決断の国の冒険 〜排中律のものがたり〜

中学2年生のアヤは、何を決めるのも苦手でした。「今日の服は何にしよう?」「昼ごはんは何を食べよう?」「宿題は今やろう?後でやろう?」いつも迷ってばかりで、友達からは「優柔不断のアヤちゃん」と呼ばれていました。

そんなある日の夕方、アヤは学校からの帰り道で不思議な看板を見つけました。

『決断の国 〜すべてはYES か NO〜 迷子の人、大歓迎!』

「決断の国?何それ…」

アヤが看板に触れた瞬間、強い光に包まれました。

裁判官のような人との出会い

気がつくと、アヤは大きな法廷のような部屋にいました。高い席に、黒い服を着た威厳のある女性が座っていました。

「ようこそ、決断の国へ。私はジャッジ判事よ。ここでは『排中律』について学んでもらいます」

「ハイチュウリツ?」

「『排中律』よ。簡単に言うと、『どんなことでも、YESかNOのどちらかに必ず決まる』ということなの」

ジャッジ判事は大きなハンマーを手に取りました。

「この世界では、『どちらでもない』『分からない』『曖昧』は存在しないの。すべてのことは、必ずどちらか一方に決まっているのよ」

コイン投げの実験

判事は金色のコインを取り出しました。

「このコインを投げます。結果はどうなると思う?」

「表か裏のどちらかです」

「正解!では、『表でも裏でもない』という結果はありえる?」

アヤは首を振りました。「ありえません」

「そうね。コインは必ず表か裏のどちらかよ。これが排中律の一番分かりやすい例なの」

判事はコインを投げました。コインはくるくる回りながら空中を舞い、やがて床に落ちました。

「今、コインが回っている間、結果は分からなかったけど、でも必ず表か裏のどちらかだったのよ。『分からない』と『決まっていない』は違うの」

今日の天気

窓の外を見ると、雲が多い空でした。

「今日の天気はどう?」と判事が聞きました。

「曇りです」

「そうね。では、『今日は雨が降った』という文は正しい?間違い?」

アヤは外を確認しました。「間違いです。雨は降っていません」

「正解!『今日は雨が降った』は偽(間違い)ね。ということは、『今日は雨が降らなかった』は?」

「真(正しい)です!」

「素晴らしい!どんな文でも、正しいか間違いかのどちらかなの。『どちらでもない』はないのよ」

学校のテスト

大きなスクリーンに、アヤの数学のテスト用紙が映し出されました。

「このテストの結果はどうなる?」

「合格か不合格のどちらかです」

「その通り!60点以上なら合格、未満なら不合格。『合格でも不合格でもない』という第三の結果はないのよ」

アヤは考えました。「でも、もしちょうど60点だったらどうなりますか?」

「いい質問ね!60点は60点以上だから『合格』よ。境界線上でも、必ずどちらかに分類されるの」

判事は別の例を出しました。「身長150cm以上を『高い』とすると、149.9cmの人は『高くない』、150.0cmの人は『高い』。微妙な差でも、必ずどちらかに決まるのよ」

友達の話

「アヤちゃん、親友のユリちゃんのことを考えてみて。彼女は今、家にいる?いない?」

「えーっと…分からないです」

「分からないのは当然よ。でも、実際には『家にいる』か『家にいない』のどちらかでしょ?」

「そうですね。必ずどちらかです」

「それが排中律よ。私たちが知らなくても、現実は必ずどちらかに決まっているの」

判事は魔法のような力で、ユリちゃんの様子を映し出しました。ユリちゃんは塾で勉強していました。

「ほら、『家にいない』が正解だったわね。アヤちゃんが知らなくても、現実は決まっていたの」

宿題の例

「昨日の宿題、やった?」

アヤは困った顔をしました。「途中までやったんですけど…」

「『途中まで』ね。でも先生から見たら、『提出できる状態』か『提出できない状態』かのどちらかよね?」

「提出できない状態です」

「そう。だから『宿題をやった』は偽、『宿題をやらなかった』は真ね。『途中まで』というのは、やらなかったカテゴリーに入るの」

時間の話

大きな時計が現れました。

「今は午後3時15分よ。『今は午後3時より後』という文は正しい?」

「正しいです」

「『今は午後4時より前』は?」

「正しいです」

「両方とも正しいわね。でも、『今は午後3時14分』は?」

「間違いです」

「そう!時間も必ずどちらかなの。『3時14分である』か『3時14分でない』か。曖昧な時間はないのよ」

存在の話

判事は不思議な箱を取り出しました。

「この箱の中に猫がいるとします。箱を開けるまで、中の猫は生きている?死んでいる?」

「分からないです…」

「そうね、私たちには分からない。でも、猫は実際には『生きている』か『死んでいる』のどちらかよ。観測していなくても、現実は決まっているの」

「これは『シュレーディンガーの猫』という有名な思考実験なの。量子力学では複雑な話になるけど、日常的なレベルでは、猫は必ずどちらかの状態にあるのよ」

数学の世界

スクリーンに数式が現れました。

2 + 2 = 4

「この式は正しい?」

「正しいです」

「『2 + 2 = 5』は?」

「間違いです」

「数学の世界では特にはっきりしているわね。どんな数式でも、正しいか間違いかのどちらかよ。『少し正しい』とか『だいたい間違い』はないの」

選択の場面

「アヤちゃん、今度の文化祭で何の係をやるか決めた?」

「まだ迷ってます…」

「でも、最終的には『やる』か『やらない』かを決めなければならないのよね?」

「はい、そうです」

「『迷っている』というのは、決断までの過程。でも最終的には必ずどちらかを選ぶことになるの。排中律は、『最終的にはどちらかに決まる』ということを教えているのよ」

過去の出来事

「3年前の今日、アヤちゃんは何をしていたか覚えてる?」

「覚えていません」

「覚えていなくても、3年前の今日、アヤちゃんは『学校に行った』か『学校に行かなかった』のどちらかよね?」

「そうですね。絶対にどちらかです」

「過去の出来事も、私たちが覚えていなくても、記録がなくても、必ずどちらかだったの。『起こった』か『起こらなかった』か」

未来の話

「明日のテスト、合格できると思う?」

「分からないです…」

「分からないのは当然よ。でも、明日のテストが終わった時、『合格した』か『合格しなかった』のどちらかになるわね?」

「はい、必ずどちらかです」

「未来のことは予測できないけど、実際に起こる時には必ずどちらかに確定するの。これが排中律の未来版よ」

真実と嘘

「『私は嘘をついている』と言った人がいたら、この発言は真実?嘘?」

アヤは困りました。「うーん…真実なら嘘をついていることになるし、嘘なら真実を言っていることになるし…」

判事は微笑みました。「これは『嘘つきのパラドックス』という有名な問題ね。でも実際の日常では、こんな複雑な場合はほとんどないの。普通の発言は、真実か嘘かのどちらかよ」

感情の話

「今、アヤちゃんは幸せ?」

「うーん、普通かな…」

「『幸せ』の定義を決めましょう。『今日いいことがあった』を幸せとするなら、今日いいことはあった?」

「はい、友達と楽しく話せました」

「じゃあ『幸せ』ね。定義を明確にすれば、どんな感情でもYESかNOで答えられるのよ」

決断の大切さ

判事は立ち上がりました。

「アヤちゃん、なぜ決断が苦手なの?」

「間違えるのが怖いんです」

「でも、『決めない』ということも、実は『決めないことを決めている』のよ。結局、何かしらの選択をしているの」

「そうか…何もしないのも選択なんですね」

「その通り!排中律は、『中間はない』ということを教えているの。迷うのは自然だけど、最終的には必ずどちらかを選ぶことになる。だったら、よく考えて決断する方がいいわよね」

最後の試験

「最後に、排中律の試験をしましょう」

判事は5つの質問を出しました。

  1. 「今日は月曜日である」→アヤ:「いいえ、今日は火曜日です」
  2. 「1+1=3である」→アヤ:「いいえ、間違いです」
  3. 「アヤちゃんは中学生である」→アヤ:「はい、正しいです」
  4. 「明日は雨が降る」→アヤ:「分からないけど、降るか降らないかのどちらかです」
  5. 「この部屋には空気がある」→アヤ:「はい、あります」

「素晴らしい!アヤちゃんは排中律を理解したわね」

現実世界への帰還

「さあ、元の世界に帰る時間よ。最後に一つだけ覚えておいて」

判事は優しい声で言いました。

「世界は複雑に見えるけど、基本的には『YESかNO』でできているの。迷った時は、『どちらかに必ず決まる』ということを思い出して。そして、決断を恐れないで」

日常生活での変化

元の世界に戻ったアヤは、驚くほど決断が早くなりました。

朝起きて「今日の服は何にしよう?」と思った時、「この服を着る」か「着ない」かのどちらかだと考え、サッと決められるようになりました。

昼ごはんでも「カレーを食べる」か「食べない」か。迷う時間が大幅に短くなりました。

友達からも「アヤちゃん、最近決断が早いね!」と驚かれました。

新しい気づき

排中律を学んでから、アヤは世界の見方が変わりました。

  • ニュースを見ても「本当のことか、そうでないか」を考える
  • 友達の話も「事実か、そうでないか」を判断する
  • 自分の気持ちも「好きか、そうでないか」をはっきりさせる

そして何より、「決められない」という状態も、実は「まだ決めていない」という一つの状態だと理解しました。

大切な決断

ある日、アヤは大きな決断を迫られました。習い事のピアノを続けるか、やめるかという問題でした。

以前のアヤなら、ずっと迷い続けたでしょう。でも今は違いました。

「続ける」か「やめる」かのどちらかに必ず決まる。迷っていても、最終的にはどちらかを選ぶことになる。

アヤは自分の気持ちを整理しました。ピアノは好きか?はい。将来も続けたいか?はい。時間は作れるか?はい。

「続けます!」

アヤは迷わず答えました。お母さんは驚きました。

「あら、随分はっきりしてるのね」

「だって、続けるか続けないかのどちらかでしょ?私は続けたいから、続けるって決めたの」

まとめ 〜排中律って何だっけ?〜

排中律とは「Aである」か「Aでない」かのどちらかということ。

  • 結果は必ずどちらかに決まる(コインの表裏)
  • 過去の出来事は起こったか起こらなかったか
  • 未来の出来事も最終的にはどちらかになる
  • 「分からない」と「決まっていない」は違う
  • 迷うのは過程、決断は結果
  • 「決めない」も一つの決断

この「中間はない」という考え方があるから、私たちははっきりと決断でき、前に進むことができるのです。

アヤは今でも、迷った時には心の中でジャッジ判事の声を思い出します。

「アヤちゃん、YESかNOのどちらかよ!」

そして、勇気を持って決断するのです。決断の国で学んだ大切な真実を胸に、アヤは毎日を力強く歩んでいます。