人工知能戦略本部:日本のAI国家戦略を推進する司令塔

1. 人工知能戦略本部(人工知能戦略本部)について

1.1. 人工知能戦略本部の定義

人工知能戦略本部(以下「AI戦略本部」という。)は、日本の内閣に設置される新たな政府機関である。その主たる役割は、人工知能(AI)関連技術の研究開発及び活用の推進に関する施策を総合的かつ計画的に推進するための中核的な司令塔として機能することである 1。AI戦略本部の設置は、AIが日本の将来の経済社会発展にとって極めて重要な基盤技術であるとの認識に基づき、AI政策の立案と実行を政府の最高レベルで統合し、強化する戦略的な動きを示すものである 2。この本部は、特定の法律に基づいて設置され、AIに関する国家戦略の策定から省庁横断的な施策の推進までを一元的に担うことが期待されている 3

1.2. 日本のAIガバナンス進化における意義

AI戦略本部の設置は、日本のAIガバナンスにおける重要な転換点と言える。これまで日本政府は、専門家会議の設置や「AI事業者ガイドライン」のような法的拘束力のない「ソフトロー」を中心としたアプローチを主軸としてきた 4。しかし、AI戦略本部の設立は、特定の法律(「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」)に基づくものであり、AI戦略の策定と実施のためのより公式化され、法的根拠を持つ、恒久的かつ権威ある中央集権的な体制への移行を意味する。この動きは、AI技術の急速な進展と社会実装に伴う機会とリスクの両側面に対応するため、日本がより強固で包括的な政府一体となったアプローチを志向していることを示している。これは、従来のAI関連の審議会やタスクフォースと比較して、より高い権限と永続性を持つ組織を通じて、長期的な視点からAI戦略を推進しようとする政府の明確な意思の表れである。

1.3. 本報告書の目的

本報告書は、この人工知能戦略本部について、その法的根拠、目的、組織構造、権限、そして日本の広範なAIエコシステムにおける役割を包括的に分析することを目的とする。公式な法律文書、政府発表、専門家の分析等を参照し、この重要な機関に関する詳細な理解を提供する。

2. AI戦略本部の法的根拠と設立

2.1. 「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(AI新法)

AI戦略本部の設置を命じる主要な法的根拠は、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(以下「AI新法」という。)である 3。この法律は、AI技術の加速度的な進展と社会実装の浸透に伴う機会とリスクの両立を政策的に支援・制御する枠組みを法制化する初の試みとして注目されている 4

2.1.1. AI新法の性質

AI新法は、「教育基本法」や「災害対策基本法」と同様に、日本の国家政策の方向性を示す「基本法」として位置づけられている 4。これは、法律自体が詳細な規制を課すというよりも、今後のAI施策の枠組みを包括的に定義する骨格であり、それに基づいて個別の規制や推進策が制度化されていくことを意味する。例えば、医療分野でのAI活用については医薬品医療機器等法(薬機法)が、自動運転車関連では道路運送車両法等が適用されるといった、各分野での個別法による具体的規制が原則となる 4。AI新法の目的は、AI関連技術の研究開発及び活用の推進に関する施策について、基本理念並びに基本的な計画の策定その他の施策の基本となる事項を定めるとともに、AI戦略本部を設置することにより、関連法律と相まって、AI関連技術の研究開発及び活用の推進に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図り、もって国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与することである 2。この「基本法」という選択は、急速に進化するAI技術の特性を考慮した戦略的な判断と言える。詳細な規則を法律で固定化するのではなく、基本原則と中央調整機関(AI戦略本部)を定めることで、技術の進展や社会状況の変化に柔軟に対応できる余地を残しつつ、国家としての一貫した方向性を示すことを可能にする。

2.1.2. 第19条:設置規定

AI新法第19条は、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する施策を総合的かつ計画的に推進するため、内閣に、人工知能戦略本部(以下「本部」という。)を置く。」と明確に規定している 1。この条文が、AI戦略本部の設置に関する直接的な法的根拠となる。この規定により、AI戦略は単なる行政上の方針ではなく、法律に基づく国家的な取り組みとして位置づけられ、その継続性と権威が保証される。

2.2. 正式名称と設立までの経緯

AI戦略本部の正式名称は、法律で定められた通り「人工知能戦略本部」(じんこうちのうせんりゃくほんぶ)である 1

AI新法案は、2025年2月28日に閣議決定され、同日国会に提出された 4。その後、2025年4月には衆議院で審議入りしており 6、政府は同年6月22日までの国会会期中の成立を目指している 6。AI戦略本部に関する規定を含むAI新法の第四章は、法律の公布の日から起算して三月を超えない範囲内において政令で定める日から施行されると附則第一条で規定されているため、具体的な設立時期は法律成立後の政令によって定められることになる 1

2.3. 先行する議論と背景

AI新法の策定及びAI戦略本部の設置構想は、AI戦略会議やその下に設置されたAI制度研究会などにおける広範な議論と提言を背景にしている。AI制度研究会は、内閣官房の下に設置され(一部資料では内閣府 5)、有識者ヒアリングを含む議論を重ね、2025年2月4日に「中間とりまとめ」を公表した 4。この中間とりまとめでは、AI事業者ガイドラインの実効性確保やAIに関する実態調査・把握を法制度により実施すべきとの提言がなされた 4。また、AI戦略会議は、2024年5月にはAIに関する法規制を検討する方針を決定し 8、その後「AI制度に関する考え方」を了承するなど 9、法制化に向けた議論を主導してきた。このような専門家グループによる議論とハイレベルな会議での検討を経て法案が策定されるという段階的かつ慎重なアプローチは、多様な意見を反映し、合意形成を図りながら、AIという複雑な対象に対する法的枠組みを構築しようとする日本政府の姿勢を示している。

表1:AI戦略本部に関連するAI新法の主要条項

条項内容の概要関連資料
第1条法律の目的(AI戦略本部の設置を含む)2
第18条人工知能基本計画の策定(AI戦略本部が案を作成)2
第19条人工知能戦略本部の設置1
第20条AI戦略本部の所掌事務(基本計画案作成・実施推進、重要施策の企画・立案・総合調整)3
第21条-第24条AI戦略本部の組織(本部長、副本部長、本部員)2
第25条関係機関等への資料提出要求等の協力要請権限4
第26条AI戦略本部の事務局(内閣府)3
第27条主任の大臣(内閣総理大臣)3
第28条政令への委任2
附則第1条第四章(AI戦略本部関連)の施行期日1

3. AI戦略本部の目的と権能

3.1. 中核的目的:AIの総合的・計画的推進

AI戦略本部の最も根本的な目的は、AI新法第19条に明記されている通り、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する施策を総合的かつ計画的に推進する」ことである 1。これは、日本国内におけるAI関連の取り組みが、各省庁や分野で断片的に進められるのではなく、国家として一貫性のある戦略のもとに、計画的に実行されることを目指すものである。AI新法第1条では、これにより「国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与する」ことが究極的な目標として掲げられている 2。この「総合的かつ計画的に推進する」という文言は、これまで各省庁が個別に行ってきたAI関連施策を、AI戦略本部という統一された指揮系統の下で調整し、国家全体の最適化を図ろうとする強い意志の表れである。

3.2. 国家AI政策の策定と実行における中心的役割

AI戦略本部は、日本のAI戦略における「司令塔」として位置づけられている 3。その役割は、単に重要なAI政策を策定するに留まらず、その実行を強力に推進し、省庁間の総合調整を行うことまで及ぶ。特に重要な任務として、政府全体のAI関連施策のマスタープランとなる「人工知能基本計画」の案を作成し、その実施を推進することがAI新法第20条で定められている 3。この人工知能基本計画の策定と「実施の推進」という権能は、AI戦略本部が単なる諮問機関ではなく、戦略を具体的な行動へと転換させる実行指向の機関であることを明確に示している。

3.3. 広範な国家戦略との整合性確保

AI戦略本部の権能には、AI戦略を「統合イノベーション戦略」のようなより広範な国家目標と整合させることも含まれる。AI戦略本部が推進するAI政策は、統合イノベーション戦略に掲げられたより上位のイノベーション目標を具体的に実行に移すものと理解される 11。さらに、AI戦略本部の活動は、AI新法独自の基本理念に加え、「科学技術・イノベーション基本法」や「デジタル社会形成基本法」に定める基本理念にも準拠して行われる 2。これにより、AI戦略が他の国家戦略と連携し、相乗効果を生み出すことが期待される。AI戦略本部は、AI技術の「推進」をその主たる法的使命としており、研究開発と社会実装を積極的に後押しする役割が強調されている。リスク管理や倫理的配慮もAI戦略全体の重要な要素ではあるが、本部の設立規定における第一義的な目的は、日本のAI能力を前進させることにある。

4. AI戦略本部の組織構造と構成

4.1. 内閣への設置

AI戦略本部は、その高い権限と政府中枢における意思決定への直接的な関与を示すものとして、内閣に直接設置される(「内閣に…置く」)1

4.2. 指導部構成(第21条~第23条)

  • 本部長(人工知能戦略本部長): AI戦略本部の長は本部長とされ、内閣総理大臣がこれに充てられる 4。本部長は、本部の事務を総括し、所部の職員を指揮監督する 2
  • 副本部長(人工知能戦略副本部長): 本部に副本部長が置かれ、内閣官房長官及び人工知能戦略担当大臣がこれに充てられる 4。副本部長は、本部長の職務を助ける 2
  • 人工知能戦略担当大臣: この役職はAI新法において、「内閣総理大臣の命を受けて、人工知能関連技術の研究開発及び活用の総合的かつ計画的な推進に関し内閣総理大臣を助けることをその職務とする国務大臣」と正式に定義されている 10。これにより、AI戦略に関する専任の閣僚ポストが法的に制度化される。この「人工知能戦略担当大臣」の制度化は、単に既存の閣僚にAI関連の任務を付与するのではなく、AI戦略を専門的に担当し、総理大臣を補佐する明確な役割と権限を持つ閣僚を恒常的に確保することを意味し、内閣改造等に左右されにくい安定したAI政策推進体制を構築する意図がうかがえる。

4.3. 本部員(人工知能戦略本部員)(第24条)

AI戦略本部の本部員は、本部長及び副本部長以外の全ての国務大臣がこれに充てられる 4。この全閣僚参加型の構成は、AI戦略が特定の省庁の管轄に留まらず、政府全体で統合的に推進されることを保証し、決定事項に対する幅広い支持基盤を確保するものである。このような組織構成は、日本の国家戦略において最重要課題に取り組む際に用いられるものであり、AIが国家安全保障や経済政策と同等の重要性をもって扱われていることを示唆している。

4.4. 事務局及び事務処理(第26条)

AI戦略本部に関する事務は、内閣府において処理される 3。内閣府は、総理大臣直属の重要政策に関する省庁横断的な調整や企画立案を担うことが多く、ここに事務局を置くことで、AI戦略本部の中央調整機能が強化される。

4.5. 主任の大臣(第27条)

AI戦略本部に係る事項については、内閣法にいう主任の大臣は内閣総理大臣とされる 3。これにより、AI戦略に関する最終的な責任が内閣総理大臣にあることが明確にされている。

4.6. 政令への委任(第28条)

AI新法に定めるもののほか、AI戦略本部に関し必要な事項は、政令で定めることとされている 2。これにより、具体的な運営方法などについて、法律の枠内で柔軟に対応できる仕組みとなっている。

表2:人工知能戦略本部の構成と主要な役割

役職充当者/所管主要な責務(AI新法に基づく)関連資料
本部長内閣総理大臣本部事務の総括、所部職員の指揮監督4
副本部長内閣官房長官本部長の補佐4
副本部長人工知能戦略担当大臣本部長の補佐、AI関連技術の研究開発・活用の総合的・計画的推進4
本部員他の全ての国務大臣本部における意思決定への参画4
事務局内閣府本部に関する事務処理、行政支援、調整3
主任の大臣内閣総理大臣本部に係る事項に関する最終責任3

5. AI戦略本部の権限、機能、主要な責務(第20条、第25条)

5.1. 「人工知能基本計画」の案の作成及び実施の推進

AI戦略本部の最も主要な機能の一つは、「人工知能基本計画の案の作成及び実施の推進に関すること」である(AI新法第20条第1号)3。この人工知能基本計画は、AI戦略本部が実質的に日本のAI戦略の舵取りを行うための中心的な政策手段となる。

  • 人工知能基本計画(第18条): 政府は、AI新法の基本理念及び基本的施策を踏まえ、この計画を定めるものとされる 2。計画には、①AI関連技術の研究開発及び活用の推進に関する施策についての基本的な方針、②政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策、③その他、政府が総合的かつ計画的に推進するために必要な事項、が盛り込まれる 3。内閣総理大臣は、AI戦略本部が作成した基本計画案について閣議の決定を求め、閣議決定後は遅滞なく公表する 2。このプロセスを通じて、AI戦略本部はAIに関する国家の基本方針と具体的な施策を策定し、その実行を主導する強力な権限を持つ。

5.2. 重要AI政策の企画・立案及び総合調整

人工知能基本計画の策定・推進に加え、AI戦略本部は「前号に掲げるもののほか、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する施策で重要なものの企画及び立案並びに総合調整に関すること」を所掌事務とする(AI新法第20条第2号)3。これにより、AI戦略本部は、基本計画に直接記載されない個別の重要案件についても、省庁横断的な視点から企画・立案し、関係省庁間の調整を行う広範な権限を有する。

5.3. 協力要請権限(第25条)

AI戦略本部は、その所掌事務を遂行するために必要があると認めるときは、関係行政機関、地方公共団体、独立行政法人、地方独立行政法人、特殊法人の長又は代表者に対し、資料の提出、意見の表明、説明その他必要な協力を求めることができる 4。さらに重要な点として、AI戦略本部は、特に必要があると認めるときは、これらの者以外の者(例えば、民間事業者、学識経験者、研究機関など)に対しても、必要な協力を依頼することができるとされている 4。この広範な協力要請権限は、AI戦略本部が政策決定に必要な情報や専門知識を政府内外から幅広く収集し、多様なステークホルダーを政策プロセスに関与させることを可能にする。

5.4. 基本的施策の推進(AI新法第二章)

AI新法第二章(第11条~第17条)は、国が講ずべき「基本的施策」を定めている。これには、研究開発の推進(第11条)、施設及び設備等(大規模データセンターやデータセット等)の整備及び共用の促進(第12条)6、適正性の確保(国際規範を踏まえた指針整備等)(第13条)、人材の確保等(第14条)、教育の振興等(第15条)、調査研究等(国民の権利利益侵害事案の分析と事業者への指導・助言等を含む)(第16条)6、国際協力の推進(第17条)などが含まれる 2。AI戦略本部は、これらの基本的施策を人工知能基本計画に具体化し、その実施を調整・推進する役割を担うことになる。AI戦略本部は、直接的な予算配分権限や規制制定権限を持つわけではないが、人工知能基本計画の策定や「重要施策」の調整を通じて、これらの分野に大きな影響力を行使することが予想される。基本計画で特定された優先分野は、政府の予算編成において重視される可能性が高く、また、本部の調整機能は、将来的なAI関連規制の議論の方向性を形作る上で重要な役割を果たすだろう。

6. 他のAI関連組織・イニシアティブとの関係

6.1. AI戦略会議及びAI制度研究会

AI戦略会議は、AI政策に関するハイレベルな議論の場として機能し、「AI事業者ガイドライン」の策定 8 や、2024年5月にはAIに関する法規制を検討する方針を決定するなど 8、重要な役割を果たしてきた。その下に設置された(または内閣府に設置された 4)AI制度研究会は、AI関連法制度の必要性を検討し、「中間とりまとめ」4 や「AI制度に関する考え方」9 を通じてAI新法の策定に直接的な影響を与えた。

AI戦略本部は、これらの先行組織が担ってきた戦略策定や政策推進機能を、より強力な法的権限をもって引き継ぐものと見なせる。特に、国家全体のAI基本計画の策定と実施推進という点で、AI戦略本部はAI戦略会議の役割を正式化し、格上げしたものと言えるだろう。AI戦略会議の第8回、第9回、第13回などの会議では、AI事業者ガイドライン、「AI制度に関する考え方」、そしてAI法案につながる中間とりまとめなどが議論されており 9、これらの議論の積み重ねがAI戦略本部の設立へと繋がった。AI戦略本部設立後は、AI戦略会議がアドバイザリー的な役割を担う可能性も考えられるが、AI新法自体にはその具体的な継続的役割は明記されていない。

6.2. 統合イノベーション戦略

統合イノベーション戦略は、AIを含む様々なイノベーション分野を網羅する国家戦略である。「統合イノベーション戦略2024」では、AI分野の競争力強化と安全・安心の確保が重点施策の一つとして掲げられている 11。AI戦略本部は、人工知能基本計画の策定とその政策調整を通じて、この統合イノベーション戦略におけるAI関連部分の具体的な実行計画を策定し、推進する責任を負う 11。AI戦略会議も、統合イノベーション戦略推進会議に対して報告を行うなど、連携が見られた 11

6.3. AIセーフティ・インスティテュート(AISI)

AIセーフティ・インスティテュート(AISI)は、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)内に設置され、AIの安全性評価手法や基準策定などを担う専門機関である 9。「統合イノベーション戦略2024」では、関係省庁がAISIに対して政府方針を示し、AISIから事業方針等の報告を受け協力体制を築くことが示されている 11。AI戦略本部は、人工知能基本計画等を通じてAIの安全性に関する広範な戦略・政策方針を設定し、AISIがその技術的専門性をもって安全性評価や研究を担うという形で連携することが想定される。「AI制度に関する考え方」14 でも、高リスクAIやサイバーセキュリティへの対応においてAISIのような官民連携組織の活用が示唆されている。

6.4. AI事業者ガイドライン

経済産業省と総務省が共同で策定し、後にAI戦略会議によって改訂された「AI事業者ガイドライン」は、事業者の自主的な取り組みを促す日本のソフトロー・アプローチの中核をなす 4。AI新法及びAI戦略本部は、これらのガイドラインを置き換えるものではなく、むしろ法的基盤を提供し、その上に構築される関係にある。「AI制度に関する考え方」14 も、これらのガイドラインを基礎とすることを明言している。AI戦略本部は、人工知能基本計画との整合性を確保しつつ、これらのガイドラインが責任あるAI開発・利用を促進する上で引き続き有効に機能するよう監督する役割を担う可能性がある。AI戦略本部は、この複雑なAI関連組織・戦略・ガイドラインのエコシステムの頂点に立ち、AI基本計画とAI新法の目標達成に向けて、これらの多様な要素を調整し、戦略的な整合性を確保する役割を果たすことになる。

表3:日本のAIガバナンスフレームワークにおける主要組織・文書とその関係

組織・文書主要機能・役割AI戦略本部との主な関係
人工知能戦略本部AI政策・基本計画の中央司令塔、策定・実施推進、省庁間総合調整本報告書の主題
AI新法AI戦略本部の設置根拠、AI推進の基本理念・枠組みを定める法的基盤AI戦略本部の活動の法的根拠
人工知能基本計画政府全体のAI施策のマスタープランAI戦略本部が案を作成し、実施を推進
AI戦略会議過去のハイレベルなAI政策議論の場、ガイドライン策定、法制度検討方針決定AI新法及びAI戦略本部設立の前提となる議論を主導、将来的には助言的役割の可能性
AI制度研究会AI関連法制度の必要性を検討、中間とりまとめ等でAI新法に影響AI新法及びAI戦略本部設立の前提となる提言を実施
統合イノベーション戦略AIを含む国家全体のイノベーション戦略AI戦略本部は本戦略のAI関連部分の実行計画を策定・推進
AIセーフティ・インスティテュート(AISI)AIの安全性評価手法・基準策定、技術的専門機関AI戦略本部が定める安全性方針に基づき、技術的評価・研究等で連携
AI事業者ガイドライン事業者の自主的なAIリスク対応等を促すソフトローAI戦略本部は基本計画との整合性を確保しつつ、本ガイドラインの活用を促進・監督する可能性

7. 戦略的背景、広範な影響、及び将来展望

7.1. 国家目標との整合性

AI戦略本部の設立と権能は、日本のより広範な国家目標と深く結びついている。

  • 経済再生と競争力強化: AIは、将来の経済成長、生産性向上、そして日本の国際的な産業競争力強化のための鍵となる技術と見なされている 6。AI戦略本部は、日本をAIの開発と応用の先進国へと導く取り組みを主導する。
  • 社会福祉と課題解決: AIは、社会課題の解決、国民生活の質の向上 2、そして「人間中心のAI社会」の実現に貢献することが期待されている 8。これには、医療、防災、より包摂的な社会の実現といった分野での応用が含まれる。この国家目標は、日本の「Society 5.0」構想とも密接に関連しており、AI戦略本部は、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させ、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会を実現するための核心的役割を担う。
  • 国家安全保障: AI新法の基本理念においても、AI技術が安全保障の観点からも重要であることが認識されている 3

7.2. イノベーションとリスク管理・倫理的配慮の均衡

AI戦略本部が取り組むべき中心的な課題の一つは、AIイノベーションの推進と、プライバシー侵害、バイアス、安全性、偽情報といった関連リスクへの対応との間で、慎重な均衡を保つことである 15。AI新法自体も、不正利用の防止や透明性の確保のための施策を求めている 3。AI戦略本部は、AI事業者ガイドライン 18 や「AI制度に関する考え方」14、さらには国際的な倫理規範の原則を、人工知能基本計画や国家政策に統合していく必要がある。

7.3. 国際協調と調和の重視

日本は、G7広島AIプロセスやOECDのAI原則など、AIに関する国際的なガバナンス議論に積極的に関与している 11。AI新法は、国際協調の下でAIの研究開発及び活用を推進し、日本が国際協力において主導的な役割を果たすよう努めることを基本理念の一つとして掲げている 3。AI戦略本部は、日本の国内AI政策が国際的な動向と調和し、日本がグローバルなAI規範の形成に貢献することを確実にする上で中心的な役割を果たす。政府は「世界のモデルとなる制度」の構築を目指しており 5、AI戦略本部は、EUのAI法のような規制重視のアプローチとは異なる、イノベーションを促進しつつ責任あるリスク管理を行う日本独自のモデルを国際社会に提示していく上で、その舵取りを担うことになる。

7.4. 期待される影響と将来展望

AI戦略本部は、明確な戦略的方向性を示し、省庁横断的な協力を促進し、そして持続的なハイレベルの政治的関与を確保することによって、日本のAI開発と展開を大幅に合理化し、加速させることが期待される。その成功は、人工知能基本計画を効果的に実施し、急速な技術変化に適応し、必要なリソースを確保し、そして産業界、研究者、及び国民の間の信頼を醸成する能力にかかっている。

「基本法」の枠組みの下で、特に高リスクなAI応用分野に対する具体的な措置(場合によっては対象を絞った規制を含む)が今後どのように整備されていくかが注目される。政府の野心は、日本を「最もAIを開発・活用しやすい国」の一つにすることであり 5、AI戦略本部は、この目標達成のための主要な推進力となる。これは単に短期的な政策目標を達成するだけでなく、日本政府内にAIを理解し、戦略を立て、統治するための長期的な制度的能力を構築する試みでもある。全閣僚と総理大臣が関与するこの体制は、AIリテラシーと戦略的思考を政権全体に浸透させることを目指している。

8. 結論

人工知能戦略本部の設立は、日本がAI時代における国家戦略を本格的に推進するための、法的根拠と強力な権限を備えた中核的機関を整備したことを意味する。内閣総理大臣を長とし、全閣僚を構成員とするこの本部は、AIに関する国家目標の設定、省庁横断的な「人工知能基本計画」の策定と実施推進、そして国際的な連携に至るまで、広範な責務を担う。

AI新法という「基本法」に基づくAI戦略本部の設置は、従来のソフトロー中心のアプローチから一歩進んで、AIガバナンスの法的安定性と実行力を高めるものである。これにより、イノベーションの促進とリスク管理のバランスを取りながら、経済成長、社会課題の解決、国際競争力の強化といった国家目標の達成を目指す。

今後の課題としては、AI戦略本部が急速に進化するAI技術と国際情勢の変化に柔軟かつ迅速に対応し、策定される人工知能基本計画を実効性あるものとして各省庁・関係機関と連携して推進できるかどうかが挙げられる。また、民間事業者や研究機関、国民からの信頼を得て、AIの恩恵を社会全体に行き渡らせるための環境整備も重要となる。

AI戦略本部の活動は、日本のAI戦略の成否を左右するだけでなく、「Society 5.0」の実現や、国際社会における日本のリーダーシップ発揮にも大きな影響を与えるだろう。その動向は、国内外から引き続き注視されることになる。

引用文献

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