I. 序論:頂点からの転落
A. 「狂騒の20年代」の頂点
1920年代のアメリカ経済は、「狂騒の20年代」として知られる未曾有の成長と楽観主義に彩られていた。自動車や電話といった新技術が普及し、消費文化が花開き、一般市民までもが株式市場への投資に熱狂した 1。信用取引(マージン買い)がこの熱狂を煽り、多くの人々が借入金で株式を購入した 2。この結果、ダウ・ジョーンズ工業株価平均(DJIA)は1921年8月から1929年9月にかけて6倍にも高騰した 2。市場の過熱を示す兆候はあったものの、著名な経済学者アーヴィング・フィッシャーが暴落直前に「株価は恒久的に高い高原に達したように見える」と宣言したように、社会には根強い自信が満ちていた 1。
B. 大暴落と大恐慌の始まり
しかし、この時代の熱狂は1929年10月の株式市場大暴落によって突如として終焉を迎える。「暗黒の木曜日」「暗黒の月曜日」「暗黒の火曜日」と呼ばれる数日間のパニック的な売りによって、株価は瞬く間に崩壊した 2。この出来事は単なる市場の調整ではなく、経済に対する信頼を根底から揺るがし 5、その後に続く世界恐慌(Great Depression)の引き金となった 3。この恐慌は、西側産業世界が経験した中で最も長く、最も深刻な経済的苦境であった 4。
C. 本報告書の目的と範囲
本報告書は、大恐慌期のDJIAの動向を詳細に分析することを目的とする。具体的には、1929年の最高値から1932年の最安値までの軌跡を追い、89%という記録的な下落率を検証する。また、この期間における株価の変動、特に主要な暴落と一時的な反発(ラリー)の波を特定する。さらに、1930年に制定されたスムート・ホーリー関税法の内容とその制定経緯を明らかにし、同法が株価の「第二の大きな下落の波」や恐慌の深刻化に与えた影響を、他の要因(金融政策、銀行危機など)との関連性や学術的な議論を踏まえつつ、多角的に考察する。分析の対象期間は、主に1929年から1932年とする。
II. 崩壊の解剖学:ダウ・ジョーンズ工業株価平均(1929年~1932年)
A. 極値の検証:最高値、最安値、下落率
- 最高値: DJIAは、1929年9月3日に381.17ポイントという歴史的な最高値を記録した 2。これは、1921年から始まった9年間の強気相場の集大成であり、指数はこの間に約6倍 2 ないし10倍 5 に上昇したとされる。特に1920年代後半には、記録的な高値更新が相次いでいた 9。
- 最安値: その後、市場は長い下落局面に入り、1932年7月8日にDJIAは41.22ポイントという20世紀における最安値まで沈んだ 1。
- 89%の下落: 最高値381.17から最安値41.22への下落は、約89.2% ((381.17 – 41.22) / 381.17 ≈ 0.8919) に達する。この数字は多くの資料で裏付けられており 2、大暴落の規模を示す標準的な指標となっている。この下落により、わずか3年足らずで過去33年間の上昇分が帳消しとなり 9、指数が1929年の最高値を回復したのは、実に25年後の1954年11月のことであった 1。この事実は、1929年の暴落が単なる急激な調整ではなく、市場の評価と投資家心理に根本的な変化をもたらし、深刻な経済恐慌と連動した長期的な低迷であったことを示唆している。
B. 変動の時系列:暴落と反発
- 暴落前の兆候(1929年9月~10月): 広く知られる10月下旬のパニック以前から、市場には不穏な動きが見られた。株価は9月に入ると下落を始め 4、月末までには最高値から10%下落した(「バブソン・ブレーク」)5。10月半ばには売りが強まり、10月23日の取引終了間際には急落し、市場価値が4.6%減少した 5。
- 1929年10月の大暴落:
- 暗黒の木曜日(10月24日): 取引開始と同時に市場価値の11%が失われた 5。1290万株という記録的な取引量となり 4、パニック売りが広がった。有力銀行家による買い支え介入があり、終値では下落幅が2.09%(6.38ポイント)に縮小した 5。この日の終値は299.5であった 7。
- 暗黒の月曜日(10月28日): 追い証(マージンコール)に迫られた投資家の売りが殺到し 3、DJIAは1日で38.33ポイント、12.82% という記録的な下落に見舞われた 2。終値は260.64 5。
- 暗黒の火曜日(10月29日): パニックは続き、1600万株以上が取引された 4。DJIAはさらに30.57ポイント、11.73% 下落し 2、終値は230.07となった 5。月曜日と火曜日の2日間での下落率は23.05% 5、10月24日から29日までの4営業日での下落率は25%に達した 4。
- 一時的な底とベアマーケット・ラリー(1929年11月~1930年4月): 10月30日に一時的な反発(+12.34%)があったものの 5、市場は下落を続け、1929年11月13日に198.60(または199 7)で一旦の底を打った 5。これは最高値から約半分の水準であった 2。その後、市場は数ヶ月にわたる顕著な回復局面(ベアマーケット・ラリー)に入り、DJIAは1930年4月17日に294.07まで上昇した 5。この回復を受けて、一部の経済専門家は危機が終息したとの見方を示し 7、フーヴァー大統領も楽観的な見通しを発表した 4。
- 長期的な下落(1930年4月~1932年7月): しかし、この反発は一時的なものに過ぎなかった。1930年4月の高値を境に、DJIAは「より長く、着実な下落」局面に入り 5、その後2年以上にわたって低迷を続けた。途中、小規模な反発はあったものの(1929年から1932年の間に6回のベアマーケット・ラリーがあったとされる 12)、全体的な下落トレンドは止まらず、最終的に1932年7月8日の最安値41.22へと至った 5。
- 市場変動の段階的性質: この一連の動きは、市場の崩壊が単一の出来事ではなく、段階的に進行したことを示している。すなわち、(1) 暴落前の不安定化、(2) 10月下旬の急激なパニック、(3) 1929年末から1930年初頭にかけての顕著な回復(ラリー)、そして (4) その後の長期にわたる消耗的な下落、という複数のフェーズが見て取れる 5。特に、1930年初頭の力強いラリーの存在は重要である。これは一時的な希望をもたらしたが 4、その後の長期下落は、初期の金融パニックを超えた、より根深い経済問題が進行していたことを示唆している。このラリーが失敗し、1930年半ばから下落が再開・深刻化した時期は、スムート・ホーリー関税法の制定とその影響(貿易報復など)が現れ始めた時期と重なっており、政策決定が市場の動向に影響を与えた可能性を示唆している。利用者が言及した「第二の大きな下落の波」は、この1930年4月以降の長期下落に対応すると考えられる。
C. 視覚的表現と主要転換点
(注:テキストベースのため、実際のグラフ描画は省略。以下にグラフに含めるべき要素とデータテーブルを示す。)
1929年9月から1932年7月までのDJIAの日次または月次終値をプロットした折れ線グラフは、この間の劇的な変動を視覚的に示す上で有効である。グラフには、以下の主要な日付と出来事を注記することが望ましい:1929年9月3日(最高値)、1929年10月24/28/29日(暴落日)、1929年11月13日(一時的底値)、1930年4月17日(ラリー最高値)、1930年6月17日(スムート・ホーリー法署名)、1932年7月8日(最安値)。
表1:DJIA 主要転換点(1929年~1932年)
| 日付 | DJIA 終値 | 出来事/説明 | 典拠例 |
| 1929年9月3日 | 381.17 | 市場最高値 | 2 |
| 1929年10月24日 | 299.5 | 暗黒の木曜日 終値 (介入後) | 5 |
| 1929年10月28日 | 260.64 | 暗黒の月曜日 終値 (-12.82%) | 5 |
| 1929年10月29日 | 230.07 | 暗黒の火曜日 終値 (-11.73%) | 5 |
| 1929年11月13日 | 198.60 | 暴落後の一時的な底値 | 5 |
| 1930年4月17日 | 294.07 | ベアマーケット・ラリーの最高値 | 5 |
| 1930年6月17日 | 約238-240* | スムート・ホーリー関税法 署名日 (市場は下落傾向) | 13 |
| 1932年7月8日 | 41.22 | 市場最安値 (20世紀最低) | 2 |
*注:1930年6月17日の正確な日次終値は提供された資料からは特定できないが、13 は署名直前の6月上旬にDJIAが23%下落したと指摘しており、14 も署名が株価下落を引き起こしたとしていることから、この時期の市場は下落基調にあったことがわかる。
この表は、市場の変動を具体的な数値で示し、物語的な記述を補強する。特に、スムート・ホーリー法署名前後の市場水準を比較することで、同法の市場への影響を考察する上での基礎データを提供する。
III. スムート・ホーリー関税法:危機下の政策
A. 背景と目的
- 当初の動機: スムート・ホーリー法の構想は、1920年代を通じて苦境にあったアメリカ農業の救済に端を発する。第一次世界大戦後のヨーロッパ農業の復興に伴い、アメリカの農家は過剰生産と価格下落に直面していた 8。これを受け、共和党のハーバート・フーヴァーは1928年の大統領選挙戦で、農産物輸入関税の引き上げを公約した 8。一部には、この法律は当初、景気後退や広範な産業界からのロビー活動への対応ではなかったとの見方もある 21。
- 対象範囲の拡大: フーヴァーが大統領に就任すると、農業以外の産業界からのロビー活動も活発化し、法案の対象は農産物以外にも拡大された 8。最終的な目的は、アメリカの産業と労働者を外国との競争から保護することへと変化した 8。特に1929年10月の株価暴落後、保護主義的な風潮が強まり、法案成立への後押しとなった 8。
- 公式な目的: 法律の正式名称(Tariff Act of 1930)が示すように、その目的は「歳入をもたらし、外国との通商を規制し、合衆国の産業を奨励し、アメリカの労働者を保護し、その他の目的のために」と規定された 24。実質的には、アメリカの農家と産業を外国の競争から守ることに主眼が置かれていた 8。
B. 内容と範囲
- 関税引き上げ: 2万品目を超える輸入品に対して関税が引き上げられた 14。これは、1922年のフォードニー・マッカンバー法によって既に平均約40%という高水準にあった関税率を、さらに上乗せするものであった 6。
- 引き上げ幅: 平均的な引き上げ幅については、資料によって見解が分かれる。約20% 8、全体で約18%(農産物は57%)17、平均50%程度 29、平均40% 26、課税対象品目で平均40~60% 14 など、様々な数字が挙げられている。より詳細な分析では、課税対象輸入品に対する平均関税率が、1922年法下の約40%から、1932年には(デフレ効果込みで)59%近くまで上昇したと推計されている 20。一方で、関税委員会(Tariff Commission)の調査に基づくと、スムート・ホーリー法自体による課税対象品目の平均関税率の上昇は約6パーセントポイント(15~18%の増加)であったとする分析もある 20。また、関税が課されない輸入品も含めた全輸入品に対する平均関税率は、1933年に19.8%でピークに達したとされる 15。
- 関税の種類: 関税率の設定には、従量税(specific duty、単位あたり定額)と従価税(ad valorem duty、価格に対する割合)の両方が用いられた 8。特に従量税が多く採用されたことは、後のデフレ局面で重要な意味を持つことになる 20。
- 関税率の曖昧さと増幅効果: 報告されている平均関税率の引き上げ幅にばらつきがある(20%から60%まで)のは、計算方法の違い(全輸入品か課税対象品か、貿易加重平均か単純平均かなど)に加え、法律の構造自体に起因する部分が大きい。特に重要なのは、多くの品目に「従量税」が課されていた点である。大恐慌下の激しいデフレーションによって輸入品価格が下落すると、例えば「1トンあたり1ドル」といった定額の従量税は、価格に対する比率(実質的な関税率)としては大幅に上昇することになる 20。ある推計によれば、このデフレ効果だけで、スムート・ホーリー法による直接的な変更分に加えて、さらに輸入を8~10%減少させるほどの関税上昇効果があったとされる 33。別の計算では、課税対象輸入品に対する実効関税率は1932年に59%に達したとされ、これは当初の法改正のみから予想される水準をはるかに超えている 21。したがって、しばしば引用される「平均約20%の引き上げ」という数字は、デフレとの相互作用によって実際に生じた貿易障壁の高まりを過小評価している可能性がある。この関税構造とデフレの相互作用は、意図した以上に貿易を抑制し、その負の影響を増幅させたと考えられる。
C. 立法過程と反対論
- 立法プロセス: 法案(H.R. 2667)は1929年1月に下院歳入委員会で公聴会が開始され 16、同年5月28日に下院を通過した(賛成264、反対147)14。上院では議論が長引き、1930年3月24日に僅差(賛成44、反対42、または賛成53、反対31と資料により異なる)で可決された 8。両院協議会での調整を経て、1930年6月13~14日に最終案が両院で承認され 15、1930年6月17日にフーヴァー大統領が署名し、法律として成立した 8。施行は同年7月1日であった 17。
- 反対論: 法案に対しては強い反対意見が存在した。ポール・ダグラス、アーヴィング・フィッシャーら1,028人の経済学者が、消費者や(報復関税と投入コスト上昇により)農家への打撃、外国債務者の支払い能力低下、そして必然的な報復関税を招くとして、フーヴァー大統領に拒否権発動を求める嘆願書を提出した 8。フーヴァー自身も当初は法案に懸念を示し、「悪質で、法外で、不快だ」と評したとされるが、共和党内の圧力や、大統領に関税率調整権限を与える「伸縮関税条項」が盛り込まれたことなどから、最終的に署名した 15。法案成立前から、外国政府による抗議や報復の示唆も相次いでいた 14。
(注:立法タイムラインの表(Table 2)は、上記テキストに詳細が統合されているため省略)
IV. 相互作用と影響:スムート・ホーリー法、市場、世界経済
A. スムート・ホーリー法とDJIA
- 相関と因果: スムート・ホーリー法の立法過程における主要な節目(1929年5月下院通過、1930年3月上院通過、1930年6月署名)とDJIAの動きを比較すると、関連性を示唆する証拠が見られる。一部資料は、上院通過や大統領署名が株価下落を引き起こしたと明記している 14。また、関税法案への懸念が1929年10月の暴落や、特に1930年6月上旬(署名直前)のDJIAの23%下落に関連しているとの指摘もある 13。署名後には外国人投資家が資本を引き揚げ始めたとの記述もある 14。さらに、同法が「ウォール街における初期の信頼喪失に寄与した」とも評価されている 8。
- 「第二の波」との関連: 前述の通り、DJIAの長期的な下落局面は1930年4月のラリー最高値の後に始まった 5。これは、スムート・ホーリー法の最終的な議会通過(3月上院可決、6月両院協議会合意)と大統領署名(6月)という時期と重なる。1929年10月の初期暴落には複数の要因があったが、その後のラリーが失敗し、1930年半ばから下落が深刻化した背景には、関税法の制定とその影響(貿易報復の開始など)があった可能性が高い。
- 市場の予測と反応: 株価は、法律の最終的な成立だけでなく、1930年初頭を通じて法案成立の「確率が高まる」につれて、否定的に反応していた可能性が考えられる。1930年4月のラリーの失敗と長期下落局面への移行は、市場が来るべき貿易戦争の悪影響(報復関税、輸出減少、コスト上昇)を織り込み始めた結果かもしれない。1930年6月の署名はこれらの懸念を確定的なものとし、さらなる株価下落と資本流出(14)を招いた。これは、スムート・ホーリー法が当時の市場参加者によって、リアルタイムで重大な経済的悪材料として認識されていたことを示唆している。
B. 世界貿易の反応と縮小
- 報復関税: スムート・ホーリー法に対する国際的な反発は、広範かつ迅速であった。カナダは即座に行動を起こした 14。法律施行後2年以内に、約24カ国が同様の報復的な「近隣窮乏化」関税を導入した 8。フランス、スペイン、イタリア、イギリスといった主要な貿易相手国も報復措置をとった 26。報復の脅しは、法案成立前から始まっていた 14。報復国は、自動車などアメリカの主要輸出品を標的にした 21。
- 貿易量の激減: この報復合戦の結果、世界の貿易量は壊滅的な打撃を受けた。アメリカの輸入は1929年の44億ドルから1933年には15億ドルへと66%減少し、輸出も同期間に54億ドルから21億ドルへと61%減少した 15。ヨーロッパとの貿易額は1929年から1932年の間に約3分の2減少した 8。世界全体の貿易量も、1929年から1934年の間に約65~66%減少したと推計されている 14。近年の定量的研究では、報復関税を課した国々からのアメリカ製品輸入が平均28~33%減少したと試算されている 37。
- 世界貿易戦争の触媒として: スムート・ホーリー法は、既に困難な状況にあった世界経済を、本格的な貿易戦争へと突き落とす主要な触媒として機能した。各国が互いに関税障壁を高め合う「近隣窮乏化」政策 8 は、負のスパイラルを生み出し、最も必要とされていた国際市場を縮小させた。アメリカは、多くの警告 8 や抗議 14 を無視して広範な関税引き上げを断行したことで、国際経済における指導的役割を放棄し 21、国際貿易システムの崩壊に大きく寄与したと言える。
C. 大恐慌の深刻化
- 影響のメカニズム: 貿易戦争は、以下のメカニズムを通じて大恐慌を悪化させたとされる。
- 米国輸出の減少: 輸出依存度の高い産業、特に農業に深刻な打撃を与えた 8。農産物輸出は大幅に減少した 13。
- コスト上昇: 輸入品(消費財および中間財)の価格上昇は、生産活動を阻害し、国民の購買力を低下させた可能性がある 8。
- 信頼感の低下: アメリカの孤立主義的な姿勢を示し、金融市場の不確実性を増大させた 8。
- 国際金融への圧力: 外国がアメリカへの債務返済に必要なドルを獲得することを困難にし 13、国際的な金融不安や海外での銀行破綻を助長した可能性がある 8。一部には、輸出市場の崩壊を通じてアメリカ国内の農業地域の銀行破綻を引き起こし、金為替本位制に圧力をかけたと主張する見解もある 13。
- 全体的な評価: スムート・ホーリー法は、大恐慌に「相当な負荷を加えた」8、深刻さを増した 23、恐慌を深化させた 8、そして回復をより困難にした 21 と広く考えられている。重大な政策的失敗であったとの評価が一般的である 15。ある推計では、関税とその報復措置が1929年から1932年の間にアメリカの実質GDPを2%押し下げたとされている 40。
V. スムート・ホーリー法の文脈化:広範な原因と歴史的議論
A. 関税を超えて:恐慌深刻化の他の要因
スムート・ホーリー法が大恐慌を悪化させたことは広く認められているが、恐慌の深刻さには他の多くの要因も複合的に絡み合っていた。
- 金融政策: 連邦準備制度(FRB)の政策(あるいは不作為)は、特にマネタリスト学派から、恐慌深刻化の主因として厳しく批判されている。具体的には、銀行パニック時に十分な流動性を供給せず、マネーサプライの大幅な収縮を許容したこと、最後の貸し手としての役割を十分に果たさなかったことなどが挙げられる 32。また、1929年8月の公定歩合引き上げ 2 は、金本位制下で国際的に金融引き締めを波及させ、世界的な景気後退の初期段階に寄与した可能性がある 2。ミルトン・フリードマンとアンナ・シュワルツの研究はこの分野で特に影響力が大きい 30。
- 銀行パニックと破綻: 1930年から1933年にかけて相次いだ銀行の取り付け騒ぎと破綻は、預金者の資産を消失させ、信用創造システム(預金準備率制度)を通じてマネーサプライをさらに収縮させ、貸し出しを著しく困難にした 3。特に1930年末のバンク・オブ・ユナイテッド・ステーツの破綻は象徴的である。スムート・ホーリー法による農産物輸出への打撃が、農業地帯における初期の銀行破綻の引き金になったと関連付ける見方もある 13。
- 株式市場の投機とその崩壊の影響: 1929年の株価大暴落自体が、巨額の富を消滅させ、消費者や企業の信頼感を打ち砕き、消費と投資の急激な縮小を招いた 2。信用取引による買いが、暴落の影響を増幅させた 3。
- 農業問題: 1920年代から続く農業不況(過剰生産と価格下落)が、経済全体の脆弱性を高めていた 8。さらに1930年代初頭の深刻な干ばつ(ダストボウル)が状況を悪化させた 39。
- 国際債務構造と金本位制: 第一次世界大戦後の戦債・賠償金問題と、金本位制の持つ硬直性が、国際的な金融ショックの伝播を容易にし、各国の政策対応の自由度を制限した 2。FRBによる1929年の利上げが世界的な影響を及ぼしたのも、金本位制が背景にあった 2。
B. スムート・ホーリー法の相対的重要性に関する学術的見解
スムート・ホーリー法が大恐慌に与えた影響の「程度」については、経済学者や歴史家の間で見解が分かれている。
- 見解1:重大な貢献要因/起爆装置: 一部の論者は、スムート・ホーリー法が恐慌を著しく深刻化させた主要な要因、あるいは「起爆装置」であったと主張する。その根拠として、貿易戦争による輸出(特に農業)への打撃、それが引き起こした銀行破綻(特に農業地帯)、国際金融システムや金為替本位制への破壊的影響、そして市場心理や株価への悪影響などが挙げられる 13。ワニスキやサムナーは、関税法案に関するニュースと株価暴落を直接結びつけている 13。ラスティッチは、貿易崩壊がもたらした地域的な集中打撃を通じた銀行閉鎖への影響を強調する 39。
- 見解2:貢献はしたが、金融・銀行危機よりは二次的: マネタリスト(フリードマン/シュワルツ)は、FRBの政策失敗とそれに伴うマネーサプライの収縮こそが恐慌の深刻さの主因であると主張する 30。彼らはスムート・ホーリー法の貿易への悪影響は認めつつも 30、金融システムの崩壊に比べればその重要性は低いと見なす。多くのケインジアンやニュー・ケインジアン経済学者も、総需要の不足や金融的アクセラレーター効果といった要因に比べ、貿易ショックの役割を二次的なものと捉える傾向がある 43。
- 見解3:直接的なマクロ経済への影響は限定的だが、間接的な損害は大きい: 一部の経済史家は、当時のアメリカ経済における輸入のシェア(当初、関税対象品目はGDPの1.4%程度)が小さかったことから、スムート・ホーリー法の「直接的な」マクロ経済全体への影響は限定的だったと主張する 20。アーウィンは、関税自体による輸入減少効果は4~8%程度だったと推計している 21。しかし、この見解をとる論者も、多くの場合、「間接的な」損害の大きさを認めている。すなわち、国際関係を悪化させ、コストのかかる報復を招き 21、経済回復を困難にし 21、国際協調体制の崩壊に寄与した 21 という点である。また、デフレが従量税の実質的な負担を高めたことも、実効的な障壁を高める要因となった 21。近年の定量的な研究は、報復措置がアメリカの輸出に与えた影響は大きかったことを示唆している 37。ある論者は、同法の実際の経済的影響は(従来考えられていたより)小さいと評価しつつも、回復の助けにならず、国民感情を高関税から遠ざけたことは確かだとしている 44。
- 共通認識: ほぼ全ての専門家が、スムート・ホーリー法が悪法であり、逆効果であったという点では一致している 13。議論の中心は、大恐慌の深刻化に対する貢献の「程度」と「メカニズム」が、特に金融政策や銀行危機といった他の要因と比較してどの程度であったか、という点にある。同法が保護主義の危険性を象徴する強力なシンボル(あるいは「神話」)として、現代の政策議論においても頻繁に参照され続けていることは確かである 21。
- 影響に関する議論の多面性: スムート・ホーリー法の歴史的評価は複雑であり、決着を見ていない。これは、大恐慌の原因をめぐるマクロ経済学や経済史におけるより広範な学術的論争を反映している。同法の役割を理解するには、例えばマネタリストのマネーサプライ重視、貿易経済学者の相対価格・資源配分重視、ケインジアンの総需要重視といった、異なる分析的枠組みが存在することを認識する必要がある。近年、より詳細なデータを用いた研究 37 が進められており、たとえマクロ経済全体への直接的な影響については議論があったとしても、特定のセクターに対する標的型報復の影響や、貿易システム全体への混乱は甚大であった可能性を示唆している。学術的な議論のニュアンスとは別に、政策論争における同法の象徴的な力 38 は依然として大きい。
表3:スムート・ホーリー関税法の影響に関する推計値
| 指標 | 推定値/範囲 | 典拠例 |
| 平均関税率上昇 (課税対象品目、法改正自体) | 約6%ポイント (15-18%増) | 20 |
| 実効平均関税率上昇 (課税対象品目、デフレ効果込) | 1932年に59%近くまで上昇 (1929年比約19%ポイント増) | 20 |
| 全輸入品に対する平均関税率 (ピーク時) | 1933年に19.8% | 15 |
| 関税自体による米国輸入減少効果 (ceteris paribus) | 4-8% | 21 |
| デフレ効果による追加的な米国輸入減少効果 | 8-10% | 33 |
| 法改正+デフレによる米国輸入減少への寄与率 | 観測された40%減少のうち約1/4 | 33 |
| 米国輸出減少 (1929-1933) | 61% (54億ドル→21億ドル) | 15 |
| 米国輸入減少 (1929-1933) | 66% (44億ドル→15億ドル) | 15 |
| 世界貿易量減少 (1929-1934) | 約65-66% | 14 |
| 報復国からの米国製品輸入減少 | 平均28-33% | 37 |
| 米国実質GDPへの影響 (1929-32, 関税+報復) | 約2%押し下げ | 40 |
この表は、様々な資料から得られる定量的な推計値を統合し、関税引き上げの規模とそれに続く貿易破壊の大きさを示している。ただし、これらの数値は推計方法によって異なり、解釈には注意が必要である。
VI. 結論:大暴落と関税法の遺産
A. 分析結果の要約
本報告書は、1929年9月から1932年7月にかけて、DJIAが89%という驚異的な下落を経験したことを確認した。この崩壊は直線的ではなく、1929年10月の急落、1930年初頭の一時的ながら力強い反発、そしてそれに続く長期的な下落という段階的なプロセスを経た。この長期下落局面の初期にあたる1930年6月に、スムート・ホーリー関税法が制定された。同法は、当初の農業保護という目的を超え、広範な輸入品に対して高い関税を課す保護主義的な政策であり、デフレと相まって実質的な貿易障壁を大幅に引き上げた。
B. スムート・ホーリー法の影響評価
スムート・ホーリー法の制定は、壊滅的な結果をもたらした。同法は世界的な報復関税合戦を引き起こし、アメリカおよび世界の貿易量を激減させた。国際関係は悪化し、経済回復に必要な国際協調は阻害された。同法が大恐慌の唯一の原因ではないものの、その深刻さを増し、長期化させた要因の一つであったことは広く認められている。金融政策の失敗や銀行システムの脆弱性といった他の要因との相対的な重要性については学術的な議論が続いているが、スムート・ホーリー法が有害な政策であったという点では、ほぼ一致した見解が得られている。
C. 永続する教訓
大恐慌とスムート・ホーリー法の経験は、特に経済危機下における保護主義の危険性について、重要な教訓を残した。この失敗を受けて、アメリカの通商政策は、1934年の互恵通商協定法 8 以降、相互主義的な関税引き下げ交渉へと舵を切ることになる。スムート・ホーリー法は、その後も保護主義の弊害を象徴する出来事として、繰り返し参照され続けている 21。大恐慌の原因が、金融市場の不安定性、金融政策の誤り、銀行システムの脆弱性、そして破壊的な通商政策といった複数の要因が複雑に絡み合った結果であったことを認識することは、将来の危機を回避・管理する上で不可欠である。
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