ケーススタディー:リモートワークに関する思考の出発点を引き出す会話技法

はじめに:出題者による意図の説明

本ケーススタディーでは、「前提」という言葉を使わずに、相手の思考の基盤を自然に引き出す会話技法を紹介します。多くの議論では、各自が無意識的に持つ出発点や基本認識の違いが理解の障壁となりますが、「あなたの前提は何ですか?」と直接尋ねることは相手に過度な分析的負担を強いることになります。

以下の対談例では、より自然で会話的な流れの中で、思考の出発点を明らかにしていく技法を示します。フィラーや言い淀み、相づちなどを含めた人間らしい会話の中で、どのように相手の基本認識を引き出していくかをご覧ください。

ケーススタディー:リモートワークと生産性に関する対談

伊藤(インタビュアー): 佐藤さん、今日はお時間いただきありがとうございます。えーと、最近の働き方について、特にリモートワークに関するお考えをお聞きしたいんですが…

佐藤(人事部長): ああ、はい。いいですよ。実は、うちの会社でも今、そのリモートワークをどうするか議論になってるんですよね。個人的には、やっぱり、オフィス勤務が基本だと思ってます。週に1、2回のリモートならいいですけど、完全リモートは生産性に問題があると…

伊藤: なるほど、オフィス勤務を基本にすべきというお考えなんですね。その考えの、えーと、出発点になっていることって何かあるんでしょうか?

佐藤: うーん、そうですね…出発点ですか。やっぱり、仕事って基本的にはチームでするものだと思うんですよ。一人でやるものじゃなくて。で、チームワークっていうのは、やっぱり顔を合わせないと生まれないものがあるというか…。あと、そうですね、会社というのは単に仕事をするだけの場所じゃなくて、企業文化を共有する場でもあるんです。それって、オンラインだとなかなか難しいんですよね。

伊藤: なるほど、チームワークと企業文化の共有が重要なんですね。あの、そのお考えを裏付けるような、何か実際の経験とか事例ってありますか?

佐藤: ええ、ありますよ。コロナ禍でみんなリモートだった時期があったじゃないですか。あの時、うちの新入社員の育成がすごく難しかったんです。画面越しだと、ちょっとした相談とかができないし…。あと、プロジェクトの立ち上げ期なんかも、リモートだとアイデアが出にくくて。実際、昨年度のデータを見ると、フルリモート期間より、ハイブリッド期間の方が新規案件の立ち上げ数が20%くらい多かったんですよ。

伊藤: へえ、そういうデータもあるんですね。そのオフィス勤務重視の考え方って、どんな仕事や部署に特に当てはまると思いますか?逆に、あまり当てはまらないケースもありますか?

佐藤: そうですね…えーと、特に当てはまるのは、創造的な仕事、例えば企画部門とか商品開発とか。あとは新人が多い部署、育成が重要な部署ですね。うーん、逆に…あまり当てはまらないのは…そうですね、データ入力とか翻訳とか、比較的独立して進められる業務、あとはすでにチームの関係性ができている場合とか。あ、あと海外とのやり取りが多い部署は元々オンラインミーティングが多いから、リモートでも問題ない場合が多いかな。

伊藤: なるほど、業務内容によって違いがあるんですね。オフィス勤務中心の方針を採用すると、従業員のワークライフバランスやモチベーションには、どんな影響があると思いますか?

佐藤: ふむ…正直、そこが難しいところで…。確かに通勤時間がなくなるとプライベートの時間は増えますよね。でも、うちの会社の場合、オフィスに来ることでチームの一体感が生まれて、それがモチベーションになってるという面もあるんです。ただ…若い世代を中心に、リモート希望は強いんですよね。だから完全に一方的にオフィス勤務を強制すると、採用面で不利になるかもしれないという懸念はあります。

伊藤: オフィス勤務中心で考える際に、もしかしたら見落としがちになる可能性のある視点ってありますか?

佐藤: うーん…(長い沈黙)そうですね…多様性の面かもしれないですね。例えば、子育て中の人とか、介護をしている人、あとは障害のある方にとっては、リモートの方が働きやすい場合もあります。あと…あ、そうか。地方在住の優秀な人材を採用するチャンスも失ってるかもしれませんね。今まであんまり考えてなかったけど、確かにその点は大きいかも…。

伊藤: もし「従業員の自律性と成果」を最も重視する会社運営を考えるとしたら、働き方はどう変わると思いますか?

佐藤: ああ、それは面白い視点ですね。「自律性と成果」重視か…。そうなると、おそらく勤務場所や時間よりも、成果物や目標達成を評価する仕組みが中心になりますよね。場所はもう、完全に自由で…ただ、そのためには、明確な目標設定と評価基準が必要になります。あと、マネージャーの役割も、監視する人から、支援する人に変わる必要がありますね。今より、もっとこう…信頼ベースの関係性が必要になるかな。

伊藤: 最後に、例えば人材不足が深刻化して採用が最優先課題になった場合や、オフィス賃料が現在の3倍になった場合など、特定の状況では働き方の優先順位はどう変わりますか?

佐藤: ああ、なるほど…。えーと、人材不足が深刻化したら…うーん、そりゃあ候補者の希望に合わせるしかないですよね。リモートOKにして地方や海外からも採用するとか。オフィス賃料が3倍になったら…そうですね、フリーアドレス制を徹底して、オフィススペースを縮小するか、あるいは…ほとんどリモートにして、月に数回のミーティングやイベント用にだけ小さなスペースを借りるとか。今考えると、やっぱり状況によって最適解は変わりますね。てか、もしかして僕、思ったより柔軟じゃなかったのかも…(笑)

伊藤: とても興味深いお話をありがとうございました。色々な視点から働き方について考えるきっかけになりました。

分析:どの質問が前提を引き出しているか

この対談で使用された質問技法を分析すると、以下の点が効果的に前提を引き出していることがわかります:

  1. 出発点を直接尋ねる質問
    「その考えの、えーと、出発点になっていることって何かあるんでしょうか?」
    → この質問によって佐藤氏は「仕事はチームでするもの」「企業文化の共有が重要」という基本認識を明らかにしています。
  2. 根拠を探る質問
    「そのお考えを裏付けるような、何か実際の経験とか事例ってありますか?」
    → 前提の根拠として、コロナ禍での具体的経験とデータが示されました。経験に基づく質問は答えやすく、自然な流れを作ります。
  3. 適用範囲を確認する質問
    「どんな仕事や部署に特に当てはまると思いますか?逆に、あまり当てはまらないケースもありますか?」
    → この質問で、前提が普遍的でなく条件付きであることに気づかせています。
  4. 影響を考える質問
    「オフィス勤務中心の方針を採用すると、従業員のワークライフバランスやモチベーションには、どんな影響があると思いますか?」
    → 前提から生じる結果について考えさせています。
  5. 盲点を探る質問
    「オフィス勤務中心で考える際に、もしかしたら見落としがちになる可能性のある視点ってありますか?」
    → この質問で佐藤氏は多様性や地方の人材活用という盲点に気づいています。沈黙の後の「あ、そうか」という反応が、新たな気づきを示しています。
  6. 具体的な代替価値を提示する質問
    「もし『従業員の自律性と成果』を最も重視する会社運営を考えるとしたら、働き方はどう変わると思いますか?」
    → 抽象的な「別の考え方」ではなく、具体的な価値観を提示することで答えやすくしています。
  7. 具体的な状況設定による質問
    「例えば人材不足が深刻化して採用が最優先課題になった場合や、オフィス賃料が現在の3倍になった場合など…」
    → 具体的なシナリオを提示することで、「状況によって最適解は変わる」という認識を引き出しています。