ケーススタディにおけるPREMISE質問法の価値
中小企業診断士の二次試験では、与件文に基づいて企業の課題を分析し、具体的な提言を行うことが求められます。このプロセスにおいて、PREMISE質問法は企業の前提や仮定を体系的に分析するための強力なフレームワークとなります。特に、経営者や関係者が無意識に持っている前提を明らかにし、それらの妥当性を検証することで、より堅実で実効性の高い提言が可能になります。
以下では、実際の中小企業診断士二次試験で出題されるような与件文を想定し、PREMISE質問法を適用した分析と提言の例を示します。
与件文:株式会社テクノクラフト
企業概要
株式会社テクノクラフト(以下、同社)は、創業35年の精密機械部品製造業者である。従業員数は52名、年商は約9億円で、自動車関連部品を中心に、産業機械向け精密部品の製造を行っている。同社は創業者の山田社長(67歳)が経営しており、長男の山田専務(40歳)が後継者として経営に参画している。
事業環境と課題
近年、同社は主力取引先からの受注減少に直面しており、過去5年間で売上高は約20%減少した。特に自動車業界のEV化の進展により、従来の内燃機関向け部品の需要が減少傾向にある。また、海外メーカーとの価格競争も激化している。
山田社長は「当社の技術力は業界でも高く評価されており、品質の高さには自信がある。今後も品質重視の経営を続け、既存顧客との信頼関係を深めることで、この難局を乗り切りたい」と述べている。
一方、山田専務は「新たな成長領域への進出が必要だ」と主張している。特に以下の3つの戦略案を提案している。
- 医療機器部品分野への参入: 高い品質要求と参入障壁があるが、安定した成長が見込める医療機器部品市場への参入
- デジタル技術を活用した生産性革新: IoTやAIを活用した生産システムの刷新による生産性向上と新サービス開発
- 海外市場の開拓: 東南アジアを中心とした新興国市場への輸出拡大
これらの新分野への参入には、新たな設備投資や人材育成、品質認証の取得など、相当の投資が必要となる。
企業の強みと弱み
強み:
- 高精度な金属加工技術と熟練技術者の存在
- 公差±0.001mm以内の超精密加工技術
- 長年の取引による大手メーカーとの信頼関係
- 無借金経営による健全な財務体質(自己資本比率60%)
弱み:
- デジタル技術の活用や生産管理システムの導入の遅れ
- 熟練技術者の高齢化(平均年齢48歳)と技術伝承の課題
- 営業力・マーケティング力の不足
- 新規事業開発の経験不足
山田社長は「当社の将来について、どのような戦略を取るべきか悩んでいる。品質重視の経営を貫くべきか、新分野に挑戦すべきか、限られた経営資源をどう配分すべきか」と中小企業診断士である貴方に相談してきた。
PREMISE質問法による分析
P(Position:立場)
主要な問い:
- テクノクラフト社の現在の経営方針はどのような立場や視点から形成されているか?
- 山田社長と山田専務の立場の違いはどこにあるか?
- これらの立場にはどのような前提が含まれているか?
分析:
- 山田社長の立場は「品質重視・技術力信頼」という伝統的製造業の価値観に基づいている
- この立場は「高品質な製品を作れば顧客は付いてくる」という前提を含んでいる
- 「既存顧客との関係深化」を重視する姿勢は、新規開拓よりも既存関係の維持を優先する前提がある
- 「現在の技術力で将来も競争優位を維持できる」という前提がある
- 山田専務の立場は「新分野開拓・イノベーション志向」という変革的視点に立っている
- この立場は「現状維持では衰退は避けられない」という前提を含んでいる
- 「投資を伴う変革が必要」という前提がある
- 「多角化によるリスク分散が重要」という前提がある
前提の検証:
- 品質重視の姿勢自体は強みだが、市場環境の変化(特にEV化)により、高品質だけでは需要減少を補えない現実がある
- 既存顧客との関係深化は重要だが、その顧客自体が事業転換を迫られている状況では限界がある
- 両者の立場は対立するものではなく、時間軸と投資配分の問題として捉え直す必要がある
R(Reasons:理由)
主要な問い:
- テクノクラフト社の現状認識や戦略判断を支える理由は何か?
- それらの理由はどのような前提に基づいているか?
- 3つの戦略案を支持する理由の背後にある前提は何か?
分析:
- 「技術力は業界でも高く評価されている」という認識の背後には、「技術的優位性が事業成功の決定的要因である」という前提がある
- 「新たな成長領域への進出が必要」という主張の背後には、「既存市場は構造的に縮小傾向であり、多角化しなければ生き残れない」という前提がある
- 「品質重視の経営を続ければ難局を乗り切れる」という判断には、「市場の変化は一時的なものであり、本質的価値は変わらない」という前提がある
- 医療機器部品分野への参入理由には、「高品質技術が医療分野でも同様に価値を持つ」という前提がある
- デジタル技術活用の理由には、「デジタル化が生産性と競争力を必然的に向上させる」という前提がある
- 海外市場開拓の理由には、「当社の製品が海外市場でも競争力を持つ」という前提がある
前提の検証:
- 技術的優位性は重要だが、それを活かせる市場を見出さなければ価値を生まない
- 自動車産業のEV化は構造的変化であり、一時的な市場変動ではない
- 各戦略案の前提には検証が必要な部分があり、実際のデータや市場調査に基づく検証が重要
E(Evidence:証拠)
主要な問い:
- テクノクラフト社の状況判断や戦略決定に使用されている証拠や事実は何か?
- その証拠はどのように収集・選択されたか?
- 証拠の解釈にはどのような前提が含まれているか?
分析:
- 「過去5年間で売上高20%減少」という事実は、将来予測においてどのように解釈されているか
- 社長はこれを一時的な現象と解釈している可能性がある
- 専務はこれを構造的変化の表れと解釈している可能性がある
- 「公差±0.001mm以内の超精密加工技術」という証拠の評価
- この技術的優位性が市場で価値を持ち続けるという前提
- この技術が新分野でも同様に価値を持つという前提
- 医療機器市場の成長性データ、デジタル技術導入の効果データ、海外市場の可能性に関するデータの選択と解釈
- 成功事例が過度に強調され、失敗事例が軽視されている可能性
- 業界平均データが自社の固有状況に必ずしも当てはまらない可能性
前提の検証:
- 売上減少トレンドは、対策なしに反転する可能性は低い
- 技術的優位性は実在するが、その市場価値は用途によって変化する
- 各戦略案の証拠基盤を強化するため、より客観的かつ包括的なデータ収集が必要
M(Methodology:方法論)
主要な問い:
- テクノクラフト社の問題解決や戦略策定にどのようなアプローチが採用されているか?
- なぜこの方法論が選ばれたのか?
- この方法論にはどのような限界や制約があるか?
分析:
- 山田社長の方法論は「品質と信頼関係を基盤とした漸進的改善」というアプローチ
- このアプローチは安定した市場環境を前提としている
- 過去の成功体験に基づく方法論である
- 山田専務の方法論は「新市場開拓による事業構造の転換」というアプローチ
- このアプローチは変化への適応力を重視している
- 多角化によるリスク分散を前提としている
- 戦略案の評価方法に関する前提
- 定量的評価と定性的評価のバランス
- 短期的成果と長期的成果の重み付け
- リスク評価の方法論
前提の検証:
- 漸進的改善は安定期には有効だが、破壊的変化の時期には不十分な場合がある
- 新市場開拓は成長可能性がある一方で、リソース分散のリスクも伴う
- 両アプローチを排他的ではなく、段階的・並行的に進める可能性を検討すべき
- データに基づく意思決定プロセスの確立が必要
I(Implications:含意)
主要な問い:
- テクノクラフト社の現在の方針や検討中の戦略が実行された場合、どのような結果が予想されるか?
- この主張はどのような行動や政策を支持することになるか?
- 意図せざる結果や副作用はあるか?
分析:
- 現状維持戦略の含意:
- 短期的な安定性は保てるが、長期的には市場縮小に伴う緩やかな衰退リスク
- 熟練技術者の退職により技術力が徐々に低下する可能性
- 競合他社のイノベーションにより相対的な競争力が低下する可能性
- 医療機器部品分野への参入の含意:
- 高い参入障壁(認証取得など)による初期投資の大きさ
- 新たな品質管理体制の構築必要性
- 既存の自動車部品事業とのシナジー可能性
- デジタル技術活用の含意:
- 生産性向上による競争力強化
- 従業員のスキルセットの変化必要性
- データ活用による新たな付加価値創出可能性
- 海外市場開拓の含意:
- 為替リスクや地政学的リスクへの露出
- 現地ニーズへの適応必要性
- 国際的な品質基準への対応必要性
前提の検証:
- 現状維持は「安全策」ではなく、長期的には最もリスクの高い選択肢となり得る
- 各戦略には異なるリスクプロファイルがあり、それらを明確に評価する必要がある
- 戦略の組み合わせや段階的実施によって、リスクとリターンのバランスを取ることが可能
S(Scope:範囲)
主要な問い:
- テクノクラフト社の戦略検討において、どのような範囲や制約が考慮されているか?
- 戦略の適用範囲に関する制限は何か?
- どのような時間的・空間的制約があるか?
分析:
- 地理的範囲:
- 国内市場のみを想定しているか、海外展開も視野に入れているか
- 特定地域に限定するか、グローバルに展開するか
- 時間的範囲:
- 短期的な業績回復と長期的な持続可能性のバランス
- 戦略実施のタイムライン(3年計画か、5年計画か、10年計画か)
- 製品・サービス範囲:
- 部品製造にとどまるか、完成品や関連サービスへの展開も検討するか
- 技術応用の範囲(現在の技術をどこまで応用できるか)
- 組織的範囲:
- 全社的変革か、特定部門の変革か
- 外部パートナーとの協力範囲
前提の検証:
- 地理的範囲の拡大(例:海外市場)も選択肢として検討する価値がある
- 短期と長期のバランスを取りながらも、3〜5年の中期計画が特に重要
- 部品製造の範囲内でも、製品ポートフォリオの見直しが可能
- 組織変革の範囲と速度のバランスが重要
E(Exceptions:例外)
主要な問い:
- テクノクラフト社の現在の認識や戦略的前提が当てはまらない例外的な状況や条件はあるか?
- どのような状況でこの主張は成立しないか?
- この主張が挑戦される可能性のある極端なケースは何か?
分析:
- 「品質重視」が必ずしも顧客価値に直結しない例外的ケース
- 価格競争が極端に激化した場合
- 代替技術の出現により現在の技術が陳腐化する場合
- 顧客の品質要求基準が変化する場合
- 「医療機器分野への参入」が成功しない例外的ケース
- 規制の予期せぬ強化
- 大手企業の参入による競争激化
- 技術標準の急激な変化
- 「デジタル技術活用」が効果を発揮しない例外的ケース
- 導入コストが予想を大幅に上回る場合
- 従業員の抵抗が強く、文化的変革が進まない場合
- 技術の陳腐化速度が速い場合
- 「海外市場開拓」が困難になる例外的ケース
- 貿易摩擦や保護主義政策の強化
- 為替の急激な変動
- 現地競合の急速な技術力向上
前提の検証:
- 例外的状況を想定したリスク管理計画の策定が重要
- 複数のシナリオを想定した柔軟な戦略立案が必要
- 定期的な前提の再検証と戦略の調整メカニズムの構築が必要
PREMISE質問法による戦略オプションの比較分析
PREMISE質問法を用いて、テクノクラフト社の3つの戦略オプションを比較分析します。
医療機器部品分野への参入
強み:
- 高精度加工技術が医療機器の厳格な品質要件に適合する
- 参入障壁の高さが参入後の競争優位性を保護する可能性がある
- 医療分野は景気変動に比較的強く、安定した需要が期待できる
課題:
- 認証取得や規制対応に多大な時間とコストが必要
- 医療分野特有の知識・ノウハウの獲得が必要
- 新規顧客開拓のための営業力強化が必要
前提の検証:
- 医療機器市場の成長性と参入余地の客観的評価が必要
- 自社技術の医療分野への適応性の詳細な検証が必要
- 投資回収期間の現実的な見積もりが必要
デジタル技術を活用した生産性革新
強み:
- 既存事業の競争力強化と新事業開発の両方に貢献する可能性
- 技術伝承問題の解決にも寄与する可能性
- 段階的な投資が可能で、リスクを分散できる
課題:
- デジタル技術導入のための専門知識不足
- 従業員の抵抗や文化的障壁の可能性
- 投資対効果の測定が難しい場合がある
前提の検証:
- 同業他社のデジタル化事例の詳細分析が必要
- 自社の組織文化とデジタル変革の親和性評価が必要
- 段階的アプローチによるリスク低減可能性の検討が必要
海外市場の開拓
強み:
- 市場規模の拡大による成長機会
- 地域リスクの分散効果
- 海外の低コスト生産との連携可能性
課題:
- 言語・文化・商習慣の違いへの対応
- 品質基準や規制の違いへの対応
- 為替リスクや地政学的リスクの管理
前提の検証:
- ターゲット市場の詳細な調査と競合分析が必要
- 海外展開の実績がある同業他社の事例研究が有用
- 段階的な市場参入戦略の検討が必要
PREMISE分析に基づく戦略提言
PREMISE質問法による分析を踏まえ、テクノクラフト社に対して以下の提言を行います。
提言1: 段階的変革アプローチの採用
テクノクラフト社の状況は、「現状維持か変革か」という二項対立ではなく、「どのように変革するか」という方法と時間軸の問題として捉えるべきです。PREMISE分析から、現状維持は長期的に最もリスクが高い選択肢であることが明らかになりました。一方で、急激な変革も大きなリスクを伴います。
短期施策(1年以内):
- デジタル技術導入による生産管理の最適化(小規模な実証実験から開始)
- 既存顧客の将来計画・ニーズ調査の実施(特にEV化に伴う部品需要変化の詳細把握)
- 保有技術の棚卸しと新規応用可能性の探索
- 医療機器分野の市場調査と参入障壁の詳細分析
中期施策(1〜3年):
- デジタル技術を活用した生産システムの段階的刷新
- 技術伝承システムの構築(デジタル技術を活用した技能の可視化・標準化)
- 医療機器部品の試作開発と認証取得準備
- 東南アジア市場の特定国をターゲットとした輸出体制の整備
長期施策(3〜5年):
- 事業ポートフォリオの段階的転換(新分野の売上比率を30%以上に)
- デジタル技術を活用した新サービス開発
- 医療機器分野での安定的な顧客基盤の確立
- 海外市場での現地パートナーシップ構築
提言2: デジタル技術活用を変革の基盤に位置づける
PREMISE分析から、デジタル技術の活用は他の戦略オプションの実現にも寄与する基盤的要素であることが明らかになりました。
具体的施策:
- 生産管理システムの導入: 納期管理の精度向上と生産効率の最適化
- 熟練技術のデジタル化: 熟練技術者の知識・技能をデジタルツールで記録・分析し、技術伝承に活用
- データ駆動型品質管理: センサー技術とAIを活用した予防的品質管理体制の構築
- デジタルマーケティング: オンラインでの技術力アピールと新規顧客開拓
- 業務プロセスのデジタル化: 間接業務の効率化による管理コスト削減
これらの施策は、単独でも競争力強化に貢献しますが、医療機器分野への参入や海外市場開拓の基盤ともなります。
提言3: 技術力を活かした差別化戦略の再構築
テクノクラフト社の強みである超精密加工技術を最大限に活かすため、以下の差別化戦略を提案します:
- ニッチトップ戦略: 超精密加工が不可欠な特定用途に特化し、その分野でのポジションを確立
- ソリューション提供型へのシフト: 部品製造だけでなく、顧客の技術的課題解決を支援するコンサルティング機能の付加
- 共同開発パートナーシップ: 成長分野の企業との戦略的提携による共同開発プロジェクトの推進
- 技術ブランディング: 技術力の見える化と対外的なアピール強化



