比喩は命題になりうるか?──「心はナイフだ」の意味構造とAIの理解

◆ 比喩は命題なのか?

「心はナイフだ」 「時は金なり」 「彼の言葉は針のようだった」

こうした表現は、日常の中でよく使われる比喩(メタファー)です。 けれど、それらは命題として扱えるのでしょうか? つまり、**「真か偽か」で評価できる文」**として再構成できるのでしょうか?


◆ 比喩は命題ではない──しかし命題を導く

まず、形式的に言えば「心はナイフだ」は命題ではありません。 なぜなら、心は実体としてナイフではなく、文字通りには成立しないからです。

けれどこの比喩には、読み手が暗黙のうちに共有する意味のネットワークがあります。 たとえば:

  • ナイフ → 切る、鋭い、危険、痛みを与える
  • 心 → 感情、思考、意思の中枢

そこから連想されるのは:

心 → 傷つける力をもつもの

という命題的再構成です。

つまり、比喩とは直接的な命題ではないが、命題的含意を生み出す装置なのです。


◆ 概念メタファー理論:概念間の写像

認知言語学では、比喩は単なる修辞技法ではなく、異なる概念領域のあいだの構造写像と考えられています。

例:

心(抽象概念) ← ナイフ(物理的道具)

このときの意味構造は:

┌────────────────────────┐
│  ナイフ                │
├────────────────────────┤
│  鋭い/切れる/危険     │
└────────────────────────┘
           ↓ 構造写像
┌────────────────────────┐
│  心                    │
├────────────────────────┤
│  傷つける/鋭敏          │
└────────────────────────┘

この「特徴のマッピング」によって、比喩が読者の中に命題的意味を生成します。


◆ AIは比喩をどう理解するか?

AIにとって、比喩は難題です。なぜなら比喩は、

  • 非字義的(literalでない)
  • 文脈依存
  • 概念間の構造マッピングが必要

といった特徴を持つからです。

それでも近年の大規模言語モデル(LLM)は、次のような方法で比喩的文を処理します:

例:「心はナイフだ」

  • 文の意味分布を学習し、ナイフの特徴(sharp, painful)と心の文脈(emotional damage)を関連づける
  • 暗黙的に「心は傷つける力を持つ」といった命題的な言い換えを生成する
# 入力
"心はナイフだ"

# 出力候補(命題化)
- "彼女の心の言葉は私を深く傷つけた"
- "心は人を切るような鋭さを持つ"

このようにAIもまた、比喩から命題を抽出する働きをしています。


◆ おわりに:比喩とは命題生成の詩的回路

比喩は、論理的には命題ではありません。 けれど、**比喩は命題を“想像の中で生成する仕組み”**です。

とくにAIにとって比喩は、言葉の背後にある構造的関係性を理解し、 そこから命題的言明を導く挑戦的なタスクです。

人間は比喩によって思考を拡張し、 AIは比喩によって推論能力を試される。

命題とは「意味の輪郭線」、比喩はそこににじむ「光と影」。

言語の曖昧さに宿る論理性──それが、比喩と命題の交差点にあるのかもしれません。