愛せない。愛する対象が違うんです」
博士は頷きました。「感情も複雑に見えるけど、きちんと分析すれば矛盾はないことが多いんだ。『息子を愛する気持ち』と『悪い行動を嫌う気持ち』は両立するからね」
真の矛盾との遭遇
島の中央で、ハルトは本当の矛盾に遭遇しました。そこには「私は嘘つきです」と書かれた看板を持った人形が立っていました。
「これは矛盾ですね」とハルト。
「そう、これは『嘘つきのパラドックス』と呼ばれる有名な論理パズルだ」と博士。
「もしこの発言が本当なら、『私は嘘つき』なので、この発言は嘘になる。でも発言が嘘なら、『私は嘘つきではない』ことになり、発言は本当になる…」
ハルトは頭が混乱しました。
「こういう特殊な例では確かに矛盾が起こる。でも日常生活では、こんな複雑な矛盾はほとんど起こらないんだ。普通の生活では、矛盾律がしっかり守られているよ」
スポーツでの例
博士は野球を例に説明しました。
「野球で、同じ打者が同じ打席で『ヒットを打った』と『ヒットを打たなかった』の両方が本当だということはありえないよね?」
「当然です。ヒットかアウトかのどちらかです」
「でも、『1回目の打席ではヒット、2回目の打席ではアウト』なら矛盾じゃない。時が違うからね」
「『野球では上手、サッカーでは下手』も矛盾じゃない。条件が違うから」
ハルトは理解を深めました。
学校での例
「君の学校生活でも考えてみよう。『数学が得意』と『数学が苦手』を同時に言うことはできる?」
「できません。どちらか一方です」
「でも、『計算は得意だけど図形は苦手』なら?」
「それは矛盾じゃないですね。数学の中でも分野が違うから」
「『去年は苦手だったけど今年は得意』は?」
「時間が違うから矛盾じゃないです」
友達関係での例
「友達のタロウ君について『好き』と『嫌い』を同時に言うことは?」
「できません」
「でも、『性格は好きだけど、たまにする行動は嫌い』は?」
「それは矛盾じゃないですね。『性格』と『行動』は違うものだから」
「『普段は好きだけど、怒っている時は嫌い』は?」
「状況が違うから矛盾じゃないです」
日常の矛盾を防ぐ方法
博士は最後に大切なことを教えました。
「矛盾を避けるには、3つの条件を確認するんだ」
- 同じ時か?(時間の確認)
- 同じ事柄か?(対象の確認)
- 同じ条件か?(状況の確認)
「この3つが全部同じで、反対のことを言っているなら、それは矛盾だ。でも、どれか一つでも違えば矛盾じゃない」
嘘と矛盾の違い
「ハルト君、『嘘』と『矛盾』の違いはわかる?」
「嘘は意図的に間違ったことを言うこと。矛盾は論理的におかしいことですね」
「正解!友達が『宿題をやった』と嘘を言うのは道徳的な問題。でも『宿題をやったし、やってない』と言うのは論理的な問題なんだ」
現実世界への帰還
島での学びを終えて、ハルトは元の世界に戻りました。博士は最後にこう言いました。
「ハルト君、矛盾律は考える力の基礎だ。でも、人を責めるための道具じゃない。相手の話をよく聞いて、本当に矛盾しているのか、それとも別の意味なのかを考えてね」
変化したハルト
元の世界に戻ったハルトは、以前とは違う聞き方をするようになりました。
友達が「このゲーム、面白いけどつまらない」と言った時、以前なら「矛盾してる!」と指摘していました。でも今は違います。
「どういう意味?」と優しく聞きました。
「ストーリーは面白いけど、操作が難しくてつまらないんだ」
「なるほど、ストーリーと操作性の話ね」
友達は驚きました。「ハルト、前みたいに『矛盾だ』って言わないんだね」
「うん、本当の矛盾かどうか確かめるようになったんだ」
論理的な会話の楽しさ
ハルトは論理的に話すことの本当の楽しさを知りました。相手を論破することではなく、お互いの考えをはっきりさせることが大切だと気づいたのです。
クラスでの活用
ある日、クラスで議論になりました。
「校則は守るべきだ」「校則は古いから変えるべきだ」
以前のハルトなら「矛盾してる」と言ったでしょう。でも今は違いました。
「『基本的なルールは守るべき』と『時代に合わない部分は変えるべき』って意味じゃない?どちらも正しいと思う」
クラスメートたちは「そうか、全部か全部じゃなくて、部分的に考えればいいんだ」と気づきました。
まとめ 〜矛盾律って何だっけ?〜
矛盾律とは「同じもの」が「同じ時」に「同じことについて」反対のことが両方とも本当だということはないということ。
- 時間が違えば矛盾じゃない(朝は晴れ、夜は雨)
- 対象が違えば矛盾じゃない(数学は得意、国語は苦手)
- 条件が違えば矛盾じゃない(家では静か、学校では元気)
- 意味が違えば矛盾じゃない(心の雨、空の雨)
- 部分が違えば矛盾じゃない(性格は好き、行動は嫌い)
この「同時に反対はダメ」という考え方があるから、私たちは論理的に話すことができ、お互いを理解することができるのです。
ハルトは今でも、複雑な話を聞いた時には、心の中でコントラ博士の教えを思い出します。
「本当に矛盾しているのかな?それとも、違う時、違う条件、違う意味の話かな?」
そして、相手の話をよく聞いて、お互いの理解を深めるように心がけています。パラドックス島で学んだ矛盾律の智恵は、ハルトの大切な宝物になったのです。



