「問題解決の鬼」だった私が、ある日“問題”を見失った話 〜そして私は“発見屋”になった〜

ある朝、目覚めると冷蔵庫のプリンが消えていた。
昨夜、確かに「私のプリン」とマジックで書いておいたはずだ。これは事件である。私はすぐに家族全員にSlackで「プリン消失事件報告チャンネル」を開設し、家庭内緊急Zoom会議を招集した。

…が、母には「それより冷蔵庫の霜がすごい」と言われ、妹には「冷蔵庫にプリンがあるのが問題じゃない?」と返され、あっさり解散。

そう、私は“問題解決の鬼”だった。仕事でも「課題を分解し、KPIで締め上げ、ソリューションで殴る」という方法論に酔いしれていた。しかし、ある日ふと気づいたのだ。

「最近、自分は“本当に解くべき問題”を見つけていないのでは?」


■ 問題解決スキルの罠

ある程度キャリアを積むと、“問題を解く”ことに快感を覚えるようになる。
Excelのピボットテーブルでデータを叩きのめしたり、Slackのスレッドをロジックで制圧したり。それゆえに気づかない。「自分は“問題がなければ作り出す”体質になっていないか」と。

ちょっとした仕様変更にも「これはバグだ!」と叫び、道端で転んだ子どもにすら「まずPDCAを回すんだ」と説教しそうになる。

そんなある日、上司に言われた一言が刺さった。

「お前が解いてる問題って、誰かにとって本当に重要か?」

雷に打たれたようだった。私は「問題設定ミス」という最大の罠に、盛大に落ちていたのだ。


■ 問題発見力という未開のジャングル

問題発見力とは、“違和感に気づく力”だ。
「みんなが当然と思っていること」に対して、「え、それ本当に必要か?」と首をかしげる勇気。これが難しい。違和感は定量化できず、たいてい評価されない。Slackで「このプロセス、なんかモヤモヤしません?」とつぶやけば、「で、どうすればいいんですか?」と詰められるのがオチだ。

しかし、イノベーションの種はそこにある。
プリンを盗まれたことではなく、**なぜ人は“自分のプリン”と書かなければならないのか?**という問いが出発点なのだ。


■ 発見屋としての再出発

今の私は、「発見屋(Discoverist)」を名乗っている。
“なんとなく変だぞ”を拾い集めるのが仕事だ。Slackでは「#違和感チャンネル」を立ち上げ、誰でも気軽に「これ変じゃない?」を投げ込めるようにした。

するとどうだろう。
次から次へと「問題らしきもの」が浮かび上がってくる。それらは、今まで見落としていた“本当に解くべき問い”だった。問題発見力は、チーム全体を“もやもやの錬金術師”に変えるのだ。


■ まとめ:プリンは失ったが、視点を得た

変化の激しい時代には、問題は“発生”するのではなく“発見”されるものだ。
解決力で世界を変えようとしていた私は、今、「何が問題なのか」を探しながらメガネをクイッと上げて歩いている。プリンを食べられたのは悔しいが、そのおかげで得られた問いがある。

「なぜ、こんなに人はプリンに執着するのか?」

この問いを笑ったあなたも、もう“発見屋”の仲間入りだ。